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聖王伝  作者: 竜人
第十章 王国の危機
348/800

第348話

翌日の王都では、朝から混雑していた

国王から発表があり、王都を逃げようとする者が城門に殺到する

貴族街からも、屋敷を棄てて出て行く貴族が目立つ

そうした騒ぎを見ながら、ギルバートは城壁の準備の指揮をする

明日には決戦なので、最後の支度をしているのだ

この準備次第で、巨人を倒せるか否か決まるだろう

城壁の上には、投石機と弩弓が用意される

通常の弓は効かないだろうが、弩弓は大型の矢を発射する

これなら巨人でも、多少の手傷が与えれると期待されていた

他にも予備の武器が運ばれて、全ての準備が終わろうとしていた


一通りの準備を済ませたところで、ギルバートは周囲の状況を見回す。

広場は昨日と違って、人通りは賑わっていた。

しかし道行く住民の顔は、どこか疲れた様な顔をして暗かった。


大通りに向かう道に、昨日の露店の店主の姿を見る。

ギルバートは城壁から飛び下りると、店主の元へ向かった。


「こんにちは」

「おお

 これは…」


しかし店主は、ギルバートの事を気遣ってか名前は出さなかった。


「市場に活気が戻ってますね」

「いや…

 表向きだけじゃ」

「え?」

「みな、明日が最期だと覚悟しておる

 今は最後の街の活気を楽しむ為に、ほれ」


店主は家族連れを指差す。

よく見ると、子供や老人を連れた者が多かった。


「みなで王都の最期を見ておる」

「そんな

 私が最期になんて…」

「出来ぬ事は言わん方が良い

 商人はそう思って商っておる」

「っ!」


老店主はそう言うと、優しく肩を叩いた。


「あなたは確かにお強いのでしょう

 ワシの息子やその護衛の、冒険者とは違った迫力を感じます

 しかし…」

「巨人は!

 巨人は物語の巨人とは違います!」

「そうかも知れんのう

 しかし恐ろしい魔物には違いない」


店主はギルバートが下りてきた、北の城壁を見詰める。


「如何に殿下がお強くても、全ての者を守る事は出来ません

 それはあなたの育ての親である、アルベルト様が示した筈でしょう?」

「う…」

「それにワシ等は、全てを諦めた訳ではございません」


老人はそう言うと、銅貨を数枚取り出した。


「これは昨日の、殿下が置いて行かれた代金のお釣りです」

「え?」

「銀貨1枚では無く、銅貨3枚ですぞ」

「いや…

 はははは…」

「これを預かって欲しいんです」

「え?」


店主はそう言うと、銅貨7枚と銀貨を1枚差し出す。


「いつか街が再興した時には、また串焼きを買って欲しいんです

 ワシの串焼きを買っていただいた様に」

「それは…

 王都を再興しろと?

 そういう事ですか?」

「ええ」


ギルバートはそれを、受け取るか迷った。

それを受け取るという事は、王都を脱して逃げ延びるという事だ。

ギルバートはそれだけは、どうしても受け入れられなかった。


「店主

 それはやはり、預かっていて欲しい」

「え?」

「私は…

 私達が巨人を倒します

 その暁には、また串焼きを食べさせて欲しい

 それはその時の代金だ」

「殿下!

 それはいけません

 あなたには生きていただかなければ」

「私は死ぬつもりはありません」

「しかし…」


店主はまだ、何かを言いたそうにする。

ギルバートも言いたい事は分かるので、それ以上は何も言わなかった。


「分かりました

 このお釣りは預かっておきますね」

「ええ

 これで負けられない理由が出来ました」

「ふおっほっほっ

 そっれならば、ワシも生き残らなければなりませんな」

「ええ

 任せてください」


ギルバートは、振り返ると城壁に向かった。

負けられないと決意した以上は、もう一度見落としが無いか確認する必要がある。

城門に向かうギルバートを見ながら、老人は嬉しそうに目を細める。


「良い若者に育っておる

 ワシがこうする必要も無かったな…」


老人は最後に、ニヤリと笑うと忽然と姿を消した。

そこにはまるで、最初から何も無かった様に。

住民達は気が付かずに、最後の時を家族と楽しんでいた。

老人の姿に気付かないままに。


夜が来て、城壁には兵士が監視に立っていた。

そこには篝火が焚かれて、警戒が厳重に行われる。

それを嘲笑う様に、不意に地響きが響き始めた。


「な、何だ?」

「隊長!

 あ、あれを…」


日が暮れたのを確認してから、魔物が動き始めていた。

巨人はゆっくりと城壁に迫り。他の魔物は警戒して逃げ出す。

不意の事に、北の城壁はちょっとした騒ぎになる。


「どうした?」

「城壁の兵士から報告です

 巨人が城門の近くに移動しました」

「移動?

 攻撃か?」

「いえ

 移動しただけです」

「そのまま座り込んで、木の実を食っています」


篝火の当たる範囲には、巨人は近付かなかった。

代わりに鎧を着たオークが、木の実を忙しなく運んでいる。

巨人の食事なのだろうか?

オークはそれを巨人の近くに積み上げて行く。


「襲っては来ないのか?」

「はい

 そのまま大人しくしております」


王城にも報せが行き、貴族達が武装を始める。

巨人が攻めて来てからでは遅いからだ。

しかし国王は、それに待ったを掛けた。


「ワシ等から手出しをしてはならん」

「しかし、魔物は城門の前まで来ておるんですぞ」

「そうです

 奇襲を掛けるのなら今です」

「ならん

 決戦は明日からだと言われておる

 先に手を出す事はならん」


国王の言葉に反発して、一部の貴族は私兵を集める。

しかし城壁の前で、集まっている騎士達に止められた。


「私はアルメラ家の者だぞ」

「子爵の行軍を阻む気か?」

「駄目だ

 陛下からの命令が来ている

 ここを通す訳にはいかん」


貴族の私兵と、騎士団が睨み合う。

それは2時間ほど続いたが、結局は貴族が引き下がる事になった。

国王が指示書を出して、命令として待機を指示したからだ。

貴族はそのまま引き上げると、邸宅の周りに私兵を残した。

翌日の決戦には、自分達も出るつもりなのだろう。


「どうしてこんな時に、兵を出して騒ぎを大きくするかな」

「それは仕方が無いよ

 貴族の側としても、王都を守る為に兵士を動かした

 そういう実績を残したいんだよ」

「このタイミングでか?」

「ああ

 こういう時だからこそ、恩を売りたいんだろう」

「理解出来ないな」


ギルバートには、こういう貴族の面子は理解出来なかった。

しかしアーネストは、アルベルトから注意すべき事として忠告されていた。

だからこそ、冷静に貴族の動きを見ていた。

無事に切り抜けても、その家は要注意だとメモしておくことにする。


そうして小さな騒ぎこそあったが、夜は無事に過ぎて行く。

朝日が差す頃には、北の城門に騎士と騎兵が集まっていた。

ギルバートも指揮の為に城壁に上がって、朝日が昇るのを待っていた。

王都の命運が決まるとあって、下の広場には国王も来ている。

近衛騎士団を周りに集めて、国王も武装をしていた。


「朝日が昇るぞ!」

「間も無く7つ目の鐘が鳴る

 城門の開門に備えよ」

「はい」


次々に指示が飛び、城門前の広場は騒然としていた。

魔術師達も早起きして、城壁を登って行く。

開戦と同時に魔法を放つ為に、城壁の上で備えておくのだ。


準備が整ったところで、朝の7つ目の鐘が鳴り始める。

朝日の日差しが差し込み、城壁の上にも日が差し始める。

そこへ太鼓の音が聞こえて、オークが行進して来る。

オークは隊列を組み、神輿を担いでやって来る。

その神輿の上には、漆黒の鎧を身に纏った男が座っていた。


「アモン…」

「来やがったな」

「殿下

 あれが魔王ですか?」

「ああ

 ダーナを襲った魔王の一人で

 今回の巨人を引き連れている者だ」


城壁に登っていた兵士が、魔王の姿を見て睨み付ける。


「こいつが…」

「では、あの者が和解すれば、戦闘は…」

「それは無いな」

「ああ

 アモンなら戦って勝ち取れと言うだろうな」

「そんな…」


「アモンは武闘派の魔王だ

 何よりも戦いを好み、勝者を称賛する」

「そうだな

 勝てれば…

 これ以上の侵攻は起こさないかもな」

「勝てればって…」


兵士は絶望しながら、城門の前に座る巨人を見た。

あんな物に勝てるのだろうかと、巨人の姿を見る。


「なあに、勝てば良いんだ、勝てば」

「そうだな…」

「クハハハハ

 活きが良いな、人間よ」


アモンは哄笑を上げて、城壁の上のギルバート達を見る。

その顔は馬鹿にしているのでは無く、あくまで戦いを喜んでいた。

人間が必死に戦うのなら、それは彼にとっても嬉しい事なのだ。


「ん?

 先日の真っ赤な奴が居ないな」

「エルリックか?

 彼は別件でここには居ない」

「そうか…

 使徒と言っていたが何者なんだ?」


アモンは一人で、ブツブツと呟いた。

そんなアモンに対して、アーネストが問いかける。


「アモン

 本当に覚えていないのか?」

「あん?

 お前は誰だ?」

「アーネストだ

 どうやらボクの事も、覚えていないんだな」

「…」


アモンは驚いた顔をして、アーネストの方を見た。


「貴様も…」

「ああ

 お前とギルがダーナで戦った時、ボクもその場に居たんだ」

「…何なんだ…

 貴様らは何なんだ!」

「本当に覚えていないのか?」

「知るか!

 貴様もワシの知り合いのふりをして、救いを求め…」

「違う!

 違うぞ!」

「ぬう…

 では、何故じゃ!」


「アモン

 貴様はダーナで負けた時に、暫く侵攻は無いと言ったな」

「知らん

 そんな地名も負けた事も無いぞ」

「いや

 確かに戦ったぞ

 貴様は地名は知らなかったかも知れないが、確かにあの時、貴様は負けたのだ」

「そんな事実は…」

「そこに居るのは…

 ハイランドオークですか?」

「あん?

 そうだが?」


アーネストが確認していると、1体のオークが前に進み出た。


「だすから言たです

 魔王様覚えていない」

「ん?」


ハイランドオークに言われて、アモンは動揺していた。

戦う相手だけでは無く、身内からも言われたのだ。

しかもアモンは、その事を覚えていなかった。


「魔王様人間国、我々一緒行った」

「何だと?

 そんな話は…」

「魔王様聞かない

 我々言った、聞かない」


「おい

 あのオーク…」

「ああ

 あの時のオークだろう

 大分話せる様になっているな」

「ああ

 ほとんど帝国共通語と変わらないな」


ギルバート達がひそひそ話している間に、アモンはオークに説明をされていた。

しかし言葉が微妙なので、説明は難航していた。


「だすから、魔王様もう人間虐めないって」

「出す?

 何を出したんだ?」

「ああ!

 違う」


「大丈夫か?

 あれ…」

「さあな」


暫し説明を聞いて、ようやく魔王は納得した。

しかしあくまでも、記憶に無いと主張していた。


「だからワシは覚えておらんと…」

「魔王様頭悪い」

「そう

 頭弱い」

「ぐぬぬぬ…

 もういい」


アモンはギルバート達の方に向き直ると、ギルバートを指差す。


「おい!

 そこの!」

「ん?

 私の事か?」


「もうどうでも良い

 みんな壊してやる」

「へえ…」

「駄目、魔王様」


ハイランドオークが必死に呼び掛けるも、アモンはもう聞かなかった。

いや、聞く事が出来なかったのだ。


「巨人共!

 時間だ、立ち上がれ!」

「うがああああ」

「ぐごがあああ」


「へっ

 交渉決裂か…」

「やるしか無いか」


ギルバートとアーネストも、城壁の上で身構えた。

ただハイランドオークだけは、尚も説得しようとしていた。


「魔王様、人間、友達」

「壊す、駄目!」

「うるさいうるさい!

 どいつもこいつも!

 全てぶち壊せ!」


「うがああああ」


巨人が唸り声を上げて、その目が紅く輝く。

先程までの温厚な様子は無く、そこには狂気の色が宿っていた。


「人間、頼む」

「魔王様を、止め…」

「うるさい黙れ」


アモンは片手を振り払うと、ハイランドオーク達を吹き飛ばした。

ハイランドオーク達は森の向こうへ飛ばされて、気絶したのか動かなくなった。


「これで…

 邪魔者は居なくなった」

「貴様…

 そいつ等はお前の大切な子供達なんだろ」

「知るか

 ワシに従わぬ出来損ないなぞ要らん」


「ギル

 今は巨人に集中して」

「しかし」

「来るぞ!

 魔術師部隊!」

「はい

 サンダーレイン」


巨人は立ち上がると、その腕を大きく振り被った。

拳で城壁を打ち崩すつもりなのだろう。

それを防ぐ為に、アーネストは魔術師達に魔法を使わせる。

雷鳴が轟き、巨人達に激しく雷が叩き付けられた。


「うがああ…」

バチバチ!

ズドドドーン!


雷は巨人に直撃して、戦闘の3体の巨人がふらついた。


「開門!」

「開門!」


その隙に城門が開き、親衛隊が姿を現す。


「今だ、全軍突撃!」

「突撃!」

「うおおおおお」

「うりゃあああ」


騎士達は長柄の武器を構えると、一気に巨人の足元へ向かう。

後方の2体は無視して、先ずは手前の3体を倒すつもりだ。

その間に他の魔術師達が、火球や魔法の矢を用意する。

後方の2体が近づけない様に牽制する為だ。


「ファイヤーボール」

「マジックアロー」

「マジックボルト」


火球や魔法の矢が放たれて、後方の巨人達に命中する。


「ぐああああ」

「ぐごあああ」


巨人は苦悶の声を上げて、怯んで後退する。


「何をしている

 さっさと壊さんか」


アモンは巨人を罵りながら、城壁を睨み付けた。

巨人を嗾ける度に、どこか胸の奥がムカムカとして気分が悪かった。

いや、それよりも前に、部下のハイランドオーク達を吹き飛ばした時も、何か嫌な気分になっていた。


「どうしたと言うのだ…

 くそっ!

 さっさと人間なんぞ蹴散らさんか」


アモンは激しく罵るが、巨人は騎士達に押されていた。

足は既に傷だらけで、1体は膝を屈している。

そして身体が痺れているので、動作も緩慢になっていた。


振るう拳は避けられて、手にした鎌や斧で切り裂かれる。

その度に巨人は、苦悶の声を上げて苦しんでいた。


「ぐがあああ」

「ぐぎぎぎ…」

「くそっ

 なんなんだ!」


そして巨人が苦しみの声を上げる度に、アモンは胸が締め付けられる様に苦しかった


おかしい

何でワシが、こいつ等の声で苦しむ

こんな事は今まで無かった筈じゃ


アモンは理解が出来ない苦しみに、なおも怒りと苛立ちを感じるのだった。

まだまだ続きます。

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