第383話
ギルバートとアーネストは、領主の館から宿に戻って来た
歓迎の宴の話もあったが、丁重に断ってきた
大分発展してきたが、まだまだここは町レベルである
そこまでの余裕は無い筈だ
ギルバートは公爵の懐具合を考えて、断ったのだ
ギルバートが宿に戻る途中で、セリアと兵士達が集まっていた
どうやら宿から、こちらに迎えに来た様だった
兵士達は準備を出来た様子で、安心した顔だった
この様子では、明日にでも王都に向かえるだろう
「お兄ちゃん」
「おう
町の様子はどうだった?」
「うん
精霊さんはみんな元気にしてたよ」
「うん?
そ、そうか…」
楽しそうに話すセリアを、ギルバートは優しく撫でる。
セリアは嬉しそうに、撫でられて笑顔になる。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「性癖ってなあに?」
「な!」
ギルバートは予想外な質問に、思わずギクリとなる。
さすがにギルバートも、その言葉の意味は何となく知っていた。
確かアーネストのくれた本には、好きな相手に性的な興奮を覚える事とか書かれていた。
ギギギと音を立てながら、ギルバートの顔は引き攣りながら兵士に向けられる。
「お兄ちゃんの性癖って、セリアの頭を撫でる事?」
「な…」
確かにセリアを、撫でている時の顔には安らぎを覚える。
しかしそれよりも、精霊女王の時の姿に…。
そう思い掛けて、ギルバートは頭を振って邪な考えを振り払う。
そして変な事を吹き込んだと思われる、兵士達を鋭く睨む。
「お前達なんて事を…」
「そんなご褒美をもらうなんて、羨ま…けしからん!」
「吐け!
一体何をしたんだ!」
兵士達は、三人の兵士を詰っていた。
どうやら彼等が、変な事を教えた張本人達だろう。
彼等をジト目で睨みながら、ギルバートは腰を屈めてセリアの目を見る。
「セリア
それはもう少し大人になって…」
「セリアの方が本当は、大人なんだよ
本当は19歳なんだから」
「それはそうだが…
ううむ」
「19歳!」
「あれで?」
「しかしそれはそれでありなのでは?」
「殿下が羨ましい…」
「お前は反省しろ!」
くだらない事を言う兵士を、仲間の兵士達が叱る。
「言い難い事なの?」
「そうだな
人前で話す事じゃあ…無いな」
「うーん
分かった
じゃあ後で、寝る前に教えて」
「う…
それは…」
「駄目?」
「駄目じゃないけど…
また今度な」
ギルバートはセリアの、頭を撫でて誤魔化す。
そんなギルバートを見て、アーネストは心の中でヘタレめ!と思うのであった。
ギルバートは、兵士達を後でしっかりと指導しようと思った。
まだまだ余裕があるので、そんな浮付いた考えが出来るのだろう。
しかし冷静に考えれば、セリアが同行しているのがそもそもの問題なのだ。
戦場に可愛らしい子供が居れば、兵士達も色々と思う所はあるのだ。
それを気付かないのか、ギルバートは指導を強化しようと思っていた。
宿に向かいながら、ギルバートはアーネストに話し掛ける。
セリアは少し離れた、後ろから着いて来ている。
「私が力を失っていると思って
あいつ等随分と余裕そうな様子だ」
「おい、ギル」
「ん?」
「あんまり負の感情を持つなよ」
「う!
しかしあいつ等が…」
「仕方が無いだろう
考えてみろ、お前が骨抜きになる可愛さだぞ
それに兵士が抗えると思うのか?」
「え?
可愛い?
そうだよな…」
「おい!」
デレてニヤけるギルバートを見て、思わずアーネストは突っ込む。
「しかし変な事を教えるのは…」
「良い機会じゃないか
セリアの周りには、男の子の友達が居なかったんだ
男の気持ちを知る良い機会だったと思うぞ」
「それはそうだろうが…
変な考えを吹き込まれるのは…」
「いや
ジェニファー様やフィオーナも相当だぞ
女性だけの世界で育っているからな」
「え?!」
「フィオーナが子供を欲しいと思ったのも、そういうところからかも知れない
そう考えると、既に影響が…」
「そう言えば、以前に…
せ、せくしい?になって迫りたいとか言われた」
「セクシーって…」
アーネストが思わず、頭を抱える。
「それも母様達の影響か?」
「ああ
しかしあれでセクシー?
何年先の事やら…」
「ああ
せくしいって大人の女性の色気とかいうヤツだろ?」
「ん?
ああ…
お前もまだまだだな…」
「え?
どういう意味だ」
アーネストは肩を竦めると、それ以上は言わなかった。
「おい!
どういう…」
「セリアも居るんだ、聞こえるぞ」
「あ…」
二人は雑談を止めて、宿の入り口に入る。
そこには宿の主人の、太った男が立っていた。
「殿下
お戻りになられたんですか?」
「ああ
話は終わったからな」
「晩餐会は…」
「ああ
それは断ったよ」
「儲けてると言っても、まだまだここは発展途中だからな」
「そりゃあそうですが…」
主人は領主に申し訳ないと思っていた。
本来なら王太子ほどの人物だ。
領主が歓待すべきなのだ。
それをやらないとなれば、他の貴族に示しが付かないのだ。
しかし領主の懐具合を考えると、それも仕方が無いのだろう。
「何か問題でも?」
「いいえ
料理は用意してますし、風呂は公衆浴場があります
しかし領主様に申し訳なくて…」
「大丈夫さ
オウルアイ侯爵なら分かってくれる
それにまだまだ大変なのは本当だしな」
ギルバートがそう言うと、主人はそうですねと納得した。
「ところで…
主人
ここの名前の由来は?」
「踊る子猫ですか?」
「ああ
そのこねこ?
それは何なんだ?」
「そうですね…」
クリサリスには、猫が住み着いて居なかった。
帝国には居たのだが、帝国が滅びた時にこの辺りには居なかったのだ。
「子犬なら分かるんだが…」
「はははは
そうですね
しかし殿下が仰っているのは、恐らく狼犬の子供ですね」
「狼犬?
犬とは違うのか?」
「ええ
犬や猫というのは、ペットとして飼える様に小型化した生き物です
犬は今では、クリサリスには居ないんじゃないでしょうか」
「そうだな
フランシス王国には居るとは聞いた事があるが
クリサリスには居ないみたいだな」
「そうなんだ」
アーネストも、主人の言葉に賛同した。
飼育用の犬は、クリサリスには居なかった。
狩猟用の狼犬は、一部の貴族が飼育している。
しかし飼育用の犬も、クリサリスには居なかったのだ。
「それで?
猫って何なんだ?」
「うーん…
何と申しましょうか」
「そうだな
この辺りには山猫や豹も居ないからな」
「山猫?
豹?」
「大型の肉食動物だ
犬に対する狼みたいなものだ」
「正確には近い動物ですが、別物になりますね」
宿の主人は、その山猫や豹という動物も知っているらしかった。
「主人は色々知っているんだな」
「ええ
子供の頃に、父に連れられて帝国の向こうから来ましたからね」
「帝国の向こう?」
「ええ
向こうには広大な平原や、大きな森があります
こことは違った気候で、育つ植物や動物も違うんですよ」
「へえ…」
「向こうの国では、猫は家を守る生き物とされています
特に商売をする者には、猫は福を招くありがたい生き物なんです」
「福を招くか…
面白いな」
「ええ
ですから東から来た商人は、猫を演技を招くとありがたがります」
「そうなんだ
面白いな…」
主人はそう話しながら、木で作られた猫の置物を見せる。
それは見た事も無い動物で、木製の像はしっかりと作られていた。
しかしリアルさを追求されていて、正直あまり可愛くは無かった。
「本当はですね
獣人の猫族は身体つきが良いんですよ
それに舌が特殊らしくてね」
「主人…
それはギルには言うなよ」
「ええ
アーネスト様は色々と知ってそうですからね」
「そりゃあそうだが…」
宿の主人は、こそこそとアーネストに話し掛ける。
「それで、元々の子猫と言う表現は、獣人の猫族の娘の事です
ですから踊るという意味も…」
「ああ、そういう事か」
「ええ
ですから他所では、あまり使わない方がよろしいです」
「分かった
気を付けるよ」
宿の主人は、奴隷の猫獣人に使う言葉だと知っていた。
だからアーネストに、こっそりと忠告したのだ。
「ところで主人
東から来たと言っていたね」
「はい」
「東の帝国跡に行くには、どうすれば良い?」
「帝国跡ですか?
何しに行くんですか?」
「ああ
実はな…」
アーネストは主人に、勇者に会いに行くと言った。
「勇者にですか?」
「ああ
用事があるんだ」
「そうですか…」
主人はアーネストの前から離れると、奥の酒場に向かった。
そこで細身の商人風の男と、何か話し始めた。
暫くして、主人は男を連れて戻って来る。
「この方が旅の隊商で、東に行く方法を知っております」
「あんた等、帝国跡に向かうのかい?」
「ええ
勇者に会いたいので」
「そうかい
それなら、先ずはザクソンの跡地の東にある、カザンの街に向かいなされ」
「カザン?」
「ああ
王国の東の果ての街になる
そこになら、帝国の残党と商う商人も居るから」
「そうか
隊商に案内してもらうのか」
「ああ
それが一番安全じゃろう」
商人はカザンの街までは、商売に何度か行っていた。
しかしその先は、帝国の勢力圏になっている。
「ロマノフ大公は安全じゃが、他の貴族は危険じゃからな
未だに王国に恨みを持っておる」
「そうでしょうね
西を王国が押さえた為に、逃げ道が塞がれましたからね」
「ああ
それに諸外国と協定を結んで、帝国を裏切った
その事実が、未だに禍根を残しておる」
商人は何国か渡っているのか、事情をよく知っていた。
「あんたらも勇者を見に行くんじゃろ?」
「え?
ああ…はい」
「気を付けて行きなされ
勇者は大公の血筋なんで、王国にはまだ友好的じゃ
しかし近くには子爵や伯爵の領地もある」
「そうですか」
「見付かると旅の者でも、容赦なく捕まって殺される
用心しなされ」
「ありがとう」
「なあに
美しい女勇者を見たいと、物見遊山で向かう者が増えておる
気を着けんとまたぞろ越境騒ぎになるんでな」
商人としては、国境紛争で商いに影響が出る方が問題だ。
だから騒ぎを起こさない方が嬉しいのだ。
それにどうやら、こちらを王太子と気付いていない様だ。
だから勇者を見たいと思う、観光者と思われているのだ。
商人は上機嫌で、片手を挙げて去って行く。
まだ飲み足り無いのか、去り際に主人にエールを頼んで行った。
「殿下もご一緒なんですよね」
「ええ
ギルが用事があるんで」
「そうですか
気を付けてくださいね」
主人には、ギルバートが黒い魔力に侵されている事は話していない。
だからどういう用事があるのかは知らない。
しかし余程の用があるのだろうと推察していた。
そしてそれだからこそ、危険な帝国跡にわざわざ向かうのだと思っていた。
「王都が襲われたんですよね?」
「え?」
「国王様の訃報は、この町にも届いています」
「ああ
そうだな」
あれから半年近く経っている。
この町にも王都の異変の報は届いているのだろう。
「私達としましても、殿下が次期国王に…」
「それはそうなんだがな
その前にしなくちゃならない事があるんだ」
「はあ…
その為に勇者様が必要なんですね」
「ええ」
主人は心配そうにしていたが、決めるのは王太子であるギルバートだ。
これ以上は、特にその事には触れなかった。
「それでは明日にでも?」
「ええ
早く王都に帰らないと」
「分かりました
では明日の朝には、みなさんの分のお弁当も作りますね」
「え?
良いんですか?」
「それぐらい
任せてください」
主人はニヤリと笑うと、そのまま厨房に向かった。
その日の夜は、主人の用意してくれた葡萄酒が振舞われた。
去年取れた葡萄で作られた、新しい葡萄酒だ。
コクは少ないが、あっさりとして飲みやすい。
ギルバートは兵士達に、飲み過ぎない様に注意する。
「明日は王都に向かって出発する
飲み過ぎて二日酔いになるなよ」
「はい」
「オレはそんなに飲まないので…」
「むしろアーネスト様の方が…」
「あ…」
振り返ると、アーネストは2敗目を飲み終わっていた。
「アーネスト!」
「ん?
何だ?」
「いや、それ3杯目だろ」
「大丈夫だ
オレぐらいになると、1本開けても平気だぞ」
「いや
明日は出発だぞ?」
「大丈夫だって」
アーネストはそう言いながら、ワイルド・ボアの干し肉を手にする。
それを肴にして、さらに3杯目を飲み干す。
「知らないぞ…」
「大丈夫だって
はははは」
アーネストはそう言いながら、上機嫌で葡萄酒を飲んでいた。
「お兄ちゃん
お兄ちゃんは飲み過ぎないでよ」
「あ…
うん」
セリアはアーネストを見ながら、不満そうな顔をしていた。
「お姉ちゃんが言ってた
アーネストは酒癖が悪いって」
「んぐっ!
がはっ、げほげほ」
セリアの呟きが聞こえたのか、アーネストは咽て咳き込む。
「はははは
良い様だ」
「このっ!」
「むうっ
お姉ちゃんに言いつけるぞ」
「ぬぐっ…」
セリアに告げ口すると言われて、アーネストは葡萄酒の杯を置く。
「分かったよ
今日はもう飲まないよ」
「うん
お姉ちゃんに嫌われるからね」
「ちえっ」
アーネストは不満そうにしながら、干し肉を齧るのだった。
翌日の事を考えて、一行は早く寝る事にした。
王都に向かうまでは、これから1月近くの旅になる。
旅の大変さを考えれば、十分な休息が必要だろう。
それが例え、精霊の加護のある旅でもだ。
今から急いで帰れば、フィオーナの出産までに間に合いそうだった。
それを思って、ギルバートは楽しみにしていた。
戻った頃に、妹に子供が出来るのだ。
どんな可愛い子が生まれるのか、それが楽しみだったのだ。
まだまだ続きます。
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