第376話
王都に戻ったギルバートを、妖精郷に連れて行く
そこで光の精霊の力で、魔力中毒の症状を治す必要があった
だからアーネストは、セリアとギルバートと共に、王都を発つ準備をしていた
この旅は危険で、妖精郷に入る為に時間も長く掛かる
アーネストはフィオーナと、別れの前の一時を過ごした
王都の西の城門に、兵士が集まっていた
これから馬車にギルバートを乗せて、オウルアイに向かって旅をする。
季節は秋に入っており、ダーナに着いた時点で冬が間近になる
そして妖精郷に入るので、出て来た頃には大分時間が経っている事になる
最悪の場合には、数年が経過した事になるだろう
「支度は出来ました」
「よし
先ずはオウルアイに向かって出発する」
「はい」
バルトフェルドは、馬車の中のギルバートに声を掛ける。
「殿下
体調はよろしいですか?」
「ああ
少し気怠いが、問題は無いよ」
ギルバートはそう答えながら、アーネストの方を見た。
「むしろ私より、アーネストの方が…」
「オレは大丈夫だよ
単なる寝不足だから」
「オレ?」
「ん?」
アーネストは無意識に、ボクからオレに言い方が変わっていた。
それに違和感を感じながら、ギルバートは質問した。
「昨日は早目に寝るって言ってただろ
どうしたんだ?」
「べ、別に何でも…」
「?」
何故か不服そうなアーネストを見て、ギルバートは首を傾げるのだった。
「さあ
オウルアイへ向かおう」
「お、おう?」
アーネストが指揮を執り、兵士達は王都の西の城門を出る。
そこから一行は、約3週間を掛けてオウルアイへと向かった。
旅の途中は、特に大きな事は起きなかった。
途中でノフカで補給をしたが、それ以外の町では何事も無く過ぎた。
そしてダーナに近付くまで、魔物に襲われる事も無かった。
これはセリアが居た事で、精霊の加護があったからである。
「無事に着いたな」
「ああ
しかし時間が…」
ギルバートは一見健康そうに見えたが、今では歩くのも辛そうだった。
これは魔力を貯め込む事も、放出する事も出来ないからだ。
ギルバートは生きる気力を奪われて、動く事にも飽いでいた。
微かに残された意思で、何とか妖精郷に向かおうとしていたのだ。
「残された時間は短い…」
「良いんだ、アーネスト
私は十分に生きれた」
「何を言っているんだ!
お前を死なせないぞ
フィーナに誓ったんだ」
「アーネスト…」
「必ず…
必ずお前を治させてみせる」
アーネストは力強く宣言すると、オウルアイへと向かった。
「ここはオウルアイの町だ
どういった用件かね?」
人口こそ少なくなっていたが、ダーナの街はすっかり再建していた。
名前も新しい領主の名を着けて、オウルアイの町と改めていた。
そんなオウルアイも入り口である城門で、番兵は兵士の一団に質問していた。
隊商は来る事は多いが、兵士が訪れる事は珍しいのだ。
「すまないが…
こちらは王太子様が乗っておられる」
「王太子殿下が!
それは失礼いたしました」
「しかし王都は…
魔物の被害で壊滅したと」
「ああ
国王様も亡くなられ、王太子殿下も病に…」
「な!
何だと」
「それでは…」
「すまないが今は、訳あって急いでいる
こちらで補給だけを済ませたい」
「分かった」
兵士は番兵に、王都からの指示書を手渡した。
そこには王家の紋が押印されていて、王家からの正式な依頼となっている。
補給を直ちに済ませて、北の森に向かう事になっている。
「護衛はどうしますか?
この指示書には不要と書かれていますが?」
「ああ
貴殿たちにはこの町を守る責務がある
私達には殿下を守る責務がある
そういう事だ」
「そう…ですか」
「お気を付けて」
番兵達は最敬礼をして、兵士達を見送った。
補給物資も、最低限の食料だけだった。
ポーションや武器の提供の提案もあったが、アーネストがそれを丁重に断った。
これから行う事は、秘密裏に妖精郷に入る事だ。
魔物と戦う事では無いので、不要な物資は必要無かったのだ。
兵士達は馬車を守りながら、ゆっくりと公道を北へと進む。
思えばこの道は、4年も前にセリアが、ダーナへと救出されて運ばれた道だった。
この道でダーナの兵士が逃げ延びた時から、魔物との戦いが始まったのだ。
そうして再び、セリアは森の集落の跡地へと向かっていた。
あの時集落は、壊滅して滅びていた。
集落の生き残りは数名で、兵士達に守られて砦に避難した。
そこも魔物に落とされて、兵士達は街まで敗走する事となる。
兵士達が助かったのは、魔物の気紛れもあったのだろう。
魔物が砦に固執していなければ、みんな殺されていたかも知れないのだ。
「そこを右に行って」
「え?
まだ集落には…」
「妖精郷はそっちだよ」
「え?」
「ここに入んのかよ?」
「馬車が通るかな?」
そこは獣道も無く、入り組んだ森の中になっていた。
とてもじゃ無いが、馬車が入れそうには見えなかった。
「無理じゃね?」
「大丈夫
ノームさん」
ポム!
@&%#&@
ぬいぐるみの様な精霊が現れて、森に向けて手を振るった。
それに合わせる様に、森の入り組んだ木々が左右に広がる。
まるでそこに道があった様に、森の中に通り抜ける道が現れた。
「凄い!」
「これなら通れるぞ」
「急いでください
ここは妖精の隧道」
「セリア?」
気が付けば、セリアは緑色の輝きに包まれて、少し大人の姿になっていた。
「その姿は?」
「黙って
今は急いで進みなさい」
「は、はい
おい!
急いで進め」
「はい」
兵士達に促して、一行は急いで隧道を通って行く。
進んでいる間にも、森の上には光が通り過ぎ、やがて暗闇が覆って行く。
さらに進むと、再び光が差し込み始めた。
「これは…」
「アーネスト
あなたになら分かるでしょう?」
「そうだな
急げ!
時間がどんどん過ぎて行くぞ」
「へ?」
「は、はい」
隧道を抜ける間に、2度暗闇が覆い、光が差し込んだ。
それから一行は、隧道を抜けて開けた場所に出た。
「ふう
ここが妖精郷の入り口です」
「アーネスト様
今のは?」
「まだ終わっていないぞ」
セリアは疲れた顔をしながらも、懸命に呪文を唱える。
「Pliease make a request to tha God
I wish go to the fairyland」
セリアが呪文を唱えると、中空に魔力が収縮して、激しい火花が飛び散った。
「くっ…」
「セリア!」
「大丈…
黙ってて…」
セリアが放つ緑色の輝きと、中空に広がる蒼い放電が拮抗する。
そうしてセリアが苦心して、それを押し切る。
バチバチ!
ズドーン!
激しい光がが一際輝くと、轟音と共に目の前に異様な光景が広がった。
そこには何も無かった筈なのに、今は入り口の様に穴が空いていた。
そしてその中は、周りの森とは違った色鮮やかな森が広がっていた。
「これは…」
「さあ
ここが妖精郷よ
急ぎましょう」
話している間にも、空は暗闇が迫っていた。
4日目の夜が近付いているのだ。
「急ぐぞ
ここも外の時間よりも早く進んでいる
残っていたら外の世界から取り残されるぞ」
「な、何だって」
「それは急がないと」
事態を理解したのか、兵士は慌てて入り口に向かう。
しかしその先を見て、踏み込むのを躊躇っていた。
「何してるんだ?」
「そりゃあ…」
「これは…」
その中の世界は、外の森とはまるで違っていた。
鬱蒼と薄暗い森の中に、色鮮やかな花や木の実を着けた木々が見えるのだ。
それは外の光景と相まって、異様な美しさを見せていた。
アーネストは思わず、馬車から降りて兵士を蹴り入れた。
「良いから入れ」
「アーネスト様」
「酷いですよ…」
「これで何かあったら…」
「そんな事してる間に、時間はどんどん過ぎているんだよ」
アーネストは言いながら、自らも妖精郷の中に入って行った。
入る瞬間に、一瞬だが違和感を感じる。
それは不思議な感覚だったが、次の瞬間には、アーネストは妖精郷の中に入っていた。
「ここが妖精郷…」
「不思議な場所ですね」
そこには暖かな日差しが差し込み、足元には様々な色の花々が咲いている。
木々にも花や木の実が生っていて、芳しい香りも漂っていた。
妖精郷に入った事で、馬車からセリアも降りて来る。
いつの間にか、セリアはいつもの子供の姿に戻っていた。
何も無い空間に、無理矢理通り道を開けたのだ。
それだけ力の消耗も大きかったのだろう。
「あれ?
セリア?」
「うみゅ?」
「元に戻ったのか?」
「うん
力を使い過ぎちゃった」
「そうか…」
「せっかくお兄ちゃんを誘惑出来る、せくしいだいなまいとになれたのに…」
「せくしい…ぷっ」
「うう!」
セリアは両手をぶんぶん振り回して、ポコポンパンチを繰り出す。
しかしアーネストは、軽快にそれを躱した。
先程からこの場所では、空気が澄んでいて身体の調子が良いのだ。
まるで羽の様に軽くなったと、錯覚しそうな感じだった。
「ギル
具合はどうだ?」
「うーん
少しマシかな?」
ギルバートも具合が良くなった様で、馬車から立って降りていた。
「ここは精霊の力が強いの
だから私も、本来の力が使えるわ」
「いや
セリアはその姿でそのセリフは…」
「なあに?」
「いや、何でも無い」
セリアは大人ぶった言葉遣いになっているが、子供の姿なので微妙な違和感があった。
しかしそんなセリアを見て、兵士達は良いと喜んでいた。
気が付けば、兵士達の間でセリアの人気が上がっていた。
先程の精霊女王の力には畏れていたが、普段のお子ちゃま状態のセリアは兵士には人気があるのだ。
「それで?
これからどうすれば良い?」
「うーん…」
セリアもこの先に関しては、ノープランだった。
妖精郷に来れば、何とかなると思っていたのだ。
「光の精霊とやらは?」
「うーん
姿が見えないよ」
セリアは聞き耳を立てようとする。
その時アーネストは、セリアの耳が長く鋭く尖っている事に気が付く。
「セリア?
その耳は?」
「ん?
ああ
精霊の耳だよ」
「精霊の耳?」
「ここは妖精郷
精霊の力に満ちた世界なんだ
ほら」
セリアは聞き耳を立てながら、アーネストの耳を指差す。
疑問に思いながらも、アーネストは自分の耳に触れる。
その時初めて、アーネストは自分の耳も長くなっている事に気が付く。
そして振り返ると、ギルバートも耳が長くなっていた。
「お兄ちゃんもアーネストも、精霊の血を強く受け継いでいるよね
だからここでは、その力が強く引き出されるんだ」
「精霊の血?」
「そう
あなたもガーディアンの資格を持つ、選ばれた人間の一人なんだよ」
「何だそれは?」
「うーん
今は詳しく話せないかな?
話すと長くなるし…」
「この耳は、精霊の声を聞き分けれる
そして素養のある者なら、精霊と言葉を交わせる事も出来るよ」
言われてみれば、確かに何かの声が聞こえる。
「精霊の血?
それがオレの身体に?」
「どうして私達なんだ?」
「それは…」
「人間と妖精が交わって、お前の様なエルフが生まれたんじゃ無いのか?」
「アーネスト?」
「うーん
人間ってすぐに、自分の都合の良い形に解釈するからなあ…」
「何だって?」
「それはどういう事だ?」
「人間だけじゃあ無いよ
女神は最初に、精霊と竜が住まうこの地に降臨した
そうして彼等の血を分けてもらい、原初の人間達を作った」
「何だ?
その話は?」
「聞いてた話と違うぞ」
「詳しく話す事は出来ないよ
それに時間も惜しいしね」
セリアは躊躇いながら、首を振った。
「ただ…
これだけは覚えておいて
原初の世界には、人間を始めとして多くの生き物が産み落とされた
エルフもそうだし…
巨人やマーマン、ドワーフ…
女神は伝承に従って、幾つかの人型の生命体を生み出した
その一つが、原初の人にして最初のガーディアン、@@%&#$」
「え?」
「何だって?」
「あ…
やっぱり無理があるか
ごめんね」
「それも女神様の制約とか言うやつか?」
「うーん…
そんなところかな」
「お兄ちゃんは残念ながら…
ほとんど聴き取れないよね?」
「う…」
「アーネストの方が素養はあるけど…
それを学ぶには時間が掛かるよ?」
「時間?
この世界の秘密の一端に触れるのなら…」
「駄目!
お姉ちゃんと約束したんでしょ!」
「え?
何で知って…」
「それに子供も待っているよ」
「子供?
アーネスト?」
「うん
私が手伝ったから
多分無事に産まれるよ」
「子供?
オレとフィオーナの子供?」
「うん
だから無事に帰らないと」
アーネストは喜んだら良いのか、困った様な顔をしていた。
それはフィオーナとの間に、それを望んでいたのは確かだ。
しかし、いざ出来たと聞いた時に、アーネストは足枷が出来た様な気がしていた。
フィオーナや子供が居なければ、この世界の秘密を解明出来る。
そうすれば、人間の世界を救えるかも知れないのだ。
使命感と自身の欲に葛藤して、アーネストは答える事が出来なかった。
「アーネスト
後で詳しくな」
「へ?」
「今日から義弟として扱うからな」
「いや
フィオーナはギルの実妹じゃあ無いだろう」
「それでも妹として育ったんだ
しっかり責任は取ってもらうぞ」
「ぬぐう…」
「ええっと…
もういいかな?」
「ん?
ああ」
「時間も惜しいからね
今ので数日分無駄になったと思うから」
「ああ、すまない」
そうだ!
今は時間が惜しいんだ
ここにはまた来れば良い
その機会は必ずある筈だ
アーネストは気持ちを切り替えて、セリアが語り掛ける精霊言語に聞き耳を立てる。
それは複雑な言語であったが、何故かアーネストには理解が出来た。
何と言えば良いだろう?
他の国の言語で話す会話を、脳内で翻訳して聞いている感じであった。
そうして歪んだ空間の中から、一柱の精霊が姿を見せた。
まだまだ続きます。
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