第38話
自称天才魔導士の少年は、重要な使命を受けていた
迫り来る魔物に対する重要な切り札
古代王国の遺した魔法を解明するのだ
その手には、謎の人物から渡された書物が握られていた
アーネストは領主邸宅を出て自室のある小さな家に向かった
この家はアーネストが生まれてから数年経った時、領主が与えてくれた物だった
当時の事はあまり覚えていなかったが、両親を立て続けに病で亡くし、行き場を無くした彼を救ったのは、当時の魔術師ギルドの長であった
詳しい経緯は聞いてはいないが、子供にしては大きい魔力持ちのアーネストを見出し、いずれは高名な魔術師になるだろうと推薦してくれたらしい
長が何を思ってそうしたかは分からない
聞こうにも彼は既にこの世を去った後だからだ
彼は育ての親である師匠の家をぼんやりと眺めた。
この家のすぐ隣にあり、小さな頃にはよく来ては面倒を看てくれた。
じいじ、今日は何して遊んでくれるの?
じいじ、母ちゃんはどこにいるの?
じいじ、今日はこのご本の魔法ができたよ
思えば色んな魔法を遊びだと言っては教えられたな…
アーネストは主を失った部屋の明かりを見て、寂しそうに笑った。
今は息子さん夫婦が小物の魔道具を作って生計を立てている。
そんな息子さん夫婦も、その子供達も、アーネストの事を嫌って近づこうとはしなかった。
だから師匠の墓にも参りに行けなかった。
「師匠
ボク、今、領主様に信頼されてね
これから重要な仕事しないといけないんだ」
形見の護符を握って、そっと呟く。
「必ず成功してみせる
だから…見守ってね」
アーネストは自室に籠って、書物の解析を始めた。
「さて、翻訳を始めるワケだけど…
どうしたもんだか」
思わず溜息が出る。
「翻訳をするに当たって、先ずはこの本を読破しなければならないんだけど…
子供に見せる本じゃないだろう」
頭を抱えたくなる。
本のタイトルからして、男女の濃密な恋愛を書いた本らしい。
先に領主の前で読んだ時にも、とても言葉に出来そうに無い事が書いてあった。
勿論、子供であるアーネストには分かり難い表現もある。
最初はタイトルの意味も分からなかったぐらいだ、当然だろう。
しかし、分かり易い範囲を見ただけでも、濃密な口づけとか書いてある。
辞書を見ながらなら分かりそうだが、そういう知識だけ覚えさせられそうだ。
世話を任されているメイド達には、普段から研究室や私室には入らない様には言ってある。
特に研究室には危ない魔法薬や魔道具があるから厳重に注意してある。
しかし、私室は着替えや掃除の為に、こっそりと入っている形跡がある。
今、絶対に入るなと言っても、年頃の男の子だから恥ずかしがっていると思われるだろう。
なんせメイドの中には、歳が近い方が接し易いだろうと領主が気遣い、若い女の子のメイド迄居る。
その子達にこれを見られたら…。
アーネストはメイド達に見つからない様に、ビクビクしながら翻訳を続けた。
その為、歳の近い女の子からは色々疑惑の目で見られていた。
「アーちゃん最近素気無いのよね」
「照れてるんとちゃうん?」
「あの子も男の子だからね」
年頃のお姉さん達はニンマリと笑う。
「何か見られちゃいけない物とか隠してる?」
「それならベットの下だわ」
「今度出掛けたら、掃除の序でに見てみる」
「そうねえ
健全じゃ無い物を持ち込んで無いかチェックしなくちゃ」
「なんせ、領主様に直々に任されてますもんね」
事情の知らないアーネストは、沐浴を終えた後に、ベットの下から本を引っ張り出して開いた。
早く翻訳を済ませて、こいつを処分しないといけないな
そう考えながら羊皮紙に要点を書き出していく。
3日目には、半分以上を読み終えて、日常によく使う単語や文法の法則を掴んで来た。
後は特殊な表現と、今までに出ていない単語の収集が急務だ。
幸い、羊皮紙に書き出した単語は関連性が無く、それだけを見ても不審な点は無かった。
一部隠喩的な表現や、よろしくない単語もあったが、今回の翻訳に必要が無いので消していた。
これでこの紙を見られても、社会的な抹殺は無いだろう。
問題になるのは、この書物が誰か…主にメイド達に見つかった場合だろう。
時刻は夜更けを過ぎ、作業を中断する。
そろそろ寝ないと、明日は領主に経過報告をする約束だ。
「明日の報告には、この紙を写して行くか
本は…またベットの下にでも隠しておくか」
アーネストは本をベットの下に隠すと、安心したのか明かりを消して就寝した。
翌日、アーネストの姿は領主の執務室にあった。
これまでに判明した単語と、文法や表現を解説する。
「これは面白いな」
「はい
純粋に言語として考えれば、ボク達の使う帝国語より複雑で深い言語です
しかし、同じ文字が似た複数の意味を成し、より複雑で深い意味を持つという事は、表現が豊富になると思います」
「例えば
火は燃やす事も出来ますが、存在を現す言語にもなります」
同じ火を出す魔法で、呪文に使われる言葉の組み合わせで形が変わっていく。
「同じ火の呪文でも、今までの呪文では火を出して燃やすだけでした」
「そうだな」
「それが…こうして」
追加の呪文で火の形が変わる。
「火の矢や火の玉、ここでは危険なので出来ませんが、壁の様にも出来ます」
「なるほど
そこだけ聞いても素晴らしいな」
「はい
応用出来れば、下級の魔術師でも戦闘に参加出来ます」
アーネストは呪文を記した紙を手渡す。
「これは呪文を書き出した物です
魔術師ギルドで活用してください」
「うむ
ありがたく使わせてもらう」
「後は…
魔法の使用方法になりますが
ここに興味深い一文がありました」
「何だ?」
「高位の魔術師は、修練により保有魔力を伸ばせると」
「ん?」
「これは仮説ですが、訓練次第で個人の持てる魔力が増えるのでは…と」
「それは本当か?」
「ええ
元々ギルドでも挙がっていた議題ですが、ここにも出ているとなると…」
「いよいよ真実味が増すか」
アーネストは領主の言葉に頷く。
「ただ、どうやって増やすかは、まだ分かっておりません」
「そこは載っている事を祈るしかないか」
「はい
まだ訳せていない箇所があります
そこに記されている可能性があります」
「うむ」
その他に、応用で魔法のイメージについての記載もあったが、ここも訳せていないので保留となった。
「以上がここまでに分かった事です」
「ありがとう
大きな前進だ」
「はい」
「魔法は火の魔法しか載っていなかったのかね?」
「いえ
今分かる単語が火であって、他はこれからです」
「そうか
いずれ雷や風の魔法が解明されれば、より戦力を拡充出来るであろうな」
「そのことなんですが…」
「ん?」
「魔物との戦闘には、魔法での攻撃手段は必要とは思います」
「無論だ
大いに貢献出来るだろう」
「しかし、高過ぎる攻撃手段は危険です」
「ぬう
それは…そうだが」
「規制の法案が出来るまでは、危険な魔法は公開を禁じた方が宜しいかと」
「魔術師の犯罪が起こるのか?」
「その可能性が高いです」
「今まで役立たずと揶揄されていた魔法使いが、突然強力な力を手にします
強くなったと思った魔術師が、力のままに好き勝手やりだしたら…」
「凶悪な犯罪者に成り兼ねんか」
「はい」
アルベルトは渡された呪文を見て、早急にギルド長と会談しなければならないと思った。
「しかし、流石はガラン老の弟子だな
これほど早く、成果を上げるとは」
アーネストは師共々褒められて、照れて笑う。
「いえ
そもそもはあの書物があったからです
アルベルト様はどこで手に入れられたんですか?」
「う、ううむ
いや、知り合いから…な」
「そうですか…」
やはり、話してはもらえないか
よほどの秘密が絡んでいるのかな?
アーネストは諦めて、話題を変える事にした。
「そういえば、ギルはどうしてます?
あいつには剣術の事で話があるんですが」
「おお
そういえば、今日もあの子の面倒を看てもらっている
こちらに呼ぼうか?」
「ええ
出来れば、お願いしたいんですが」
アーネストにそう頼まれては、呼んだ方が良いだろう。
アルベルトは誰か呼びに行かせようとベルを鳴らした。
チリン、チリン
「はい」
執事のハリスが返事をして、執務室へ入って来る。
そのタイミングで、ドタドタと廊下を駆けて来る音がした。
「ぼっちゃ…ギルバート様
廊下を走るなどいけませんぞ」
ハリスが注意をする。
「だって、アーネストが来てるって」
「ああ
丁度良かった
お前を呼ぼうとしていた」
「ボクを?
何でしょう」
「その前に
廊下を走ってはダメだぞ」
「はーい
ごめんなさい」
父親にも言われて、ギルバートは素直に謝った。
「それで?
アーネストに何か用があるのかね?」
「はい」
アーネストは自分に?と首を傾げた。
「父上にもお話しようと思っていたので、丁度良かったです」
「そうか」
「アーネスト
こないだ貰った紙なんだけど」
「ああ
あの剣術かい?
ボクもその話があったんだ」
「うん
それで…」
ギルバートは書かれていた剣術の型の一つを構える。
「さっきもこの構え…スラッシュだっけ?
練習してたんだけど」
「うん」
「何度か、こう…
振っている時に変な感じがしたんだ」
「変な感じ?」
「そう
なんて言うか…引っ張られる様な?」
そう言って、ギルバートは軽く剣を振る。
練習用の木剣だ。
少し重たく作ってあるが、所詮は子供向けの木剣だから、全力で振っても風切り音はしない。
しない筈なのだが、時々いい風切り音がする。
ふむ
あれだけ切れているのなら、そろそろ大人用の木剣を与えてもいいかな
ギルバートが構えをする横で、アーネストが書物に載っていた解説を注意する。
「足元に力を入れて…」
「こうかい?」
アルベルトが声を掛けようと一歩踏み出した時、今まで緩やかに動いていたギルバートの動きが、急に素早く、鋭い動きに変わった。
そして、何かを感じたアルベルトは、咄嗟に横へ跳んだ。
ヒュウウン
ズバアアアン!
激しい衝撃音がして、真横に居たアーネストが吹っ飛ぶ。
そしてアルベルトが振り返ると、さっきまで自分が居た方の壁に、横に一文字の亀裂が入っていた。
「何事です!!」
ハリスが乱暴にドアを開けて入って来る。
後ろにはメイドが二人、部屋へ早足で入って来る。
領主の執務室であんな音がすれば、何者かが襲撃したかと慌てるのは仕様が無い。
「大丈夫だ、問題ない」
アルベルトは片手を挙げて落ち着かせようとする。
吹っ飛ばされたアーネストは、立ち上がって壁の亀裂を凝視していた。
「しかし、もの凄い音がしましたぞ」
「ああ
壁があんなに…」
「みなさん、お怪我はありませんか?」
「いいから
後で説明はする」
「はあ」
「領主様がそう仰るなら…」
三人は不承不承ながら部屋から出る。
部屋が静かになってから、改めてアルベルトは聞いた。
「アーネストも怪我は…無さそうだね」
「はい」
アーネストは、壁の亀裂とギルバートを交互に見てはしゃいでいた。
「凄いぞギル
壁があんな事に」
「う、うん」
「これがスキルだな」
「あ、うん」
はしゃぐアーネストを横に、ギルバートは壁の亀裂を見ながら困惑していた。
「父上に当たらなくて…良かった」
「もう一度、アレを打てるか?」
「うえ?」
「アーネスト!」
興奮するアーネストに困惑するギルバート。
このまま、またやりそうになって、アルベルトは慌てて止めた。
「ここでやるのは危険だ」
「あ…はい」
アーネストはアルベルトに言われて、状況を理解した。
「それで
これはなんだね?」
「はい
攻撃用の剣術スキル、スラッシュと言います」
アーネストは写しを渡して説明する。
「理論は分かっていませんが、決められた型通りに繰り返し練習すれば身に着く様です」
「スキル?」
「はい
スキル、技術の事です
簡単に説明するなら、魔術師の魔法の様な、戦士の必殺の攻撃手段です」
「ふむ
戦士の為の魔法みたいな物か」
「はい
そういう認識でよろしいかと」
「これは…
ワシでも使えるのかね?」
「恐らくは」
アルベルトは真似してみせるが、上手く出来ない。
「よく練習して、何度もやらないと出来ない様ですね」
「ボクもかなり練習しましたから」
「そうか…」
「これを守備隊に教えても構わないかね?」
「ええ
是非そうしてください」
「分かった」
アルベルトはベルを鳴らすと、執事のハリスに羊皮紙を渡した。
伝言を幾つか伝え、守備部隊に手渡す様に命じる。
「はい
では、早速渡して参ります」
「うむ
頼んだぞ」
これで要件が済んだので、アーネストは執務室を出た。
ギルバートがどうしてもと言うので、そのままセリアの眠る部屋に向かった。
スキルの習得はまだ謎に包まれています
ただ、習得されれば強力な技が出せるという事は解りました




