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聖王伝  作者: 竜人
第二章 魔物の侵攻
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第35話

魔物の群れは依然として街に近付いており

この瞬間にも、脅威が近付いていた

しかし、そんな状況でも、領主の邸宅は平常通りであった

アーネストは暫くギルバートとセリアを眺めていたが、やがて席を立った

用事があると辞して、部屋を出て行く

その行先は領主が職務を行う執務室だ

ノックをして部屋へと入る


「失礼します」

「ああ、来たかね

 まあ座りなさい」


アルベルトはアーネストにソファーに掛ける様に勧め、自身もその前に腰を掛ける。

アルベルトは腕を組んで、静かに尋ねる。


「それで、イーセリアはどうかね?」


アーネストも指を組んで、よく考えながら少しずつ話始める。


「ええ

 問題は無いでしょう」


「それならば、他国の密偵等の絡みは無いと?」

「はい」


「それは本当かね?」

「はい」


アーネストは考えながら続ける。


「先ず、密偵には向かない年齢ですね」

「うむ」


「言葉が分からないのは…

 確かに他国の人間が入って、産まれた子供という線もありますが

 あり得ないですね」

「どうしてかね?」


「ボクが密偵なら、この国の言葉を教えます」

「ふむ」


「それに…

 息子夫婦を狼に襲われて失った老夫婦が、引き取って育てていたという話ですよね?」

「ああ」


「それなら、話せないのが不思議なんですよ」

「と、言うと?」


「一度子供を産んで育てた老夫婦なら、子供の躾はしっかりしているはずです」

「そうだな…」


アルベルトもそこが気になっていた。


「だが、それなら何故?

 あの子は喋れないんだね?」

「心因性のショック?

 あるいは他の外的要因か…

 いずれにせよ、この国の言葉を解していないと見て間違いはないでしょう」

「理由は未だ不明化…」


「集落で暫く育てていたのなら、老夫婦から言葉を教わっている筈です」

「そうだな」


「それなのに、話せない、言葉が分からないとなると、よほどの事があると思います」

「つまり、原因は分からないが、場合によっては魔物なぞ見たら恐慌をきたす恐れがあるか」

「ええ」


「それなら、無理に原因を調査するよりは、言葉を教えて普通に育てる方が良いのかな」


「この辺りは、公用語として帝国語が主流として使われています

 他の言葉となれば、相当離れた場所で育った事になりますよね」

「うむ

 試しにフロリスやパルティアの言葉も聞かせてみた

 しかし、いずれも理解して居る様には見えなかったな」

「そうですか」


クリサリスの西方にあるフロリスは、ほとんど帝国語を共用語としているが、一部元々使っていた言葉ものこっている。

パルティアは南の国で、ここは共用語と自国の言葉を使う。

それ以外となると、帝国より遥か東の国しかない。

そこからわざわざ、この国に潜入しようと思うだろうか?

そもそも、行き来からして難しいのに、潜入する意味が分からない。


「となると

 やはり、何らかの原因で言葉を、場合によっては記憶も失っているかも」

「そうだな」


「流石に、あれだけ育っていると、言葉は話せている筈ですしね

 何か理由があるんでしょう」

「そうだな」


アルベルトは顎髭を掻きながら、何気なく尋ねる。


「何らかの…魔法で記憶を奪う事は出来ないかね?」

「記憶…ですか?」

「ああ

 それなら言葉が分からなくなったのにも説明が付く」

「うーん

 聞いたことがありませんね」

「そうか」


「もしかしたら、そういった魔法もあるかも知れません

 ただ、何の為にそんな事を?

 あんな小さな子供の言葉を奪って、何の意味があるんでしょうか?」

「そうだよな

 いや、忘れてくれ」


アルベルトは首を振って考えを締め出すと、再び机に向かった。


「本気で、あの子を引き取る気ですか?」

「ん?」


「こう言っては何ですが

 得体の知れない子供ですよ?」

「だが、君の報告が本当なら、大事な領民の子供になる」

「それはそうですが…」


「両親も老夫婦も失い、身寄りの無い可哀そうな子供だ

 教会も今回の事で忙しいし、何より、妻が気に入っている」

「ジェニファー様ですか?」


「同じ年の頃の子供が居る、他人事では無いんだろう」

「そうですか…」


「それに

 フィオーナのいい遊び相手になってくれそうだ

 ギルバートも気に入った様だしな」

「なるほど

 確かにギルはデレデレしてましたね」

「そうだろう?」

「気持ち悪いぐらいに可愛がっています」

「はっはっはっ

 そうか、そんなにか」


アルベルトはギルバートが可愛がっているのを聞いて安心していた。


「来月の定例報告会で、正式にウチの養女として迎え入れるつもりだ

 君もそのつもりでいてくれ」

「はい」


アルベルトは机に掛けて、書類の山に目を通し始める。

今月の収穫量の報告に混じって、野犬や猪の被害、魔物の発見の報告もちらほら見られる。

魔物が近くに出没した影響で、他の野生生物が街の近くに移動している。

被害が大きくなる前に、対策を講じなければならないな。

アルベルトは問題の無さそうな書類を分けてサインをしていき、残りは対策を書き込んでいく。


そんな領主の忙しい姿を見ながら、アーネストは思案していた。

本来なら、報告はもう終わったので退出してもいいのだが、他に報告することがあり、報告すべきか悩んでいるのだ。

アルベルトはアーネストの様子に気が付き、顔を上げる。


「ん?

 どうしたのかね?」


「…ええと

 報告すべきか、まだ確認が必要なのか…」

「?」


「ギルバートが例の詩人に再び接触しました」

「なに!」


アルベルトは机から立ち上がる。


「それはどういった事で

 いや、先ずは報告をしてくれ」

「はい」


「一昨日の夕刻に、ギルバートが帰宅途中に街中で会ったそうです」

「一昨日?

 遠征から帰って来た時か」

「はい」


「それで?

 ギルは何か喋ったのかね?」

「ええ

 遠征で魔物に襲われた時に、教わった剣術が役立ったと感謝したみたいです」

「ふむ

 他には?」


「これを」

「ん?」


アーネストは懐から書物を出す。

あの2冊の本だ。


「これは?」

「古代王国語で書かれた書物です」

「王国語だと??」

「ええ」


「まだ翻訳している途中ですが、ひょっとしたら有益な情報が書かれているかも知れません」

「なんと!」


アルベルトは本を開いてみるが、流石に何が書いてあるのか分からない。

あるいは国王ならば、多少は読めるかも知れない。

彼は帝国の地方領主であったが、元をただせば、クリサリスにも古代王国の血は流れている。

ただ、長く帝国語が共用語として使われていたので、そのほとんどが失われて久しい。

国王でも読めない可能性が高いだろう。


「ハルバートに見せてみるか?

 いや、あいつでも読めるかどうか…」


よくよく考えてみれば、アルベルトが従者として居た時にも国王は共用語を使っていた。

それに、思い返してもこんな文字を見た覚えは無い。


「陛下は読めそうですか?」


「分からない

 分からないが…この国で一番知ってそうなのはあいつぐらいだろう

 それでも…この文字を使っているのを見た事が無いからな…」

「となると

 やはりボクが訳すしかありませんね」


「出来るのか?」

「やるしかありません」


「幸い2冊ありますから

 2冊を比較しながら文章を考察しています」

「そうか」


「文字が理解できれば…

 後は何とかなりそうなんですが」

「うーむ

 ワシには全然分からん」


アルベルトは暫く中身を見たが、結局諦めてアーネストに返した。

アーネストは収納のマジックバックに本を仕舞う。


「ところで、その詩人はなんでこの本を渡したんだ?」


「どうやら、ギルが詩人の教えた剣術を役立てたのをえらく喜んだ様で

 ご褒美にあげると渡されたと」

「ご褒美?」

「詩人の話では、剣術はこの本を見て学んだとか」

「ふーむ」


「そうなると

 その本は剣術が書かれた本なのか?」

「いえ

 正確には剣術も書かれた教科書の様な物ですね」

「教科書?」

「はい

 まだ読めてませんが、恐らく戦術とか他にも書いてありそうです」


「古代王国が遺した戦術が書かれた書物か…

 それはまた、随分と希少な書物だな」


一介の詩人が持つには分不相応なと、内心の感想は伏せる。

アーネストもそれには頷くが、実は魔法が掛かっていて、もっと希少なのだが、そこは黙っていた。


「そんな希少な本を持っていて

 ギルに気軽にあげたと言うのか?」

「はい」


あり得ない。

きっと裏がある筈だ。


「それで、ギルは何か教えたりしたのか?」


書物の交換条件として、何か教えたのだろうか?


アルベルトはそこを危惧したが、アーネストはあっさりと否定した。


「いえ

 何も」

「何も?」

「はい」


「詩人もこの本が希少と思っていたのか分かりませんが、自分では読めないので不要だと」

「それを信じろと?」

「中の剣術は身に付けたので、同じ様に剣術を身に付けて役立てて欲しいと」

「あり得ないだろ?」


アーネストは首を振り、領主の言葉を否定した。


「もし、読めていたら

 価値を知っていたら安易に渡さないでしょう」

「ううむ」

「それに…

 本当に密偵なんですか?」

「その可能性が高い」


領主の息子に近付いて来たのだ。

裏があってもおかしくないだろう。

でも、アーネストは違う可能性を見ていた。


「密偵にしては目立ち過ぎです」


「真っ赤な服を着ているって?

 密偵ならもっと目立たない恰好をするでしょう」

「それは…そうだが」


「昔から、帝国の密偵が詩人に扮して潜入するのよく知られているだろう?」


「それでも、真っ赤な衣装はやり過ぎです

 却って怪しまれるのが関の山です」

「そりゃあそうだが…」


「それに、祭りの開催日とかしか話して無いようですし、問題無いでしょう」

「そうか…」


「まあ、確かに

 ギルを領主の息子と知ってたみたいですし、怪しいですが、少なくともそんな事を言う辺りは密偵には向いてないでしょう」

「なるほど

 密偵ならそんな事は言わないか

 怪しまれるからな」


「大体、どこの密偵が入って来るとお考えですか?

 フロリスですか?

 それとも帝国ですか?」

「いや

 さすがに帝国は無理だろう

 こちらの内情は知りたいだろうが、まだ国内のごたごたが片付いていない

 そんな状態で敵国にちょっかいを出したらどうなるか…

 帝国の奴等も分かっている筈だ」

「ですよねえ」


「フロリスかもと思っていたが…」

「それにしては甘過ぎますよね」

「ああ」


他にも気になる事があったが、確証が無い以上は迂闊な事は言えない。


「一先ずは何も被害もない

 気にし過ぎかな?」

「そうですね

 ギルは何も話していませんし

 単に領主の息子に媚を売りたかっただけでは?」

「そうだな…」


アーネストの言葉に一応の納得をし、アルベルトは再び書類に向かった。

それを見て、今度こそアーネストは退出した。


アルベルトは詩人の身なりが、優男風のド派手な詩人というのが気になっていた。

思い当たる事はあるが、それにしても時間が経っている。

同一人物とは思えなかった。


或いは後継者が来ていたのか?


そう考察してはみるものの、確証が無く、確認も取れない。

もう一度書類を手にして、これ以上考えても仕様が無いと頭を切り替えた。


一方で、執務室を辞したアーネストは、再び客室に向かおうか悩んだが、自室に戻って翻訳を急ごうと思い直した。

親友が妹の世話をするのを手伝うのも良いんだが、書物を翻訳した方が役に立てれるだろう。

それに気になる文言の記載もある。

早く仕上げてやろうといそいそと書庫の方へ向かって行った。

現状では、魔物の被害は街の外だけです

ただ、このまま放置していては、やがては街にも被害が出るでしょう

ギルバートは自分も戦いたいと思っていますが、領主はそれを心配して家に居させています

あくまでセリアの世話は口実です

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