第353話
ダガー将軍は、兵士を連れて王都の警備に回る
本来は、警備には専門の兵士が居る筈だった
しかし警備兵のほとんどが、巨人の襲撃の際に亡くなっていた
住民を逃がす為に、巨人の前に出ていたのだ
注意を引き付けて、少しでも逃がそうとしたのだ
一般の兵士では、オーク以上の魔物には太刀打ち出来ない
将軍は、休んでいた騎兵を連れて王都の中を巡回していた
休ませてやりたかったが、状況がそれを許さなかったのだ
魔物が侵入して来ていて、今もあちこちで被害が出ている
「将軍
第3騎兵部隊が、負傷者8名です」
「このままでは、数日で戦える者が居なくなります」
「我慢しろ
騎士団はもう、居ないんだ」
将軍は苦しそうに、部下からの報告を聞いていた。
騎兵達は昼も戦っていた。
既に馬は疲れていて、使い物にならなくなっている。
そして歩いて巡回するので、騎兵達の疲労もピークに達していた。
ちょっとした不注意で、怪我人や死者も出ている。
しかし巡回もしなければ、住民達が犠牲になるのだ。
「くそっ
貴族の連中め」
「奴等の私兵が出てれば…」
貴族の私兵は、貴族を守る為に護衛に回っていた。
その一部でも、巡回に加われば違っていただろう。
しかし貴族達は、私兵を減らしたく無くて出そうともしなかった。
「愚痴るな
今は住民を守る事に集中しろ」
「ぎゃああああ」
「あっちで悲鳴です」
「くそ!
また魔物か?」
中には夜陰に乗じて、犯罪を犯す者もいた。
しかし魔物が侵入しているので、人間がやったのか判別が難しい。
それを良い事に、より犯罪が増えて行く。
これでは住民達も、疑心暗鬼で眠れないだろう。
「朝だ
もう少しで朝になる
そうすれば何某かの…」
「信用出来るんですか?」
「今は信じるしかない」
あの子爵と公爵では、有効な対策を講じれるとは思えなかった。
しかし今は、騎兵達に希望を与えるしか無い。
将軍は嫌な予感を胸に仕舞い、騎兵達に指示を出した。
そして朝日が王都に差す頃、魔物達は引き上げていった。
このまま人間の街に留まるのは、危険だと判断したのだろう。
「公爵
このままでは王都は全滅です」
「何だ?
朝から騒々しい」
公爵は不機嫌そうに、食堂で朝食を取っていた。
昨晩は王になれた事で、浮かれて遅くまで飲んでいたのだ。
そのせいで、二日酔いで頭痛に顔を顰める。
将軍は酒の臭いがしたが、我慢して意見を奏上する。
「早急に城壁を何とかすべきです」
「何とかと言ってもな、肝心の職人がおらん」
「はあ?」
「昨日の巨人のせいでな、ギルドに居た職人は全滅だ」
「な…」
いざという時の為に、職人達はギルドで武具やポーション等を作っていた。
そこへ城壁や建物の破片が飛んで来て、多くの職人や職員が亡くなった。
それに加えて、その後も魔物の襲撃が続いていた。
生き残った僅かな職人達も、魔物に襲われて亡くなっていた。
「今王都に居るのは、精々数人だろう」
「それならば、尚更急いで手を打たねば」
「分かっておる!
うるさいな…」
公爵と子爵は、食卓に置かれた葡萄酒を飲んでいる。
仕事をすべきなのに、朝から酒を飲んでいるのだ。
「この状況下に…」
「何だ?
国王に不満があるのか」
「…」
「はははは
貴様は大人しく、私の指示に従っていれば良いのだ」
「くっ…」
将軍は跪いたまま、拳を握って堪えていた。
「今はこのまま、兵士に巡回させろ」
「しかし、昨晩も寝ておりません
このままでは…」
「うるさい!
黙って指示に従え」
「…」
将軍は黙ったまま、食堂を後にした。
食堂を出たところで、将軍は見知った顔を見付ける。
「おお!
ドニス殿ではないか」
「将軍
良い所に…」
ドニスは私兵達に悟られぬ様に、こっそりと着いて来る様に合図を送った。
そしてドニスから少し遅れて、彼の後を追い掛ける。
それは離宮に繋がる通路で、私兵達はこちらには居なかった。
「アーネスト様がお待ちです
さあ、こちらへ」
「アーネストだと?
生きていたのか?」
「ええ」
二人は警戒しながら、離宮の中へと向かった。
ここには被害が出ていないので、隠れるには絶好の場所だった。
離宮に入ると、そこには食事をしているアーネストが居た。
「アーネスト殿
良くぞご無事で…」
「ふざけるな
何が無事だ!
国王陛下が亡くなられた事を良い事に…」
「ちょ!」
「アーネスト様
少々お待ちください」
ドニスは真剣な顔をすると、将軍を無言で見据えた。
「少々伺いたい事がございます」
「う、うむ…」
「将軍は…
殿下が追放された事は?」
「勿論知っている
奴等から聞いたからな」
「やはり!」
「アーネスト様!」
杖を手にしたアーネストを、ドニスが素早く窘める。
「将軍は…どちらですか?」
「どっちとは?」
「殿下を追放した側ですか?」
「ううむ…」
将軍はどう答えるものか悩んでいた。
公爵が話した事が本当なら、ギルバートに嫌疑が掛かっても仕方が無い。
しかしそれを、この場で正直に話して良いものか?
「アーネスト殿、ドニス殿
逆にワシは問いたい
殿下に非は無かったのか?」
「なにを!」
「将軍!
殿下の気性は知っておりますな」
「ああ
短い間だが、知っていると思う
しかしだな!」
「何を聞きました?」
ドニスの質問に、将軍は降参したと両手を挙げる。
「分かった分かった
話すよ」
将軍はそう言うと、アーネストの向かいの席に腰を下ろした。
「すまんが…
ワシにも何か無いか?
朝まで走り回っていてな…」
「これは失礼しました」
ドニスは急いで厨房に向かうと、簡単な物で有り合わせの食事を用意する。
そして二人の為に、お茶も用意した。
将軍はお茶で口を湿らすと、溜息を吐きながら話し始めた。
「私が聞いたのは、殿下が魔王と通じていたという話だ」
「馬鹿な事を
そんな事があるわけ…」
「それがな、証言もあるんだ」
「証言?」
「これは殿下を引き取った兵士の証言なんだが…
魔王は気絶した殿下を、丁重に運んだそうだ」
「それだけでは…」
「いいや
敵の将が…わざわざ戦争を止めてまで、敵の陣営に運んだんだぞ
それが何を意味するか…
分かるよな」
「しかし!」
「勿論、他の理由だって考えれる
戦争に蹴りが着いて、勝者を称えて運んだとか…
何らかの理由で、戦争自体が取り止めになったとか…」
将軍の言葉に、アーネストも不満は溢さなかった。
確かにそう考えれば、魔王がギルバートを運んだ理由にはなる。
以前のアモンなら、確かにそうしただろう。
しかし今は、アモンは記憶を失っていた筈だ。
そして人間に対しては、嫌悪感というか悪感情しか抱いていない様子だった。
それがギルバートを運ぶ事になるだろうか?
「分かるよな?
私も魔王に関しては、幾つか話を聞いている
それが殿下を運ぶとは…」
「そうですね
確かにそう言われれば、疑われる理由にもなります…」
「はあ…
何だってこんな事に…」
「アーネスト殿
貴殿は同じ戦場に出られていたな」
「ええ
しかしボクは、途中で意識を失っていて…」
「何だと?
それでどうやって無事に…」
「城壁に詰めていた兵士が、ボクを運んでくれたんです
彼もその事で命拾いをしましたが…
彼は仲間を失った事を後悔していましたよ」
「ううむ
それはまた…」
将軍は後で、その兵士の様子を見に行こうと思った。
良かれと思った行動で、仲間を失ってしまったのだ。
恐らくは今頃、落ち込んでいるだろう。
「それでは、貴殿は戦いの勝敗は?」
「ええ
当然ながら知りません
気が付けば宿屋に居まして、そこで朝まで休んでいました」
「そうか
ワシも夜になるまでは、各城門を回っておったからな
終わった頃にはもう、殿下は出られた後だった」
「そうですか…」
ギルバートが裏切ったという噂は、昨夜の内に広まったらしい。
兵士達は信じなかったが、住民達の間では意見が分かれていた。
それで朝になったところで、アーネストの目にも触れる事となった。
しかしアーネストも、気絶していたので事の詳細は知らなかった。
ただ、朝には広場に触れが出ていて、新たな国王が就いたと告知されていた。
それで危険を冒してまで、この離宮に忍び込んでいたのだ。
「私も早朝に、殿下を探しに出ておりました
王城に戻られた筈なのに、いつの間にやら姿を眩まされていらっしゃいましたから…」
「そうか…」
「それでボクもドニスに出会って、ここまで手引きしてもらったんだ」
「うむ
今は王城内を歩くのは危険かも知れん
貴殿まで嫌疑が掛かる恐れがあるからな」
「ええ
ギルが重犯罪者として追放された以上、ボクも標的にされるでしょう」
「そうだな
子爵から見れば、突然侯爵候補にまで上がって来た者だからな
妬みこそすれど、協力などしないだろう」
「ああ…
そういえば子爵も居るんですよね
名前も忘れてたけど…」
「ああ
奴は今では、宰相気取りで命令している」
「そうですか」
アーネストは宰相も居ないと聞いて、あの場に居たほとんどの者が落命したと知った。
勿論アーネストも、王都の惨状は見ていた。
しかし、それでも幾らかは生き残って居て欲しいと願っていた。
結局親しかった者は、今ではほとんど亡くなっていた。
「そういえば…
王妃様はどうされました?
公爵がそんな事をしていれば、黙っていないでしょう?」
「王妃様も姫君も、開戦から暫くして避難されておる
しかし肝心の居場所が…」
「マズいな
早急に探さなければ」
「ああ
公爵の手が回るかも知れん
しかし肝心の場所が…」
「それならば、私が知っております」
「ドニス?」
「おお
それは助かる」
ドニスはジェニファー達が、逃げ出す時に手伝っていた。
その際に、王妃と宿で合流すると決めていた。
だからその宿に向かえば、恐らく王妃一行は今も居るだろう。
しかし問題はどうやって、王都の外に脱出するかだ。
「さて…
城門の方はどうにかなる」
「そうですね
騎士団が居ない今、城門の警備も将軍の部下のみですね」
「ああ
だが問題は、城門の外だな」
魔物は幾分か討伐したが、まだまだ外には沢山居る筈だ。
それをどうにかしながら、他の街に避難する必要がある。
距離を考えても、リュバンニのバルトフェルドを頼るのが一番だろう。
しかしそれでも、道中には魔物が出る。
「ボクが一緒に行くにしても、戦える者が居なくては…」
「そうだな
騎兵達の中から、そちらに回したくはあるが…」
「ん?」
「昨日から働き通しでな
騎兵は既に、限界に近いのだ」
「はあ?
他の兵士は?」
「歩兵では限度がある
昼間は兎も角、夜間では騎兵ぐらい腕が立たんと」
「いや、貴族の私兵は?」
「出す訳が無かろう」
「え?」
「そういう奴らなのだ
今も浮かれて、酒を飲んでいる」
「な…」
公爵と子爵の行動に、アーネストは呆れてポカーンとしていた。
いつ魔物が侵入して来るか分からない状況なのに、暢気に朝から酒を飲んでいると言うのだ。
それも騎士団はほぼ壊滅していて、兵士も足りていない状況なのにだ。
国王を僭称しているらしいが、その実務すらしていないのだ。
これにはさすがに、呆れて声も出なかった。
「はあ…
それでは将軍は?」
「騎兵を連れて警備の巡回をしろと」
「え?
今、警備は夜通し巡回していたと…」
「ああ
そう言ったが、聞き届けてくれなかったよ」
「馬鹿な!」
「ああ
馬鹿だろうな
だから返事だけして、未だに巡回には出ておらん」
将軍はニヤリと笑って、アーネストの方を見た。
「しかし、それでは将軍が…」
「なあに
今は兵士達が見回っている筈だ
それに、何かあれば騎兵達も起きるだろう
それまでは休ませるつもりだ」
将軍も現場を見ていたので、今は騎兵を休ませている。
出来る事なら、このまま夜までは休ませたかった。
「バレないんですか?」
「私兵共は王城から出ないし
奴等も朝から飲んだくれて、外の様子を見ようともしておらん
当分は気付かんだろう」
将軍は自信有り気に、ニヤリと笑った。
「それならば、これから…」
「ああ
王妃様に会いに向かおう
急がなければ、王都から脱出も難しくなる」
二人は頷くと、ドニスに案内を頼んだ。
王城の警備も兵士なので、私兵にさえ気付かれなければ、問題無く王都から出られるだろう。
ドニスを先頭にして、一行は先ずは宿屋を目指した。
王妃やジェニファー達の無事の確認が先決だったのだ。
そこにギルバートも居れば、一番良かったのだろう。
ギルバートの消息は、今もって不明である。
可能性としては、リュバンニに向かったと考えられる。
しかし、いつ頃出たのかも不明であった。
夜間に出たのであれば、外には魔物がうろついていた筈である。
無事にリュバンニに着いているのか、それが心配であった。
「こちらでございます」
ドニスが案内したのは、西の城壁に近い小さな宿だった。
もし、王家に害を成す者が居たとすれば、今は絶好の機会だろう。
事実公爵と子爵は、王位を簒奪していた。
そういう危険性を考えて、目立たない小さな宿にしたのだ。
まさか王妃や元侯爵夫人が、この様な宿に泊まるとは思わないだろう。
ドニスは宿に着くと、入り口の男に話し掛ける。
彼が周辺を警戒して、不審者を入れない様にしていた。
ドニスが符丁を話すと、男は黙って宿のドアを開けた。
将軍とアーネストも、ドニスの後に続いて入った。
そこには王妃と二人の姫君、それからジェニファーが待っていた。
「ドニス
ご苦労でした」
「それで?
何か分かりました?」
「はい
先ずはアーネスト様とダガー将軍に会えました
お話はお二人から…」
ドニスはそう言って下がり、二人を部屋の中へ案内する。
アーネストと将軍は、緊張しながら王妃の前へ出た。
これから話す事で、この先の事も決まるだろう。
先ずはアーネストが、状況を話す事になった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




