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聖王伝  作者: 竜人
第二章 魔物の侵攻
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第37話

運命の糸を繰る者

フェイト・スピナー

それを見た者は長く生きられないと言う

正に運命を体現した様な存在であるから、その様に言われるのだろう。

男はフェイト・スピナーと名乗った

女神の僕などと仰々しい事を述べ、優雅に帽子を被り直す

その身なりは一見すると吟遊詩人には見えるが、今の男は気配も変えて別人の様であった


「それで

 今回は何の用だ?」


アルベルトは苦虫を噛み潰した様な顔をして、吐き捨てる様に言った。

普段の温厚な領主を知る者が見れば驚くであろう。


「別に

 貴方には用はありません

 今は確認と調整の為に来ています」

「何の確認と調整だか知らないが、我が街に仇なすつもりなら容赦せんぞ!」


アルベルトは語気を荒らげて告げる。


「おお怖い

 そんなつもりはありませんよ」

「ふん!」


「ところで

 プレゼントは受け取ってもらえましたか?」

「ん?

 ああ、あの本はやはり貴様の差し金か!」

「そうです

 あの魔導書を読んでいただければ、今後大いに役立つと思いましてね」


「あれは苦労しましたよ

 北の霊山の麓にある洞窟で探しましてね

 まあ、長くなるので省きますが」

「役にねえ

 読めなければ役にも立たんだろう」

「へ?」

「どこにミッドガルド語で書いた書物を読める奴が居る?」


「えーっと…

 ここってミッドガルドじゃなかったです?」

「何百年前の話をしてる?」

「ええ??」


アルベルトは頭を抱える。


「って事は、読める人は居ないんですか?」

「居るわけないだろ!」


「弱ったなあ…

 すっかり読めると思ってた」

「本気で良かれと思って渡したのか?」

「ええ」


「最近魔物が出てきたとか

 物騒ですので護身になるかと思ったんですよ」

「それは…残念だったな」


「ああ!

 どうしましょう」


男は落ち着きを無くして、うろうろと歩きながら考える。


「今、必死になって解読しようとしてる者がいるが、せめて言葉の意味が分かればと困っておったぞ」

「そうですよね

 私もそこまで気が回りませんでした」


「そうだ!」


男はポンと手を叩き、腰から1冊の本を取り出した。


「これは私が古代王国の遺跡で見つけた本です

 どうやら帝国の言葉で翻訳した跡があります」


アルベルトは受け取った書物をパラパラと捲って見る。

途端に目に付いた内容に頭を抱える。


「他に無かったのか?」

「仕様が無いでしょう

 たまたま拾った本ですし、私がやったんじゃないんですから」

「はあ

 もういい

 翻訳している者に渡しておく」

「お願いします」


アルベルトは腰のポーチに仕舞いながら、フェイトに尋ねる。


「で?

 用事はこれだけか?」


「そうですね

 私としては、あまり関与は許されていないんですが…

 貴方の息子が死んでは、寝覚めが悪いのでね」

「ふん!

 何を勝手な」

「ええ

 勝手ついでに、ここの住民を守ってやってください

 私はもう、子供たちが死ぬのを見たくないんです」

「そうか…」


アルベルトは溜息を吐くと、呟いた。


「分かったよ

 なるべく被害が無いように頑張ってみる」


そう言って踵を返した。


「お願いします」


フェイトはもう一度深々と頭を下げて、その場を立ち去った。

アルベルトは最後の言葉を聞かなかった振りをして、家路に着いた。


アルベルトは邸宅へ着くと、早速アーネストを呼びに行かせた。

執事のハリスは何事かと思ったが、主人が急ぐ様に言ったので、直ちにアーネストを探しに向かった。


アーネストは、また何かやらかしましたか?

最近は魔物騒動で忙しく、悪さをしている様な話は聞いてませんでしたが…


ハリスはアーネストが居そうな場所を順番に調べる。

書庫、食堂、客室

どこにも居ない。


ギルバートと一緒かも知れないと探してみるも、ここにも居なかった。

困って探していたら、丁度入れ違いになったのか、執務室に向かうアーネストを見つけた。


「おお、アーネスト

 丁度良かった

 旦那様がお呼びになられてる

 すぐに執務室へ向かってくれ」

「領主様が?

 分かった」


アーネストは執務室へ向かった。

元々気になる事があって向かっていたので、好都合であった。


「それで

 何の御用でしょうか?」


「う、うむ

 それが…な」


照れる領主。


何だ?

ここで領主に照れられても困るんだが…


正直、大の大人に照れられても気持ち悪いだけだ。

アーネストは困惑して固まってしまった。


「うーむ…」

「あのう…

 アルベルト様?」


気まずい空気が流れる。

アーネストは流れを変えようと提案する。


「それならば、先にボクの報告をしますね」

「ん?

 そうか?

 では、頼む」


アルベルトは助かったと胸を撫で下ろす。

アーネストは今回分かった事を報告する。


「先ず、先の書物の事なんですが」

「ああ」

「タイトルを判別出来ました」

「そうか」


アルベルトは上の空で答える。


何だろう?

本当におかしな様子だ


「こちらが魔導大全

 古代王国時代の魔法を集めて紹介された書物です」

「そうか」


そうかじゃないよ

ここまで調べるのも大変だったんだぞ


アーネストは続ける。


「内容は生活魔法、攻撃魔法、特殊魔法の紹介で、まだ訳せていませんが呪文や効果も紹介されています」

「なるほど」


少し興味を持ち始める。


「生活魔法に関しては、現在の魔法も載っています

 しかし、それ以上に便利な魔法も乗っているでしょう」

「それが本当なら

 魔術師ギルドに報告して、必要なら公開もしなければな」

「ええ

 生活が一気に楽になるかも知れません」


「もう一つが攻撃魔法の存在です」

「うむ」

「これが翻訳出来れば、魔法での攻撃が可能になり、魔物への有効な手段になりそうです」

「それは…本当かね?」

「ええ

 少なくとも選択肢は増えるでしょう

 遠距離からの魔法での攻撃

 それも帝国時代の英雄が使っていた魔法も多数載っていそうです」


「帝国の英雄か

 それが本当なら、雷や炎の壁など非常に有効な魔法が手に入るわけだな」

「そうです」


「もう一つの特殊魔法とは?」


「それは生活魔法や攻撃魔法に分類されない便利な魔法や、何に使えるのか分からない不明な魔法などの様です」

「ふむ

 それは後回しでも良いかな」

「はい

 そう仰ると思いました」


「で、もう一つの書物は?」


「こちらは王国式戦術指南と書かれており、やはり戦術や武術の記された本で間違いないようです」

「武術か」

「はい

 ギルが目下検証中です」

「そうか」


「こちらは直接魔物に効果があるとは思えませんが、読めればその知識は役立てるかと…」

「そうだな」


アルベルトは満足そうに頷く。


「それで、報告は…以上かね?」

「いえ

 もう一つ」


アーネストは羊皮紙を広げて見せる。


「文字を少し分析出来まして、気になる点が…」

「おお

 文字が読める様になったか」


アルベルトが明らかに上機嫌になる。


「まだまだですよ」

「そうか」

「?」


再びしょげる。


どうしたんだ?

喜んだりしょげたり、忙しいな


「解析出来た文字から、文字の種類は3種類

 特に数字や算術の記号は現在と変わり無い事が判別出来ました

 数字のデザインが違いますが、これは慣れれば問題ないでしょう」

「そうか」


「問題は文字が2種類に大別される事です」

「というと?」

「読みに合わせた表記文字と、意味や読みを複数持った複合文字です」

「とは?」


「表記文字はそれ単独で意味を持つ事が出来、これは便利なんですが…

 あくまでも文字と文字の間を繋ぐ物の様です」

「ふむ

 面白いな」

「そうなんですが…訳す者としては、作業が複雑化して大変です」

「そうだな

 すまん、不謹慎だった」

「いえ

 続けますね」


「もう一方は、それ単独でも意味を持たせます

 要は名詞を一つにした文字と思っていただければ

 実際はもっと複雑ですけど…」

「なるほど」


「例えば…

 『もやす』なら表記文字では3文字で、意味は一つです

 それが複合文字なら、燃やすという行動だけではなく、組み合わせ次第では状態や名詞にも転用できます

 一つの文字が複数の意味を兼ねて、他の複合文字や表記文字と組み合わせると色んな意味を…」


余程感動したのか、アーネストはつらつらと早口で説明を続けるが、アルベルトは領主であって学者ではない。

多少は意味も分かるが、ほとんどが理解できていない。


「まて

 まてまて

 私にそこまで説明されても理解が追い付かないぞ」

「あ…

 失礼しました」


「それで

 文字は読める様になるのか?」

「無理です

 却って複雑で面倒臭いものだと判別出来たところです

 やっと分かったのが、王国文字が思ったよりも便利だが、それ故に難しいという事です」

「はあー…」


アルベルトは大きく溜息を吐く。

いよいよ持って、決心してアレを渡す他ない。


「アーネスト

 これを使いなさい」


アルベルトは1冊の書物を取り出した。

それを何気なく手にして、翻訳の付いた表紙のタイトルを読み上げる。


「なになに…

 好色一代男?

 こうしょくいちだいおとこ?

 何です?これ?」


アルベルトは明らかに返答に困り、顔を赤くして俯く。

アーネストは首を傾げて中身をパラパラと捲る。


「…」

「…」


「な!

 何ですか!これは!!」

「あ、うう」

「領主がこんな破廉恥な物を!」

「違う!

 断じて違うぞ!」

「何が違うんですか!

 ジェニファー様がこれを見たら…」

「止せ、止めてくれ!

 頼むからあいつには見せるな!!」


アーネストは溜息を吐いて領主を見る。

どうやら、先ほどから様子が変だったのはこれが原因の様だ。


「で、これは?何です?」

「ああ

 それなんだが…

 或る人物から受け取ったんだ

 翻訳に役立ててくれと」

「翻訳に?

 他に無かったんですか?」


アーネストが不審そうにジト目になる。


「違うぞ

 それしか無かったんだ」

「本当に?」

「たまたまそいつが持っていて、役に立つならと渡されたんだ」

「怪しいな…」

「怪しくない、怪しくない!

 ワシは何もしとらん」

「大人はすぐに…そうやって言い訳するんですよね」

「ワシは無罪じゃあ!!!」


必死になって取り繕う領主の姿を見て、アーネストは矛を収める。

本を閉じて懐のポーチに大事に仕舞う。

こんな物が見つかったら、領主もアーネストもマズい事になる。

これは慎重に扱わないといけないと思うのであった。


「子供に見せる物じゃないですよ!!」

「分かっとるわい!

 ワシも出来るなら、そうしたかった…」


領主はがくりと崩れて、テーブルに両手を着いて項垂れる。


「まあ、仕方が無いです

 これを使って翻訳してみます」

「頼む…」


「くれぐれも、この事はご内密に」

「当たり前だ!

 誰が言えるか!!」


アーネストは肩を竦めてみせる。


「で、これは誰から?」

「それは…言えん」

「?」


アルベルトは本当に困った様子で口籠った。


知らない者とか内緒にするべき相手ではなく、言えない相手?

領主が言えない?


アーネストも領主の態度に困惑する。


「では聞きませんが…

 大丈夫なんですか?」

「ああ」


「大丈夫じゃないが、大丈夫だ」

「?」


アルベルトはガックリ落としていた膝を払うと、立ち上がる。

そうして腕を組んで困った様な顔をすると、プイと明後日の方を向いてしまった。


何か隠してる?

何かあるのだろうが…聞かない方が良さそうだ


アーネストはそう思って、無難な答えをえらんだ。


「では、これはお借りしますね

 早めに翻訳しないと、魔物の侵攻も心配ですから」

「ああ、頼む」


「恥を忍んで渡したんだ

 間に合う様に祈っているぞ」

「はあ

 それなら必要な部分を書き出して…

 分からないから無理か…」


アーネストは再び嘆息するが、踵を返して部屋を出て行った。

それを見送り、アルベルトも溜息を吐く。


言えない

あの事は言えない

例えあの詩人の事を感ずかれていてもな…


恐らくアーネストも、詩人が用意したのではと感づくだろう。

それでもアルベルトには、知られては困る秘密があったのだ。


遠い目をしながら、アルベルトは暫く立ち竦んでいた。

好色一代男とはみなさんも学校の授業で習ったあの作品です

古代王国の文字は日本語と同じです

それに読み仮名と注釈を帝国文字で書きこんだ書物です

これを訳した者が、何を思い、何を考えていたのか…

恐らく娯楽が少ない世界なので、そのつもりで必死に訳したのだと思いますが、この書物が後に世界に大きく影響を与えます

色んな意味で

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