第363話
リュバンニの城門では、引き続き避難民の受け入れが続いていた
人数はそんなに多くは無いが、兵士に守られて逃げて来る
偶にゴブリンやコボルトも見掛けられたが、何とか騎兵だけで討伐出来た
こうして夕刻までに、避難民が2000名近くと兵士が100名近くに上った
リュバンニに逃げた者や、街に居た者は知らなかった
彼等の逃げた後には、多くの者が魔物に囲まれて殺されていた
素人考えで森に逃げ込んだが、魔物には通用しなかった
魔物には人間より鋭い嗅覚があるので、居場所を見破られていたのだ
そうして森に逃げ込んだ者の大半が、魔物の餌食になっていた
「逃げて来れたのは2000名ほどか…」
「ああ
まだ居るじゃろうが、恐らくは…」
「そうじゃなあ
魔物には嗅覚もある
それに昨晩の月も…」
月は雲に隠れていたが、確かに紅く輝いていた。
アーネストの話が本当なら、魔物は狂暴化していただろう。
狂暴になった魔物は、執拗に人間を狙って来る。
そんな魔物に狙われたら、避難民も無事では無いだろう。
「話によると、森に逃げた者も多数居たらしい」
「そうじゃなあ
公道でも狙われておった
それが森に逃げ込めば…」
バルトフェルドとマーリンは、避難民の事を調べる。
王都に住んで居た者なので、ほとんどが犯罪歴は無いだろう。
それでも問題のある者が紛れている可能性もある。
その辺を調べて、他の避難民に影響が出ない様にする必要があった。
「犯罪者は居ないが…」
「この男は危険だな
過去に問題があって記録が残されている」
「ふむ
家族に暴力を振るっておったか
今は独り身みたいだが…」
「こいつには監視を付けて別の部屋に入れておけ」
「はい」
「この女は…」
「捕まってはいないが、詐欺の前科があるな」
「結婚詐欺…か
こいつも監視対象だな」
避難民の中には、捕まってこそ無いが、問題の有る者が数名紛れていた。
そんな者をリストアップして、兵士達に書類を手渡す。
兵士は指示に従って、要注意人物を別の場所に集める。
他の避難民達に、悪影響を出さない為だ。
「他の避難民はどうします?」
「今はそのまま、宿舎で寝泊まりしてもらえ」
「しかし…
救護所が使えませんよ?」
「救護所は他にもある
それに今、職人達が家を作っておる
それまでの間の応急処置だからな」
王都から戻った職人達は、今は家造りを始めている。
土地は十分にあるので、先ずは地盤を固めるところから始めている。
砦の周りの空いた土地に、地盤を固める為に集まっているのだ。
「どのぐらい掛かりますか?」
「そうじゃなあ
職人達の話じゃあ、1月程で出来上がるそうじゃ」
「そんなにですか?」
「馬鹿者
1軒じゃ無いぞ
全部で1000軒近く建てるんじゃ
そのぐらいは掛かるじゃろう」
「あ…」
「良いから早く行け」
「はい」
兵士が出て行ったのを見て、バルトフェルドは溜息を吐く。
疲労が溜まっているので、こめかみを揉みながら呻き声を上げる。
「ぬうっ
ううむ…」
「少しは休め
後の処理はワシがしておく」
「お前こそ
ワシが留守の間も仕事をしていたのだろ」
マーリンはバルトフェルドが出ている間も、リュバンニの統治の仕事をしていた。
それこそ寝る間も惜しんで、仕事をこなしていた。
「ワシはお前と違って、普段から仕事はこなしておる
それとな、ちゃんと寝ておるぞ」
「ううむ…」
「良いから
少しは休んで来い」
マーリンに急き立てられる様に、バルトフェルドは執務室を出た。
気になる事が多いので、このまま寝に行っても眠れそうには無い。
しかし疲れが溜まっているのは感じていた。
仕方なく横になる為に、私室へと向かった。
そこにはソファーがあるので、横になるぐらいは出来るだろう。
バルトフェルドが私室で横になってから2時間程が経っていた。
外が騒がしくなり、バルトフェルドは寝ていた事に気が付いた。
「ぬう!
ううむ…」
起き上がると、先程よりは幾分マシになっている事に気が付く。
首をコキコキと鳴らすと、バルトフェルドは私室から出た。
「あ!
バルトフェルド様」
「もうよろしいんで?」
「お前等が騒いでいるからな
ゆっくり眠れんよ」
バルトフェルドは苦笑いを浮かべて、兵士達が騒いでいる理由を聞く事にした。
「それで?
何を騒いでいたんだ?」
「それが…そのう…」
「ん?」
「マーリン様には言わないでくださいよ
バルトフェルド様を起こすなと言われてますんで」
「ああ
はははは
心配するな、どうせ起きようとしていたところだ」
しかし兵士達は気付いていた。
この騒ぎは少し前から起こっている。
どうやら起こしてしまったと、気が付いてしまった。
「すいません…」
「で?
どうしたんだ?」
「魔物です
オーガが現れました」
「何だと?
どこに現れた」
「それが城門の近くでして…」
「どうやら怪我した者の血の臭いを追って来た様です」
兵士達の報告を聞き、バルトフェルドは難しい顔をする。
「ううむ
それで状況は?」
「ええ
討伐は完了しました」
「アーネスト様が手伝っていただいて」
「そうか
それは良かった」
オーガと聞いて心配したが、無事に討伐は終わったらしい。
しかしそうなると、兵士が騒いでいた事が気になった。
「それで?
どうして騒いでおったのだ?」
「それが…」
「騎兵が討伐しまして」
「ああ…」
今までは敵わなかった魔物に、手助けがあったとはいえ勝利したのだ。
それでみなも興奮していたのだ。
「それにアーネスト様だけでは無く、魔術師達も活躍しました」
「これならば、次回からは魔術師が居るだけで勝てそうです」
「そうか
それは朗報だな」
バルトフェルドは頷くと、詳しい報告を聞く為に、執務室へと向かった。
「マーリン」
「おう
もう良いのか?」
「ああ
おかげ様で少しだが寝れたよ」
「そうか
それは良かった」
マーリンはバルトフェルドの顔を覗くと、満足そうに頷く。
「うん
顔色も幾分か良くなった様じゃな」
「ん?
そんな顔に出ていたか?」
「ああ
死にそうな顔をしておったぞ」
「ぬう…」
「どうやら起こしてしまった様じゃな」
「いや
ちょうど起きたところじゃったから気にするな」
バルトフェルドはそう言うと、マーリンから書類を受け取る。
そこにはオーガを12体も討伐したと書かれていた。
「ぬう?」
「ああ
それでこの騒ぎじゃ」
「しかし
これでは騎兵達も…」
被害報告を見るが、軽傷者が数名で済んでいる。
それも暴れた時に出た破片が当たって、軽い怪我をしたと書かれていた。
「軽傷だと?」
「ああ
魔術師も頑張ってな、オーガを上手く拘束出来たそうじゃ」
「そうか
それでか…」
バルトフェルドは報告書を見て、頷いてから返した。
「この分なら、装備の拡充が出来そうじゃな」
「ああ
魔鉱石が沢山作れるじゃろう
この調子なら、騎兵達の武器も出来そうじゃ」
騎士達には持たせていたが、騎兵達にまでは支給されていない。
それが今回の討伐で、結構な量の魔鉱石が作れる。
そうなれば、騎兵達にも回せるだろう。
どの様な武器を作るのか?
その辺もギルドと相談する必要がありそうだ。
「職人達に任せるとして…
騎兵の装備に使うか?」
「そうじゃのう
クリサリスの鎌も作りたいが…
ポールアックスも作りたい
それからショートソードも必要じゃな」
「そんなに作れるのか?」
「それは試してみん事には…」
しかし、多くの魔鉱石が作れる以上、期待が持てそうだ。
バルトフェルドはニコニコしながら、他の報告書に目を通す。
「ううむ
魔物の数が増えておるな」
「ああ
今までは王都でどうにかしておった
それがこっちに向かって来るのじゃ
仕方が無かろう」
マーリンはそう言っているが、今までの倍近くの魔物が来ている。
今のところはオーガ以上の魔物は居ないが、このままではいつまで続くか分からない。
それにワイルド・ベアが来たら、騎士団でも厳しいだろう。
魔術師達には早目に結果を出して、より多くの魔物を狩る必要があった。
そうすれば素材も取れるので、さらに装備を更新出来るだろう。
「ふむ
避難民はあれから、あまり増えておらん様じゃな」
「ああ
主な逃げ出した者は、ほとんど着いたじゃろう
後は魔物に見付かって…」
「そうじゃな
無事では無いと判断した方が良いか」
バルトフェルドは溜息を吐くと、書類を机の上に置いた。
後で読み返すが、大体の状況は確認出来た。
「それで?
他には問題は無さそうか?」
「ああ
後はそっちの書類の認可をしてくれ」
マーリンに促されて、バルトフェルドは他の書類にも手を伸ばす。
今季の生産報告や、食料の自給状況も確かめる必要があった。
そういった書類に目を通し、必要なら認可の印を押す必要があるのだ。
バルトフェルドは書類を見ては、成否を見極めて印を押して行く。
中にはへんてこな依頼や、報告なども混じっている。
そうした報告によく目を通して、バルトフェルドは印を押していった。
「はあ…
暫くは何とかなりそうだな…」
「ああ
思ったよりも難民が少ないからな」
「そうだな…
たったの2000名か…
王都には8万を超える住民が居た筈なのにな…」
「そうじゃな
訪れる民を加えれば、10万は越えるとまで言われておったのにな…」
住んで居る者の中には、兵役に就いていた者も多く居た。
騎士だけでも最大で2000名居た時期もあった。
兵士の総数をあわせれば、1万に近づくだろう。
しかしそのほとんどが、先の巨人との戦いで消失していた。
「騎士団も兵士も居ない今、もうあそこには…」
「じゃから?
どうすると言うのじゃ?」
「魔物は討伐する
しかし再建は…」
「難しいじゃろうな」
王都の北側は、ほぼ壊滅している。
残る東と西も、巨人の攻撃で大きな打撃を受けている。
破壊が少ないのは南側と、王城の周辺だろう。
王城は王都の中心にあり、ギルド側が破壊されるに留まったからだ。
その代わり、王都のギルドは壊滅して、職員もほとんど死滅していた。
「ギルドが破壊されている以上、そこから立て直しじゃな」
「ああ
先ずはギルドマスターと、職員を募らねばな」
「いや
先に住民を募らねばならん
王都を再建するのはそれからじゃ」
王都を再興する為には、先ずは住民を集める必要がある。
リュバンニですら4万人程度しか人が居ないのだ。
それを王都に人を集めると言っても、どこから人を集めるのか?
ダーナへの移民ですら1000名ほどしか集められなかったのだ。
1万人を集める事すら難しいと言えるだろう。
「どこかから町を潰して集めるか?」
「それかす百名ずつでも集めるか…
どの道すぐに集められないだろう」
王都の再興に関しては、問題が山積みだった。
それにも増して、先ずは魔物の排除と城壁の再建が先だろう。
その為には、職人を募って城壁を修復する必要がある。
そして再建する間に、職人を守る兵士も必要だ。
「先ずは魔物を退治する事じゃな」
「そうじゃな
いつ向かう事にする?」
「ううむ
避難民が居るか確認するとして、3日は必要か?」
「ふむ
そうすれば4日後が良いかな?」
「そうじゃな
それで調整してくれ」
マーリンに調整をお願いして、バルトフェルドは指揮をする者を考える。
将軍が総大将として、子爵にも同行してもらう事にする。
彼等には手柄を立てさせて、新たな王家を守る力を着けさせたかった。
バルトフェルドが活躍すると、権力が集中してしまう為だ。
子爵に伯爵でも叙爵させて、王家を守る資格を与えたいのだ。
「子爵も従軍してもらうとして…
アーネスト殿をどうするか…」
アーネストが居れば、魔物に対して安心出来る。
しかし、アーネストが活躍すればさらに上の爵位を与えなければならなくなる。
それは他の貴族に関して、色々と問題が出て来る。
出来れば今回は、他の魔術師だけにしたかった。
「アーネスト殿ですか?」
「ああ
あまり活躍しては、他の貴族の目に付くじゃろう?」
「なるほど
それは考えておりませんでしたな」
マーリンも理由に納得して、その対処について考えてみる。
「出来れば着いて行って欲しいものですが…
活躍するとマズいですな」
「ああ
だから困っておる
王妃を救い出しただけでも十分な成果じゃからな」
バルトフェルドは頭を振って、困ったと溢す。
王妃を救出した事は、公にしなければ誤魔化せるだろう。
しかし王都の奪還となると、あまりにも目立ってしまう。
それに子爵が2人も同行するのだから、その辺も誤魔化せないだろう。
子爵が上の位に叙爵されるのに、アーネストがそのままではマズいのだ。
「叙爵に関しては後回しにして、先ずはどうするかですよ
行ってもらいますか?」
「そうじゃなあ
行ってくれた方が安心じゃろう」
「それならば、後でアーネスト殿に話しておきます」
「うむ
頼んだぞ」
バルトフェルドはマーリンに任せて、他の書類に手を出した。
まだまだ片付けないとならない問題が山積みなのだ。
ただでさえこの時期は、収穫等もあって忙しいのだ。
それが王都の奪還もしなければならないとなれば、仕事は山積みになって当然だろう。
後回しにしてある書類から、比較的重要な書類を摘まみ上げる。
しかしそれもややこしくて、バルトフェルドは顔を顰めるのであった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。
昨日は更新出来ませんでしたので、夕方にもう1本更新します。




