第354話
アーネストは部屋に入ると、自然と顔を見回していた
そこにはギルバートの姿も無いが、フィオーナとイーセリアの姿も無かった
一瞬だが、アーネストの身体に緊張が走る
ギルバートが居なくなった事もあり、嫌な予感が胸を締め付ける
しかしその顔は、何事も無かった様に平静を装っていた
ジェニファーは、アーネストが一瞬だけ顔色を変えたのに気が付いた
恐らく娘達の事だとは思ったが、先ずは話を聞いてみる事にする
今、何よりも重要なのは、国王とギルバートの安否だ
四人は居住まいを正して、アーネストを見詰めていた
アーネストは先ず、自分が見て来た事から話し始めた。
「先ずは私が、見て聞いて来た事から話しますね」
「ええ
お願いするわ」
アーネストは王妃に促されて、話を始める。
「先ずは国王様ですが、残念ながら…」
「そう…
ハル…うっ、くうっ…」
「エカテリーナ…」
ジェニファーがエカテリーナを抱き締めて、慰め始める。
「アーネスト
陛下の事から話すって事は、他にもあるのね?」
「ええ
ギルは現在行方不明です」
「え?」
「ギルバートまで?」
「詳しくは将軍から…
私が聞いたのはギルが魔王と通じていたというお触れが出て、追放されたという事だけです」
「何でそんな?」
「では、ギルバートは?」
「今のところは、生きている可能性も…
しかし…」
「そうね
それを謀った者が居るのなら、ギルの身も…」
「ええ…
将軍」
次にダガー将軍が、聞いてきた話をする。
「私は王宮に戻りますと、アルウィン公爵が国王を名乗っていました」
「え?」
「何でアルウィンが?
彼には継承権が無いでしょう?」
「そうですね
しかし王族が途絶えていたら?」
「え?」
「まさか…」
「将軍!」
エカテリーナとジェニファーは驚愕し、マリアンヌ姫は身構える。
エリザベート姫は目を見開き、王妃の後ろへ隠れる。
「安心してください
私は、彼等を王と認めていません」
「私は…ねえ
ダガー
他の者は?」
「エドワルド子爵は腰巾着の様に着いていて、宰相を名乗っていますな」
「サルザートは?
彼はどうしているの?」
「サルザート様は国王様と城門の前に居ました
国王様も亡くなり、北側は城壁はおろか街の大半が崩壊しております」
「それじゃあ…」
王妃は力無く、その場にへたり込んでいた。
何かあった際には、サルザートを頼るつもりで居た。
それが国王だけでなく、サルザートまで亡くなっているのだ。
これでは王宮に戻っても、王妃の味方をする者は居ない事になる。
「公爵が国王?
ふざけてるわ」
「そうね
しかしギルバートが居るじゃない」
「そのギルバートが、追放されたんですよ」
「そうです
殿下が追放されて…
王妃様も姫様も行方不明
それに…」
将軍は言い難そうにしていたが、王妃はその先を理解していた。
継承権を示すには、姫に婚約者が居る事が必須だ。
しかし現在姫は、二人共婚約者は居ない。
そうなってくれば、姫には継承権は無い。
「困った事になったわね」
「はい」
「そうなってくると…」
「王妃様と姫様を狙う可能性がございます
特に姫様の場合、無理矢理婚姻を結ぶという方法も…」
「え?
嫌よ」
「そうよ
あんな気持ち悪いおじさんなんて…」
「いや…
公爵じゃなくて、その息子とかと…」
姫である二人の内のどちらかを、子供と婚姻関係にさせる。
そうする事で、王家との関係を示す。
昔からよくある、王家を簒奪するやり方だ。
「兎に角、私達が危険なのは分かったわ
それで?
どうするつもりなの?」
「それは…」
王妃は将軍の方を見て、どうすべきか尋ねる。
しかし将軍も、こういった奸計には長けていなかった。
そういうのはむしろ、アーネストの方が得意だろう。
それで一同の視線は、アーネストの方へと向いた。
「その前に
フィオーナとイーセリアはどうされました?」
「え?」
「何言ってるの?」
王妃だけではなく、ジェニファーも驚いた顔をする。
その様子に、アーネストは急に胸騒ぎを感じた。
「ジェニファー様
二人は何処へ行ったんです?」
「フィオーナはあなたに会う為に、王城へ向かったわ
あなたが呼んだんじゃ無かったの?」
「王城に?
私は呼んでませんよ」
ジェニファーの顔色が変わり、恐怖に震えていた。
「イーセリアは?」
「イーセリアも一緒だわ」
「それならば安心なのかも?
あの子は不思議な力を持っているわ」
「いいえ
それが問題なんです」
アーネストは将軍の方を向き、将軍も頷いていた。
「それでは…
その公爵もイーセリアの力を知っていると?」
「全てでは無いでしょうが、何らかの力を持っていると思ってはいるでしょう
ここ最近では異常な豊作が続いてますし…」
「そうか…」
「公爵の手の者が?」
「ええ
その可能性は高いかと…
どうやって連絡したのかは分かりませんが…
それは何時の事です?」
「王城を出る時だったから…」
「そうすると、王妃様の居所までは知られていない?」
「そうでしょうね
ここには誰も来ていないから」
アーネストは少し考えてから、これからの事を計画する。
「先ずは王妃様ですが…
将軍、騎兵を幾らか借りられますか?」
「ん?
ああ、バルトフェルドの旦那に送り届けるのか?」
「それが無難でしょう」
「バルトフェルドに?
それならば…」
「ええ
ジェニファー様も一緒に行っていただきます」
しかしジェニファーは、それを承諾出来なかった。
娘が二人共、行方不明になっているのだ。
「駄目よ
二人が見付かっていないわ
アーネストの元でないのなら…」
「その可能性はございますが…
正直、ジェニファー様が残られていますと困ります」
「あら?
どうして?」
「敵にみすみす、危険な手札を晒す事になります
あなたはボクの、大事な婚約者の母だ
奴らに狙われたままでは…」
「そう…
そういう事ね」
ジェニファーはキッと将軍を睨むと、命令する様に言った。
「ダガー
私にも騎兵を貸せるかしら?」
「い、いやあ…
いくら姐さんでも…」
「私の言う事が聞けないのかしら?」
「そ、そうじゃあ無いけど…」
「将軍?
どうしたんでしょうか?」
「ジェニファーは昔、王都では有名だったのよ」
「え?」
王妃とアーネストがこそこそ話していると、ジェニファーに睨まれた。
その眼光は鋭く、とても二人の少女の母には見えなかった。
むしろ怒った時のギルバートに似ている気がした。
「それで?
貸せるの?
貸せないの?
どっちなの!」
「ひいっ
無理ですよ
騎兵の数に余裕が無いんです」
「そう
それならここに…」
「ジェニファー様
お願いですから、王妃様とリュバンニへ行ってください
そうしないと安心して事を起こせません」
「そうは言っても
娘もギルバートも行方不明では…」
「ギルならリュバンニに居るかも知れません」
「リュバンニに?
そうね…
その可能性もあるかしら…」
「ええ
ですからジェニファー様も…」
「分かったわ
私も行けば良いのね?」
「はい
お願いします」
アーネストは見るからにホッとした様子で、溜息を吐いた。
「言っておきますが
二人共無事で、何事も無くですよ
守られなかった場合は…」
「わ、分かっていますって」
アーネストは念押しするジェニファーに、慌てて答える。
そしてこの気迫からも、過去に色々あったんだなと想像する。
後で将軍に聞いてみるか?
そう思いながら、アーネストは将軍と騎兵の手配を相談する。
王都からリュバンニまで、王妃たちを送るのは簡単だろう。
現在城門を管理しているのは、ダガー将軍である。
それに騎兵に関しても、あの公爵達なら気が付かないだろう。
問題になるのは、道中に現れる魔物であろう。
「先にリュバンニへ使者を出すのは?」
「危険ですね
何らかの情報が公爵達に漏れては…」
「ですが…
魔物が居ますよ?」
「そうなんですよね」
「どの道、騎兵だけでは不安です
早馬は送りましょう」
「そうですね」
リュバンニからの返答が来るまでは、王妃達には待機してもらう事になる。
その間に、アーネストはドニスと王城に戻る事にした。
これまでの間に、二人の情報が入っているかも知れない。
周囲にバレない為にも、アーネストは用心しながら宿を出た。
城門に着くと、先ずはドニスに先に入ってもらう。
ドニスは執事なので、城外に用事で出る事はよくある。
簡単な用件を受けて、使いとして出ているからだ。
衛兵や番兵も、何事も無くドニスを通して行く。
ドニスに視線が向いた内に、アーネストは魔法を使って入る。
これは認識をズラす魔法で、魔力で意識を少しだけずらす魔法だ。
これは魔力に敏感な魔物には効かないが、人間には結構有効だ。
魔力を感じる事が出来ない人間では、異常には気付かないのだ。
先程城内を出入りする際も、この魔法で誤魔化していたのだ。
「上手く行きましたね」
「ああ
しかし音や気配でバレる可能性はある
ボクはあそこで隠れているよ」
「そうですね
離宮には誰も近付かないでしょう」
「頼んだよ」
「はい」
一先ず二手に分かれて、アーネストは離宮に向かった。
その間にドニスは、城内の様子を探って来るのだ。
アーネストが離宮に通じる通路を抜けると、魔力の流れを感知した。
「っ!」
咄嗟に隠れるが、魔力は離宮の周りを囲んでいる。
どうやら人が入って来れない様に、入り難い気配を出している様だ。
これ程の魔法を誰が使っているのか?
アーネストは隠れながら、こっそりと離宮に近付いた。
「入って来なさい」
「!!」
アーネストは咄嗟に、ドアから離れて身構える。
しかしその声は、聞き慣れた声であった。
「ふう…
脅かすなよ」
アーネストはドアに近付くと、ゆっくりと開けて中に入る。
そこには椅子に座ったエルリックと、探していた二人の姿が見えた。
フィオーナは起きていたが、イーセリアはすやすやと眠っている。
「どうやって入ったんだ?」
「それは精霊にお願いして…」
「なるほど
それで?」
奥を見ると、そこにはヘイゼル老師が座っている。
「どうして老師まで?」
「ワシか?
ワシは気になる魔力の揺らぎを感じてな」
「好奇心ですか?
危険ですよ」
「大丈夫じゃ
精霊様が関わっておると感じておったからのう」
「なら、何故です?」
ヘイゼルは精霊に関しては、事前に話してある。
セリアが離宮に入る際に、精霊の加護について話しておいたのだ。
でないと、魔力の流れて気が付くので、要らぬ騒ぎを起こすからだ。
しかしヘイゼルも、事情を知れば黙っていてくれる。
そう信頼していたからこそ話していたのだ。
「精霊の加護なら、イーセリアだと分かりますよね?」
「ああ
だが、嬢ちゃん達が避難したのに、どうして戻って来たのか気になってな」
「それでですか?
好奇心は身を滅ぼすって…」
「ああ
魔導王国の逸話で知っておる
しかし危険を冒してまで、戻るには理由があるじゃろ?」
「ですが老師は、あの件で魔力が…」
ヘイゼルは以前に、ギルバートの封印の件で魔法が使えなくなっている。
封印の魔法を強引に修正したので、反動で体内の魔力の流れが、ズダズダに引き裂かれているのだ。
この年で今からでは、それを治せるだけの力も若さも残されていなかった。
「ああ
ほとんどの魔法は使えん
しかし踏ん張れば、多少の魔法ぐらいは…」
「危険ですから止めてください
あなたにまで死なれたら…」
「や!
すまん…」
短い付き合いであるが、ヘイゼルはアーネストを孫の様に可愛がっていた。
長年弟子も子供も出来ず、一人で籠っていたのだ。
それが念願の弟子が出来たと、大層喜んでいたのだ。
だからアーネストも、ヘイゼルを敬愛していたのだ。
「アーネスト!
お兄さまが罪人として追放されたって本当なの?」
「どこでそれを?」
「城中の噂になっているわ」
「そうか…」
「イーセリアの精霊魔法でね
姿を見え難くしていたんだ
それで色々噂を聞いてね…」
「ああ
なるほどね…」
原理は恐らく、アーネストの魔法に似た物だろう。
それで城内に戻る際に、色々と聞く事になったのだろう。
「それでは陛下の事も?」
「ああ
ハルバートの事は残念だった
しかし…一体何が起こったんだ?」
「それは…
ボクも気絶していたから詳しくは…」
そう言い掛けて、アーネストはハッと思い出す。
「そう言えば、アモンの奴が…」
「アモン?
あいつは記憶を失っていた筈だが?」
「そうじゃない
途中から様子がおかしくなって…
ドス黒い魔力を纏わらせていた」
「ドス黒い魔力?
何だそれは?」
「分からない
分からないけど…
ただ、触れてはならない危険な物の様に感じた」
「うーん
それだけではなあ…」
エルリックも思い当たる物が無く、首を捻るだけであった。
しかしここで、思わぬ助言が入った。
「のう…
それは禁術では無いのか?」
「禁術?
まさか?
しかし…ううむ…」
「禁術として、何の魔法でしょうか?」
「そうじゃのう
そいつは記憶を無くしておったと言ったのう」
「ええ」
「それならば…
帝国の宰相、或いは魔導王国の老魔導士サリオンの話はどうじゃ?」
「そうか!」
エルリックは何か知っているらしく、納得した様に頷いた。
しかし直後に、困った様な顔をしてまた悩む。
「ううん?
だが、そうなると
一体誰が、それほどの高等な禁術を?」
「今問題なのはそれじゃあ無いじゃろ
そのアモンは操られておった
それで十分じゃろう?」
「操られていた?」
「ええ
サリオンも操られた魔導士です
その力が強かったばかりに、操られて魔導王国に多大な被害を齎しました」
「では、アモンも操られて?」
「恐らくは…
ですが誰がそんな事を?」
一つの事が分かったが、また新たな謎が生まれた。
アモンの様な存在に、おいそれと魔法は掛けれないだろう。
そうなれば、自ずと答えは見付かる。
しかし、それは考えたくない答えだった。
それを認める事は、世界の根幹を揺るがし兼ねないからだ。
アーネストは喉元まで出た答えを、出す事が出来なかった。
まだまだ続きます。
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