第344話
騎士達は数人掛かりで、大蛇の魔獣の遺骸を運んだ
それは長くて重く、身体強化を持っても苦労するものだった
ようやく運び終わったところで、騎士達は大きな問題に気が付いた
大蛇の遺骸を載せようにも、大きくて馬車に載せられないのだ
馬車に半分まで載せたところで、残りが余って載せられなかった
騎士達は困って、どうにか載せようと引き上げようとした
しかし鱗が滑ってしまって、すぐに落ちてしまった
これでは馬車に載せる事も出来ない
騎士達は困って、兵士やアーネストの方を見る
「どうしましょう?」
「これでは載りませんよ?」
アーネストは蛇の遺骸を見ながら、暫く考え込んだ。
確かにこのままでは、蛇の遺骸は乗せられないだろう。
「うーん
切れないかな?」
「え?」
「死骸を真っ二つにして、2台の馬車に載せる
そうすれば余ったスペースに、他の魔獣の遺骸を載せれるでしょ?」
騎士はそう言われて、遺骸と自分の武器を交互に見る。
「打撃や切り傷は負わせたけど…
切れるのか?」
「そうですね
ポールアックスは強力ですが、切断には向いてませんね
そうなると…」
アーネストはクリサリスの鎌を持った騎士の方を見た。
騎士達は首を振って拒否をした。
「嫌ですよ
自慢の鎌が…」
「それにこいつの毒がどんな影響を及ぼすのか…」
考えてみればそうだろう。
金属の薄い板とは言え、鎧のプレートの一部を貫き、その部分は変色して溶けていた。
そんな毒が鎌に振れれば、どの様な影響があるのか想像出来ない。
「うーん
困ったな」
「…」
アーネストとしては、鎌の切れ味に期待をしていた。
それに恐らくは、毒腺は頭に近い場所にある筈だろう。
しかし、だからと言ってそれも確実では無いのだ。
解剖した訳でも無いので、毒腺に関してもあるだろうという想像でしか無い。
そして鎌が使い物にならなくなれば、その分戦力の減少に繋がる。
こんな場所で危険を冒す訳には行かないのだ。
「困ったな…」
「アーネスト殿?」
アーネストはブツブツと呟きながら、杖と魔導書を引っ張り出す。
そして呪文を唱えながら、杖を魔物に向けて構える。
「風よ
原初より吹き荒れる風よ
汝が翼の羽ばたきをもって、この卑小の身に切り裂く力を与え給え」
「アーネスト殿
何を為さるおつもりで?」
「これは?
風の魔法ですか?
「信じられ無い…」
アーネストは慣れない風の魔法の制御に、顔を顰めて苦労をする。
「ウインド・エッジ」
シュバッ!
ドシュッ!
アーネストが翳す杖から、見えない何かが飛び出す。
それは大蛇の身体を切り裂き、魔獣の血を吹き散らした。
「うわっぷ」
「ひえええ」
周りで見ていた騎士や魔術師は、飛び散る血を避けようと逃げる。
血が飛び散った後には、3分の1ぐらいを切り裂かれた、魔獣の遺骸が残っていた。
「え…っと?」
「何をするつもりなんですか?」
アーネストの突然の行動に、騎士は当惑しながら尋ねる。
「うーん…
これでは上手く切れないか?」
「アーネスト殿?」
「魔法で切ろうとしたんだが、威力の調整が難しいな」
魔法の力で切り裂いたので、それは何とか理解していた。
しかしどうして魔法を使ったのか、それの説明が為されていない。
「アーネスト殿!」
「いや
鎌も斧も使いたく無いんだろ?
ナイフや剣でも無理そうだから、後は魔法に頼るしか無いだろ」
「はあ…」
騎士も魔術師も、アーネストが反省していないので溜息を吐く。
「こういう魔法を使うなら、予め話してください」
「そうですよ
血に毒が混じっていたら、どうするつもりだったんですか」
「え?
使った事の無い魔法だから、そんなの分からないよ」
「使った事が無い?」
「そんな無責任な…」
騎士達は呆れながら、魔術師は苦笑いを浮かべてアーネストを見る。
そうだ、魔術師という者は、大概がこうして行動が突拍子も無いのだ。
普段が理知的で考えて行動するだけに、こういう行動が危険なのだ。
アーネストの普段の言動から油断していたが、彼もやはり魔術師であるのだ。
「だって、武器に毒が付くかも知れないから嫌なんでしょ?
それなら魔法で切るしか…」
「はあ…
それなら先に言ってください
我々も離れますから」
「そう?」
アーネストは首を傾げながら、改めて魔法を試してみる。
今度はもう一つ上の魔法で、威力も格段に上がっていた。
一撃で残る部分も切り裂き、地面にも傷跡が残っていた。
その威力を見て、改めて騎士達は離れて良かったと思った。
「ふう…
やはり毒腺はもう少し上の方にあるな」
「え?」
「アーネスト殿はそれが分かっていたのですか?」
「いや
多分そうだろうと思ってはいたけど」
「それなら最初から…」
「いや
だって嫌だと言ったじゃないか」
「それは…」
「はあ…」
騎士達は溜息を吐くと、それ以上の議論は無駄だと判断した。
それで遺骸を担ぐと、残りを別の馬車に運んだ。
流れ出る血は布を当てて、下に滴り落ちない様にする。
そうしないと、血の臭いを負って魔物が追い掛けて来るからだ。
「しかし…」
「さすがですね」
「何が?」
魔術師達が集まって来て、アーネストの魔法を称賛し始めた。
風の魔法はまだ発表されていないので、魔術師達は知らなかったのだ。
「魔導王国では使われていたと聞きましたが、アーネストさんも修得していたとは…」
「ギルドには報告してあるよ?」
「え?」
「そうなんですか?」
「ああ
ギルドマスターは未知の魔法だから、危険なので確認している筈だよ」
アーネストの言葉に、魔術師達は顔を見合わせる。
「もしかして、他にも魔法が…」
「ああ
魔導書の翻訳は終わっているから
後は確認が取れた魔法から、技能に合わせて指導があると思うよ」
「それは…」
「まだまだ先ですな」
魔術師は溜息を吐いて、使えるアーネストを羨ましそうに見ていた。
ギルドマスターが認めなければ、危険だと判断して教えてもらないのだろう。
それを自由に使える辺り、アーネストは信用されているのだろう。
「羨ましいですな」
「私達は許可どころか、教えてももらえませんし」
「許可?
そんなのが必要なのか?」
「え?」
「では、先ほどの魔法は?」
「え?」
「まさかな…」
「はははは…」
「どうしたんだい?」
「いえ、何でも無いです」
「そうですよ
早く帰還しましょう」
魔術師達も、これ以上の議論は無駄だと判断した。
この件は王都に戻って、ギルドマスターに報告しようと思った。
その上でどの様な対応をするのか、相談する事にした。
騎士団と馬車は、そのまま何事も無く王都に帰還した。
雷の魔法の轟音が、却って魔物達を警戒させたのかも知れない。
魔物達は近付く事も無く、馬車も何事も無く帰還出来た。
それから報告を済ませると、アーネストは大蛇の身体の一部を報酬として受け取った。
鱗や皮の素材も重要だが、肉の希少性を知っていたからだ。
「…で、こうして料理長にお願いして、簡単に焼いてもらったんだが」
「…」
アーネストは食堂で、そう言いながら旨そうに肉を頬張っていた。
蛇の肉は淡泊で、噛むと口中に甘みを広がらせる。
それを塩や香草を使ったソースが、程よく絡んで旨味を増していた。
ギルバートも向かいで食事をしていたが、先ほどからナイフの動きは止まっていた。
「ん?
どうしたんだ?」
「はあ…」
騎士達と同じ様に、ギルバートも溜息を吐いていた。
「早くしないと冷めるぞ?」
「あのなあ…」
ギルバートは頭を抱えていた。
ふと見回すと、旨そうに食べていた国王も、気まずそうな顔をして手を止めていた。
「ん?」
「騎士達の言い分も分かる
お前は昔からそうだからな」
「昔からなのか?」
「ええ
ダーナでも食卓で、こういう事が何度もありました」
「ん?」
ギルバートの言葉に、国王は納得したのか苦笑いを浮かべた。
「こういう場でそんな話はするなと、アルベルトからも言われたよな」
「え?
こういう場って…」
ギルバートは頭を振ってから話を続ける。
「今食べているのが、その魔獣の肉だよな?」
「ああ
ランクが高い魔獣だから、肉も美味いだろ?」
「ああ
それだけなら…問題は無いんだがな」
「問題?」
「魔獣がどういう経緯で討伐されたのか?
そしてどう処理されたのか?」
「ああ
今話した通りだよ」
それがどうしたのかと、アーネストは本気で理解していなかった。
「アーネストよ
それは食事をする場では似つかわしく無い話じゃ
例えそれが、この肉で無くともな」
「え?」
国王に言われた事で、ようやくアーネストも思い当たったらしい。
「食欲が…」
「ああ
騎士を丸飲みにしようとしたとか…
毒があるとかな」
「はあ…」
「お前は気にしないかも知れないが、普通は気にするんだ
現にみな手を止めているだろ?」
「…」
ギルバートに言われて見回すと、確かにみんな手を止めている。
先程まで酒を飲んでいた貴族までも、居心地悪そうに肉に手を付けていない。
アーネストがあまり具体的に話すので、食べ難くなったのだろう。
「話すのならばもっと簡潔にして、あまり気分の良くない話はするべきでは無い
そう注意されていたよな?」
「う…
今のはマズかったのか?」
「ああ
食事の場で無くとも、あまり話すべき内容じゃ無いな」
ギルバートの言葉に、アーネストは顔を赤くして俯いた。
騎士達が顔を顰めていたのも、自分の行動が原因だと理解したからだ。
「魔術師が、魔法以外の事には無頓着な事は知っている」
「そうじゃなあ
ヘイゼルやギルドマスターも、酒や魔法以外はからっきしじゃ」
「はあ…」
「その分じゃあ、フィオーナにも何か言われていないか?」
「な!」
「言われているな」
「ぐっ…
それはこれと関係無い…」
「関係あるさ
どうせ今の話も、自慢げに話す気だっただろう?」
「え?
それは…」
「女の子に話す様な事じゃ無いぞ」
「そうじゃぞ
若い女の子に、そんな血生臭い話なぞ…」
「そう…なんです?」
アーネストはおずおずと、上目遣いで二人の方を見る。
二人は既に、そんな話をしていると察した。
顔を覆って首を振る姿は、さすが親子と言うべきだろう。
長く離れていた割には、二人は同じ様な仕草をして、アーネストの行動を呆れていた。
しかしギルバートは、そんなアーネストの心中を察していた。
「関係無い事を考えて、誤魔化そうとしているな」
「ギク!」
「そういう顔をしてるぞ」
「そんな話ばかりしておると、女の子は呆れて嫌な顔をするじゃろ?」
「そ、そんな事は…」
「フィオーナは優しいからな
大方相槌は打っているが、話は聞いていないだろう」
アーネストは思い出してみるが、確かに真剣に聞いている様子は無かった。
むしろ他の事を話して、話を中断しようとしていただろう。
「確かに…」
「だろ?」
「兎も角
食事中には話すべきではないな
食事の後にでも、改めて話してくれ」
「は、はい…」
食事はその後も続いたが、折角の旨い肉も、騎士の犠牲や毒の話で半減していた。
偶々相談に来て、同席していた貴族達は早々に立ち上がった。
そうして国王とギルバートだけが、最後まで同席していた。
食事が終わった後に、改めてアーネストは報告をした。
今回も魔物が載った書物を出して、その生態も説明が為される。
「つまりは、ただ大きくなった蛇では無いんだな」
「ああ
魔物も食ってしまうが、人間が居れば人間を優先して狙う
その辺はオーガと同じだな」
「ううむ
そうなると危険じゃのう
他には発見の報告は?」
「それが…
元々報告が無くて」
「それに模様が見え難いのもあります
暗い森で見掛けたら、見分けが付かないかも」
「ううむ…」
魔物が急に現れるのは、何もこれが初めてでは無い。
他にもオーガやフォレスト・ウルフが、急に現れた事もある。
そこを考えれば、見過ごせれる事態では無かった。
「魔物が急に現れて、王都に向かっている?」
「ええ
その可能性は十分にあります」
「そういえば…
前にエルリックが言っておった、魔物が生み出されるファ…
ファなんじゃったかのう?」
「ファクトリーです
しかし近くと言っても、確か北の巨人を生み出しているとか…」
「北だけなのか?」
「え?」
「いや
それは本当に北の凍土にあるのか?
この近くでは無いのか?」
国王の言葉に、ギルバートも真剣に考え込む。
確かにエルリックは、あの時歯切れの悪い答え方だった。
それが巨人だけでは無く、他にも魔物が増える要因であったのなら…。
未確認で不完全な話しと言っていたのは、北では無く他のファクトリーならば?
「なさかとは思うが…
確認が出来ません」
「そうですよ
それこそ場所を知っている、エルリックや他の使徒でなければ…」
「そうじゃな
しかしエルリックを待つほど…」
「ええ
悠長な事態ではありません」
「もうすぐ巨人が来る
それまでには、せめて周辺の魔物は片付けておかねば」
「そうですね
巨人だけで手一杯でしょう」
巨人と安心して戦う為にも、2、3日前には王都の周りの魔物を減らしておきたい。
その為には、少しでも多くの魔物を狩る必要があった。
しかし現実には、新たな魔物が増えているのだ。
「これは困ったぞ…」
「そうですね…」
三人はサルザートも呼んで、翌日からの討伐を見直す事にした。
それは遠征に出て、周辺の魔物を狩っている将軍も、呼び戻す事まで視野に入れられていた。
私兵が少ない領地に向かって、将軍は騎兵や兵士を連れて遠征をしていた。
しかし王都守る為には、そんな事を言っている場合では無かった。
「将軍の連れている兵士は、いずれはオウルアイに送る予定です
しかし巨人だけでなく、魔物も来るのであれば…」
「うむ
北は任せるとして、他の方角が心配じゃ
早急に帰還する様に要請してくれ」
「はい
それではノルゴルの街に伝令を送ります」
「ん?
確か南西に向かったのでは?」
「それが南に魔物が増えまして…」
魔物は王都周辺だけでは無く、ほかの地域でも増えていた。
将軍は急遽予定を変更して、王都の南の街に向かっていたのだ。
そこから王都までは、2日ぐらいの距離になる。
それまでは王都の軍だけで、魔物の対応に当たるしか無かった。
まだまだ続きます。
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