第345話
結局7回目の紅く輝く月が昇り、王都には戒厳令が敷かれた
将軍は何とか帰還に間に合ったが、外では多くの魔物と魔獣が徘徊している
迂闊に外に出る事も叶わず、隊商も王都の宿に避難していた
ギルバートは騎士団を招集して、周辺の警戒に当たらせる
しかしそれは後手に回るだけで、有効な手段では無かった
王都の城門は固く閉ざされ、外では魔物の唸り声が聞こえる
住民は恐怖に震えて、家のドアや窓を固く閉ざしていた
騎士団は夜間にも関わらず、魔物の襲撃に備えて警戒を強める
月の魔力に誘われたのか、魔物は王都や各町の城門に迫り、住民を危機に陥れていた
「くそっ
これが女神様の決めた事なのか?」
「これじゃあ我々人間は…」
「諦めるな
まだ滅ぼされた訳では無い
魔物は迂闊に、城門を破壊出来ないでいる」
事実町の城門も、魔物には破壊されていなかった。
何ヶ所か使い魔での連絡が行われて、無事が確認されていた。
しかしそれも、巨人が攻めて来るまでだろう。
如何に頑丈な城門でも、巨人の前では柵の様な物であった。
「殿下!
こちらに来て下さい」
「何だ?」
「あれを!
あれを見てください」
城壁から兵士が、必死になって何かを喚いている。
ギルバートは城壁を登ると、兵士が指差す先を見た。
そこは北の城門に近い森の、上空に当たる場所である。
何も無い筈の森の上に、大きな影が浮かんでいた。
「な、何なんでしょうか?
あれは?」
「ううむ
大きな物が…
森の上に薄っすらと見えるな」
それはよく見ると、大きな人間の胸から上の様に見えた。
「巨人…か?」
「あれが?
あんな大きな物が!」
兵士は巨人を見た事が無いので、実物を見て肝を潰していた。
少なくとも、それは森の上に身体を出している。
オーガでも頭の辺りが出るかどうかだ。
それが胸の辺りの高さなのだから、大きさは相当な物だろう。
足だけで家の高さに十分届きそうだった。
「数は…
見えるだけでも3体は居るな」
「うう…」
兵士は巨人を見て、すっかり怖じ気付いていた。
恐ろしさで足は震えて、手にした槍も震えていた。
「しっかりしろ!
ここから随分と距離があるんだ」
「それでも…
ここから見えるんですよ」
「ああ
しかし城壁もある
簡単には通さんさ」
「城壁なんて…
ひぐっ」
兵士は恐怖の余りに、泣き出しそうになっていた。
無理も無い、小さな幼子が長身の騎士を見上げる様な物だ。
恐慌を来たして逃げ出さない分、まだマシだと思える。
「良いな
下に降りてもこの事は話すな」
「へ?」
「街の住民が聞いてみろ
どうなるか分かるだろ?」
兵士は震えながら、必死にこくこくと頷く。
少しだが兵士に、怯える目が治まって来た様に見える。
「君は…
家族は居るのか?」
「え?
あ、はい」
「その家族が…
危険に晒されている」
「む、娘が…」
「そうか
娘さんは?」
「今年で5歳に…
可愛くて、嫁も二人目が欲しいって…」
「そうか…」
ギルバートはもう一度魔物の方を見て、兵士に声を掛けた。
「来年は4人で迎えられると良いな」
「え?
はい」
「その為には…
君も無事じゃ無いとな」
「はははは…
あんな化け物が居るのに…」
「化け物じゃあ無いさ
私が倒してやる」
ギルバートは兵士を励ます様に、城壁を掴みながら呟いた。
「フハハハハ
勇ましいな、人間よ」
「何!」
不意に声が響き渡る、それは城壁の上に響き渡り、再び兵士の心を挫いた。
「ひいっ!」
「下へ逃げろ
ジョナサンやアーネストを呼んで来い」
「は、はひ」
兵士は転がる様に階段を下りて行く。
それを見送りながら、ギルバートは声のした方を振り返った。
城壁の前は開けていて、広場の様になっている。
声はその上空の、何も無い所から響いて来ていた。
ギルバートは警戒しつつ、声のした方を睨んだ。
「クククク…
勇ましいなあ、人間の兵士よ」
「その声…??」
再び響いた声は、以前に聞いた事のある声だった。
声のした方を見ると、紅く輝く月をバックに、何者かが宙に浮いていた。
その者は漆黒のマントをたなびかせて、何も無い宙に浮いていた。
「き、貴様は…」
「クククク…
ワッハッハッハッ」
漆黒の鎧に身を包み、長身の男は宙に浮いていた。
腕を組んで踏ん反り返って、城壁の上を見下ろしている。
しかしその兜の下の顔を、ギルバートは見忘れる事は出来なかった。
「アモン…」
王都の城壁の前に現れたのは、嘗てダーナを危機に陥れた魔王アモンであった。
「ん?
貴様…
ワシを知っておるのか?」
「忘れたのか!
貴様に滅ぼされかけた、ダーナの領主が息子ギルバートだ!」
ギルバートはアモンを指差して、力強く宣言した。
しかしアモンは、呆けた様な顔をしてまじまじとギルバートを見ていた。
「何だ?
虫けらに知り合いは居なかった筈じゃが?
貴様は何者だ?」
「だから!
ギルバートだ!
忘れたのか?」
ギルバートは唖然として、再びポーズを決めると、アモンを指差す。
そうしてもう一度名前を告げたのに、アモンは依然として首を捻っていた。
「はて?
ギルバート?
しらんなあ…」
「貴様!
ダーナで戦った事も忘れたのか!」
「無駄ですよ」
再び声がして、ギルバートは城門の上を見る。
そこには真っ赤な出で立ちをした男が、腕を組んで立っていた。
まるでそのポーズが決めポーズだと言わんばかりに、男はニヤリと笑っている。
「エルリック?」
「そう
フェイト・スピナーの一人にして、孤高の吟遊詩人
エルリック様だ!」
「…」
「…」
「それで?
貴様は何処でワシに会ったと?」
「ダーナだ
それも覚えていないのか?」
「おいおい
折角決めたのにスルーするなよ」
「うるさい!」
「黙ってろ!」
エルリックは泣きながら、城壁の上に降りて来る。
「一体何なんだよ」
「いや
二人共決めポーズしてるから…
折角だから私も決め台詞を…」
「貴様もワシを知っておると?」
「何の用なんだ!」
二人に睨まれながら、エルリックはおずおずと弁明をする。
「いや
私もアモンを追っていてね
そしたらようやく現れたと思ったら、こんな場面で」
「はあ…
それで?」
エルリックはアモンの方を向くと、アモンを指差した。
「アモン
君は記憶を消されているね?」
「あん?」
「記憶?」
「私を覚えているか?
同じ女神の使徒の、フェイト・スピナーのエルリックだ」
「知らん」
「え?」
「ワシは女神様の使徒
魔王アモンだ
他に使徒が居たなどと聞いた事も無いわ」
アモンは呆れながら、エルリックを見下して答えた。
以前に出会った時には、アモンはエルリックを知っている様な素振りだった。
しかし今日は、まるで初対面の様な態度をしている。
それはとても、演技をしている様には見えなかった。
「ほらな
私の事も覚えていない…
いや、正確には記憶を消されているんだ」
「そんな…」
「ふん
記憶を消すだと?
一体誰がそんな事を…」
「女神様…
では無いんだろうな」
「話にならん」
確かに、女神の使徒の記憶を消すぐらいの存在だ。
女神ぐらいしか思い付かないだろう。
しかしエルリックも、それには疑問を抱いている。
女神がそれをしたとは思えないのだ。
「殿下!」
「ギル!
何事だ!」
下から声がして、振り返るとアーネストとジョナサンが来ていた。
二人は城壁の階段に向かって、駆け足で来ていた。
「魔王だ
魔王アモンが現れた」
「アモンだって?」
「それではそいつが魔王で…」
「ふん
虫けらが集まりだしたか」
アモンは組んだ腕を広げると、高らかに宣言した。
「聞け!
人間共よ!」
声は響き渡り、城門に近い民家にまで届いていた。
「ワシは女神が使徒にして、魔王アモンである」
声は雷鳴の様に響き、城壁に集まる者達に戦慄を与える。
「3日後に我が軍勢を差し向ける
それまで精々、震えながら待つがよい
フハハハハ…」
「ま、待て!」
「ん?」
「2日後じゃ無いのか?」
「んん?」
「20日だと、もう2日後だぞ」
「…」
「おい!」
「2日後に巨人の群れで、一気にこの地を更地にしてくれる
それまで短い余生を楽しむが良い」
「おい!」
「フハハハハ」
「待てって
それ以外には魔物は来ないのか?
どうなんだ!」
「無駄ですよ
既に去っています」
「くそっ!」
ギルバートは肝心な事が聞けず、怒りで拳を城壁に叩き付ける。
しかしアモンは、既に姿を消していた。
「ギル」
「殿下」
アーネスト達が城壁を登り切る頃には、アモンは姿を消していた。
二人はギルバートの近くに来ながら、状況を確認しようとしていた。
「魔王が現れたって
何が起こったんだ?」
「そうですよ
それにあの宣言は?」
「国王様の所へ行く
エルリックも来い」
「そうですね
話す事があります」
「え?」
「ちょ!
殿下」
ギルバートは念の為、城壁から周囲を見張る様に指示をする。
そうして王城に向けて、大通りを歩いて行った
大通りの店は、先ほどの宣言を聞いて店を閉めていた。
酒場も今夜は、恐ろしくて店どころでは無い様だった。
街は明かりが消えて、不気味なほどに静まり返っていた。
「国王様」
「うむ
話は聞いておる」
国王は報せを受けて、直ちに臨時の会議を開いていた。
そこには王都に駐留する貴族も集まり、騎士団の隊長や将軍も出席していた。
「魔王が現れました」
「うむ
警備の兵士に、直ちに巡回に当たらせておる
騒ぎは今のところ起こっておらん」
国王は魔王の宣言を受け、住民が不安にならない様に手配をした。
そして対策を練る為に、こうして集まっていたのだ。
「2日後なのじゃな」
「はい
それは確かだと…」
「それまでは魔物は?」
「分かりません」
「そうか…」
今までの魔王の行動では、魔物は一旦引き下がっていた。
しかし今回は、アモンはその宣言を行っていない。
そうなれば、魔物が襲い掛かって来るのか分からないのだ。
「それに関しては、朗報がありますよ」
「ん?
エルリックも来ておったのか」
「序での様に言わないでください
私も情報をもって来たんですよ」
エルリックは咳払いをすると、自身の見付けた話を始めた。
「おほん
私はアモンを探しに出ていたんですが…
実は私の居住する場所にあるファクトリーに、何者かが細工をしておりました」
「ファクトリー?
何だそれは?」
「いや
そもそもこいつは何なんだ?」
貴族達はエルリックの事を知らないので、彼の話を訝し気に聞いていた。
「この男は、女神様の使徒であるフェイト・スピナーじゃ」
「女神様の?」
「それじゃあこいつが!」
貴族達の目が険しくなり、エルリックを捕まえようと身構える。
「ひええ!
ちゃんと説明してくださいよ
私は関係無いって」
「そうでは無いだろう
貴様も使徒なのだろう?」
「いや
私はフェイト・スピナーで、魔王では無いんだぞ
魔王はアモンだろ」
エルリックはギルバートの後ろに隠れて、貴族から睨まれて困惑していた。
「こいつは関係ありません
問題の魔王は他に居ます」
「それは本当ですか?」
「それではこいつを殺しても…」
「ええ
巨人の侵攻は止められません
巨人は明後日には、王都に攻め込んで来ます」
「ああ…」
「それは変えようが無いのか」
ギルバートは城壁で見た光景と、魔王であるアモンの言葉を伝える。
巨人は既に、王都の近くまで来ている。
そして宣言通りなら、明後日にはアモンが巨人を連れて攻めて来るだろう。
それを踏まえて、エルリックの話が重要になる。
「エルリック
ファクトリーはどうなっていたんだ?」
「それが…
魔獣が生まれていました」
「魔獣?
それはどうなった?」
「フォレスト・ウルフやワイルド・ベアが生み出されていました
しかし私は、殺す力がありませんので…」
「それで魔獣が増えていたのか」
「はい
他にもファクトリーがある可能性がありますが…
私が分かるのはそこだけですので」
エルリックの証言で、魔獣が増えている原因は判明した。
しかしオーガも増えているので、他の要因が関係している可能性は残っていた。
ファクトリーと言う物が何なのかは分からないが、確実に魔獣は増えていくだろう。
そして巨人に勝てたとしても、魔獣の脅威は残るのだ。
「厄介だな
そのファクトリーというのは止められ無いのか?」
「ええ
私は知っているだけなので、どうするのかも分かりません」
「はあ…
やっぱり使えないな」
「そ、私は使徒だぞ
もう少し敬意を払ってだな…」
「はいはい
でも役立たずだろ?」
「ぬぐ…」
エルリックは言い返そうとしたが、上手い言葉が見付からない。
悔しそうに歯噛みをして、ギルバートを睨んでいた。
「しかし…
こいつが女神様の使徒?
それなら止める事は出来ないのか?」
「それは無理だろ
殿下の話でも、とても有能には…」
「そもそも、女神様が魔王を動かしているんだろ?
それならこいつも、我等と同様に殺されるのでは?」
貴族達の容赦ない追撃に、エルリックのプライドはズダズダになっていた。
エルリックは怒りに任せて、貴族達を睨み付ける。
「ギルバート君
この無礼者を懲らしめて良いかな?」
「ん?
それは構わないが…
殺したりしては駄目だよ
後々厄介な事になるから」
「分かっている
私も伊達に長生きはしていないから」
「貴様!」
「何を生意気…」
貴族達はエルリックの態度に、憤りを見せる。
しかしエルリックが本気で睨んだら、その態度は豹変した。
「ひっ!」
「うあああ…」
途端に騒いでいた貴族は、恐怖に震えて跪いた。
「何をしたんだ?」
「ん?
ああ、格の違いを見せただけだ
口先だけの者は醜くて嫌だからね」
エルリックの殺気を帯びた視線に、力を持たない貴族は耐えられなかった。
殺す事は出来なくても、殺せるほどの殺気を込める事は出来るのだ。
この力こそが、エルリックが選民思想者の帝国や魔導王国から生き延びた術の一つなのだ。
だからこそ、力も無いのに選ばれた者と勘違いする存在が、エルリックには許せなかったのだ。
ギルバートも同じ気持ちだったので、口先だけの貴族を疎んでいた。
まだまだ続きます。
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