第374話
ギルバートを治療する方法は、妖精郷が見付かれば何とかなりそうだった
しかし肝心の妖精郷の場所を、知る者が居なかった
情報を提供してくれたエルリックは、そのままポーション作りの情報も与えた
これは女神に背く事になりそうだったが、今のところは何も起こらなかった
ギルバートの治療の為に、妖精に会う必要があった
その為にヘイゼルとアーネストは、王城の図書館に向かった
そこへ話を聞いた、マーリンも加わる
三人でクリサリスの歴史書や、周辺国の歴史が載った本を調べる
妖精は今では見られないので、過去の資料を調べるしか無いのだ
「なかなかそれらしい話はありませんね」
「これはどうじゃ?」
「それがセリアが居た妖精郷でしょうね
ですからそれ以外の場所を見つける必要があります」
マーリンが持って来たのは、ボルの南の森の話だった。
そこには妖精と森の貴人が住んでいる、美しい森の都が在ったという話だった。
「アルフェリアってハイエルフの王国が在ったんです
そしてその近くに、妖精郷の入り口が在ったって」
「はいエルフ?
それは何じゃ?」
「ここだけの話ですよ」
「う、うむ」
「ヘイゼル様も」
「ああ」
アーネストは二人に念押しをしてから、イーセリアの事を語る。
「これはエルリックも隠しているので、半分推測です」
「ああ」
「うむ」
「元々居たエルフが、今で言うハイエルフです
彼等はエルフの純血種で、今のエルフよりも高度な魔法と精霊との結び付きがありました」
「何と…」
「そんな者が居たのか」
「ええ
イーセリアとエルリックは、恐らくそのハイエルフの生き残りです」
「何じゃと!」
「あの子がそんな存在じゃとは…」
「ハイエルフは純血種で、本来は人間と同格だと思われます
なんせ最初に作られた妖精と人間の間の存在ですから」
「では、今のエルフは?」
「人間とハイエルフが交わった子供達です
尤もさらに人間の血が濃いくなった者は、ハーフとして蔑まれていますが…」
「それは…」
「仕方が無いんです
能力も極端に低くなりますし、精霊との交信も出来ません
それに今のエルフは、人間に対して不信感しか持ちませんから」
「そうじゃのう」
「美しいエルフを見て、多くの者が奴隷にしようとしたからのう
憎まれても仕様が無いじゃろう」
魔導王国時代に、多くのエルフの里が襲われた。
見目麗しいエルフを、性奴隷にしようとする貴族は多かった。
また、精霊と交信出来る点にも着目されていた。
精霊の力を借りれれば、色々な事が出来るからだ。
例えば有益な薬草の栽培や、農耕を楽に出来る。
そういった事から、魔導王国は亜人狩りを推奨していた。
「それで?
ハイエルフの王国が在ったという事は…」
「ええ
ハイエルフの国が在る、或いは在った場所に妖精郷が在る可能性が高いです」
「しかし、エルフですら隠れ住んでおったんじゃろう?
それより上位のハイエルフの国となれば…」
「ええ
そんなに数は無いでしょう」
そしてその予想を裏付ける様に、ハイエルフの国らしい伝承は見付からなかった。
エルフの国は何ヶ所か在った様だが、それすらも今では存在しない。
「もしかしたら、隠されているのかも?」
「しかしそれでは…」
「そうじゃのう
見付ける事から困難じゃ」
「うーむ…」
三人は額を寄せ合い、真剣に悩んでいた。
何よりも情報が古過ぎたのだ。
「分からないな…」
「何かヒントでも見付かれば…」
「そうじゃのう
これも当てにはならんじゃろうし」
マーリンはバルトフェルドに聞いた、古い民謡の一説をメモしていた。
それは帝国時代に、帝国の西部で語られた民謡だった。
今では砂漠になった場所に、昔は美しい湖が在ったのだ。
そしてそこに、蜃気楼の塔という建造物が在ったという。
「蜃気楼の塔ですか」
「ああ
物語では、火の精霊の怒りを買って、この辺り一帯は砂漠になった
それを考えれば、妖精郷なぞ…」
「そうですね
在ったとしても消滅してるでしょうね」
帝国の騎士達が、森の中に在る蜃気楼の塔に踏み込んだ。
そして警告を無視して、財宝を漁り始めたのだ。
怒った精霊の王は、塔の周りに炎を放った。
結果として、その辺り一帯が砂漠と化してしまった。
これは子供向けの寓話として、今でも語られている。
人間の愚かな行いで、精霊を怒らせると大きな罰が与えられる。
そういう物語として、今も語り継がれているのだ。
一説には砂漠化は別の原因で、寓話として語られているとも言われている。
「砂漠は無いじゃろう」
「そうじゃなあ」
マーリンと老師の意見は、揃って違うという意見になった。
「駄目だ!
他だと遠過ぎる」
「そうじゃな
こっちは海の向こう側じゃ」
「これも砂漠の向こうじゃな」
ギルバートの状況を考えれば、あまり遠くまでは行けないだろう。
三人は他の候補が無いか、必死に探すのであった。
一方その頃、ギルバートの部屋には客が来ていた。
「お兄ちゃん」
とててて!
「ん…」
「お兄ちゃんだ
お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん」
ばふっ!
「こら、セリア」
フィオーナは寝ている兄の上に飛び乗った、セリアを無理矢理引き剥がした。
「お兄様は具合が悪いの
そんな事をしちゃダメよ」
「むう~!」
ばたばた!
セリアは足をジタバタしながら、頬を膨らませる。
ギルバートの容体を心配して、セリアとフィオーナが見舞いに来たのだ。
最もフィオーナの場合は、別の目的もあったのだが…。
「お兄ちゃん…
具合悪いの?」
「ええ
詳しくはアーネストに聞かないと…」
「うみゅう…」
「セリアか…」
「お兄ちゃん」
騒いでいたので、ギルバートも目を覚ました。
「お兄様、大丈夫ですの?」
「ん…
ああ」
ギルバートは用意されていたポーションを飲み、嫌そうな顔をした。
「大丈夫?」
「ああ
こいつは凄い味なんだ」
「まあ…」
二人は椅子を引き寄せると、ギルバートの寝台の脇に腰掛ける。
そうしてフィオーナは、ギルバートに近況を聞いた。
横ではセリアが、ニコニコとしながら椅子の上で足をブラブラさせる。
久しぶりに大好きな兄に会えて、すっかり上機嫌になっているのだ。
「そうですか
治す方法は無いんですの?」
「そうだな…
妖精に力を借りれば何とかなりそうなんだが…」
「妖精ですか?
それは物語の…」
「ああ
今では見られないらしくて
アーネストが調べてくれてる」
「そう…
アーネストが…」
ギルバートに話しを聞いて、フィオーナも考えを纏める。
「精霊様では無理ですの?」
フィオーナの言葉に、セリアは立ち上がる。
そして聞き耳を立てると、何かを熱心に聞いていた。
「うん
そう…
分かった」
「セリア?」
「精霊様かしら?」
「うん」
セリアは椅子に座り直すと、足をブラブラさせながら答えた。
「んとね
精霊でも無理だって
光の精霊ならなんとかなりそうだけど…」
「光の精霊?」
「うん
妖精郷に入れたら居るよ」
「お兄様!」
「いや、しかし肝心の妖精郷が…」
「んみゅ?」
妖精にせよ、精霊にせよ、どの道妖精郷が見付からなければどうしようも無かった。
「アーネストが探しているんだが…」
「妖精郷?
まだ入れるよ?」
「え?」
「セリア?」
セリアは小首を傾げながら、不思議そうな顔をした。
「セリアの居た場所は、まだ残っているよ」
「本当か?」
「うん」
「お兄様!」
「ああ
アーネストは塔の部屋に居る筈だ」
「分かったわ」
フィオーナはドアを勢いよく開けると、塔に向かって駆け出した。
アーネストは、まだ塔で調べ物をしていた。
エルリックも途中から加わり、一緒に候補地を検証する。
「ええ、そうですね
しかしそこは遠過ぎますね」
「だよな…」
「何とかならんのか?」
「そうですね
ギルバートが転移の魔法を使えれば…」
「お前が連れて行くか…
妖精を連れて来れんか?」
「無理ですね
妖精が協力してくれるかも微妙ですし…
連れて来るなんてとても…」
「転移はどうなんじゃ?
お前が一緒に…」
「ですから無理ですって
出た先でどうなるか…
昔から複数人での転移事故は多いんです」
「転移事故?」
「複数人で転移すると、転移先の座標の指定が難しいんです
少しでも間違えれば転移先で人や物が重なって…」
「重なるとどうなるんじゃ?」
「そうですね
よくて同化します」
「同化って…」
「例えば木があれば、木の中に人が出ます
するとどうなるか…」
「うげっ」
「それは…また…」
「それに複数人だと、同じ場所に重なってしまう可能性が高いんです
そうなると…」
「ううむ」
「想像もしたく無いのう」
マーリンやヘイゼルも、人や木が混ざり合う姿を想像して、身震いをしていた。
「混ざり合うのもですが…
最悪の場合はエネルギーが収束して…バン!」
「おお…」
「それは恐ろしいな」
転移の魔法は危険で、恐ろしい魔法なのだ。
自己責任になるし、極力使うべきでは無いのだ。
エルリックの場合でも、極力使わない事にしているのだ。
だからこそ、歩いて王都に来ていたのだ。
そんな話をしていると、バタバタと足音がして、ドアが勢いよく開けられた。
「アーネスト!」
「フィオーナ!
どうしたんだい?」
「大変よ
妖精郷の場所が分かったわ」
「何だって?」
「詳しくはセリアが
お兄様の部屋に居るから来て」
「あ、ああ…」
フィオーナに手を握られて、アーネストは回廊をひた走る。
こんな状況ながら、フィオーナに握られた手が熱かった。
汗を掻いている事を、バレない様に祈りながら走った。
「さあセリア
さっきの事をもう一度話して」
「んみゅ?
良いけど…」
セリアはエルリックの事を、ジト目で見ていた。
エルリックとしては、愛する妹に久しぶりに会えて、嬉しくて興奮していた。
しかしセリアの方は、エルリックには冷めた視線を向けているのだ。
過去に色々やらかした為に、エルリックはセリアに嫌われていたのだ。
「妖精郷の場所が知りたいんだよね?」
「ああ
そうなんだ
セリアは知っているのかい?」
「うん
えっへん!」
ばーん!
セリアは立ち上がると、自慢げに胸を反らした。
自分だけが知っている事に、少し誇らしかったのだろう。
控え目で、まだなだらかな胸が、小さな自己主張をする。
エルリックは頭を抱え、ギルバートは恥ずかし気に視線を逸らす。
「こら
女の子がそんな事しないの」
「んみゅう?」
セリアは意味が分からず、右手の指を咥えると小首を傾げる。
やはりまだまだ、子供の可愛らしさの方が勝るのだ。
「それで?
それは何処にあるんだい?」
「んみゅう?
セリアの居た場所だから、街の近くの森だよ」
「馬鹿な!
あそこは私が爆裂魔法で…」
「もう
兄ちゃんがあんな事するから、簡単に開かなくなっちゃったよ」
「う…
それは人間が入ろうとしていたから…」
「めっ!」
「あう…」
セリアに怒られて、エルリックはシュンとして落ち込む。
エルリックは魔法を使って、妖精郷に人間が入らない様にしたのだろう。
結果として、妖精郷の入り口は閉じられた。
エルリックはそれを、妖精郷の入り口が無くなったと思っていた。
しかし入り口は、未だに健在だったのだ。
「それではそこに行けば?」
「うん
時間は掛かるけど、入り口はまた開けられるよ」
「そうか…」
「良かったのう」
みなが安堵する中、エルリックだけは難しい顔をしていた。
「しかし、入れたとしても妖精が…」
「うん
そこにはもう居ないよ」
「何と!」
「それでは…」
「また振り出しに戻ったか」
一同はガックリと肩を落とす。
そこでフィオーナが、待ったを掛ける。
「いいえ
話は最後まで聞いて
セリア」
「うみゅ?」
「光の精霊様が居るのよね?」
「うん」
「光の精霊?」
「あ!」
光の精霊と聞いて、エルリックが何かを思い出した様に手を叩く。
「そう
光の精霊様なら、お兄様の病を治せるわ」
「そうだな
光の精霊の力なら、浄化出来る」
「本当か?」
俄かに希望が見えて来て、一度の顔に輝きが戻る。
「それならばすぐにでも」
「ああ
ダーナに向かおう」
「ダーナ…オウルアイの町か」
「そこに行けば精霊様が…」
希望が見えて来て、これからの方針が決まる。
ダーナに向かって旅をして、オウルアイから精霊の住む妖精郷へ向かう。
そうすれば光の精霊の力で、ギルバートの魔力中毒は治せる。
しかしここで、エルリックが待ったを掛ける。
「すまない
一つだけ注意点がある」
「エルリック?」
「何じゃ?
盛り上がっておるのに」
「いや
妖精郷では時間の流れが違うんだ
たった1日滞在しただけで、1月近くの時間が過ぎてしまう」
「何じゃと!」
「それは…」
「だから妖精郷に入ったら、あまりゆっくりは出来ない
それだけは注意してくれ」
「分かった」
「そうじゃな
折角治っても、何年も過ぎておっては…」
「そうなると…
行く者は限られるな」
「ああ
それと残る者も重要じゃ」
ギルバートが帰って来る頃には、数年経っている可能性もある。
その間は、王太子が不在という事になる。
その間の国政は、バルトフェルドに任せるしか無かった。
「帰って来た時に、国が無くなっておってはいかんのう」
「そうじゃのう
ワシ等がしっかりと守らんとな」
マーリンとヘイゼルは、顔を見合わせて頷く。
同門では無いが、元は同じ魔術の高みを目指した同士だ。
二人は国を守る為に、共に尽力しようと決意していた。
そして、フィオーナも決意をしていた。
ギルバートが向かう旅は、恐らく困難に満ちているだろう。
そこには自分の居場所は無い。
しかしアーネストは、共に旅をするべきだろう。
彼の魔法の力は、旅に大いに役立つ筈だから。
フィオーナが次に、アーネストと会えるのは数年後になるだろう。
その間に、アーネストはそのままだが、自分は年を取っている筈だ。
その時二人の間には、今と変わらず気持が通じるのだろうか?
フィオーナは一人で、決心をするのだった。
まだまだ続きます。
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