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聖王伝  作者: 竜人
第十一章 聖なる王国の終わり
359/800

第359話

王都に残ったドニスは、朝まで宿舎で休んでいた

朝にならなければ、王都の外で探し物をするには危険だ

いくらゴブリンやコボルトでも、暗がりで戦うのは危ないからだ

特にコボルトは夜目こそ利かないが、それでも嗅覚が鋭い

下手に見付かると危険なのだ

ドニスは将軍に、兵士を10名と騎兵を1部隊借りる事が出来た

外で魔物を警戒するという名目で、兵士を借り受けたのだ

その兵士達を連れて、ドニスは西の城門に近い森を探す

兵士の協力もあって、比較的早い時間で足跡は見付かる

しかし、兵士の話に出ていた様な埋められた跡は見付からない


「ドニスさん

 これはどういう事です?」

「そうですね

 私が行った事では無いので…」


森には騎馬の足跡と、馬車が通った轍は残されていた。

そして馬車の轍の周りに、争った痕跡は残されている。

周囲には切られたのか、血の染みも残されている。

しかし肝心の、死体や埋めた跡が残されていないのだ。


「私が聞いたのは、ここで襲撃が行われて、死体を埋めたという話です」

「しかし…

 これでは死ぬほどでは…」


血の跡は小さく、量も少なかった。

馬車の中で殺されたとしても、幾らかの血痕が残された筈だ。

しかし残された血痕の量では、とても人が殺されたとは思えなかった。


「それでは、ここで争いがあった事は…」

「それは間違いは無いでしょう

 ですが殺されたと言うのは…」

「それでは殿下は?」

「ええ

 恐らく生きています」

「ドニスさん?」

「くっ…

 すみません

 年を取ると涙もろくて…」


ドニスの反応を見て、兵士達も思わず涙ぐむ。

王太子殿下の生存の可能性が見えた。

そうなると、騎兵達も俄然やる気を見せていた。


「よし!

 周辺を捜索するぞ!」

「え?」

「痕跡が残されているかも知れない

 殿下が何処に向かわれたのか…調べるぞ」

「は、はい」

「みなさん…」


騎兵達は馬に乗ると、轍が何処に向かっているのか調べる。

兵士も周辺を調べて、他の痕跡が無いか調べた。

ドニスは感謝して、自身も馬に乗って捜索を始めた。

しかし。痕跡はそれ以上は見付からなかった。


「森は出ているんですが…」

「そうですね

 ここから先は轍も…」


ここ数日晴れていたので、森の外では轍の跡は残されていなかった。

半日調べてみたが、それ以上の痕跡は見付からない。

また、巨人の騒動もあったので、王都に向かう馬車も少なかった。

馬車が何処へ向かったのかも、目撃者は居なかった。


「それでは?」

「ええ

 殺されなかった

 しかし何処へ向かったのかまでは…」

「そうですか…」


将軍に報告して、ドニスはふらふらと馬に近付く。


「ドニス

 何処に向かう気だ!」

「リュバンニへ

 アーネスト殿へ報告を…」

「おい!

 一人じゃあ…」

「大丈夫」

「大丈夫じゃ無いだろ

 おい!」


しかしドニスは、そのまま馬に乗って王都を出て行く。


「はあ…」

「大丈夫なんでしょうか?」

「ふらふらしてましたけど…」

「大丈夫だろう

 あれでも暗殺部隊の隊長だった男だ」

「え?」

「執事ですよ…ねえ?」


「あいつは王国が作られた頃、暗殺部隊に所属してたんだ

 腕利きだったらしくてな」

「執事では…」

「その後だよ

 引退して、国王様の周囲に居たんだ

 暗殺者から守る為にな」


兵士達は意想外の話を聞いて、すっかり驚いていた。


「それではあの執事は…」

「元々は陛下の、個人的な護衛だ

 執事には、後に教育を受けてなっている」

「そんな人物が…」

「引退して、本格的に執事になりたいと言っていたそうだが…

 本当は殿下を守りたかったんじゃないか?

 訓練は続けてたみたいだし」

「そういえば、痕跡を調べるのも上手かったな」

「ああ

 どこでそんな知識をと思っていたが…

 元が暗殺者なら納得だ」


「さあ

 もう良いから行くぞ」

「はい」


「しかし、よろしいんですか?」

「ああ

 大丈夫だろ

 ちょっと心配だがな」

「素直じゃないんだから…」

「ん?」

「いえ、何でも無いです」


将軍は騎兵達に指示を出し、王都の巡回に向かわせた。

瓦礫を集めて、多少の防壁は作らせていた。

しかし、そんな防壁程度では、魔物の侵入は食い止められなかった。

騎兵に巡回させては、魔物を討伐しなければならない。

そうしなければ、住民達が魔物に殺されてしまうからだ。


「しっかりと巡回してくれ

 これ以上の住民の被害は出したくない」

「しかし、このままでは…」

「言うな

 分かっておる」


兵士達は、王都が滅びる事を感じていた。

多くの騎士や兵士が亡くなり、このままでは魔物を食い止める事も難しいだろう。

それに、公爵が国王を名乗っているが、依然王都の復興に対して何も行っていない。

文官達も、半数ぐらいが王都の外へ逃げ出していた。

このままでは、遠くない内に王都の機能は止まるだろう。

そうした際に、魔物を防ぐ手立ては残されていない。


「将軍

 我々だけでもリュバンニへ…」

「今のは聞かなかった事にする

 いいな!

 これ以上は言うな」

「は、はい…」


しかし、兵士達は既に戦う気力を失いつつあった。

将軍も覚悟を決めようと思っていた。


「酒だ!

 酒を持って来い」

「公爵様!」

「うるさい!

 ワシは国王じゃぞ!」

「ぐふはっ…」

「このゴミを棄てて来い」

「は、はい」


公爵は今日も、酒を飲んでいた。

文官の一人が窘めようとしたが、公爵の手にした剣で突き殺されていた。

そして公爵は、汚い物でも見る様に文官の死体を足蹴にする。

私兵達が遺体を担ぐと、そのまま部屋を後にする。


「酒が不味くなる

 おい!

 代わりの酒を持って来い!

 すぐにだ!」

「は、はい」


私兵は礼をすると、慌てて部屋から出て行く。

使用人達は、ほとんどが逃げ出していた。

碌に料理の経験が無い者が、代わり厨房で料理を作る。

しかし美味く無かったのか、公爵は料理を床に投げ捨てた。

そうして酒に、また手を伸ばす。


「国王様

 酒ばかり飲まれていては…」

「うるさい

 それなら美味い物を持って来い

 ここは王城だろうが」

「は、はあ…

 しかし食材も少なくなっており…」

「何?

 何で少なくなるんだ」

「それは王都の機能が麻痺していますので…」

「言い訳など要らん

 さっさと何とかしろ」

「は、はい」


宰相を名乗る子爵は、慌てて部屋を後にする。

それから少し離れた所で、怒りに任せて飾ってある花瓶を蹴り飛ばす。


「ふざけるな!

 くそっ!」

ガシャン!


「何が国王だ

 何もしないで朝から飲んでばかりで」


怒りに任せて、剣を抜いて壁や床を切り付ける。

一頻り暴れてから、子爵は肩で息をする。

彼も碌に訓練など受けていないので、すぐに息が上がっていた。


「どうする?

 このままでは、この王都も…」


子爵は剣を仕舞うと、爪を噛みながらブツブツ呟く。


「くそっ

 あの無能のせいで、折角のチャンスが…」


「いっその事逃げ出すか?

 しかしそれでは、何の得にもならん」


暫くうろうろと歩き回り、ふと足を止める。


「そうか

 そうだよな

 それなら…ふひひひひ…」


子爵は気味の悪い笑い声を上げると、足早に何処かへ向かった。

公爵はその後も、酒や料理が来ないと騒いでいたが、その側には子爵の姿は無かった。

その日を境に、子爵は姿を消してしまった。


王都の機能は、すっかり麻痺していた。

街中は騎兵が巡回していたが、時折魔物が侵入して、逃げ場の無い住民を襲っていた。

南側はマシであったが、北では多くの住民が家を失い、崩れた家の陰で隠れて過ごしている。

瓦礫の下から、布や衣類を見付けれた者は幸運だろう。

それ以外の者は、死体や動けなくなった者から、衣類を剥ぎ取っていた。


また、食料も不足していた。

畑も潰されていたし、残っていても魔物に狙われて、作物は食い荒らされていた。

備蓄されているのは、日持ちのする小麦や作物の種子等しか無い。

遠からずして、王都では食糧難になるであろう。

市場や宿などで扱う食材も、店で商われていないので購入できないのだ。


巨人に襲撃された際に、ギルドも破壊されていた。

それに巻き込まれて、多くの職人や職員が命を落としていた。

その影響で、商店の機能も麻痺しているのだ。

残っている商品を売った後は、仕入れる事が出来ないのだ。


そしてそれは、武具の修理や城壁の修復にも影を落としていた。

職人が居なくては、工房や鍛冶屋も機能しない。

そして城壁を直せる職人も、残されていなかった。

王都に残っているのは、大半が農民や商人、そして宿屋であった。


「せめて職人でも残っていればな…

 オレ達じゃあ、せいぜい瓦礫を積み上げる事しか出来ないからな」

「ああ

 崩れた家の修復も出来ない

 このままでは…」


生き残った住民達も、家が無いのでは外で寝るしかない。

そかし、暖かい季節がいつまでも続くわけではない。

そろそろ朝晩が肌寒くなるだろう。

そうした時に、家や毛布が無ければ、外で凍えるしか無いのだ。


「兵舎に蓄えてある物資では、とてもでは無いが…」

「ああ

 我等だけでも不十分だ

 とても分け与えるなど出来んだろう」


「しかし、このままでは…」

「ああ

 だから他の街に、救援を求めるしか無いな」

「だが、それを…」


公爵が国王を名乗る以上、公爵が行わなければならない。

しかし素直に、他の貴族がそれを飲むだろうか?

いや、それ以前に、公爵がそれを行う気配すら無かった。


「こうなれば…」

「いや

 将軍がそれを認めないだろう」

「だがしかし…」

「むしろ将軍は、他の貴族が王都を攻め落とすのを待っている気がする」

「何だと?

 それでは我々は…」

「ああ

 反逆者になるだろうな

 だからその時は…」


兵士としては、その時が来れば降伏するつもりだ。

他の貴族に任せて、王都を奪還してもらう。

それが健全に、王都の利権を回復する手段なのだろう。

将軍んもそれを理解しているので、それまで我慢しているのだ。

今、下手に兵を挙げれば、彼が反逆者になってしまうからだ。

多くの兵士を守る為には、そうするしか無いと思っているのだ。


状況を理解している兵士は、その時が来るのを待ち望んでいた。

早く誰かが挙兵して、王都を奪還してくれる。

そうなった時には、喜んで味方をしようと思っていた。


リュバンニの街では、マーリンが主導して早馬が出ていた。

周辺の街に状況を説明して、王妃を立てて挙兵する為だ。

その為には、王太子の生存が望まれていた。

しかしギルバートの行方は、今を持っても不明であった。

王都から逃れた後の足取りが、ぷっつりと途絶えているのだ。


時刻が夕刻に迫る頃、リュバンニの砦に兵士が駆け込んだ。


「大変です

 城門に年老いた男性が…」

「来たか

 他には?

 連れの者は居るのか?」


「いえ

 男性のみです

 如何なさいますか?」

「うむ

 中へ入れてやれ

 そして丁重に迎え入れよ」

「はい」


兵士は直ちに、街の城門へと戻って行った。

ドニスを街へ迎え入れる為だ。


「ドニスだけか…」

「殿下は見付からなかったか

 しかしどちらへ向かわれたのか?」


王都に一番近いのは、リュバンニの街であった。

そこに来ていないとなると、他の街に向かったと考えるのが正しいだろう。

しかし、他に王家に近しい街など、この周辺には無かった。

ましては王都からの追っ手を考えると、小さな町や村とは考えられない。

そうなると、一体どこへ向かったのやら。

バルトフェルドは深く考え込んで、顎髭に手をやっていた。


「バルトフェルド様

 ドニス様をお連れしました」

「うむ

 こちらへ案内してくれ」

「はい」


兵士に連れられて、ドニスはリュバンニの砦の、城の広間へと案内された。

そこにはマーリンを始めとして、アーネストや王妃も集まっていた。

ドニスは広間に入ると、中央まで進み出て一礼をした。


「久しいな」

「ええ

 バルトフェルド様もご壮健のご様子で」

「ふふふふ

 世辞などよい

 話してくれ」

「では…」


ドニスはさっそく、王都の周辺の探索結果を話した。

血痕や血だまりの跡はあったが、致命傷を負っている様な量では無かった事。

それから死体を埋めた様子も無く、馬車は森から出て行った様子も告げた。

しかし肝心の馬車の行き先は、ドニスにも判断出来なかった。


「ううむ

 お前でも分からなんだか」

「ええ

 森には轍はありましたが…そこからは」

「そうか

 雨でも降っておればな」

「ええ

 しかし、馬車は動いていました

 そうなると殿下は…」

「無事と見て良いだろうな」


「しかし…

 一体何処へ?」

「さあ

 さすがにそこまでは…」

「そうじゃなあ…」


バルトフェルドはドニスに休む様に伝え、兵士に客室を案内させた。


「さて

 どうしたものか…」

「そうですな

 殿下が居ない以上、やはり王妃様を立てるしか…」

「そうじゃな

 先ずは王都を奪還する

 話はそれからじゃな」


バルトフェルドは方針を決めると、直ちに手を打つ事にした。

周辺の街の協力は勿論だが、この街の主力も出す必要があるだろう。

恐らく王都には、最早碌に軍は残っていない。

しかし公爵達を捕らえるには、それなりの兵士を連れて行く必要があるだろう。

直ちに出兵の支度をする様に、兵士達に命じた。


「では?」

「うむ

 ワシも自ら陣頭に立とう」

「それがよろしいでしょうな」

「ボクも!

 ボクも連れて行ってくれませんか」

「アーネスト殿?

 危険だぞ」

「分かっております

 しかし侯爵には、ボクも思う所がございます」

「ううむ…」


ギルバートを犯罪者に仕立て上げて、追放した挙句に殺そうとしていた。

アーネストしては、それが許せなかった。

それに、魔物が現れた時には、アーネストの魔法が役立つ場面もあるだろう。

バルトフェルドは逡巡したが、同行を許可するのであった。

まだまだ続きます。

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