第350話
その男?
声は男であったが、年齢も不詳であった
その男は戦場に似つかわしく無い、襤褸を纏っていた
小柄な体躯に武器も持たず、アモンとギルバートが戦う側に不意に現れた
そして王都を滅ぼすと言ってのけたのだ
アモンは男に気付いていないのか、執拗に鉤爪を振り回す
ギルバートはアモンから距離を取ると、男の方を向いた
その声には聞き覚えがあり、不吉な予感がしていた
大剣を握る手に、嫌な汗が纏わり着く
ギルバートは男を睨み付けると、短く質問した。
「貴様は何者だ」
「意味が無い
お前は死ぬんだ」
「ギャハハハハ」
「ちっ
アモンの馬鹿め
邪魔をするな」
男は鉤爪を躱すと、素早く跳躍して魔獣の上に降り立った。
そこにはいつの間にか、魔獣が現れていた。
「ぐはははは
さあ、貴様らの絶望する顔を見せてくれ」
魔獣は立ち上がると、ギルバートに爪を振り翳す。
しかしアモンが、ギルバートごと切り裂こうと鉤爪を振り抜く。
ギルバートが躱した為に、熊の魔獣だけが切り裂かれた。
「うげっ
この馬鹿アモン
私の魔獣まで切りやがって」
男は魔獣から振り落とされるが、魔獣はそのまま立っていた。
「え?
何で?」
「げひゃひゃひゃひゃ
こいつは私の特別製さ」
「やはり…
貴様が死霊を…」
「お?
気付かれたか
そうさ
私が死霊を操っているのさ
こんな感じでね」
男が手を挙げると、森から次々と魔物や魔獣が現れる。
よく見ると、その身体は一部欠けていて、とても生きている様に見えなかった。
「死霊使い…
貴様が…」
「げひゃひゃひゃひゃ
分かったからどうする?
お前はもうすぐ死ぬんだ」
「町の人達はどうした!」
ギルバートの言葉に、男は首を傾げる。
しかし襤褸に包まれていて、その顔は見る事が出来ない。
「あん?
町の人達?」
「そうだ
お前が襲った町の住民だ」
「誰だ?
それは?」
「貴様!」
ギルバートが大剣を構える。
いつの間にか、ギルバートの周りには死霊と化した魔物が取り囲んでいた。
男はこのまま、ギルバートを討ち取ろうとしていた。
アモンが暴れて、周りの死霊を切り倒そうとする。
「ヒャハハハハ」
「こら!
アモンの糞馬鹿が
私の僕を傷つけるな」
「ムルムル!」
「はあ…
良いからさっさと死ねよ」
「町の人達の敵だ!」
ギルバートが剣を横薙ぎに振るうが、魔獣が前に出て盾になる。
男は素早く魔獣の陰に隠れながら、尚も悪態を吐いた。
「どこで私の名を知ったのか…
しかしあのゴミムシ共の敵だと?」
「ああ
町の住民の敵だ」
「ぎゃはははは」
ムルムルは再び魔獣の背に乗ると、ギルバートを見下ろす。
「女神の使徒たる私を、ゴミムシの敵だと?」
「ああ
貴様が魔王だとしても、こんな事が許されると思うな」
「許す?
ぎゃはははは」
ムルムルは皺枯れ声で笑うと、嘲る様にギルバートを見た。
「許すも何も、決めるのは女神だ
そして女神は、人間を滅ぼす事に決めた」
「ふざけるな!」
「それが現実だ
ひゃは、ぎゃはははは」
ギルバートは踏み込んで切り付けるが、死霊と化した魔物が盾となる。
ムルムルは笑いながら、魔物の中へと姿を消す。
「残念だったな、アモン
覇王の卵は私が殺す
行けー!」
ムルムルの合図に、死霊達が向かって来る。
動きこそ遅いものの、強烈な一撃が振るわれる。
そして攻撃しても、既に死んでいるので効果が無かった。
精々切り裂かれて、動けなくぐらいだろう。
このままでは囲まれて、ギルバートの身は危険となるだろう。
「殿下をお守りしろ」
「くそおおお」
「死ねえええ」
騎士が必死になって攻撃するが、足止めにしかならない。
そしてアモンも暴れているので、騎士団は次々と切り殺されて行く。
「くっ
せめて殿下だけでも…」
騎士達が死霊に向かっているので、城壁を守る者が居なくなる。
巨人が近づいて、遂に城壁が打ち崩された。
「ぐおああああ」
ズガン!
ドガドガドガ!
城壁が殴られて、石が吹き飛ばされる。
飛ばされた石は凶器と化して、広場や民家に降り注ぐ。
建物は直撃を受けて、屋根や壁が壊されて行く。
「陛下!
誰か陛下を…」
「急げ
このままでは全滅だ」
「逃げろ、逃げろー!」
「殿下が
まだ殿下が…」
「どうすれば良いんだ」
「逃げる場所なんて…」
騎士も兵士も無く、人々はただ逃げ惑うだけだった。
城壁は次々と打ち壊されて、飛来した石が建物を壊して行く。
壊れた城壁を乗り越えて、巨人が王都へ入って来る。
「ワシの事は…良い」
「陛下」
「長くは無い
ぐはっ」
国王はクリサリスの鎌を持つと、それを支えに立ち上がった。
「陛下
お逃げ下さい」
「どこへ?」
「え?」
「これは分かっておった事じゃ
今さら…ぬぐっ
どこにも行けん」
「しかし」
国王は鎌を支えにして、辛うじて立てているだけだ。
それが分かっているだけに、既に腹は決まっていた。
「逃げる…なら
頼む
ギルバートを
アルフリートを…」
「陛下
くそっ!」
騎士は生きた馬を探して、その背に飛び乗る。
そして声を大にして、国王の最期の命令を伝えた。
「まだ戦える者は、殿下をお守りしろ
何としても逃がすんだ」
「しかし魔物が!」
「何とかするんだ」
騎士は指示を出しながら、飛来する石材を避けて行く。
しかし壊れた城門を抜けて、その光景に愕然とする。
既に巨人は城壁の前に集まり、その隙間を進むのも困難であった。
そしてギルバートの姿は、既に戦場に見られなかった。
「で、殿下は…
くそっ、どうすれば…」
騎士はあきらめ切れずに、騎士が魔物や魔獣と戦っている場所を目指す。
しかしそこには、死霊と化した魔物や魔獣が集まっている。
そして騎士達は、ギルバートを、守ろうと戦っていた。
「殿下」
「くそっ
何とかならんのか」
「殿下が…
この中に?」
「ああ
死霊に囲まれているんだ
それに…」
「ヒャハハハハ」
「危ない」
「ぎゃあああ…」
ズバッ!
黒い塊が駆け抜けて、騎士諸共魔獣を切り裂いて行く。
「何だ?
あれは?」
「魔王が暴れ回っていて、迂闊に近付けないんだ」
「魔王?
魔物も切り裂いているぞ?」
「ああ
それでも魔王なんだ」
少しずつ数は減っているが、相手は死霊である。
少々切ったぐらいでは、倒す事は出来なかった。
魔物の壁の向こうでは、ギルバートも必死に戦っていた。
大剣は臓物や脂がこびり付き、切れ味が鈍っている。
それでも力任せに振るって、無理矢理死霊の身体を切り裂く。
腕や足を壊された死霊は、その場で動けなくなっていた。
しかし殺す事が出来ないので、破壊して突破する事が出来なかった。
「せりゃああああ」
「ねえ
いつまで足掻くの?」
「はあ、はあ…
死ねるかよ」
「あっそ
でも、まだまだ居るよ」
ムルムルが合図を送ると、森の中からさらに死霊が出て来る。
どうやらムルムルは、この時の為に死霊を貯め込んでいた様だ。
出し惜しみする事も無く、次々と死霊を呼び出す。
既に騎士団は壊滅して、残る騎士の数も少なくなっていた。
これでギルバートは、逃げる方法を失っていた。
出来る事は、少しでも抗って、長く生き残る事ぐらいだろう。
「死ねない
死んでたまるか…」
「あっそう
でも街は終わりだね
そしてこの国も…」
国王は最後の力を振り絞り、クリサリスの鎌を持ち上げようとする。
しかし既に力は尽きており、巨人の足は容赦なく振り下ろされた。
「我が王国は終わらない
ギルバートよ、死ぬ…」
ズシン!
巨人が足を上げた後には、嘗て何かだった血の跡と、衣服の残骸だけが残されていた。
「あーあ…
呆気ないねえ
所詮はゴミムシか」
「ひゅっ
ちち…うえ?」
「残念だねえ
これで守る国も無くなった
さあどうす…」
ムルムルがさらに煽ろうとすると、空気が急激に冷えて来る。
ギルバートを中心に、まるで何度か気温が下がった様になる。
「へえ…
クソ生意気にも覚醒する気かい?」
「あ…
あああああ…」
壊された死霊、騎士や巨人の遺体から、魔力が集められて行く。
それはギルバートを中心にして、渦を巻く様に収束していた。
「へえ…
覇王に覚醒する気なら、私にとっても好都合だ
女神に破壊した言い訳が出来るってもんだ」
ムルムルはそう言って、自分の手駒である死霊を壊して行く。
さらに魔力が増えて、渦はドス黒い色に変わって行く。
「ぐひゃひゃひゃひゃ
このまま覇王になれば、良い死体が出来そうだ
ぐひゃひゃひゃひゃ」
ムルムルが気色悪い笑い声を上げている間に、アモンは動きを止めていた。
ギルバートに魔力が集まる中で、アモンを包んでいた魔力も取り込まれて行く。
それに合わせてアモンの、変異していた身体も戻って行く。
それに合わせるかの様に、アモンの様子も変わって行った。
「ぬ?
しまった
アモンの魔力も集めてやがる」
ムルムルは慌てて、魔力の流れを変えようとする。
しかし時既に遅く、アモンは人の姿に戻りつつあった。
それと同時に、瞳にも知性が戻って来る。
まあ、元々アモンには知性など、ほとんど無い筈なのだが。
「くっ…
まあ良い
目的は達したも同然」
ムルムルはそう呟くと、両腕から剣を生やす。
それは小さく鋭いが、ドス黒く禍々しい色をしていた。
「さあ、止めだ」
ムルムルが飛び上がり、ギルバートに向けて飛翔する。
そのまま勢いを付けて、両の剣を突き出す。
「げひゃひゃひゃひゃ
死ねえ」
ガキン!
「ぬう?
こいつ…もう動けるのか」
「ぐ…がぎぎぎ…」
ギルバートは全身に痣の様な模様を浮かべて、ムルムルの剣を受け止めていた。
ギルバートを中心に、暗紫色の魔力の靄が渦巻いている。
それはギルバートに吸収されながら、周りにも影響を与えていた。
「マズいな
完全に覚醒する前に殺さないと…」
ムルムルは魔獣に合図して、ギルバートの両腕を押さえさせる。
そして正面を向かせると、その胸に狙いを定めた。
「さあ
死んで私の駒になるが良い…」
「どういう事だ?」
ムルムルが前に出ようとしたところで、アモンが前に立ち塞がった。
「や、やあ
アモン」
「何者だ?」
「やだなあ
君の同僚の、死霊王のムルムルじゃないか」
「知らんな」
「あ…」
アモンはムルムルを見ても、何も感じていなかった。
それは記憶が奪われているからなのだろう。
そうで無ければ、腸が煮えくり返っていただろう。
「もう一度聞く
何者だ」
「あちゃあ…
記憶を消されたのが徒になったか
弱ったねえ…」
「答えれんのか?」
「わ、わ
ちょっと待って」
ムルムルは両手を振って、慌てて答えを捻り出す。
しかしその間にも、ギルバートには魔力が流れ込んでいた。
「私は女神に命じられて、君を手助けに来たんだ」
「女神様だと?
ソーン様か?」
「ああ
君の手助け…」
「嘘を吐くな
女神様は未だ、眠りから目覚めておらん」
「へ?
そんな筈は…」
「ワシが分からんと思ってか!」
アモンは殺気を孕みながら、先ほどとは違った怒気を発する。
女神の事を軽々しく口にして、嘘を吐いていると思われたのだろう。
その怒りで、再び魔力が溢れ出る。
「な、なあ
同じ魔王だろ?」
「知らんな
それに貴様からは、嘘や欺瞞の黒い気配を感じる」
「そ、そんな事は無いぞ、うん
私は女神様に命じられて、その覇王を殺しに来たんだ」
「それこそおかしな話だ
女神様は目覚めておらんのに、どうして命令が出される」
「だから女神様は起きていて…」
「何処に?
起きていらっしゃるにしては、気配が何処にも感じられんが?」
「へ?」
ムルムルはそう言われて、改めて周囲を見る様にキョロキョロとする。
その隙にアモンは、ギルバートにゆっくりと近付く。
そして背後に回ると、手刀を首筋に叩き込んで昏倒させる。
集まっていた魔力も、意識を失うと同時に霧散した。
「それにな
こんな不完全な覇王を殺せと?」
「ああ
だから貴様も巨人を動かしたんだろうが」
「巨人?」
今度はアモンが、周囲を見回す事になる。
巨人の姿を見付けると、アモンは片手を動かす。
それだけで巨人は止まり、暴れる事を止めていた。
しかし既に、王都の半分近くが壊されていた。
「ふむ
これはどういう事だ?」
「ああん?
お前が命令されて、ここに巨人を集めたんだろうが」
「命令だと?
覚えが無いぞ」
「遂に頭が悪いを通り越して、惚けて来たのか?
女神様に命令されてだろうが」
「知らぬ物は知らん」
「それじゃあ、どうしてこんな事を?」
「…」
アモンは答える事が出来ず、呆然としていた。
そもそも巨人を連れて来た辺りから記憶が無いのだ。
「何でだ?」
「私が聞きたいわ!」
ムルムルは怒鳴ると、再び剣を構える。
「貴様が必要無いのなら、私が殺しても問題無いよな」
「そうはならんだろう」
「邪魔する気か?」
「そうだな…」
アモンはもう一度、周囲を見回して見る。
痕跡からしても、自分がこの街を攻撃していたのは確かだろう。
しかし、意味も無く攻撃していたのが腑に落ちなかった。
「これは…
ワシがしたんだな?」
「ああ
だからそう言ってんだろ」
「なら、その責任を取らねばな」
「何を言って…ぬうっ」
アモンは鋭く鉤爪を伸ばして、ムルムルを牽制した。
「貴様が何者かは知らん
しかしこうなってしまった以上、ワシはここを守るべき…なんじゃろうな」
「ふざけるな
魔王が人間の街を守るじゃと?」
「そうか
ここは人間の街か
我が一族の姿が見えんが?」
「アモン?
お前…」
アモンの言動に、ムルムルの様子も変わった。
「分かった
私も気が変わった」
ムルムルは剣をしまうと、配下の死霊も消して行く。
「お前がどうなったのか分からないが…
すぐに女神様の元へ戻れ」
「ワシがどうしたって?」
「女神様の事も覚えておらんのだろ!」
「…」
「先に行っておるぞ」
ムルムルはそう言って、姿を消した。
アモンはギルバートを抱えると、人間が残って居そうな場所へ向かった。
まだまだ続きます。
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