第347話
ギルバートは部屋に戻ると、大いに荒れていた
拳を壁に打ち付けたり、部屋の中をウロウロと歩き回る
そうかと思えば、不貞寝とばかりに寝台に横になる
しかし考えが纏まらず、再びウロウロと歩き回った
そうしてイライラしてみたところで、何も良い考えは浮かばぬのだったが
歩き回るギルバートを横目に、アーネストは書物を熱心に調べていた
今までも何度も読んでいたのだが、見落としが無いか確認しているのだ
少しでも巨人に打つ手があるのなら、何かするべきなのだろう
国王は諦めているが、アーネストはまだ諦めていなかった
そして親友も、この様子では諦めていないのだろう
何か手助けになる事が無いか、今は調べるしか無いのだ
「うーん」
「少しは落ち着けよ
ジョナサンも困ってるぞ」
「落ち着いていられるか
国王様は負ける気でいるんだぞ」
「…」
ギルバートがイライラしている様子を見て、ジョナサンは苦笑いを浮かべる。
勝手に逃げ出さない様に、今はドアを開けて見張っている。
しかしこの見張りも、国王からの命令に従っているポーズだ。
こうでもしなければ、周りも納得しないだろうからだ。
「仕方が無いだろ
相手は巨人なんだ」
「しかし!」
「いくらボクとお前が協力しても、出来る事には限りがある」
「それはそうだが…」
「精々、一度に戦えるのは2、3体が限度だろう」
「え?
2、3体ですか?」
アーネストが漏らした言葉に、ジョナサンが驚く。
それは少ないでは無く、多くて驚いていた。
「それが限度だよ
親衛隊で何体を押さえれるのか…」
「いえ
そもそもが、私達で戦えるのでしょうか?」
「ん?」
「え?」
ジョナサンの言葉に、二人は同時に振り返る。
「いや、あんなのオーガと変わらんだろ」
「そうだぞ
大きくなっているが、基本は同じだ
足を何度も切り裂き、倒れたところで止めを刺す
それだけだ」
「それだけって…
それが難しいんじゃあ…」
ジョナサンの言葉に、二人はジト目で見る。
ジョナサンは狼狽えつつ、無理無理と手を振って拒否する。
普通の騎士の感覚では、巨人はあまりにも大き過ぎるのだ。
オーガを何とか倒せても、それ以上の大きさなのだ。
それは最早、恐怖の対象でしか無かった。
「何言ってんだ?」
「そうだぞ
大きくなっただけだろ」
「ですから、その大きさが問題でしょう
大き過ぎますよ」
「そうか?
あれならブレイザーで届きそうだし
足を削れば倒せるだろ?」
「いえ、大きいって事は腕も広範囲で届くんですよ
避け切れるんですか?」
「うーん…」
そこは考えていなかったのか、ギルバートは考え込む。
しかしアーネストは、問題無いと告げた。
「巨人は動きが遅いんだ
あれで素早く動かれては、それこそ脅威なんだけどね」
「それは避けられそうな動きなんですか?」
「そうだな
フロストジャイアントなら、吹雪のブレスで動けなくされるかも知れない
だけどただのヒルジャイアントだから、拳を振り回すぐらいだろうよ」
アーネストは書物を見て、それ以上の記載が無い事を確認する。
いくら開いて調べても、有用な情報は見られなかった。
「うーん
せめて弱点があればなあ」
「ん?
雷が弱点だと…」
「それはフロストジャイアントに有効だと
ヒルジャイアントみたいだから、何が有効か…
雷が効かなかったらマズいんだよ」
巨人に雷が効くとは、どの本にも書かれている。
しかしそれは、フロストジャイアントの事を指していると思われた。
今来ている巨人は、その下位に当たる普通の巨人なのだ。
特徴が無い為に、雷が確実に効くかは不明だった。
「まあ、他に思い当たる手段が無い以上、雷の魔法を使うしか無いんだけどね」
「そうか…
まあ、私としては、何が有効なのかそもそも分からないから
お前や魔術師達に任せるしか無いんだが」
「ああ
集めれる魔術師を全員集めるさ
それで城壁から撃ち込んでやる
効くか効かないかは、そこで確認するしか無いだろう」
「あのう…」
二人の会話に、ジョナサンは不安そうにしていた。
国王からは、いざとなればギルバートを逃がす様に言われている。
しかし二人の様子から、徹底的に戦おうとしている様に見えた。
「殿下
いざとなれば、当然逃げるんですよね?」
「え?」
「何でだ?」
「いや!
陛下は逃げる様に…」
「そりゃあ逃げた方が良いだろう
セリアの事がある」
「フィオーナ達も逃がさないとね」
「では…」
ジョナサンはホッと安堵の溜息を吐くが、二人の思惑は違っていた。
出来得る事なら、巨人の全てを倒そうと考えていた。
その為には、魔力を使い切って逃げれなくなっても良いとさえ思っていた。
それほど頑張っても、巨人から逃げれる保証は無いのだ。
国王の前では従うが、恐らくは逃げ出す余裕など無いだろう。
二人は城壁を守りながら、そこで最期を迎える覚悟をしていた。
「親衛隊には申し訳ないけど、全滅の覚悟はしておいてくれ」
「殿下やアーネスト殿を守る為なら
我々は全滅しようとも構いません」
「はははは
頼もしいな」
「そうだな
魔術師には覚悟を決めて来てもらおう」
「ああ
あと二日しかない
今の内に思い残す事が無い様に伝えよう」
アーネストも腹を括ったのか、明日の予定を考えていた。
もしかしたら、フィオーナと過ごせる最後の日になるだろう。
それを考えて、どうにか王都から脱出させようと考えていた。
「ボクは明日、フィオーナに会いに行くよ」
「そうか
それならセリアも、リュバンニに行く様に説得してくれないか?」
「何でだよ
それはお前が自分でしろよ」
「そうしたら、セリアは聞かないだろ?
お前とフィオーナで、説得してくれ」
「知るか!
自分の婚約者だろ
自分でどうにかしろ」
「えー…
頼むよ…」
二人の遣り取りを見て、ジョナサンは安心していた。
これ以上は見張る必要も無いと判断して、ジョナサンは部下に任せて部屋を出た。
向かうは親衛隊の宿舎で、みなに覚悟をする様に伝えるつもりだ。
中には家族や恋人の事を考えて、除隊を望む者も居るだろう。
それを考えると、今の内に知らせた方が良いだろう。
ジョナサンが宿舎に向かっている間に、ギルバートは作戦を練っていた。
エルリックの話では、巨人に雷の魔法が効くかは不明であった。
しかしワイルド・ベアにも効いているので、全く効かないわけでは無いだろう。
そうなれば、城壁に引き付けてから落とせば、かなりの数の巨人に落とせるだろう。
問題は魔術師達が、どれだけ魔法を使えるかだ。
「数を考えれば、1回では済まないだろうな」
「ああ
数回に分けて、巨人を近付けさせない様に落とす必要がある」
「それまで前線が、巨人を倒せるかどうかだな」
「ああ
最悪な場合は、ボクも魔法を使うよ」
しかしアーネストは、威力が大きい魔法を使える分、連発は出来ない。
魔法を使うタイミングは、よく見て使わないといけない。
「無駄に使えないぞ」
「ああ
戦況をよく見てから放つよ」
その他にも、接近されてからの戦闘の話もする。
矢は効かないだろうから、戦闘はもっぱら近接武器に頼る事になる。
その際に、馬が恐怖で暴れる可能性もある。
危険だが、鎌や斧で武装して、徒歩で迎え撃つ必要があるだろう。
「クリサリスの鎌やポールアックスは?」
「親衛隊の分は十分に用意されている」
「そうなれば、他の城門の心配だな」
「ああ」
北の城門は、巨人に攻められる事になる。
その間にも、他の城門に魔物が攻めて来る可能性がある。
そちらはダガー将軍が、騎士団を率いて向かう事になる。
もしもの時に備えて、逃走する為のルートを確保する為だ。
「将軍の方には?」
「ああ
騎士団の方にも、十分な装備は行き渡っている」
「そうか…」
「しかし、冒険者や一般の兵士には、十分な武器が回らない可能性がある」
「それは仕方が無いだろう
前線が安心して戦える為にも、武器はそちらに回すべきだ」
職工ギルドが、今も必死に生産を続けている。
しかし最近の戦闘が続いて、武器の損耗も激しかった。
特にワイルド・ベアやオーガと戦っては、武器も防具も無事では無かった。
死傷者が少ないだけ、マシだと思っていたぐらいだ。
「明後日の戦闘には?」
「多分全員には行き渡るとは思うけど…
ワイルド・ベアの魔鉱石は不足している
用意出来てもオーガの魔鉱石までだろう」
「そうか…」
「もう1週間ぐらい余裕があればな…」
「それでも十分じゃ無さそうだけどな」
「まあ…
相手が巨人じゃあな
大して違いが無いかも知れないな」
実際に剣を交えていないが、あれだけの巨体だ。
表皮の硬度も相当な物だろう。
それを切り裂いて、腱や筋肉を切り裂く必要がある。
そんな時に中途半端な強度では、折れたり突き刺さって抜けなくなるだろう。
その為にも、予備の武器は大量に必要だった。
魔鉱石製の武器は、多めに北の城壁に集めれていた。
一通りの話し合いが済むと、アーネストは部屋を出て行った。
魔術師ギルドに向かって、明後日の予定を伝える為だ。
魔術師のほとんどが、既に巨人と戦う決心が付いていた。
それは単に討伐を成功させて、功績を得たいだけでは無かった。
彼等は自身の魔法を試して、巨人に効くか確認したかったのだ。
ギルバートも部屋を出ると、こっそりと街に向かってみた。
親衛隊に見付かると煩いのだが、街の様子が気になったからだ。
スキルで補正された力で、気配を消しながら城門を出る。
城門は貴族が騒いでいたので、あっさりと通り抜けられる。
そのまま大通りに向かうと、そこは静寂に包まれていた。
通りには人気は無く、露店も数軒しか開いていなかった。
その露店にも客は居なくて、警備兵が立ち寄っているだけである。
ギルバートは露店の一軒に近付くと、そこで串焼きを頼んだ。
串焼きはワイルド・ボアの肉を焼いて、旨そうなタレが掛かっていた。
「あんたが最後の客かも知れんね」
「え?」
「聞いただろ?
魔王とかいう奴の演説」
「ああ…」
露店の主人も、魔王が宣言した事を知っていた。
それでも店を開いたのは、肉が無駄にならない様にしたかったからだ。
「これで王都も終わりと思うと、最後まで商売出来て良かったと思うよ」
「そんな事は…」
「そうは言ってもね、巨人だよ
国王様も覚悟は決めているだろう」
ギルバートは、主人に大丈夫だと言いたかった。
しかし巨人に関しては、ギルバートも初めて戦う魔物だ。
しかも温厚と言われても、あの巨体が放つ拳だ。
城壁などあっという間に破壊されるだろう。
その時、王都の民を守れるのかギルバートには分からなかった。
「騎士様でも巨人では、勝てはしないさ」
「そんなのやってみなければ…」
「城壁よりも大きな巨人だろ?
それも魔導王国を滅ぼしたって、物語に出て来る魔物だ
敵いっこ無いさ」
「それは…」
「殿下も逃げてください」
「え?」
「ギルバート殿下ですよね
新年の祝賀行事は、ワシ等でも見に行くんですよ」
「…」
店主が気付いていた事に、ギルバートは少なからず驚いていた。
確かに住民も多数集まっていたが、まさか顔を覚えられているとは思わなかった。
「殿下は婚約されたばかりでしょ
ワシ等が倒れても、国は再び建て直せる」
「しかし!」
「逃げてくだせえ
あなたはこの国の希望なんです
新しい王と王妃が、いずれこの地を取り戻す
そう思えば、ワシ等も安心して逝けます」
「だが、私は巨人を退けて…」
「どうやって?」
「うぐ…」
店主は優しい笑顔を浮かべると、静かに呟いた。
「年寄りの頼みです
生きて再興を目指してくだされ
陛下もそれをお望みでしょう?」
「…」
ギルバートは様子を見に来たつもりだったが、思わぬ場所で説得されていた。
まるで国王だけでは無く、国民までギルバートが生き残る事を願っている様だった。
「最後の客が殿下だった
あの世の息子達にも自慢が出来ます」
「店主
息子さんは?」
「隊商に出てそのままさ」
「あ…」
「謝らんでください
こういうのは時の運ってやつでさあ
あいつ等も死んだ事は、悔いていないでしょう」
「ワシや息子達の分も、生きて生きて…
生き延びてください」
「分かったよ」
ギルバートは主人に感謝すると、そのまま城壁に向かって行った。
そこも人気は無くて、兵士達が険しい顔で巡回していた。
みな巨人に恐怖を感じながらも、職務を全うしようとしていた。
その姿を見て、ギルバートは踵を返した。
このまま城門に向かっても、兵士の邪魔になるだろう
ギルバートは再び大通りに戻ると、そのまま王城に戻った。
城門では、まだ貴族が騒いでいた。
何人かの貴族が、王都から逃れようとしている。
彼等は家財道具を纏めると、馬車を手配して王都を出ようとしていた。
しかし王都を出ても、行く当てなど無いのだ。
このまま王都が滅びれば、次は地方の街が狙わるだろう。
「だから!
国王様には許可を得てるって…」
「しかし馬車がな…」
「すぐに手配しろと言ってるだろ」
騒ぐ貴族を尻目に、ギルバートはこっそりと王城に入った。
明日の国王の発表が成されれば、さらに王都を出ようとする者が増えるだろう。
貴族街に屋敷を持つ者は、今日の会議には出ていなかったからだ。
ギルバートは陰鬱な気持ちを抱えて、自室に戻るのだった。
まだまだ続きます。
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