第381話
妖精郷から出たギルバート達は、そのまま妖精の隧道を進む
そこは魔物が寄り付かない、妖精と精霊だけの秘密の抜け穴だ
しかし精霊の力を借りた空間なので、時間の経過が早くなる
気を付けないと、外の時間から取り残されるのだ
ギルバート達は隧道を進む
昼夜が目まぐるしく変わり、隧道を出た時には数日が経っていた
そして隧道を出たところで、一行は辺りを確認する
森の周りには、確かに精霊の気配がしていた
そして代わりに、魔物の気配はしていなかった
「どうだ?
魔物は周囲に居るか?」
「いえ、居ません」
「そうですね
精霊様の加護のお陰ですね」
魔物が居ないという事で、一行はさっそくオウルアイの町に向かう事にする。
今の時間は夕刻の様で、周囲は夕焼けの色に染まっていた。
「このまま進めば、夜になるまでには着きますね」
「そうだな
さすがにゆっくり寝たいな」
兵士達は休息を取っていたが、妖精郷では眠っていなかった。
あそこの時間の感覚は変わっていて、眠らなくてもそれほど疲れないのだ。
しかしまる数日寝てない感覚が、今さらながら眠気を引き起こしていた。
これでは町に着いたところで、すぐに宿屋に直行となりそうだった。
「町の灯りが見えます」
「うむ
思ったよりも近いんだな」
一行は気付いていなかったが、妖精郷に入った事で、兵士や馬の力も上がっていた。
あの不思議な空間での体験が、不思議な力を与えていたのだ。
一行は気付かない内に、普通よりも素早く動ける様になっていた。
それで行きよりは、早い時間で町に戻れたのだ。
町の城門に近付くと、番兵が誰何をして来る。
「ここはオウルアイの町だ
こんな時間に何用かな?」
「私達は王太子の兵士です
この町で休ませて欲しい」
「何?
王太子の?」
「そういえば、半年ぐらいにいらしていたな」
「半年?
もうそんなに経ったのか?」
兵士達は番兵の言葉に、驚きを隠せない。
「まだ2、3日ぐらいしか経ってない感覚だったが…」
「そんなに経っていたのか」
「はあ?
2、3日だって」
「あの頃は秋だっただろ」
「今はもう、春の訪れを待っているところだぞ」
言われて周囲を見回せば、確かにところどころ雪が残っている。
いつの間にか冬を過ぎて、既に春が訪れようとしていた。
「さあ
寒いから早く入りなさい」
「はい
こちらが王都からの書状です」
「どれどれ…
なんだこりゃ?
半年も前の書状じゃないか」
「仕方が無いんだよ
事情があるんだ」
「ふうん…」
番兵は書状を返しながら、胡散臭そうな顔をする。
しかし確かに、書状は王都で書かれた物だった。
それに書状には、王太子の紋も刻まれている。
それは真新しい物で、偽物には見えなかった。
「すまないが、みな疲れ切っている
近くに宿は無いか?」
「それならそこの通りを抜けて…」
兵士は番兵から宿の場所を聞き、入場の審査を受ける。
それから聞いた宿に向かって、馬車を進めて行く。
「殿下
やはり怪しまれますね」
「仕方が無いだろう
普通は王都からなら、1月ぐらいで到着する
途中で寄り道していても、2月は掛からないだろう」
隊商ならば、途中の町で商いもする。
だから半年どころか、1年前の書状でも怪しくないだろう。
しかしその場合には、書状に何時どこで出入りしたかも記される。
だが一行の書状には、以前に立ち寄った時の印可しか残されていない。
それでは疑問に思われても仕方が無いだろう。
宿に着くと、兵士達は馬を厩舎に連れて行き、馬車も納屋に仕舞った。
それから宿の主人に挨拶をして、数日分の支払いを済ませる。
宿の看板には、可愛らしい獣の絵が描かれている。
その脇には、宿の名前が『踊る子猫亭』と書かれていた。
「良いのかい?
あんたらなら、領主様も泊まる場所ぐらい…」
「でしょうね
しかし殿下は、それを望んでおりません」
「ああ、そうか
あの殿下ならねえ…」
町の住民達は、ギルバートの事をよく覚えていた。
このオウルアイが出来る頃に、ギルバートはここに滞在していたのだ。
だからこそ、ギルバートが領主の厄介になって、金を惜しむ様な真似をしないと理解出来た。
いや、むしろ町の発展の為に、進んで金を遣おうとするだろう。
なんせここは、元はギルバートの育った街、ダーナだったのだ。
町が栄える為ならば、喜んで身銭を切るだろう。
「それじゃあ今夜は、腕を揮わなくっちゃねえ」
宿の主人はそう言うと、厨房に向かった。
「殿下
オレ達は大部屋にしますので、殿下達は個室をお使いください」
「良いのか?」
「ええ
どうせ大部屋で馬鹿騒ぎをしますので」
「おい
それは…」
「はははは
さすがに迷惑になる様な事はしません」
「そうか…」
兵士達に押し切られる形で、ギルバートには個室が用意される。
そして荷物を置いたら、さっそく湯浴みをする事となった。
本来はお風呂というのは、貴族や金持ちの道楽に当たる。
一般の住民達は、桶に用意したお湯で身体を拭くのが普通なのだ。
しかしオウルアイには、何ヶ所か公衆の浴場が造られていた。
これはギルバートが、町を再建する際に拘った事だった。
お湯で身体を拭けば、確かに汗は落とせるだろう。
しかし身体は、不衛生なままなのだ。
それが原因で、流行り病が起きるという話も耳にしていた。
だからギルバートは、一般の住民が使える公衆浴場を、造る事に拘ったのだ。
「各自風呂に向かう時には、魔石を忘れない様に」
「魔石ですか?」
「ああ
勿論向こうで買う事も出来るが、今回の旅では用意してただろう?」
「ええ、そうですが…
しかし魔石なんて何に使うんです?」
「それは行けば分かるさ」
ギルバートはセリアの手を引いて、公衆浴場に向かった。
兵士達も互いに汗臭いのを知っていたので、喜んで浴場に向かう。
仕事中とはいえ、無料で風呂に入れるのだ。
役得だと思いながら、交代で公衆浴場に入って行く。
そこは大理石で造られた、大きな建物になっている。
屋根は簡素な木製の屋根だが、周りは柱も大理石だ。
これは鉱山の近くに、良い大理石の採石場が見付かったからだ。
大理石の方が水に強いし、磨けばツルツルになる。
裸で入る場所だから、危険が無い様に配慮しているのだ。
「凄いな…」
「ああ
大理石なんか使ってるから、何でだろうと思ったが…」
兵士も大理石の意味に気付いて、感心をしていた。
他の石材だと、表面がザラザラして、素足で歩くと危険だろう。
しかし大理石なら、滑らかになって怪我する心配が少なくなる。
「おい
こっち来てみろよ」
兵士の一人が、壁に並ぶ取水口の方に手招きする。
そこには壁一面に、魔鉱石で作った取水口が並んでいた。
町の中を流れる、川の水を引き込んでいるのだ。
そして高低差を利用して、自動で流れ込む様にしている。
だから取水口からは、常に新鮮な水が出ていた。
「一体これは…
どうなってるんだ?」
「分からねえ」
「しかし凄い技術だな」
「ああ
こんなに綺麗な水が出続けるだなんて…」
一般の兵士には、そこまでの学は無かった。
だからそれを、魔法で行っていると思っていた。
しかし実際は、魔法はこれから使われる事になる。
「なあ、ここに…」
壁面の取水口には、説明の一文が刻まれている。
そこには取水口の上に、魔石を置く様に書かれていた。
「ここに魔石を置くのか?」
「ああ
そうみたい…うわっ熱う!」
魔石を置くと、取水口から出る水が熱くなった。
火傷するほどでは無いが、湯気が出るほどの熱を持っていた。
「お湯になるのか?」
「そうみたいだ
ここに刻まれているのが魔法の文言なんだろ」
「便利だな」
「ああ
兵舎に付けてもらいたいよ」
「馬鹿
水はどうするんだ?」
「あ…
そうか」
兵士はワイワイと騒ぎながら、お湯を桶に汲んでは身体に掛ける。
そうして汗を流すと、香草を編み込んだタオルで身体を拭く。
こうする事で、身体の嫌な臭いを抑えようとしているのだ。
「おい
あんた達
他所の町から来なすったんかい?」
「え?」
「はあ…」
「まあ、そんなところです」
兵士はまさか、王太子の護衛だなんて言えなかった。
だから適当に、誤魔化そうと思っていた。
話し掛けて来た男は、不思議な場所に浸かっていた。
それはお湯が溢れていて、取水口から次々とお湯が湧き出ていた。
男はそこに、気持ち良さそうに浸かっているのだ。
「ならこれを知らんのも納得だな」
男はニヤリと笑うと、兵士達に来いと手招く。
兵士達も最初は警戒したが、男がこの町の職人だと聞いて納得した。
男はわざわざ、彼等にお風呂の使い方を教えてくれようと言っているのだ。
「先ずな
清潔にしとかんと、女にゃあ愛想尽かされる」
「は、はあ…」
「こうして置いてある香草を浸してな」
身体に掛けるお湯も、工夫次第で良い匂いがするお湯になる。
男はそれを説明すると、次は自分が浸かっていたお湯を示す。
「これはお湯を貯め込んで、そこに浸かれる場所だ」
「凄いですね」
「水も出っ放しだし」
「馬鹿言うなよ
これは外から引き込んでいるだけさ
問題はここだ」
男が示したのは、壁面の取水口と同じ、魔石を置く場所だった。
ここの同じ様に、魔石を置く事でお湯に出来るのだ。
「便利だろ?」
「ええ」
「だがな
不便な点もあるんだ」
「へ?」
「こんなに便利なのに?」
「ああ
問題はその便利さだ」
男は私設を使うのに、魔石が必要な事を強調する。
「あんた等は冒険者かい?」
「ええっと…」
「旅の護衛の兵士です」
「ああ、なるほど
流しの護衛か
それでしっかりとした身体つきなのか」
「はははは…」
男は敢えて、騎士や兵士という言葉を避けていた。
こんな場所まで来るのなら、相当の腕利きである必要がある。
しかし兵士達は、身体こそ作り込んでいるが、どうにも強そうには見えなかった。
だから男も、強そうとは言わずに、しっかりとした身体つきと濁したのだ。
「魔石はなかなか簡単に手に入らない
そう…ここでも数年前ならそうだったらしい」
「え?」
「住民なら、金を出して買えるって事を知っている
何せ魔石はよく入る商品の一つだからな」
「何でそんなに手に入るんですか?」
「何だ、知らないのか?」
「ええ」
「この町では定期的にな、魔物を狩っているんだ」
「魔物をですか?」
「ああ
兵士の腕が鈍らない様にするのもあるが
何よりも魔物から取れる素材が大きい」
「なるほど
兵士の訓練の一環として、魔物を討伐しているんですね」
「そう、それだよ
わはははは
話が分かるじゃねえの」
男は上機嫌で笑う。
つまるところ、男が話したがっていたのは、この町の自慢でもあるのだ。
だからこそ、わざわざ兵士達にも話し掛けたのだ。
町の者じゃあないと気付いたので、親切心と自慢で話し掛けて来たのだ。
「しかし…」
「ちょいちょいディするな」
「ああ…」
男に悪気は無いのだが、如何せん口が悪いのだ。
護衛のくせに汗臭いとか、鍛え方が足らんのでは?とか言われた。
兵士達は、身体はリラックス出来たが、心は少し傷ついていた。
「お?
帰って来たな」
「じゃあ次はオレ達が…」
次の兵士達が向かう中、あの男が帰って来ないか周囲を見回す。
男はまだ、お風呂から出ていなかった。
兵士達はニヤリと、悪い笑みを浮かべる。
次はあいつ等が犠牲者だなと…。
日が暮れて、オウルアイの町も夜の灯が彩る。
まだ夜は肌寒いが、身を切る様な寒さでは無い。
ギルバート達は、湯浴みを済ませてから食事に着いた。
宿主が言っていた様に、料理には腕が奮われていた。
地元の小麦を使った、焼き立ての白パン。
野菜をふんだんに使った、よく煮込んだスープ。
ワイルド・ボアの肉を使った、香草入りの吊るし焼き。
それらの料理が机に並べられる。
特にワイルド・ボアの吊るし焼きは、香草とソースをふんだんに掛けて、火の上で吊るし焼きにされている。
それを好みに応じて切り分けて、パンに挟んだり直接食べたりする。
これは元々は、ダーナに伝わる祭り料理のボアの丸焼きを真似た物である。
いまではこの地方の、名物料理となっていた。
「こうやって置いてあるナイフを使って…」
「へえ…」
「子供の頃は、誰が大きく切り取るかで喧嘩が起きるんだ
だからナイフは、子供には持たせないんだよ」
「そりゃそうでしょ」
「そんな場所にナイフだなんて…」
「でもな
そんな場所にナイフがあったのに、返り討ちにした猛者も居たんだ」
「え?」
「相手はナイフを持っていたんでしょ?
いくら子供の喧嘩だなんて言っても…」
「ぶふっ」
アーネストは話が聞こえたのか、思わず吹き出しそうになる。
「おい、ギル
その話は止せ」
「良いじゃないか
お前の武勇伝だろ?」
「え?
まさか…」
「その猛者って…」
「ああ
アーネストだ」
兵士達は目を丸くして、アーネストを見ていた。
それはそうだろう。
アーネストの見た目は、それこそ貧弱に見えていた。
今でも子供に喧嘩で負けそうに見える。
「あれでな、頭は切れるんだ
ナイフを魔法で防いで、身体強化で奪い取ったんだ
それも当時のガキ大将からな」
「へえ…」
「それは凄いですね」
ガキ大将を負かして、彼から奪ったのだ。
それを見ていた他の子供達は、彼に逆らおうとはしなかった。
どう見ても、自分より弱そうな相手にだ。
その屈辱を与える優越感と共に、アーネストは美味い肉を味わった。
子供の頃の武勇伝と言うか、どちらかと言うと若さ故の過ちであった。
アーネストは恥ずかしそうに、そっぽを向いて食事を続けた。
こうして楽しい夕食を終えると、ギルバート達は早々に寝室に向かった。
旅の疲れが出ていたのだ。
明日にはオウルアイ侯爵に会いに行く必要がある。
疲れを取る為に、ギルバートは早目に就寝した。
まだまだ続きます。
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