第361話
バルトフェルドは、子爵と共に王城の中に入る
王城の中は馬でも入れる様に大きく作られているので、そのまま騎乗して侵入する
そうして城内に入ると、公爵の私兵が抵抗して来た
文官や居残りをしている使用人を盾に、懸命な反抗を試みて来る
しかし騎馬と歩兵では、戦力的な差が当然ある
私兵達は徐々に追い込まれて、打ち倒されて行った
ドニスは城内に入ると、先ずは逃走経路を潰しに掛かる
王族用の秘密の抜け道があるのだが、その出口に騎兵を配置して行く
しかし公爵は、正当な手段で国王になった訳では無かった
当然ながら、王族用の脱出経路など知らなかった
だから秘密の逃げ道からは、誰も出て来る事は無かった
「ふむ
大分静かになりましたね」
「ええ
本当にここに秘密の抜け穴が…」
「はい
詳しくは教えられませんが、万が一の為に警戒はしておいてください」
ドニスに言われて、騎兵は周囲を警戒する。
しかしここの警備は、あくまで念の為だ。
公爵程度の者が、この抜け道を知っているとは思えない。
そしてその予想は、王の私室からの叫び声で確認された。
「ぐわあああ…」
「聞こえました?」
「ええ
叫び声ですね」
ドニスがその声を聞いている頃、バルトフェルド達も私室の近くに来ていた。
声のした方に向けて馬を駆って進む。
そこから、公爵の私兵が数名ぞろぞろと出て来た。
「貴様等!」
「ひいっ」
「殺さないでくれ」
「公爵ならこの中だ」
私兵達は回廊の隅に追いやられて、騎兵達に見張られる。
そうしておいてから、バルトフェルドは王の私室に踏み込んだ。
「これは…」
そこには首の無い遺体と、果物用の皿に侯爵の頭が載せられていた。
「公爵なら、オレ達が殺した」
「奴を殺したんだ、オレ達は見逃してくれるよな?」
「へへへへ…
これでオレ達も自由だ…」
「ふざけるな!」
バルトフェルドは、私兵達の態度を見て激昂していた。
「貴様等は主を裏切ったのだぞ」
「主と言っても、無能な主だったんだぞ」
「そうだそうだ
あんな奴…」
「あんた等の狙ってた男を殺してやったんだぞ
オレ達は感謝されこそ…」
「おい!
このクズ共を切り殺せ」
「はい」
バルトフェルドは額に青筋を浮かべると、兵士達に命じた。
「馬鹿な!」
「オレ達は…」
「ふざけるな
こんな簡単に裏切る者を信用すると思うか!」
「ひいっ」
「首を刎ねて、王城の前に晒してやれ」
「はい」
ザシュッ!
ズドッ!
私兵達は公爵と同じ様に、首を刎ねられて無残に殺された。
主たる者を裏切り、その殺害を行ったのだ。
当然の結果と言えただろう。
騎兵達は嫌な者を見たという顔をして、私兵達の首を運んで行く。
そうしてその首を、卑怯者の末路として城門の前に並べた。
「哀れな事だ…
これが王国を裏切った者の末路か…」
「ええ
当然の報いとは言え、最期は自分も裏切られるとは…」
バルトフェルドは公爵の頭部に近付くと、そっと目を閉じてやった。
それは罪人とはいえ、公爵であった者の死体だから、せめてもの情けであった。
そうして首を遺体と一緒に、王城の一角に運ばせた。
「裏切り者とはいえ、公爵だからな
墓ぐらいは用意してやろう」
「そう…ですね」
子爵はバルトフェルドが甘いと思っていた。
いくら公爵といっても、王国を裏切り、王位を簒奪したのだ。
そのまま野に晒しても罰は当たらないだろう。
それを墓を用意してやるなど、甘いと思っていた。
しかしバルトフェルドの方は、考えは違っていた。
犯罪者としては断罪するが、ここで扱いを間違えれば貴族の権威の失墜に繋がる。
それはやがて王国の基盤を揺るがす事態を招く恐れがある。
だからこそ、貴族は特別なだという事を強調したかったのだ。
「さて
後は王妃様を招き、今後の対策を…」
「大変です!
北の方から魔物が!」
「何!」
「くそっ
よりによって、こんな時に…」
バルトフェルド達の元に、兵士が血相を変えて駆け込んで来た。
北の城壁跡を乗り越えて、魔物が侵入して来たのだ。
それもただの魔物では無く、騎兵や騎士では太刀打ち出来ないほどの魔物だった。
「魔物は何だ?」
「それが…
オーガの群れとワイルド・ベアが…」
「な…」
「こんな時に…」
いくら鍛えていると言っても、所詮は貴族の私設の騎士団だ。
オーガ数体なら兎も角、数が多ければ到底敵わない。
それに加えて、ワイルド・ベアも数体混じっていると言うのだ。
騎兵達は瓦礫に身を隠して、懸命に反撃をしている。
しかしこのままでは、騎士達どころか騎兵までも全滅だろう。
「どうされますか?」
「ぬう…」
「バルトフェルド様
ここは王妃様を連れて、リュバンニまで後退した方が…」
「くそっ
ままならんな」
この状況では、撤退するしか無いだろう。
問題は、王都の住民をどうするかだった。
「王都の住民を…」
「無理です
すぐにでも撤退しなければ、こちらも限界です」
「ぐぬう…」
「バルトフェルド様
すぐに撤退の指示を
私は西の城門に向かいます」
「くそっ!」
ドガン!
バルトフェルドは悔しそうに壁を叩くと、兵士の方に向き直った。
「直ちに撤退の指示を出せ
それと近場に救出出来る者が居れば…」
「多くは連れて行けません
それならば最初から…」
「はあ…
そうだな」
バルトフェルドは救出の指示は諦めて、撤退を指示した。
兵士の言う通り、中途半端に救出すれば、後々に禍根を残すだろう。
それならば最初から、誰も救出しない方が良いのだ。
「止むを得ん
総員撤退だ」
「はい」
バルトフェルドも馬に飛び乗り、慌てて王城から逃げ出す事になる。
後にこの判断が、王都を滅ぼす原因と言われる事になる。
しかし、オーガの群れとワイルド・ベアが向かって来たのだ。
いくら武勇に長けていると言っても、バルトフェルドの私兵だけでは無理だったろう。
彼等は王都の兵士も連れて、王都の西の城門から脱出した。
その際に、王都に残されていた兵士も、多くの者が命を失っていた。
バルトフェルド達が逃げ出せる様に、懸命に戦ったからだ。
「くそっ
気付かれた」
「そちに向かったぞ」
「待て
ここには住民が…がべっ」
グシャッ!
兵士達は瓦礫に隠れながら、懸命にオーガと戦っていた。
瓦礫の陰には、逃げ遅れた住民達が隠れている。
彼等を逃がす為に、兵士は果敢に立ち向かって行ったのだ。
「はははは…
勇者だと?
このオレがな…」
中にはオーガを討伐して、称号を得る物もいた。
しかしその直後に、オーガに囲まれたり、ワイルド・ベアに見付かって殺されていた。
いくら称号を授かっても、すぐに大幅に強くなる訳では無いのだ。
称号の効果を発揮する事無く、彼等は魔物に殺されて行く。
それでも散発的ながら、オーガは狩られていた。
瓦礫が多く残っていた事が、彼等にとっては幸いだった。
公爵が碌に対策を取らなかった事が、予想外の結果を生んだ。
少数ながら、生き残った住民達は逃げ出した。
そうして城門を出て、当てもなく王都の外へと逃げ出す。
取る者も持たずに、着の身着のままでだ。
王都から逃げ出した者達は、ほとんどが森に逃げ込む。
しかしそこにも、ゴブリンやコボルト等の魔物が潜んで居た。
ここでまたしても、多くの死者が出る事になる。
それでも生き残れた者は、少数ながらいた。
彼等は他の町を目指して、魔物に追われながら逃げ惑った。
「開門
開門!」
「バルトフェルド様
ご無事で…」
「王都はどうなりました?」
バルトフェルド達は、何とか日が暮れた中をリュバンニまで撤退した。
しかし多くの者が焦燥していた。
途中で魔物に襲われて、何とか逃げて来たのだ。
「バルトフェルド
どうじゃった?」
「マーリン…」
「その様子では…」
「一先ずは城へ戻ろう
話はそれからだ」
疲れた身体を引き摺る様に、一行はリュバンニの砦に向かう。
そうして砦の中に入ると、ようやく一息を吐いていた。
「公爵は?」
「それが…」
バルトフェルドは、腹心の部下である友に、腹の内を晒す。
「公爵は倒した
しかし魔物が現れた」
「はあ?」
「オーガの群れとワイルド・ベアだ」
「何と言う事だ
こんな時に…」
「こんな時だからこそだろう
城壁は崩れて、魔物は入り放題だったのだ
逆に今まで、よく無事だったものだ」
バルトフェルドの言葉に、マーリンも沈痛な面持ちになる。
「それでは王都は…」
「今頃壊滅しているだろうな」
「な!
何で逃げ出して来たのじゃ」
「馬鹿を言うな
ワシも好きで逃げ出しておらん
部下をどうするのだ?」
「それは…」
マーリンの言う事も尤もだが、部下の命も掛かっていた。
実際に逃げ出しても、道中で何名か命を落としている。
それを思えば、早目に逃げ出したのは賢明な判断だろう。
「あの状況では、部下を守る為に逃げるしか無かった」
「しかし…
王都は?
王都の住民はどうなる?」
「恐らくはほとんどが…」
魔物の腹の中だろうが、それはさすがに言えなかった。
マーリンも察して、それ以上は何も言えなかった。
「街の城門に指示して、逃げて来た者が居たら受け入れてやってくれ」
「そうじゃな
逃げて来れたらじゃが…」
マーリンはそう言うと、指示を出す為にその場を後にした。
「父上?」
「おう
フランツ」
バルトフェルドの様子が気になり、息子であるフランシスカが入って来た。
しかしその顔は、状況を知って暗い顔をしていた。
「そのう…
王都は?」
「残念ながら…」
「そうですか
それではアミルやオーエンも…」
「王都の学友達か?」
「ええ
みんないい奴だったのに」
「諦めるのは早いぞ
もしかしたら生きて…」
「いえ
望みは薄いんでしょう?
外にも魔物は居るし」
「そう…じゃな」
バルトフェルドは息子を抱き締めると、その頭を撫でてやった。
年を取ってからの息子で、少し甘やかしていた。
それがギルバートに負けてから、自分の弱さを痛感したらしい。
最近では訓練にも精を出して、以前よりも身体つきがしっかりとしていた。
そんな息子に笑みを見せて、バルトフェルドは落ち着きを取り戻していた。
「母上が心配しておりました
後で会ってください」
「ああ
分かった」
バルトフェルドは頷くと、息子の背中を押した。
これから会議を開くので、ここには居させられないのだ。
「子爵」
「はい
ダガー将軍を連れて来ます」
ダガー将軍は、縛り上げて馬車に乗せていた。
勝手に責任を取って、自分を犠牲にしようとしていたからだ。
しかし結果として、それが将軍の身を救う事になった。
そのまま王都から逃げ出したので、リュバンニまで無事に着いたのだ。
「バルトフェルド様
ノフカのサランドール子爵が到着されました」
「うむ
こちらに通してくれ」
「アレハンドラが来たか
しかし…」
「うむ
もう少し早ければな…」
ノフカのアレハンドラ・サランドール子爵はトスノのエルミン・サランドール子爵の分家に当たる。
元はトスノが領地であったが、後から開拓してノフカが出来上がった。
そこで弟のアレハンドラが、ノフカの町を治めている。
彼の町はまだまだ小さいので、兵士の数もそんなに多くは無かった。
しかし、魔物が現れた時に居れば、状況は変わったかも知れなかった。
子爵の兵士が、ダガー将軍を連れて来る。
それと一緒に、アレハンドラも入って来た。
「よう、兄貴」
「アレハンドラ
遅かったじゃないか」
「無茶言うなよ
こっちは兄貴の街より遠いんだ」
「はははは」
「それで?」
アレハンドラは縛られて、拘束された将軍を見る。
「どうしたんだ?
面白い恰好になっているけど」
「アレハンドラ…」
「おい
そう言うなよ
将軍の立場も複雑なんだ」
「へえ…
散々オレを扱いていた先輩が、こんな格好しているなんてな」
「ぬう…」
将軍は居心地悪そうに、縛られた身体をもぞもぞする。
しかし猿ぐつわは外されたが、縄はしっかりと掛けられていた。
どんなに嫌がっていても、腕一本も動かせなかった。
「将軍はな、部下を救う為に犠牲になろうとしていた」
「へえ…
相変わらず頭が固いんだな」
「うるせえ」
「どうせ悪いのは指示たワシだ
部下は関係無い
とか言ってたんだろう?」
アレハンドラが将軍の真似をして、将軍は顔を赤くしていた。
「縛られていなかったら、そのふざけた顔に一発お見舞いしてやるのに…」
「へへん
何も出来ないだろ」
「くっ!
この!」
ドガッ!
「@!!?」
「馬鹿だな…」
アレハンドラが近付いて、将軍を揶揄おうとした。
しかし仕返しに、足を思いっ切り踏まれてしまった。
アレハンドラは声も出せずに叫んで、足を押さえて蹲る。
「それで?
こんな事をする為に呼んだんじゃ無いんだろ」
「ああ
これからの事を相談したい」
「止してくれ
ワシは王都を守る為に、部下を殺そうとした者だ」
「生憎と、王都はもう、滅んでいる」
「そんな事…」
「いや
オーガの群れが来ていたんだ
それにワイルド・ベアも確認されていた」
「な…」
「それで逃げ出して来たんだ」
「ぬぐっ…」
将軍は悔しそうに、顔を顰めて唸る。
「だからこそ、もう一度王都を奪還しなければならない
今度は魔物からだがな」
「それで?」
「ああ
将軍に指揮を任せたい」
「馬鹿な!
私は罪人だぞ
それに敗戦の将でも…」
「いいや
ワシや子爵達より、将軍の方が経験が豊富だ
王都を奪還する為にも、協力してもらうぞ」
「ぬう…
勝手な事を…」
「勝手なのは将軍の方だろ?
話を聞いている限り、また自分一人で抱え込もうとしてたんだろ?」
「そうだな
責任と言えば、私達にもあるからな」
「そうじゃ
貴族を代表して、ワシも謝らねばならん」
「バルトフェルド様や子爵殿は関係無いだろ
王都を守り切れなかった
責任はワシにある」
将軍は頑として譲ろうとしないので、バルトフェルドは一言呟いた。
「責任か…
それを果たす為にも、今度は協力してもらわねばな」
「ぬう…」
「奪われた責任を果たす為にも、協力してくれるな?」
「…」
将軍は答えなかったが、その沈黙が答えだった。
バルトフェルドは頷くと、王都の奪還作戦を練り始めた。
まだまだ続きます。
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