第373話
エルリックが現れた事で、ギルバートの症状が少しながら判明した
魔王が持つ狂気が、同じ魔王になる可能性のあるギルバートに影響を与えていたのだ
魔族であれば、体内に魔石があっても問題は無い
それは魔石や魔力に親和性を持つからだ
しかしギルバートは、人間であった
魔石を持つ人間は珍しい
そして魔石を持つ人間は、時として狂暴性を発揮する
それはアーネストも、魔導王国の資料などで知っていた
しかしギルバートが、それの影響を受けているとは思わなかった
「なあ
アモンもムルムルも、人間が好きな奴と人間を皆殺しにしたいって奴の二面性が見えていただろ?
それが魔王の狂気ってやつなんじゃないか?」
「ああ
大体合っているよ
参ったな、もう解明してしまうなんて」
エルリックは溜息を吐くが、それは無理からぬだろう。
「言っておくが、私の口からは正解かは言えない
女神様との規約に違反するからね」
「それは正解と言っている様な…」
「それと、魔石を持つ人間が全てでは無いよ
現に君も…レゾナンス」
エルリックの呪文に反応して、アーネストは胸に違和感を感じる。
暖かな魔力の流れを感じて、胸の辺りが薄っすらと青く輝く。
「この通り
君も魔石を既に有している」
「え?
あれ?」
「ベヘモットが言っていたよ
興味深い逸材が居るって」
驚いた事に、アーネストも魔石を持っていたのだ。
しかしギルバートの様に、狂暴化や破壊衝動に囚われる事は無かった。
それなので、アーネストは自身も魔石を持つ事に気が付いていなかった。
「これは…」
「魔石を持つ人間が、全て危険では無い
それを持つ人間が、黒い心の衝動に突き動かされない限りね」
「それではギルは…」
「ああ
二つの魂の内の一つが、黒い心に囚われている」
それは何度か見た、あの光景が示していた。
破壊衝動に囚われて、狂った様に暴れる。
あれが魔石を持つ者が、黒い心の衝動に囚われた状態なのだろう。
「あれ?
しかしそれなら…」
「ああ
普通なら、そのままギルバートも暴れていただろう」
「私はそんな事はしていないぞ」
今まで黙っていた、ギルバートが不思議そうに呟く。
「確かに…
アモンの狂気に引っ張られる様に、私の中のもう一人のギルバートが暴れていた
しかし今はもう、何も感じられ無い」
「そうだろうね
暴走し掛けたたところで、無理矢理押さえ込まれたんだろう
だから魔石には、放出されなかった黒い魔力が蓄積されている」
「それは?」
「水瓶に本来貯める、水の代わりに油を満たしたらどうなる?」
「あ…」
「ん?
アーネスト、分かるのか?」
「魔力の異常蓄積…
魔力中毒!」
「そう
魔術師も陥るというあの病と同じさ」
魔術師が魔法を使う時、自身の魔力を呼び水に、自然界の魔力を集める方法がある。
これを上手く扱える事が、魔導士として大成する条件だ。
体内の魔力では足りないので、大きな魔法は使えないのだ。
魔導王国時代には、この様な魔法の使い手が多く存在していた。
これとは別の方法で、魔石を使った魔法を使う方法がある。
これは事前に、魔石に魔力を込めておく方法だ。
杖や魔道具を使うのが、こちらの方法になる。
これは個人の魔力量に、魔石の魔力を上乗せして使える。
基礎魔力が少ない現代の魔術師達は、この方法で魔法を使っている。
「魔石に貯めた魔力を使う時に、誤って多量に体内に流し込むと死んでしまう
あれは貯める事が出来る器が無い身体に、多量に魔力を流し込んだ結果の魔力中毒なんだ」
「そんな事が…」
確かに、魔導王国時代の書物には注意事項として書かれていた。
しかし今取れる魔石は、そこまでの魔力を有していなかった。
だからその様な事態になっても、軽い眩暈や吐き気程度で済んでいる。
もしその量が多いと、生死に関わるという事は、アーネストも認識していなかった。
「魔力中毒
それがギルが罹っている病の正体?」
「ああ
概ね合っていると思うよ
しかし…」
「しかし?」
「魔力中毒なら、余剰な魔力を吐き出せば良いんだ
しかしこれは…」
「出来ないのか?」
「どうだろうね
ギルバート、身体強化は使えるか?」
「使えるのなら、こんな状態じゃあ無いさ」
「だそうだ」
原因は分かったが、問題は治療方法なのだ。
魔石に貯まった黒い魔力を、何とかして出さないといけない。
しかし肝心のその方法が分からなかった。
「どうすれば良いんだ?」
「それは…」
「教えてくれ」
エルリックは少し迷ってから答えた。
「上手く行くか分からないが…
妖精の力を借りれば或いは…」
「妖精?」
「しかし妖精は、今やこのアースシーには…」
「そうなんだよな」
何とか出来そうだと思ったが、結局は方法が見付からない。
縋る様な思いで、アーネストは尋ねる。
「そうだ
セリアならなんとか出来ないか?」
「無理だ
彼女はまだ、完全には目覚めていない
魔石を浄化するまでの力は無い」
「そんな…」
「可能性があるとすれば…」
「何かあるのか?」
「いや、確実では無いが…
そもそもギルバートを連れて行くのが難しい」
「連れて行く?」
「ああ
妖精郷にだ」
「妖精郷って、セリアが隠れていたって…」
「ああ
しかしあの入り口はもう、破壊されているんだ
向かうとしたら、他の入り口でしか無い」
「それはどこに?」
「それが分かっていれば、最初から提案しているよ」
「はあ…」
結局は場所が分からないので、今はどうしようも無かった。
しかしこうしている間も、状況は深刻になっている。
体内に不要な魔力が溜まっている以上、いつ容体が悪化するのか予断は許されないのだ。
「私も何とか調べてみます」
「そうですね
妖精郷になら、妖精はいるんですよね」
「そうですね
残されているのなら、そこに住んでいる筈です」
「分かりました
ボクも調べてみます」
「あまり希望は持たない方が…」
「何を言っているんです
ボクは絶対見付けますよ
ギルの命が掛かっているんだ」
エルリックは溜息を吐くと、懐から幾つかの器具とポーションを取り出した。
「分かりました
それでは応急処置として、こちらのポーションを」
「これは?」
「魔力中毒用のポーションです
どこまで効果があるのか…」
アーネストが受け取り、それをギルバートに飲ませる。
「う!
うげえっ
何だ?
この味は」
「良薬は口に苦し!
ですよ」
「成分は何なんだ?」
「それは…」
エルリックは懐から、幾つかの薬草を取り出す。
それはどれも、見た事の無い薬草だった。
「シソ、ドクダミ、そしてこの実はナンテンと呼ばれる物です
どれも妖精郷で栽培していた特別製です」
「それじゃあ入手は…」
「うーん
イーセリアに渡してもらえますか?
これらの薬草も、ノームが呼べれば或いは」
エルリックはその他にも、幾つかの薬草の種を取り出す。
「良いですか?
普通の土では栽培出来ません」
「どうすれば良いんだ?」
「そうですね…
帝国では確か…
魔物の死骸を埋めていた筈です」
「魔物の死骸?
という事は、魔物を倒して埋めれば…」
「ただしノームに手伝ってもらう必要がありますよ
その為に魔導王国では、エルフを奴隷にしていましたからね」
「あ…」
エルリックの不満そうな顔を見て、アーネストはしまったと思った。
過去に魔導王国では、他種族の奴隷を手に入れようと躍起になっている時期があった。
それがこの、薬草の栽培の為だったのだ。
「すまない…」
「良いんですよ
あなた達はイーセリアの出自を知っても、変わらず接してくれています」
「しかし嫌な事を思い出させて…」
「そう思うのなら、これ以上は触れないでください!
私もあの事は、今でも忘れられません」
「分かった」
「エルリック
ありがとう」
アーネストは申し訳なさそうに頭を下げた。
そしてギルバートは、心から感謝して頭を下げる。
「ふん
みんなあなた達の様に、謙虚な気持ちを持てれば良かったんです
そうすればあんな事には…
いえ、もう過ぎた事ですね」
エルリックは席を立つと、手近な机で薬草を煎じ始めた。
ポーションの予備を作って置くつもりらしい。
「すまないが、作り方を教えて欲しい」
「良いですよ
先ずはこの薬草を千切って…」
アーネストはエルリックの隣に座り、ポーションの作り方を教わり始める。
ギルバートは話し疲れたのか、再び微睡み始めた。
最初は薬草の芳しい香りがしたが、その内何とも言えない臭いがし始める。
「ぐ…
うう…
臭い!」
「あ!」
「すまない
確かにこいつは強烈な臭いがするんだ」
「そう思うなら他でしてくれないか?」
「ああ
そうするよ」
「やっぱりエルリックなんだよな…」
「何だ、その表現は」
二人は口論をしながら、寝室を出て行った。
その後暫くは、ギルバートは悪臭で眠れなかった。
「これで解毒のポーションの完成だ」
「ずごいにほひだな」
「鼻を摘まみながら話すな!」
「だっでごれは…」
確かに酷い臭いだった。
少し離れた机で、研究所を書くヘイゼルも顔を顰めていた。
「そのやり方しか無いのかい?」
「そうですね
後は無理矢理魔力を籠めるか…」
「それは危険な予感がするのう…」
「ええ
実際に魔導王国では、何度か爆発事故を起こしてます」
「ば、爆発…」
ヘイゼルの顔が、思わず引き攣っていた。
ポーション作りで爆発など、普通では考えられないだろう。
一体どんな事をしていたのか?
「その方法は知りたくも無いが…
しかし危険は知っておかねばな」
「そうですね
間違って使えば、同じ事が起き兼ねません
さすがは老師は分かっておいでです」
「どれ、教えてもらえんかのう?」
二人は薬草を煎じる為に、アーネストの研究室に来ていた。
他の場所では、異臭騒ぎで追い出されたのだ。
その為仕方なく、離れたこの塔の下の研究室に来ていた。
そこへポーション作りを習っていると聞いて、ヘイゼルも教わりに来たのだ。
彼としては純粋に、学術的興味で来ていたのだが…。
「ほほう…
この薬草にそんな効果が」
「ええ
普通では駄目ですよ」
「そうじゃな
魔物の死骸が必要となると、事前に薬草に魔力を籠めるのじゃな」
「分かりますか?」
「ああ
帝国では野蛮とされておったが、魔導王国時代では当たり前じゃったのじゃろ」
「ええ
ですから…」
二人は時々、ポーション作りそっちのけで学術討論に興じていた。
案外二人は、似た者同士なのかも知れない。
すっかり意気投合して、討論に花を咲かせる。
「…という訳で、魔石を有する事は可能です」
「なるほど
しかし中毒性があるのじゃろう?」
「ええ
ギルバートが良い例でしょう
並みの人間なら、慣れる前に中毒でおかしくなってしまいます」
「ううむ
しかし興味深い」
「止めてくださいよ
あなたのお年では、その前に身体がもちませんよ
先天的な器があれば兎も角…」
二人の視線が、ポーションを作っているアーネストに注がれる。
「な、何ですか?」
「いや…」
「君は恵まれているとね…」
「恵まれている?」
「ああ
普通は魔石が出来ると、何らかの不調を起こす物です」
「そうじゃな
書物にも記されておる」
「そうは言われても…」
「そう言えば…
ギルが魔力中毒になったのは、魔王が原因なんですよね」
「ん?
あ…ええっと…」
「まあ良いですよ
言い難いんでしょうから」
「ふむ
どういう事じゃ?」
「恐らく紅き月が原因なんでしょうが…
魔王二人が狂暴化していました」
「ほおう…」
「その二人の魔王の狂暴化が引き金になって、恐らくギルが魔力中毒になったんです」
「なるほどのう」
アーネストはここまで言ってから、不思議そうに首を捻る。
「どうしたんじゃ?」
「いえ
二人共女神様の指示で、王国に攻めて来ていました」
「そうじゃろうな」
「しかし二人が居たのは偶然なんですか?
女神様の指示だったんでしょう?」
「そうじゃな」
二人はエルリックの方を見る。
「そうですね
可能性としては、ギルバートを狂暴化して、魔王に堕とそうとしていた
それは十分に考えれます」
「やはりそうか…」
「ううむ…」
「しかしですね
私が知る女神様なら、違う可能性もあるんですよ」
「それは?」
「狂気を敢えて与える事で、何か他の狙いがあったのでは?
例えば狂気に敢えて影響させて…」
「慣れさせる?」
「そういう考え方もありますね」
「しかし何故じゃ?
そんな事をして何になる?」
「それは…」
また言えない事に触れたのか、エルリックの言葉の歯切れが悪くなる。
「ガーディアン…」
「え?」
「何じゃ?
それは?」
「今はまだ…言えません
確証が持てませんので」
「ガーディアン?
守護者?」
「確か古代魔導王国の頃に、そんな単語が出ていた様な?」
「老師
本当ですか?」
「ううむ
自信が無いのう」
「古代魔導王国時代か…」
「さっきの事は忘れてください
まだまだ確証が持てません」
「しかしエルリックが治療に来ていても、何も起きないだろう?
それなら女神様も…」
「そうじゃな
この事を容認している節があるのう」
「それか気付いていないのか…」
「いずれにせよ、不確定な事が多過ぎる
今は治療方法を調べる事が先決じゃ」
「そうですね」
「では、引き続き回復薬のポーション作りを…」
「こっちの薬草ですね」
アーネストは再び、エルリックにポーション作りを教わる。
幾つかの新しい、ポーション作りを教わっていた。
この先にある戦いを考えれば、効能の高いポーションは重要になる。
そしてそれを教えても、エルリックには何も起こっていなかった。
それはすなわち、女神がポーション作りを教える事を許している様にも見えた。
人間を滅ぼそうとする女神。
そして、人間を救おうとする女神。
一体どちらが本当の女神なのか、未だに分からないのであった。
まだまだ続きます。
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