第367話
ザクソンの街は、未曾有の危機に瀕していた
墓の底から来たのか、死霊の群れに襲われていたのだ
骸骨剣士が襲い掛かり、殺された者は死霊となって起き上がる
そうして生ける死体となった者達は、骸骨剣士と共に砦に迫っていた
ザクソンの砦は、巨石を削った城門で守られていた
しかしその巨石も、骸骨剣士の攻撃で少しずつ崩れて行く
そうして罅が入り、轟音と共に城門は崩れた
崩れ落ちる城門の先には、無数に集まった骸骨の剣士が身構えていた
「ひ、ひいっ」
「馬鹿!
逃げるな」
「持ち場に戻れ」
しかし上官が怒鳴っても、騎士達は逃げ出すばかりだった。
鉄壁を誇る筈の砦の城門が、いとも容易く崩壊したからだ。
騎士達は恐怖に慄き、砦の中へと逃げて行く。
それを追う様に、上官達も逃げ出していた。
「ま、待て」
「ワシ等を置いて行くとは何事じゃ」
「ワシを守る為に、命を懸けて戦わんか」
上官達が叫ぶが、その声はやがて絶叫へと変わる。
暫くすればその悲鳴も鳴り止み、辺りには骸骨剣士の蠢く音だけが響く。
「駄目です
このままでは砦が…」
「うむ
最早これまでか…」
「伯爵様?」
文官達は助かろうと、悲鳴を上げながら逃げ惑う。
しかし骸骨剣士は砦の中を闊歩し、見掛けた物を次々と切り殺した。
やがて砦の奥まで入って来ると、伯爵の待つ広間まで入って来た。
「伯爵様」
「このままでは逃げられません」
「どうすれば良いんですか?」
騎士達や文官が、悲痛な声を上げる。
「無理じゃな
昔この地を襲った、死霊の群れの再来じゃ」
「そんな…」
「どうにかしてください」
「我々は誇り高きザクソンの騎士ですぞ?」
「滅びる訳には…」
「ふっ
何が誇り高いものか
卑怯な行いの末、騙し討ちで手にした称号じゃ
こうなる事は予期しておった」
「な、何をおっしゃるんですか?」
「我等は選ばれた…」
「選ばれた…のう
滅びの定めに選ばれたか…」
「な、何を…」
伯爵の様子に、騎士達は苛ついていた。
自分達は選ばれた、栄光ある騎士団だと思っていた。
しかしそれを、根底から否定されたのだ。
追い詰められた騎士達は、怒りを伯爵に向けていた。
自分達の窮地は、この無能な伯爵のせいだと思っているのだ。
「許せねえ」
「貴様のせいで同胞が…」
「ふっ
お前等が死ぬのは、その間違った考えが原因だ」
「何を!」
「ふざけやがって」
騎士達が伯爵に剣を向けると、後方から哄笑が響き渡る。
「くくくく
事態を理解出来ていない様ですね」
「な、何者だ!」
「くそっ
我等を誇り高いザクソンの騎士と、知っての事か」
「来たか…」
骸骨剣士の後ろから、襤褸に身を包んだ男が現れる。
「何だ?
あれは?」
「あんなのが魔物の主なのか?」
「くそっ
叩き殺してやる」
「止せ
貴様らでは敵わんぞ」
しかし騎士達は、相手の見た目で舐め切っていた。
剣を構えると、一斉に切り掛かって行った。
「うりゃあああ…」
「せりゃあああ…」
「ふん
コラプション・インパクト」
ブオン!
男の眼前に、紫色の魔法陣が現れる。
それに触れた物は、弾き飛ばされながら腐敗して崩れる。
ガキーン!
「ぐぼおおああ…」
「ぐへあああ…」
剣も鎧も錆びて腐食して、ボロボロと崩れ落ちる。
そして腕や足から、身体も腐食しながら崩れて行った。
「な…」
「う、うげえええ…」
「腐って…る?」
「やはりあなたですか
魔術師様」
「おや?
私を知る者が居るのですか?」
伯爵は跪くと、許しを乞う様に頭を下げた。
そして1冊の書物を、恭しく差し出した。
それは砦に秘蔵されていた、本当のザクセン砦の秘話が記された日記であった。
「はい
我が祖父の恥じ
ここに残されております」
「ふむ
殊勝な事です
あなたはその事を理解しているんですね」
「はい
あの日行われた事は、祖父も死ぬまで悔いておりました」
「な!
何で魔物に媚びるんだ」
「あんたはここの伯爵なんだろう」
「ふざけるなよ」
「黙れ!」
不満を訴える騎士達に、男は一喝して黙らせる。
「あれはあの男の本心では無い
それぐらいは理解しているつもりです
しかし相変わらず…ここの騎士共は…」
「お恥ずかしい限りです」
襤褸を着た男は、騎士達を蔑む様に睨め付けた。
そうして哀しそうに、伯爵に声を掛ける。
「あなたもあの人も…
心根は良いのですが、治める力がありませんね」
「はい
結果はこの様です」
「はあ…
ネイル・オブ・デッドリーポイズン」
「グ…があ、はあっ…」
男は伯爵の額に爪を立てて、短く呪文を唱えた。
「本当はあなたに罪は無いんでしょうが…」
「ぐ…が…
かま…いません
私…罪で…ぐぼあ」
「さあ
もう眠りなさい」
伯爵は紫色の血を吐き、そのまま崩れ落ちた。
男は爪を振り払い、爪の先から死毒が滴り落ちた。
「は…く…しゃく?」
「馬鹿な…」
「ひ、ひいっ」
騎士も文官も、男を恐れて後退った。
しかし壁があるので、それ以上は下がる事が出来ない。
「ひいいっ」
「さあ
あの汚らわしい物を片付けなさい」
ガシャガシャと音を立てて、骸骨剣士はゆっくりと前へ進む。
騎士達は恐怖に竦んで、満足に剣も振るえなかった。
そうして砦中から絶叫が響き渡り、暫くしてそれも途絶えた。
後には静寂だけが残され、街の中もすっかり静かになっていた。
「はあ…
彼の言う通りですね」
骸骨剣士達は、男の声に首を傾げる。
「ええ
復讐なんかしても、気が晴れる訳は無いんです
それぐらいは分かっているつもりでした」
ガシャ!
骸骨剣士の1体が、慰める様に男の肩に手を置く。
「大丈夫ですよ
どうせ私がやらねばならなかったんです
この街の人間は、既に腐っていました」
ガシャガシャ!
骸骨剣士は肩に手を置いたまま、首を振って否定する。
「ええ
そうですね
分かっています」
ガシャン!
「そうですね
ですが腐った人間を処分するには、私が腐り殺すのが一番でしょう?」
ガシャン!
何故か声を出さないのに、骸骨剣士と男は会話が成立していた。
その後も暫く、骸骨剣士は男を慰めていた。
男も沈んだ気分から回復したのか、立ち上がって振り返る。
「さあ…
戻りましょう、女神様の元へ」
男は短く呟くと、その場を後にした。
後に残されたのは、静寂に包まれたザクソンの街だけであった。
街には血飛沫の跡は残されたが、死体は全て消え去っていた。
ザクソンの街の悲劇は、その後1週間近く気付かれなかった。
元々が砦を中心とした街で、立ち寄る者が少なかったのだ。
その上で隊商も、魔物の騒ぎで近付けなかった。
伝令の騎士達が来た時には、街の中には何も残されていなかった。
「これは…」
「城壁は?
城壁が無いぞ?」
騎士達は街の中に入り、周辺の家の中を調べる。
所々に血の汚れと思われる跡が残されているが、その他には何も見付からなかった。
まるで街中の者が逃げ出した様に、人の姿も見られなかった。
「誰も…居ないな」
「ああ
人っ子一人、見かけられないな」
騎士達はそのまま、領主の居る筈の砦を目指す。
しかしその道中にも、人影も見掛けられなかった。
「不気味だな…」
「ああ
誰も居ないな」
「それに静か過ぎる」
「砦が…」
「ここも城壁が…」
「一体何が起こったんだ?」
城壁だった大きな石の残骸を見て、騎士達は声を失う。
「こんな事を出来るのは…」
「ああ
オーガだろうな」
「いや
オーガにしては、痕跡が残されていない」
血の跡も少ないし、何よりも食い散らかした跡が無いのだ。
オーガが侵入したのなら、暴れた跡や食い散らかした痕跡が残る筈だ。
オーガは人肉も食すので、食わずに居なくなるのはおかしかった。
不自然な痕跡を見て、騎士達は困惑していた。
「まあ良い
良くは無いが…
領主が無事か調べよう」
「そうだな
何が起こったのか、領主なら知っているだろ」
騎士達は警戒しながら、ゆっくりと砦に入って行く。
砦の中も、所々争った様な痕跡は残されていた。
しかし死体は見付からず、それだけが不気味で謎だった。
階段を登り、砦の奥に入って行く。
2階の奥にある、領主の部屋らしき場所に辿り着いた。
ドアを開けるが、中には誰も居なかった。
「誰も居ないな…」
「恐らくここが領主の部屋だとは思うんだが…」
そこは執務室になっている様で、奥には領主が使っていたと思われる、大きな机と椅子があった。
しかし領主の姿は、そこにも無かった。
騎士達はその後も、砦の中を手分けして捜索した。
しかし領主どころか、砦で働く者も誰一人見付からなかった。
「さすがにこれは…」
「ああ
魔物の仕業だな」
「しかしどんな魔物が…」
隠れた者も居ただろうに、誰一人見付からなかった。
それに冷静に考えてみれば、ここから逃げ出した者も居ないのだ。
そんな者が居れば、他の町なり目指していただろう。
しかしそんな話は、ここ数日聞いた事も無かった。
「どうやら隠れた者も、残さず全滅な様だな」
「そうだな
いくらなんでも人が居ないのはおかしい」
「一人ぐらいは隠れていてもおかしくは無いからな」
しかし実際は、誰も生き残りは居なかった。
そう考えれば、隠れている者も見付けれる魔物なのだろう。
「折角王都が奪還出来たのに…」
「ああ
ザクソン伯爵には、王都の守備を頼もうと思っていたのにな」
「どうする?」
「どうするも何も、帰還して報告だ」
「そうだな
これ以上は調べても、何も見付からないだろう」
「ああ
バルトフェルド様にはそのまま報告しよう」
最後に騎士達は、もう一度痕跡を調べた。
魔物の仕業にしても、何か痕跡が残されていないか調べたかったのだ。
どんな魔物が関わっているのか、分かれば収穫になるからだ。
しかし相手は、骸骨と死霊だった。
だから痕跡は、何も残されていなかった。
「何も残されていないな」
「しかし逆に、それが痕跡と言えるな」
「え?」
「何も残さない様な魔物
その様に報告しよう」
「いや、だからそれなら…」
「良いから帰るぞ
魔物に関しては、アーネスト様に考えてもらおう
オレ達では分からないだろう?」
「そりゃあそうだが…」
「そうだな
考えるだけ無駄か」
騎士達は諦めて、砦を出る事にした。
その後も帰還しながら、街中も調べてみた。
しかし痕跡は見付からず、諦めて城門を潜った。
「どうやって城門を…」
「そうだな
これは…
ん?」
「何かあったか?」
「これを見ろ」
僅かに残された残骸は、錆びた鉄くずと腐った木の破片だった。
「腐った?」
「まさか城門が?」
「分からん
分からんがこれが痕跡だろう」
騎士達はそれを見て、周囲の捜索を始めた。
暫く調べていると、一人が声を上げた。
「おーい
こっちだ」
仲間の声に、騎士達は街の近くの灌木の裏に回った。
そこには地面が抉れて、無数の穴が空いていた。
「何の跡だ?」
「分からないな…」
「不気味だな
何かが這い出して来た跡だな」
「結局それだけか…」
騎士達は他に痕跡を探したが、何も見付からなかった。
そのまま王都に向かって、騎士達は帰って行った。
ここから1日ほどで、王都には帰還出来るのだ。
「アーネスト様も王都に居て良かった」
「ああ
王都の再建に頑張ってくださっているからな」
王都から魔物を駆逐してから、アーネストも王都に来ていた。
職人達が城壁を修復する間に、魔物が来ないか見張っていたのだ。
アーネストが魔物を早目に発見するので、騎兵達も楽をしていた。
その分城壁の再建は、急ピッチで進められた。
問題は王都に、住む人間が居ない事だった。
ほとんどの住民が死んだので、今や王都の人口は3000名ほどにまで減っていた。
その為に国政は滞り、貴族は好き勝手に動いていた。
王妃と姫が継承権を示したが、従う貴族は居なかったのだ。
その為にフランツが婚約者として立ち、王太子代行として王城に入った。
しかし文官や騎士団も壊滅しているので、王都の機能は麻痺したままだった。
今は取り敢えずとして、城壁を修復している。
しかし国政を立て直すには、貴族が何組か入らなければ無理だった。
「城壁も大分直ったな」
「ああ
しかし王都の機能までは…」
「ああ
これからだろうな」
「バルトフェルド様が後見人にはなっていただいたが…」
「ザクソン伯がいらっしゃれば…」
騎士団と国政の立て直しの為に、ザクソン伯爵は期待されていた。
しかし連絡を取りに行った結果が、誰も居なくなっているという状況だった。
騎士達は気が重い報告を、王城のバルトフェルドに持って行った。
それを聞いたバルトフェルドは、予想通りの重い溜息を吐いた。
「はあ…」
「バルトフェルド様」
「ああ
すまない
お前達のせいでは無いからな」
そう言いながらも、顔色は優れない様子だった。
混乱した状況を立て直す為に、伯爵に連絡を取ったのだ。
それなのに、肝心の伯爵まで行方不明になっている。
それも恐らくは、魔物に殺されているのだ。
「それで?
魔物と言うのは確かなのか?」
「ええ
痕跡はこちらに」
「何か分かっているのか?」
「いえ
痕跡しか残されていませんでした」
「しかし住民まで居なくなっています
恐らく伯爵も…」
「そうか…」
バルトフェルドは、書類をアーネストに届ける様に伝える。
魔物に関しては、アーネストの方が詳しいからだ。
それと同時に、他の貴族に連絡を取る事にする。
ザクソン伯爵が居なくなった以上、他の貴族を頼るしか無いのだ。
バルトフェルドは頭を抱えながら、国政をどう行うか考えるのであった。
まだまだ続きます。
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