第377話
ギルバートの治療をする為に、アーネストは馬車に乗ってオウルアイ領に来ていた
馬車にはセリアも同乗していて、妖精郷への道はセリアにしか開けられない
セリアは精霊女王の力を解放して、妖精郷への道を開いた
そこは不思議な森で、花々が咲き誇り、木には様々な木の実が生っていた
セリアの呼びかけに応えて、一柱の精霊が姿を現す
彼は土の色をした、小さな人型の精霊だった
見た目は背の低い初老の男性で、白い髭と眉に顔が覆われている
何かを話し掛けるが、それは精霊言語なのでセリアやアーネストにしか分からなかった
精霊は小首を傾け、幾つかの言語を真似て話してみる
「アロー?
グウテンモオヘン?
アンニョハセオ?
コンニチハ?」
最後の言葉に、ギルバートは頷いた
そこで精霊は、もごもごと呟く。
「System call
Talk to code j:057」
精霊が何か呟くと、それから流暢にしゃべり始めた。
「初めまして、人間さん
ここにあなた達が来るのは、随分と久しぶりですね」
「ノーム
共通語は話せる様だね」
「ええ
しすてむに申請しました
これで問題は無いかと」
「うん」
「精霊女王様もお久しぶりですね
どこに行かれていたんですか?」
「ちょっと人間の世界にね」
「危なく無いですか?」
「大丈夫だよ
お兄ちゃんが守ってくれるから」
セリアはそう言いながら、ギルバートの腕を取った。
「ふむ
ガーディアンの候補ですか
それならば護衛にはよろしいでしょう」
「それなんだけど…
ちょっと困った事になっているんだ」
「困っているとは?
どういったご用件でしょう?」
「実はお兄ちゃんの魔石が穢されていて…
そういえば光の精霊は?」
「光の精霊ですか?
女王がお呼びになられたいのは彼ですか」
「そうだよ
重要な用件があるんだ」
「困りましたなあ
彼は外界に用事が出来て、今は外に出ています」
「そんな!」
何という事だろう。
ここに来て、肝心の光の精霊が不在なのであった。
「どこに行っているんだい?」
「それがですね
ここから東に向かった古い都の跡に、新たな勇者が現れまして」
「勇者?
それで何で?
光の精霊が向かっているの?」
「彼女は聖女の力を持っています
そこに彼が出向いて、力の使い方を教えております」
「そんな…」
「勇者?
それは称号の勇者なのか?」
「いえ
選ばれた勇者になるべき存在です
そこのあなた達に似た存在ですね」
精霊はアーネストとギルバートを見て、そう言った。
「しかし魔石が穢されたんですか?」
「うん
どうやら魔王の狂気に当てられたらしいんだ」
「ふうむ
さしずめ魔力中毒でも起こしているんですか?」
「そうなんだ
だから光の精霊に、浄化してもらおうと思ったんだけど…」
「なるほど
確かにその青年から、黒い魔力を感じますね」
ノームはギルバートを見て、思案気な顔をする。
「ん?
しかし変ですね
彼にはもう一つ…
光の魂が隠されている?」
「分かるのか?」
「ええ
ここは精霊の世界です
魂の純度は高まり、その本質を見極める事が出来ます」
「魂の純度?
本質を見極めるか…」
「それで?
ギルの状態はどうなんだい?」
「ふむ
非常に興味深い
どうしてこういう状態なのかね?」
精霊に尋ねられて、アーネストは簡単に封印の状況を話す。
「実はギルは、産まれた時に女神に殺す様に命じられていたんだ」
「女神じゃと?
しかしこの青年は…
ガーディアンの候補では無いのか?」
「そうなんだよね
どうして女神様は、お兄ちゃんを殺せだなんて…」
「ふうむ
考えられるのは、ガーディアンの候補が邪魔だった?
しかし女神は、ガーディアンを欲していた筈」
ぽむ!
ノームが思案していると、その横にもう一つ精霊が姿を現す。
白いローブを身に纏った、幼い少女の姿をしている。
彼女は宙に漂いながら、ギルバートの側まで近寄った。
「うーん
これは魔法を使ったのかい?」
「あ!
シルフ」
「ごきげんよう
精霊女王様」
シルフはセリアに頭を下げると、ギルバートの頭を掴んだ。
「うわっ
何をする」
「ちょっと大人しくしなさい
お姉さんが診てあ・げ・るから」
シルフは手から、何か白い靄の様な物を出す。
「これ、シルフ
お客人に無茶をするな」
「そうは言ってもね、アンタ
こりゃあマジで相当にヤバいよ
何を触媒にしたんだい?」
「それは…」
「この子の精神の上に、もう一人の精神が上書きされているよね?
それで外からは、すぐにはこの子の事が、見分けが付き難いんだね」
「何と!
人を依り代にして、この子の力を封じているのか?」
「ええ
女神様に命を狙われていて
それで封印をしたそうです」
「何という事を…」
「バカな事をしたねえ…」
これにはさすがに、精霊達も顔を顰める。
「当時は碌な対策も取れず、止むを得ずそうしたそうです」
「何という無茶を
そんな事をすれば、二人の人格が一つの肉体の中で、互いの主張を争う事になるぞ」
「どうにか出来ませんか?」
「うーむ」
「え~…」
二人の精霊が悩んでいると、地面からもう一柱の精霊が姿を見せる。
彼女は青白いローブを身に纏った、背の高い女性の姿をしていた。
「何事だい?」
「ウンディーネも居たの?」
「ああ
精霊女王様
お久しぶりね」
ウンディーネは頭を下げると、周囲の兵士やギルバート達を見る。
そうしてギルバートに視線を戻すと、顔を引き攣らせながら驚く。
「うわっ
何だいこりゃ?」
「ああ
この青年が問題なのじゃ」
「精霊女王様のお連れになった人間なんだけど…
どうも厄介な状態だね」
「厄介ってもんじゃ無いだろ
主人格の上に真っ黒に闇に染まった人格が乗っかっているじゃないか
よくもまあ、無事でいられるね」
ウンディーネはそう言うと、掌から水を流し出した。
それはギルバートを包み、水柱の中に封じ込めた。
「ごばごぶごぼ…」
「あ!
おい、何をするんだ」
「何をするって
一先ずはこうでもしなきゃ
この子は死んでしまうよ」
「アーネスト
ウンディーネは清らかな水で、浄化しようとしてくれているの
大丈夫だから」
「浄化って…」
よく見ると、最初は苦しそうだったが、ギルバートは水の中でも息が出来ていた。
それも水の効果だろうか、表情が和らいだ様に見える。
「しかし私の力でも、一時凌ぎでしか無いよ
ここまで真っ黒なんだから、光の精霊にでも頼まないと
とてもじゃ無いが浄化しきれないよ」
「やはり光の精霊の力が必要か」
「うん」
ギルバートは、ウンディーネの水で洗い清められる。
しかしそれだけでは、闇の力を抑えるには不十分だった。
そこでノームは、地面に手を当てて何かを引き出した。
それを手にすると、満足そうに頷く。
「これ
イフリーテよ
どこに居る?」
ノームの呼びかけに、魔力が収束して行く。
そして大気が揺らぐと、真っ赤な人型の精霊が現れた。
もじゃもじゃの髭を生やした、異国の戦士の姿をした精霊だ。
彼は赤銅色の肌をして、筋骨隆々な身体に簡素な戦衣を纏っていた。
「何じゃ?
ワシが居ると、森が焼けると煩いくせに
一体何用じゃ?」
「イフリーテも無事だったんだね」
「これは精霊女王様
お久しぶりでございます」
イフリーテは腰を曲げて、丁寧にお辞儀をした。
「そこな若者が、闇の魔力に苦しんでおる」
「ほう…
ふむ
確かにこれは厄介じゃな」
イフリーテも水柱の中のギルバートを見て、顔を顰めていた。
「シャドウの奴に黒く染められたか?」
「いや
どうやら女神から隠す為に、他人の魂を無理矢理上書きした様じゃ」
「何じゃと?
そんな物は女神にも禁じられておろうに…」
イフリーテが手を翳すと、ギルバートの全身に文様が浮かび上がる。
それは禍々しく濃紺の光を放ち、全身を覆う様に刻まれていた。
「ふむ
確かに魂と血を注ぎ、無理矢理封じ込めておるな
これではせっかくのガーディアンの力も、存分には奮えんだろうに」
「ああ
長く封印しておった様じゃな
すっかり身体に沁みついておる」
「よくこの状態で生きていたね」
ノームもシルフも、封印の効果に感心していた。
そして何よりも、それに耐えていたギルバートの精神力に驚いていた。
「よほど主人格になる者が、強い光の力を持っておるんじゃな」
「ええ
そうで無ければ、発狂してしまうわ」
「それで?
ワシは何をすれば良い?」
「これじゃ
これに力を注いでくれ」
「どれどれ?
ふむ
こんな感じか?」
ノームが差し出した石に、イフリーテが魔力を込める。
石はイフリーテの魔力を帯びて、紅く輝き始めた。
「シルフも頼む」
「そうね
私達四大精霊の加護があれば、この邪気も封じれるでしょう」
ノームはウンディーネにも渡して、力を込めてもらう。
そうして出来上がった石を、木の蔦から作った紐で結びつける。
精霊の力で作ったので、どこにも結び目が無いのに、石は蔦に納まっていた。
「これで完成じゃ」
「ありがとう」
「しかしこれは、封じ込めておくだけじゃ」
「うん」
「なるべく早く、どうにかしないと大変な事になるぞ」
「大変な事?」
「ああ
今はまだ、何とか主人格が抑えられておる
しかし闇の力が強まれば、人格が交代してしまうぞ」
「そう言えば、エルリックも封印の石を持っていたけど…
暴走していたな」
「そうじゃ
闇に飲まれると、その人格が表に出る事になる」
「うわっ…」
「問題はそれだけじゃあ無いよ
身体がその力に、耐えられるかどうかだね
最悪の場合には、力に負けて暴走した挙句、全身がバラバラになるわよ」
「ひえっ」
「それは…」
「恐ろしい」
兵士達は話を聞いて、思わず身震いする。
聞いていた以上に、ギルバートの身体の中に封じられた者は、危険な存在だったのだ。
ギルバートは水柱から解放されると、首から封印の護石を提げた。
それを身に着けた途端、闇の魔力は体内に押さえ込まれる。
「凄い効果だ」
「言っておくが、それは一時的な物だ
心が闇に囚われれば、すぐに護石の効果は無くなる
そうなればどうなるか…分かるな?」
「あ、ああ…」
ギルバートはゴクリと唾を飲み込む。
今までも何度か、闇の力に囚われた事はあった。
しかも段々と、その力は増している様に感じていた。
次にそうなった時には、ギルバートの人格は闇に囚われて逃げ出せなくなるだろう。
「既にみなさんが来られてから、1月以上の時間が経っていますね」
「もうそんなに?」
「ええ
ほら」
ウンディーネが指差すと、ちょうど外の景色が夜から朝に変わっていた。
外の時間は、こちらに比べると早く進むのだ。
「女王様
お疲れでしょう
少し休んでください」
「うん」
ノームが木で編んだ椅子を用意して、セリアを休ませる。
兵士達も休める様に、椅子やテーブルが用意された。
「こうしてここに人が訪れるのは、実に何世紀ぶりでしょうね」
「そうじゃなあ
再び平和な時が、訪れれば良いのじゃが」
「しかしその為には…」
「ああ
女神が邪魔になるな」
「え?」
「何で女神が邪魔になるんです?」
「女神は我々との、盟約を破った」
「そうじゃ
魔物をここへ入れおった」
「おまけにエルリックの小僧め
ワシの森を焼きおった!」
ノームは忌々し気に、地団駄を踏む。
どうやら魔物をどうにかしようとして、エルリックは森ごと焼いたらしい。
「女王様
エルリックの小僧を見掛けたら、ここに来る様に言ってくだされ
キツイ灸を据えねばならん」
「ふふふふ
そうね
帰ったら言っておくわ」
「しかし女神め…
まだ諦めておらなんだか」
「そうじゃのう
ガーディアンの小僧を作るなど…」
「へ?」
「それはどういう事です?」
「ああ
ガーディアンとは原初の人間の事じゃ」
「ここに最初に来た人間
それを再生しようとしておるんじゃ」
「え?
女神様の目的って…」
精霊達は訳知り顔で、アーネストに答えた。
「女神自体の職務は、この世界に人間の国を作らせて、発展させて行く事じゃ」
「その為に、時に魔物や魔王を遣わして、人間に試練を与える」
「しかしガーディアンに関しては…」
「女神が最初に来た頃、ガーディアンが降り立った」
「女神はガーディアン達の事が忘れられず、今も求めておるのじゃな」
「でも、ギルが生まれたのは偶然じゃあ…」
「そうかも知れんが、そこには女神の意思も介在しておるじゃろう」
「でなけらば偶然にしては、これは出来過ぎている」
「つまりギルは、女神様が待ち望んでいる存在って事ですか?」
「そうじゃな
これだけ力を身に着けられそうなガーディアンは、ついぞ見た事が無い」
「しかしそれなら…
何で女神様はギルを殺す様に指示したんですか?」
「それは分からん」
「しかしそう指示した以上は、何か別の狙いがあるんじゃろう」
それが何かは分からなかった。
しかしエルリックは、女神は本当は眠っているんじゃないかと言っていた。
もしそれが本当なら、ギルバートを殺そうとした者は別に居る。
そしてギルバートは、長く女神が待ち望んでいた、ガーディアンという存在になれる可能性がある者だという事だ。
「まあ
女神の思惑が何にしても」
「先ずはその厄介な闇の力をどうにかせねばな」
「その為には、東の国に向かう必要がある」
女神の思惑がどうであれ、今はギルバートの封印をどうにかしなければならない。
その為には、恐らく東の帝国跡地に向かう必要があるだろう。
そこには勇者に選ばれた、聖女と呼ばれる女性が居る筈だ。
彼女と合流して、光の精霊の手助けが必要なのだ。
アーネストは兵士達が寛ぐ、森の様子を見る。
少し休んで、セリアが回復したら帰らねばならない。
外では数ヶ月が経った事になっているだろう。
そこから王都に帰還して、次は東に向かう必要があった。
早くしなければ、時間はどんどん過ぎて行く。
王都に戻ったら、バルトフェルドをもう一度説得する必要がある。
ギルバートを連れて、帝国の跡地に向かわないといけないからだ。
アーネストは逸る気持ちを抑えて、入り口の向こう側の世界を見ていた。
まだまだ続きます。
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