第360話
リュバンニの軍が、王都に攻め入る準備をするのに3日が掛かっていた
出兵の準備は、2日目で既に出来ていた
しかし周辺の街からの増援もあるので、連絡を待っていたのだ
リュバンニの他には、トスノとノフカから来る事になっていた
そしてトスノの軍が、今日の午後に合流したのだ
ノフカの軍は、まだ向かっている途中である
しかしこのままでは、王都の街が危険であった
先にトスノの子爵と協力して、西の城門から攻め入る事となった
ノフカの軍は、後から合流する予定となっていた
「サランドール子爵」
「バルトフェルド侯爵
お久しぶりです」
二人は馬上で握手を交わし、さっそく王都へ向かう事にした。
「王妃様は?」
「あちらの馬車に乗っておられる」
「大丈夫なのですか?」
「ああ
アーネスト殿が一緒に乗っておる」
「なるほど…」
サランドール子爵も、アーネストの魔法の腕は知っていた。
並みの魔物や兵士が相手なら、アーネストでも十分であろう。
「それで?
王都の様子はどうですか?」
「ううむ
北の城壁はほとんど壊されたらしい」
「え?
あの城壁がですか?」
子爵が驚くのも仕方が無い、城壁は頑丈で4mもの高さを誇る。
それに最近では、城壁には弩弓や投石機も置かれていた。
そんな厳重な城壁が壊されたと言うのだ。
「巨人の前には、王都の城壁も無意味なんだろう」
「巨人?
オーガの群れでも攻めたんですか?」
「聞いておらんのか?
物語に出て来る様な巨人じゃ」
「な…
物語とはあの…
魔導王国を滅ぼしたと言う…」
「ああ
5mもある様な巨人が来たのでは、さしもの王都の城壁でも…」
「5m…」
巨人の大きさに、子爵は頭がくらくらする。
そんな物が来れば、確かに城壁など無意味だろう。
大きさが違うのだ、耐え切れる筈も無い。
「それでは王都の住民も…」
「ああ
北から踏み込まれて、中心近くまで壊滅したらしい
それでギルドも…」
「ああ
ギルドは王都の中心だったな
そこまで攻め込まれては…」
ギルドが壊滅したとなれば、王都の機能は麻痺しているだろう。
「それでは食料も…」
「うむ
ギルドが潰れている以上、商店や宿もまともに機能しているとは…
今頃は恐らく」
バルトフェルドの懸念は当たっていて、王都は食糧難になっていた。
いや、正確には他の物資も滞り、住民は飢えと困窮に瀕していた。
そして王城に訴えに向かった住民達は、見せしめに殺されていた。
「西側は城壁も健在であろう
しかし侯爵に従う様な愚かな兵士は…」
「そうでしょうな
騎士は全滅と聞きましたが、将軍が健在であれば」
「ああ
ダガーなら話が分かるじゃろう」
二人は将軍を信用していたので、安心して向かっていた。
将軍が内応すれば、城門も開けてくれるだろう。
そう信じていたので、そのまま西の城門へと向かって行った。
半日もすれば、王都の城壁も見えて来る。
兵士達は公道を進み、王都の西の城門の前に集まった。
「先ずは将軍に呼び掛けてみて、入れてもらえないか聞いてみよう」
「それでは私が…」
「いや
ワシの方が良いじゃろう」
バルトフェルドが前に出て、城門の前に立った。
「ワシはリュバンニの領主、バルトフェルドじゃ
ダガー将軍は居るか」
「将軍
バルトフェルド様です」
「うむ
やっと来たか
待ちわびたぞ」
「では、城門を…」
「待て!」
将軍は兵士を制止し、自らが城壁の上に向かった。
「久しいな、バルトフェルド様」
「おお
ダガー将軍
無事で何より」
「無事?」
「ああ
話は聞いておる
早く城門を開けてくれ」
「はあ…」
ダガー将軍はわざとらしく、頭を掻きながら溜息を吐いた。
「将軍?」
「無事ねえ…
何でそんな発想になる」
「ん?
貴殿は将軍で、王都は今、公爵が国王を僭称して…」
「ああ
そうだな
確かに国王は、侯爵殿がなられておる」
「ダガー
まさか貴様…」
「ふん
だからどうだってんだ?」
将軍は悪そうな笑みを浮かべて、城門の前に立つバルトフェルドを見下ろしていた。
「既に遅かったな
彼は国王を名乗り、国政を司る金印も手にしておる
これがどういう事か…分かるよな?」
「くっ
ダガー、貴様…」
ダガーはニヤリと笑うと、狙われる前にさっさと城壁を下りた。
「将軍
どういうおつもりですか?」
「どういうとは?」
「バルトフェルド様を入れられて、侯爵を…うがひゅ!」
どさっ!
兵士がそれ以上言う前に、将軍は素早く剣を引き抜きながら、首を刎ね飛ばしていた。
「しょ、将軍!」
「一体どうされたんですか?」
「どうされただと?
貴様らこそどうしたのだ?」
「え?」
「ワシ等は王国の兵士
違うか?」
「それはそうですが…」
「ならば王国に攻め入る者こそ敵であろう」
「将軍?」
「そんな…
まさか…」
将軍は城門の前に立ち、兵士達を睨み付ける。
「どうされたと言うんですか?」
「そうですよ
倒すべきは王都の安全を脅かす、公爵の方でしょう?」
「貴様等はその道を選ぶのだな
それならば…」
将軍は剣を構えて、兵士達を睨み付ける。
「ワシは王都を守る者として、最後まで戦うぞ」
「そんな…」
「何でです」
将軍が身構えている間に、数名の兵士は城壁の側に回り込む。
「大変です
将軍がお一人で、城門の前に陣取りました」
「うむ…
やはりか…あの馬鹿者め…」
バルトフェルドは悲しそうな顔をして、城壁内の兵士に声を掛ける。
「良いか
なるべくダガーと戦わない様にして、城門を開けるのじゃ」
「え?
そんな事…」
「良いから
今ならまだ間に合う」
「は、はい」
「させると思ってか?」
将軍は剣を構えるが、兵士は抜かずに周りを取り囲む。
その顔には動揺と悲しみが写っており、将軍を真っ直ぐ見詰めていた。
「バルトフェルド様
どういう事なんですか?」
「あ奴は馬鹿じゃから、全部自分で背負おうとしておる」
「え?」
「王都に侵入されたのは、自分が負けたからという事にするつもりじゃ
そうすれば部下に、城門を抜けられた責任は行かんじゃろうからな」
「はあ?」
将軍は部下の失態にさせない為に、自分を悪者にしてまで城門を守ろうとしていた。
いくら謀反人が居るとはいえ、簡単に城門を開けるわけには行かない。
それならば、自分が城門を守っていた事にして、内通者が城門を開けた事にする。
そうすれば、部下の兵士達の責任では無くなると考えていたのだ。
「そんな馬鹿な…
もしそうだとしても、城門を開けた者の責任に…」
「だからこそ、ここで討ち死のうとしておる
そうすれば、将軍より強い者が城門を破った事になる」
「しかし…」
「ああ
させるものか」
バルトフェルドは馬車を振り返ると、アーネストに指示を出した。
「アーネスト殿
すまぬが城門が開いたら、将軍を拘束してくれ」
「よろしいのですか?」
「ああ
構わん
死なれるよりマシじゃ」
アーネストは馬車から降りると、城門の前に向かった。
城門は兵士によって、ゆっくりと開かれる。
巻き上げ機は将軍の目の前なので、近付けないのだ。
「開かせると思ったか」
「将軍
止めてください」
「私達はあなたの部下なんです」
「その部下が、勝手な事をするから…」
「勝手じゃありません
王都を守る為に、必要な事です」
騎兵が将軍に組み付き、必死に押さえようとする。
しかし将軍は、その騎兵達を投げ飛ばした。
「そう簡単にはすまさ…」
「スリープ・クラウド」
将軍を白い靄が包み、将軍の足が力を失う。
必死に抵抗するが、全身の力が抜けてその場に倒れる。
「ぐ、ぬう…」
「馬鹿者が!
貴様一人で背負うでない」
バルトフェルドが入って来ると、兵士に指示を出す。
将軍を拘束して、自殺をしない様に見張らせる為だ。
念の為に、口にも布を巻いて咥えさせて、舌を噛み切らせない様にする。
そうして城門を開けると、兵士達を集めさせた。
「王都に残っているのは、これで全てか?」
「いえ
まだ王城の中には、公爵と子爵の私兵が残っています」
「そうか
それならば…」
バルトフェルドは、王都の騎兵達に城門を任せる事にした。
この後に、ノフカからも増援が来るからだ。
そして兵士には、北側の防壁を守らせる事にする。
そこには、リュバンニから連れて来た職人を向かわせる。
人数が少ないので、すぐには城壁は修復出来ないだろう。
しかし少しでも、魔物が入れない様にする必要があった。
「石材はどうしますか?」
「その辺の瓦礫を集めるしか無いな
取り敢えずの応急処置じゃ、致し方あるまい」
「はい」
さっそく兵士を引き連れて、職人達が北側へ向かう。
「王城はどう致します?」
「ワシと子爵の兵で、一気に急襲を仕掛ける
なあに、まだ気付いておらんじゃろう」
王城の中にしか、私兵達は居なかった。
だからこそ、こうして城門を簡単に開けれたのだ。
侯爵だけでは無く、私兵達も優秀とは言えなかった。
「兵を二手に分けて、東と西から向かう
すまないがサランドール子爵」
「はい
私はここで待機します
用意が出来ましたら伝令を」
「うむ
行くぞ」
「おう」
バルトフェルドの兵士が、王都の東側に回り込む。
少し遠回りをして、王城から見えない様に移動する。
そうして用意が出来たところで、子爵の側へ伝令を送る。
4時の鐘が鳴ったタイミングで、一斉に王城に向かうのだ。
「者共
用意は良いな?」
「はい」
カラーン!
「今じゃ!
行くぞ!」
「おう」
「うわああああ」
「はいやああああ」
王城を中心にして、東と西の城門の方から、一斉に騎兵が駆けて来る。
その鬨の声を聞いて、王城に居た私兵達は驚愕する。
「な、何の声だ?」
「兵…敵兵だ!」
「馬鹿な
どこから侵入したんだ」
私兵達は驚き、慌てて武器を取りに走る。
将軍達に任せて、すっかり油断していたのだ。
「大変です
敵が!
騎兵が向かって来ています」
「何だ?
寝惚けているのか?」
「そうじゃありません
敵襲です」
「そんなわけが無かろう
ワシが国王じゃぞ」
「公爵様
今はその様な事を…」
「国王と言ったじゃろう
ワシが国王なのじゃぞ
どこの馬鹿者じゃ?」
「分かりません」
公爵は苛立った様子で、報告に来た兵士を剣の鞘で殴り付ける。
「この役立たずが
将軍は?
ダガーは何処へ行った」
「将軍は城門の見張りへ…
しかし敵軍が入って来たと言う事は…」
「はあ?
あのぼんくらは何をしておる
至急迎撃に向かわせろ!」
「ですから、将軍とは今、連絡が…」
「馬鹿な
だったらどうすれば…」
公爵は今更ながら、自分がマズい状況だと気が付いた。
「ど、どうすれば…」
「落ち着いてください
どうすれば良いのか、先ずは指示を…」
「それぐらい自分で考えろ!」
公爵は地団駄を踏むと、金切り声を上げて兵士に命じる。
「良いな
絶対ワシを守るんじゃ
この際王都なぞ、くれてやっても構わん」
「は、はあ…」
私兵達は困惑して、兎に角王城を守ろうとした。
しかし騎兵が次々と城内に入り、私兵達を蹂躙して行く。
元々が歩兵上がりなので、騎兵達の動きに着いて行けない。
あっという間に近付かれて、剣で切り倒されて行った。
「公爵様
もう無理です
城内に入られました」
「な、何じゃと
この役立たずめが!」
「ぎゃひっ」
ドガッ!
報告に来る兵士を、公爵は鞘に入ったままの剣で殴り付ける。
そうしながらも、自身は何も指示を出さない。
指示を出さないでおいて、役立たずと罵り殴り付けるのだ。
私兵達の不満はピークに達して、数人が剣に手を掛けていた。
「この役立たず共が
国王であるワシを守らんか!」
「ぐっ」
「くそっ」
「どこか逃げる場所は無いのか?」
「逃げる?」
「あなたが国王なんでしょ
どこへ逃げる気ですか?」
「うるさい
良いからさっさと、逃げれる場所を用意しろ」
「この野郎…」
「もう我慢ならねえ…」
私兵達は、剣を引き抜いて公爵を囲む。
「な、何じゃ?」
「もうお前なんぞに従わねえ」
「ぶっ殺してやる」
「ひ、ひいっ
ワシは国王じゃぞ」
「何が国王だ
威張ってばっかりで、何もしねえ」
「いや、何も出来ないんだろ」
「そうだな
こいつは無能だもんな」
私兵達は、遂に不満を爆発させていた。
公爵が王を名乗ってから、何もしていなかった。
それどころか、無茶な要求ばかりだで却って悪化させていた。
それが何も出来ないからと、私兵達も見抜いていたのだ。
「こいつを殺して差し出せば…」
「オレ達が生き残れる可能性もある」
兵士達は剣を構えて、公爵を囲んだ。
「き、貴様等、ワシをどうするつもりだ」
「どうするも何も…」
「殺して首を差し出すのさ」
「ひ、ひいいっ」
「さあ
大人しく死にやがれ」
「い、嫌じゃあ
死にとうない」
「往生際が悪いぞ」
「国王だって言うんなら、潔く死にやがれ」
「ひいいっ」
ガキン!
ガシャン!
振るえる手で剣を引き抜こうとするが、上手く引き抜けない。
その内に私兵達によって、剣は弾き飛ばされてしまった。
「嫌じゃ
嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ
死にとうない、死にとう…がふっ」
「ふう…」
「やっと死にやがった」
私兵達は公爵の死体を見下ろし、軽蔑の眼差しで唾を吐きかける。
「こんな奴の元に居たなんて…」
「ああ…」
「だが、終わったな」
首を切り離すと、それを手近にあった果物の皿に置く。
そうして騎兵達が来るのを、私兵達は黙って待っていた。
まだまだ続きます。
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