第351話
王都の北の城壁は崩れ、城門も跡形なく壊されていた
他の三つの門も、魔物に襲撃されて固く閉ざされる
城門を開けられない以上、住民は逃げ出す事は出来なかった
多くの住民が逃げ惑い、巨人の攻撃の前に命を落とした
こうして巨人の動きが止まるまでに、多くの死傷者が出ていた
巨人の襲撃で、多くの命が失われた
国王もその命を失い、恐らく肉片も見付からないだろう
騎士団もほぼ全滅して、親衛隊も負傷者を数人残すのみであった
騎兵はダガー将軍と共に、他の城門の討伐に向かっていた
しかし北の城門に居た兵士は、ほとんどがその命を落としていた
「これが…
ワシが望んだ結末なのか?」
アモンはギルバートを抱えて、ゆっくりと崩れ果てた城門を潜る。
その姿を見て、残された兵士達は身構える。
ほとんどが亡くなっていたが、まだ崩れた建物の陰で、負傷者を移送させる為に残っていたのだ。
「貴様が…」
兵士は憎しみを目に湛えて、アモンを睨んでいた。
そして一人の兵士が、抱えられているのがギルバートだと気付く。
「貴様!
殿下までも」
兵士は剣を抜いて、敵わずと突っ込もうと身構える。
「止せ
この若者なら、まだ生きている…と思う」
アモンはギルバートを、足元にそっと降ろす。
そして巨人に合図を送った。
「殿下…」
「生きている?」
「ああ
今は気絶しているだけだ
早く休ませてやれ」
アモンは踵を返すと、そのまま帰ろうとする。
巨人も足元に気を付けながら、城壁の向こうへと去って行く。
「ふざけるな
貴様が!
貴様が…くっ」
「国王様を」
「国民を」
「そうだな
どうしてこうなったのか…」
アモンがゆっくりと去ろうとすると、小石が投げ付けられる。
「このっ」
「父ちゃんを返せ!」
「人でなしの悪魔め!」
「止せ!」
「危険だぞ」
瓦礫の陰から、人々が出て来て足元の石を投げ付ける。
その目には狂気が宿り、家族や友を奪った魔王に、殺意を向けていた。
兵士はそれを危険に思い、住民達の間に入って止めようとする。
「止すんだ」
「折角去ろうとしているんだ
今は堪えろ」
「しかし…」
「父ちゃんは殺されたんだ」
「私の夫も…」
「分かってる
分かっているが…」
住民達の姿を見て、アモンは歯噛みをしながら去って行く。
「これでは…
ワシが…」
アモンはそう呟くと、王都の門を去って行った。
「くそお!
王都をこんな事にして」
「許さねえ」
「止さんか
今は生き残った者達を」
「そうだ
殿下も生きておられるのだ」
兵士達は住民達を宥めて、アモンの後を追わない様にさせた。
そして怪我人を集めると、王都の南側の壊れていない建物に集める。
そこには多くの怪我人が集まり、懸命な治療が行われていた。
しかしポーションも不足して、満足な治療も行われていなかった。
怪我に対しては、ポーションを掛けるか薬草を巻き付ける。
しかし多くの建物が壊され、ポーションや薬草も失われていた。
骨折の痛みや打撲にも、ポーションを飲ませて治療する。
しかしポーションが無い以上、そういった治療も出来なかった。
治療が受けられない以上、そのまま亡くなる者も増えて行く。
このまま放置しておけば、さらに死者が増えるだろう。
兵士は薬草を求めて、崩れた瓦礫を撤去し始めた。
無駄だと思ったが、少しでも何か見付かれば良いと思ったのだ。
他の町へ、逃げたり救援を呼びたい状況であった。
しかし崩れていない城門も、周りには魔物が集まっていた。
将軍が何とか数を減らしているが、それでも城門を開ける事は危険であった。
そして城壁や城門を失った今、北側は非常に危険な状況だった。
「どうする?」
「しかしなあ
死体の収容も満足に出来ないぞ」
「そうだぞ
陛下のご遺体も捜索出来ないんだ」
国王の遺体は、巨人の脚によって潰されている。
衣服の残骸は見付かっているが、肉片や骨は潰れて集められそうに無かった。
だから兵士も、国王の遺体に関しては諦めていた。
今は少しでも、魔物が近付けない様にする事が先決だ。
そうしなければ、生き残った者達が危ないのだ。
「もうすぐ日が沈み始める」
「それまでに何とかしなければ」
兵士達は動ける者を集めて、散らばっている瓦礫を集めさせる。
それを積み上げて行き、少しでも街に入れない様にする。
そうしなければ、魔物が素通りで入って来るからだ。
「城壁は諦めろ
今はこの瓦礫を使って、魔物が近付けない様にするんだ」
「こっちにも持って来てくれ
ここに集めて、通れなくするぞ」
死体の回収は諦めて、少しでも生存出来る様にする。
今はそれだけしか出来ないのだ。
他の城門の兵士は、魔物に備えて動けない。
そうなると、生き残った者達でどうにかするしか無かった。
「う…
ぐあっ…」
「アーネストさんが気が付いたぞ」
住民達が作業をしていると、休まされていたアーネストが目を覚ます。
「ここは?」
「さえずる小鳥亭です」
「え?
確か大通りの南にある…」
「ええ
北側はほとんど壊滅しまして…」
「はあ?
壊滅って…」
アーネストは看病してくれた宿の主人の、首根っこを掴んで揺さぶる。
「ちょ!
落ち着いてください」
「どうなったんだ?
街は?
国王様は?」
「陛下は亡くなられたそうです
街は…」
主人は窓に近付くと、木戸を開けて指差す。
「直接見られた方がよろしいでしょう」
「え?
ああ…」
アーネストは促されて、ベットから降りようとする。
「あ、っう…」
「大丈夫ですか?」
「ああ
魔力枯渇の反動だ」
アーネストは主人に肩を借りて、窓から外を見る。
「北側は?」
「あっちです」
「うーん…
何も無いな」
「ええ
もう何も無いんです」
「ん?」
アーネストは首を捻って、もう一度北側を見てみる。
そこは途中から何も無くなって、よく見ると城壁も無かった。
改めて他の方角も見て、城壁に沿って視線を動かす。
しかし城壁は、途中から無くなっていた。
「城壁が…」
「ええ
あの辺りがギルドがあった場所です」
「魔術師達は?」
「城壁にいらした方は、ほとんどが城壁と一緒に…」
「他の魔術師は?」
「ギルドマスター共々、巨人の襲撃で…」
「そうか…」
ギルドが在った場所は、瓦礫だけになっている。
兵士が瓦礫を拾っては、そこに積んで山にしている。
どうやらその辺りで、魔物が来れない様にするつもりだろう。
何も無いよりは、瓦礫の山でも作った方がマシなのだろう。
「このままでは、魔物が入ってきますね」
「ええ
それで動ける者で、瓦礫を集めています」
「しかし魔物が入って来れば…」
主人も瓦礫を積んだぐらいでは、魔物を防げるとは思ってはいない。
しかし不安を少しでも抑える為に、今はやれる事をするしか無いのだ。
アーネストもそれに気が付いたので、それ以上は言わなかった。
「ギルバートは?
王太子殿下はどうなりました?」
「殿下ですか?
そういえば魔物が連れて来たとか…」
「え?」
アーネストは意味が理解出来なくて、主人に聞き返した。
「魔物が連れて来たと言うのは?」
「さあねえ
私も人伝で聞いただけじゃから…」
主人は兵士から聞いた事を、そのままアーネストに教えた。
「そうですか…」
「兵士から聞いたんでな
詳しい事は兵士に聞いてくだされ」
「そうですね
お世話に…とと」
「無理しなさんな
今夜はこのまま泊まって行けば良い」
「すいません」
「なあに
あんたは街を守る為に戦ってくれた
だから私達はあんた等に感謝してる」
主人はそう言って、階下の酒場に向かって行った。
これから夜になるので、少しでも食べれる様に食事の用意をする為だ。
炊き出しもあるだろうが、それだけでは足りないだろう。
アーネストは夜が明けるまで、そのまま宿で休む事にした。
アーネストが宿で休んでいる間に、ギルバートは王城に運ばれていた。
王城も巨人の攻撃で、あちこちが崩れていた。
離宮も崩れていたが、ジェニファー達は避難していて無事だった。
彼女達は王妃と共に、リュバンニへの逃走の用意をしていた。
彼女達は西の城門の近くにある、宿に避難していた。
そうとは知らずに、ギルバートは王城へと運ばれていった。
「国王様も亡くなり、王妃様も何処かへ立ち去られた
この国はどうなるのか…」
「殿下がいらっしゃいます」
「しかし殿下はまだお若い
国を任せられるだろうか?」
「そうだな
殿下だけでは無理だろう」
王城に待機していた兵士は、ギルバートを次期国王と推挙する者と、他の貴族を推す者とに別れていた。
貴族を推す者達は、王都に待機している子爵や公爵を推していた。
しかし彼等には、正当に王位を継ぐ資格は無い。
彼等は王都の混乱した状況を利用して、新たな王になろうとしていたのだ。
そういった貴族からすれば、王太子が生きて帰って来たのは誤算である。
むしろあの戦いで、殺されていて欲しかったとさえ思っていた。
「どうします?」
「まさか王宮では…
マズいだろう」
「そうしますと、適当な理由を作って?」
「そうだな
王都から追い出せれば…
それだけで十分だろう」
貴族達は結託して、ギルバートを追い出す事にした。
その為には、当人が発言出来ない今が一番の機会なのだ。
証言される前に、全ての罪を擦り付ける事にする。
「宰相のサルザートが、陛下と一緒に死んだのが良かったな」
「そうですな
奴が居れば、殿下に相続させろと騒ぐだろうからな」
「殿下は敵の魔物に助けられたという話だったな」
「ええ
そこが狙い目でしょう」
「そうだな
魔王だったか?
他にも怪しい者も出入りしていたな」
「殿下が魔王と結託していた可能性があると、今の内に触れ回っておけ」
「はい
そうすれば公爵が…」
「ああ
ワシが次期国王の座に一番近い」
「そうなれば私も」
「ああ
上手く行けば、お前も宰相に推挙してやる
はははは」
「へへへへ」
公爵は子爵に命令して、ギルバートが魔王に関係しているという噂を立てさせる事にした。
公爵は遠戚に当たるので、国王の親族では無い。
しかしクリサリスの名を継ぐ者なので、ギルバートが居なければ王を名乗る事も出来た。
さっそく子爵は、自分の私兵に命じる事にした。
討伐には出していないので、彼等の私兵は王都に残されている。
この混乱に乗じて、王位の簒奪を狙える状況であった。
「王太子はどうします?」
「あやつは民に人気がある
魔王と関係していたとしても、殺すのはマズい
追放という事にする」
「殺さないんですか?」
「今はな
これからその王太子を、城外に追い出すぞ」
「はい」
ギルバートの人気を知っているので、公爵は直接殺す事は避ける事にした。
下手に処刑にしようとすれば、残された王都の住民から、反発される恐れがあるのだ。
民が逆らわない様に、一旦は追放という処分にする。
殺すのはそれからでも十分だと判断していたのだ。
しかし、彼等は気付いていなかった。
王太子が前線に出ていたので、魔物が王都に入らなかったのだ。
王太子が居なくなれば、ダガー将軍の軍だけでは勝てないのだ。
オーガやワイルド・ベアが現れれば、残された兵士では敵わないだろう。
その辺の考えが及ばない辺りが、彼等が要職に就けない理由でもあった。
しかし本人達は、そんな事を知らなかった。
ギルバートは、負の魔力の影響で、今も目を覚ます事が出来なかった。
兵士は心配して、ギルバートが目覚めるまで傍で見張っていた。
しかしそこに、子爵が兵士を連れて入って来た。
「王太子殿下に、魔物との繋がりがあるという疑惑が上がった」
「そんな馬鹿な
殿下は最後まで戦って…」
「しかし、魔物の王が王都に運んだのであろう?」
「それは…」
「それに、魔物と通じていたから、今までも勝てたのでは無いのか?」
「そんな事は!」
兵士達は否定するが、確かにギルバートは、魔物との戦いで勝ち続けていた。
それが魔物が協力していて、わざと勝たせていると言うのだ。
それを否定する材料は、兵士達には無かった。
むしろそう言われれば、確かに頷ける事の方が多かった。
「しかし…」
「殿下は王太子ですよ?」
「それがどうした
王都を危険に晒したのは、他ならぬ王太子の可能性が高い」
「そんな事は…」
「否定は出来まい?
陛下は亡くなられたのに、王太子は魔物が助けておる
それに他にも、嫌疑を掛けるに十分な証拠はある」
「証拠って…」
「魔物と戦って、犠牲者が出ておらん
予め魔物と通じておるのなら、それも可能では無いのか?」
子爵はニヤニヤと笑い、寝ているギルバートを見る。
「陛下を亡き者にする為、魔物と手を組んだ恐れがある
そうである以上、このまま王都に置く事は出来んな」
「そんな
殿下はまだ目を覚ましておられず…」
「だからこそじゃ
私もそこまで考えておらんが…
住民が納得出来るか?」
「それは…」
子爵が言う通りなら、住民達も納得出来ないだろう。
王都を危機に陥れた当人が、王都に居る事は容認出来ないだろう。
「王太子殿下を、魔王と通じていた嫌疑で、追放と処す」
「しかし殿下は…」
「今すぐ、王都から立ち去る様に」
「殿下はまだ、目覚めておりません」
「そんな事は関係無い
これ以上王都を、危険に晒す事は出来ないからな」
「くそっ」
兵士は逆らおうとするが、子爵の私兵に取り押さえられる。
そのままギルバートは、抱えられて外へ連れ出された。
「待て!
殿下を何処へ連れて行く気だ!」
「これは親衛隊長殿
殿下は魔物と通じていた嫌疑がございます」
「そんな馬鹿な!」
「いえ
魔物の王が、殿下を戦場から運んだと報告がございました
あなたもそれを、お聞きになっているでしょ?」
「しかし…」
子爵はニヤリと笑うと、挑発する様にジョナサンを見る。
ジョナサンは悔しそうに、子爵を睨んでいた。
まだまだ続きます。
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