第362話
マーリンの指示によって、リュバンニの城門は夜通し警戒されていた
王都から逃げた住民を、受け入れる為に見張っていたのだ
王都は壊滅しただろうが、生き残った者もいるだろう
そうした生き残りが、王都に近いリュバンニへ逃げ延びる可能性があるのだ
城壁で見張って甲斐あって、何人かの住民が逃げ出して来た
警備兵は周囲を確認しながら、城門の通用口を開ける
そうして魔物を警戒しながら、住民達を招き入れる
住民は数名しか居なかったが、何とか街の中に入れる事が出来た
「さあ
こっちに来るんだ」
「ひいっ」
「騒ぐな
魔物に見付かるぞ」
住民達は魔物に怯えながら、何とか城門の中に入る。
そうして救出された住民は、街の外れの救護所へ連れて行かれた。
ほとんどの者が、逃げる際に怪我をしていたからだ。
「無事で良かった」
「ああ
他にも逃げた者は居たが、魔物に襲われて…」
「子供を連れた者は、魔物に見付かってしまった」
「あんな怖い目にはもう遭いたくない」
避難民達は、怯えながら救護所の横の宿舎に入れられた。
避難民用の宿舎が無いので、寝泊り出来る場所が無いのだ。
彼等に寝台を当てがって、今夜はここで眠らせる事にした。
「逃げて来たのは、わずか十数名か…」
「いや
まだ来てないだけかも知れないぞ」
「それにしても、これだけしか来てないとは…」
王都からリュバンニへは、歩いてなら半日ぐらいだろう。
それが夜を回っても、思ったほど逃げて来てはいなかった。
何度か魔物が城門に近付き、それから去って行く。
もしかしたら、逃げていた住民を追っていたのかも知れない。
しかし肝心の避難民の姿は、城門へ向かっては来なかった。
夜明けまでには、ポツポツと逃げて来ていた。
しかし結局は、総勢でも50名ほどしか逃げて来ていなかった。
「まだまだ全然来ないな」
「そうじゃのう
ひょっとしたら森にでも逃げ込んで、様子を見ておるのかもな」
「ふむ…」
「朝になれば、公道も明るくなって見渡せる
そうすればもう少し増えるじゃろう」
「それならば良いのだが…」
確証は無いが、少しでも生き延びて欲しいと思った。
しかし、違う問題も上がって来る。
あまり避難民が多いと、リュバンニの食料や家が足りなくなるのだ。
今はまだ、土地にも余裕はある。
それこそ砦の周りには、手を入れて無い土地も沢山あった。
しかし食料を生産する畑や、寝泊りする家も必要になる。
そこまで用意するとなれば、リュバンニの経営にも影響が出るだろう。
なんせ逃げて来た避難民達は、着の身着のままで何も持っていないのだ。
それをこの街が用意しなければならない。
そう考えれば、あまり多くの避難民は抱えれないだろう。
「バルトフェルド様
ゴブリンです
ゴブリンが避難民を追って…」
「騎兵はどうした?」
「はい
すぐに出てもらいました」
「うむ
それならゴブリンを討伐しながら、避難民の受け入れをしろ」
「はい」
明るくなったので、避難民も動き始めたのだろう。
しかし魔物も居るので、当然見付かれば襲われる。
今回はゴブリンだったので、騎兵で対処が出来るだろう。
これがオーガであったなら、騎士団が出なければならなかっただろう。
暫くして、兵士から報告が上がった。
ゴブリンは討伐出来たが、やはり狂暴になっていた。
ゴブリンは騎兵が向かって来ても、臆する事無く反撃して来た。
それで怪我人が出たが、何とか倒す事は出来た。
しかし最期の1体まで、魔物は逃げる事無く向かって来ていた。
「昨日も紅き月が出ておった
どうやらあれが原因らしいからのう」
「月がですか?」
「ああ
あれを見たら、魔物は狂暴になるらしい」
「え?
私達は…」
「はあ…
魔物じゃと言っただろ
人間には影響は無いようじゃ」
兵士はホッとしたのか、溜息を吐いていた。
「しかし弱ったな
単なるゴブリンでも、狂暴になれば厄介だな」
「ええ
最後まで向かって来るので、油断がなりません」
「うむ
各自で報告して確認しておいてくれ
魔物が狂暴になっているという事は、みなが危険に晒されているからな」
「はい
他の部隊にも報せておきます」
情報を共有しておかなければ、他の兵士が危険な目に遭うだろう。
報告や連絡は重要なので、バルトフェルドは細かく指示を出していた。
所謂報連相と言うやつだ。
これを細かくしているので、バルトフェルドの軍は連携が強かった。
「アレハンドラ
エルミンにも伝えておいてくれ」
「エルミンは?」
「彼は避難民の様子を見に行っておる
先ほど話していただろう?」
「え?」
「それだからお前の軍は…」
「はははは…」
「笑い事では無いぞ
連絡は細かくしておかなければ、いざという時に危険だぞ」
「はい
気を付けます…」
アレハンドラはシュンと反省しながら、兵士に指示を出した。
その際に、自分の兵士達にも同様の指示を出す。
彼としても、自分の私兵を失うのは怖かった。
指示を出しながら、気を付ける様に言い含めておく。
「しかしこれでは…
王都に向かえませんな」
「そうだな
マーリン
将軍はどうしておる?」
バルトフェルドは、王都から連れて来た将軍の事を確認する。
将軍は王都が滅びた事に責任を感じて、自ら倒されて責任を果たそうとしていた。
今はバルトフェルドに説得されて、王都奪還の指揮を執る事を承諾していた。
「将軍は逃れた兵士を集めて、訓練場で指導しておりますよ」
「ん?
兵士はそんなに逃れられなかった筈だが?」
「ええ
それでも歩兵が2部隊と騎兵は4部隊、馬さえあれば戦えそうです」
「そんなにか?」
「そうですな
逃げて来た住民を護衛しておった者も居ます
幸い軽傷の者も多かったので、何とか戦えそうです」
「そうか…」
バルトフェルドの軍は、歩兵が4部隊200名と、騎兵も8部隊200名が健在だった。
これにエルミンの軍が、歩兵2部隊と騎兵が4部隊残っている。
アレハンドラは騎兵のみで、4部隊を率いていた。
これに逃れて来た兵士を合わせて、総勢で900名ほどの兵士が居る事になる。
後はバルトフェルドが抱える、騎士団が8部隊200名居るのだが、こちらは難しかった。
オーガを倒せるとなれば、騎士団クラスになる。
しかし迂闊に出せば、この街の防備が薄くなるからだ。
だからこそ、騎士団は待機させる事になっていた。
これは子爵達も同じで、騎士団は街の守りに残されていた。
「騎士団を出せれたらな…」
「無理を言うな
街に魔物が来たらどうする」
「ああ
分かっておる」
バルトフェルドは溜息を吐き、書類を手に取る。
「後は魔術師ギルドで、どれだけ戦える者が居るか…だな」
「そうじゃな
アーネストが確認に向かってはいるが…」
リュバンニも魔術師ギルドはある。
しかし王都に比べると、その規模は大きく無かった。
在籍する魔術師達も100名ほどで、その中で使える者がどれだけ居るのか?
しかし少数でも、魔法で補助が出来るのは大きい。
オーガに騎兵が立ち向かうには、魔術師達の補助が必要なのだ。
「20名でも居れば十分だが…」
「そんなに居ったかのう?」
「ワシは魔法に関しては…」
「そうだったな
しかしワシが知る限りでは…」
マーリンは今でこそバルトフェルドの側近だが、元は魔術師である。
今もギルドに在籍していて、新人の指導をする事もあった。
しかしマーリンが記憶するギルドでは、魔術師はそんなに多く無かった気がする。
アーネストが魔導書を持って来てからは、それなりに増えたとは聞いていた。
それにしても、使えるまでに鍛えている者は少ないだろう。
「これならば
アーネストの訴えを聞いて、もう少し早く指導しておけば良かった」
「ん?
どういう事だ?」
「アーネストが魔導書を持ち寄った時に、兵士と訓練すると言っておったじゃろう」
「ああ
あの話か」
「そうじゃ
あれをしっかりとしておけば…」
「そうは言ってもな…
兵士が身体強化を覚えたの、ついこの間の事だろう?
それなのに魔術師との連携など…」
「しかし、それが結局は、王都の滅亡にも繋がったであろう?
聞いた話では、魔術師の鍛えようが甘かったそうではないか」
「ううむ…」
魔術師が活躍していれば、巨人に対してもう少し戦えた。
アーネストはそう悔しそうに話していた。
しかし聞くところによると、魔術師達は雷の魔法を使っていたという。
そんな魔法が使えるなど、バルトフェルドは聞いた事は無かった。
「この街の魔術師では、そこまで使えないんじゃ無いのか?」
「それはそうじゃろうが、拘束の魔法は便利じゃぞ
使い方次第では、無傷でオーガを倒せるじゃろう」
「しかしそれは、魔術師の技量も関係するのじゃろう?
この街の魔術師が…」
「それはそうじゃが、訓練せん事には、魔術師達も鍛えれんじゃろう
そうでは無いか?」
「ううむ」
マーリンの言う事も尤もであった。
バルトフェルドは、これが一段落すればさっそく実行しようと思った。
魔物はまだまだ増え続けている。
それに対する対策も、今後は考えなければならないだろう。
王都の騎士達は、全て壊滅したのだから。
「殿下や殿下の騎士団が残っていれば…」
「そうは言っても仕方が無いじゃろう
目下殿下は行方不明じゃし…」
「親衛隊…じゃったな
あれも強力じゃった」
「アーネストの話では、巨人に勇敢に立ち向かっておった様じゃな
しかし…」
「ああ
殿下には敵わんかった様じゃな
殿下はオーガでも単独で数体倒しておった様じゃしな」
「それを言うなら、巨人に単独で向かったり、魔王とも戦っておったのじゃろう?」
「うむ
そうらしいな」
アーネストは途中で気絶していたが、ギルバートがアモンと戦っていたのは見ている。
しかし実際には、戦場にはムルムルも現れていた。
そして死霊を呼び寄せて、死んだ魔物達を使って親衛隊を倒していた。
アモンだけなら、王都の城壁は残されていたかも知れない。
しかし魔王が2人も居たので、城壁前の騎士達は総崩れになったのだ。
「殿下…
何処に居らっしゃるのやら」
「考えても仕方が無いじゃろ
今は目の前の事に集中しろ」
「しかし、マーリン
殿下が居なければ王家の再興は…」
「それもそうじゃが…」
マーリンは難しそうな顔をして、バルトフェルドに近くに来る様に促す」
「ん?
何だ?
どうした?」
「これは内密にしろ
王妃にも相談するつもりじゃからな」
マーリンはこっそりとバルトフェルドに耳打ちする。
「お前の息子…
フランシスカ様に姫様との婚約をしてもらう」
「な!
何を言って…」
「しーっ
内密と言っただろう」
「しかし
何を考えている」
バルトフェルドの言葉に、マーリンは首を振る。
「王家を継ぐ者が居ない以上、誰かが継承しなければならん
それには姫様と結婚して…」
「だから!
なんでフランツなのだ」
「しーっ
声を荒らげるな」
「姫様が他の貴族と婚姻したらどうする?
そいつが国王となるんだぞ」
「それはそうだろう」
「いや、だからな、変なのが国王になったら困るだろう
公爵を見ただろう?」
「それは…そうだが…」
「それにな、今の現状で考えても、エルミンは駄目だろ
あいつは奥方も居るし、溺愛しておる
それに統治に関しても…」
「ううむ
確かにそうだが…」
「だからと言って、アレハンドラは論外だ
あいつは軽率だし、姫様が可哀想じゃ」
「ぷっ
それはそうだが…」
「笑うな
ワシは本気じゃぞ」
マーリンは真剣な顔をして、バルトフェルドをじっと見詰める。
「しかし…
フランツはまだ子供じゃぞ」
「それは誰かが後ろ盾になれば良い
最悪お前が後ろに立って…」
「勘弁してくれ
ワシにはその様な学は無い」
「頭は期待しておらんわ!
上手く民の意思を統一出来るかじゃ
お前ならその資格がある」
バルトフェルドは、リュバンニを長く治めた実績がある。
実務はほとんどマーリンに丸投げだったが、上に立つ度量は持ち合わせていた。
それに国王の信任もあり、住民達からの指示も強かった。
偏にそれは、帝国での戦いで活躍した実績があったからだろう。
「お前が後ろ盾になり、若きフランシスカ様が国王の代理を務める
なあに、いざとなれば実務は他の者がやれば良い
問題は信頼出来る者が、玉座を守れば良いのだ」
「それは…
しかし…」
「殿下が不在である以上、誰かが立って纏めねばならん
それを考えれば、フランシスカ様が適任なんじゃ」
「ううむ」
バルトフェルドは唸る。
確かに筋が通っているし、適任者は他には居ないのだろう。
しかし息子は子供で、まだまだその様な大任が果たせるとは思えなかった。
「焦らなくとも良い
王妃様にはワシから相談する
お前は王都が解放されるまでに、気持ちの整理をしておいてくれ」
「ぬう…」
「待て!
フランツは?
フランツの気持ちはどうなる?」
「あれを見てみろ」
マーリンは顎でバルトフェルドに示す。
視界の隅では、部屋の外の廊下が見えていた。
そこには鼻の下を伸ばして、姫に城内を案内するフランツの姿があった。
「ふ、フランツ…」
「マリアンヌ様も満更でも無さそうじゃな」
「あいつ…
部屋で大人しく勉強しろと言っておいたのに」
「良いじゃないか
姫様も退屈しておったじゃろうし
これで口実が出来る」
「うぬう…」
マーリンはそう言うと、手をヒラヒラとさせてから部屋を出て行った
まだまだ続きます。
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