第339話
ワイルド・ベアが襲撃して来てから、4日が経っていた
魔獣の死霊は見掛ける事は無く、それらしい死霊の噂も聞かれなかった
魔獣の遺骸がどこに行ったのか、それっきり見掛けられなかった
その間にも、騎士はオーガを狩りに向かい、騎兵達はその他の魔物を討伐に向かった
巨人が現れる予定まで、後5日と迫っていた
巨人の接近が影響してか、魔物や魔獣の数も増えていた
特に北からは、フォレスト・ウルフとワイルド・ベアが南下していた。
今日の討伐予定でも、ワイルド・ベアとフォレスト・ウルフの混成の討伐が挙がっていた
騎士団だけでは無理そうなので、急遽アーネストも魔術師達と行く事になっている
ワイルド・ベアと戦う間に、フォレスト・ウルフを近付けさせない為だ
「すまないな
今日は騎士団の協力をしてくれ」
「ああ
ワイルド・ベアだけでは無く、フォレスト・ウルフも一緒だからな」
アーネストは馬車に向かいながら、任せておけと片手を挙げる。
「大丈夫ですかね?」
「ああ
問題は魔獣達が、一ヶ所に居た場合だ」
フォレスト・ウルフは狼の魔獣で、動きも素早く危険だ。
鋭い牙と前足の爪を使って、獲物に急接近して急所を狙って来る。
油断をしていると爪で切り裂かれ、喉元を食い破られるだろう。
身体も大きいので、馬に乗っていても安心は出来ない。
そうは言っても、フォレスト・ウルフを先に見付ければ、討伐は楽になるだろう。
先にフォレスト・ウルフを討伐して、それからワイルド・ベアを討伐すれば良いからだ。
問題は2種類の魔獣を、同時に相手にする事が危険な事だ。
ワイルド・ベアの攻撃を避けるのに集中すれば、フォレスト・ウルフに襲われる恐れがあるからだ。
別々に魔獣を倒すのが、一番安全な戦い方だった。
「出来れば先に、フォレスト・ウルフを倒しておきたいな」
「え?
ワイルド・ベアでは無いんですか?」
「ああ
ワイルド・ベアだと時間が掛かる
そこにフォレスト・ウルフが合流すれば…」
「ああ…」
確かに、手強いワイルド・ベアを先に倒したいという気持ちも分かる。
しかし、それはフォレスト・ウルフが離れた場所に居るという状況でだ。
対象の連れた冒険者の報告では、魔獣は一緒に行動していたそうだ。
そして協力して、ゴブリンを捕食していたらしい。
食事中で無ければ、彼等も胃袋の中だっただろう。
ギルバートは騎士団の無事を祈りつつ、騎兵に任せる依頼を用意する。
それは騎士団とは反対方向になる、東の森のオーガの討伐だった。
ここ数日の調査で、どうやらワイルド・ベアの死霊は見付かっていない。
そうなれば、早急に魔物の討伐を行う必要があった。
オーガが暴れている為に、東への公道が封鎖されているからだ。
「こちらはオーガの討伐ですか?」
「ああ
早急に頼みたい」
「確かにオーガなら、何度か討伐していますが…」
「着任早々ですまないが、事は急を要するんでな」
今日の担当の騎士団は、先日の騒動を起こしたリュナンが隊長を務めていた騎士団だ。
隊長のリュナンが暴走して、騎士数名を巻き込んで戦死していた。
そのせいで副隊長が急遽、隊長として抜擢されていた。
新任の隊長は、今日が初めての討伐任務であった。
「王太子殿下に期待されるのは嬉しいのですが…」
「そうだな
ロナルド隊長は元々は警備兵の出だったな
魔物の討伐経験は少ないか」
「はい
戦闘はもっぱら、リュナン隊長が行っていましたから」
ロナルドはどちらかと言うと、文官肌の兵士であった。
彼が副隊長に抜擢されたのも、その書類整理や隊の状況を判断する能力からだ。
攻撃力は低く、騎兵としての練度も低かった。
しかしギルバートは、そこを見ても大丈夫だと判断していた。
「ロナルド
君はリュナンの戦闘を、いつも隣で見ていたね」
「え?
はい
副隊長ですから、戦場では前に出ていましたが?」
「武器を振るう事は無くても、その戦場で戦い方は学んでいるね?」
「それはそうですが…
私ではオーガには敵いません
部下に守ってもらわなければ…」
「それで良いんじゃ無いか?」
「え?」
「必要なのは戦略と、冷静に状況を判断する頭脳の方じゃ無いかな?
君はそれが出来ると思うが?」
「私がですか?」
「ああ
戦闘は部下に任せて、より安全に戦う為の指揮を出す
それなら出来ないかな?」
ギルバートの提案に、ロナルドは暫し考え込む。
彼は人柄が温厚なので、戦いで足手纏いでも、部下は信頼して従っていた。
事実前回の戦いでも、彼は部下に守られていた。
だからこそ、リュナンの様に魔獣に殺される事は無かった。
リュナンが頼れる上司であったら、彼もあんな死に方はしなかっただろう。
「私が…ですか?」
「ああ
何もいきなり結果を出せとは言わない
しかしリュナンが居なくなった今、君以外にこの騎士団を率いる者は居ないだろう」
ロナルドはそう言われながらも、まだ逡巡していた。
元々が内向的な性格なのか、彼は人を率いて戦うなど考えていなかったのだ。
「君がその意思を示せないのなら、この騎士団は警備兵にまで格下げだろう」
「え?」
「そんな…」
リュナンの失敗のせいで、現状は騎兵扱いに降格している。
ここで成果を上げれなければ、騎兵としても扱われる事は無くなる。
それはつまり、警備兵として街の警備にまで降格となるのだ。
そこまでを匂わせて、ギルバートはどうするか聞いていた。
これは少し、卑怯なやり方かな?
騎士達もリュナンに巻き込まれただけだし、騎兵に降格で十分な罰を受けている
その上で警備兵にまで降格と聞けば、逆らう事も出来ないだろう
本当は彼等は、処罰か一般兵に降格とされていた。
それをギルバートが擁護して、手柄を挙げれば処分を撤回する事で話が落ち着いていた。
ここでオーガを討伐出来なければ、予定通りに降格になってしまう。
ギルバートは副隊長を見て、答えを待っていた。
「分かりました」
「うん」
「え?
副隊長?」
「大丈夫だ
君達はオーガを倒しただろう」
「それはそうですが…」
ロナルドは覚悟を決めて、討伐に向かう事に決めた。
しかし部下達は、そんな隊長に不安そうな顔を向けていた。
「私では不安だと思うが、全力で戦える様に指揮をするよ」
「いえ…
そういうんじゃ…」
「ただ、今までみたいに隊長が…」
リュナンは貴族の出で、虚栄心が強かった。
だから無理してでも、ワイルド・ベアを討伐しようなどと行動していた。
それは戦場でも同じで、常に前に出て、騎士達を率いて戦っていた。
それが裏目に出たのが、ワイルド・ベアに殺されてしまった原因だ。
あの時前に出ていなければ…。
いや、そもそもがワイルド・ベアに向かって行く為に、城門を開けていなければ、結果は変わっていただろう。
ロナルドはその逆で、常に戦場を見渡そうとしていた。
ワイルド・ベアに襲われている時も、魔獣の前に立つ騎士に指示を出そうとしていた。
だからこそ、魔獣の咆哮に臆する事も無く、周囲の状況を見ていた。
そして戦場を俯瞰して見ていたので、危険な状況を判断する眼を持っていた。
それが発揮出来れば、危なげも無く戦えるだろう。
「ロナルドは直接戦う能力は低いだろう
その分危険には敏感だから、安全な戦闘を画策できるんじゃ無いか?」
「ええ
私は臆病ですから、危険は察知出来ます」
「そうかな?
魔獣の咆哮にも耐えている様に見えたが?」
「え?」
「そういえば…」
「あれは怖かったですが、騎士団を壊滅させれませんですから…
必死に戦端を維持する事を考えていました」
「副隊長?」
「あの状況で?」
「ほらほら
副隊長じゃ無いだろ?
彼はもう、君達の隊長だ」
ギルバートは騎士達に苦笑いを浮かべながら、軽く窘めた。
騎士達はまだ慣れていなくて、困った様な顔をする。
「オーガはたったの6体だ
冷静に戦えれば問題は無いだろう」
「6体…」
「確かに勝てそうな数ですが…」
「どうだろう?」
騎士団の実力を考えれば、決して勝てない数では無かった。
後は新任の隊長が、上手く部隊を動かせるかだ。
「どうだ?
頼めるか?」
「はい
不肖ロナルド
王太子殿下の任を受け、魔物を討伐して参ります」
「はははは
そんなに固くならなくても良いよ
先ずは無事に帰って来てくれ」
「はい!」
ロナルドは騎士達に、ただちに出撃の準備をさせた。
装備は騎士のままなので、油断しなければクリサリスの鎌で優位に戦えるだろう。
騎士団は準備が整うと、そのまま東の城門に向かった。
そこは数日前に、隊長や仲間が殺された因縁の場所だ。
仲間や隊長が亡くなった場所に手を合わせて、彼等の冥福を祈る。
「よし
殿下の期待に応えて、魔物を殲滅するぞ」
「はい」
「おう」
騎士達が気勢を上げるのを見て、番兵達は巻き上げ機を操作する。
城門が軋み、ゆっくりと開いて行く。
先日の傷跡は、職人達の手で修復されている。
しかし巨人が来れば、長くはもたないだろう。
その為にも、巨人と戦える戦士が育つ必要があった。
騎士達も決意をして、己が戦いに向けて旅立って行った。
騎士団は東に向かいながら、地図の印から魔物の居そうな場所を目指す。
先に騎士達が先行して、その後を回収用の馬車が追い掛けて行く。
このまま真っ直ぐに向かえば、2時間ほどで到着するだろう。
「隊長
作戦はありますか?」
「そうだな
こっちは補充されたから、人数は十分に居る」
騎士は全員で50名居る。
隊長と副隊長を除けば、12名ずつで4部隊になる。
それを半数に分ければ、6名ずつの8部隊に分かれられる。
「6名ずつで向かう」
「はい」
「2部隊は中心で待機して、危険な箇所の加勢に当たる」
「はい」
ロナルドは指示を出して、相性の良さそうな人数分けをする。
攻撃スタイルによっては、同じ騎士でも戦い難くなるからだ。
突進する者と攻撃を受ける者、それをバランスを考えて分けるのだ。
残る2部隊は、攻撃に特化した者で編成する。
崩れそうな時に、攻撃して態勢を立て直せる様にする為だ。
「振り分けは分かったな」
「はい」
「それでは魔物が見付かるまでは、このままの態勢で進行する」
「はい」
ロナルドは公道に沿って、魔物が居そうな場所を目指す。
ただし見付かっては危険なので、直前で部隊を止める事は忘れない。
「全軍停止」
「はい」
部隊を止めてから、遊撃隊の騎士に偵察を任せる。
他の騎士達は、戦闘に備えて分かれて展開する。
斥候は森の外周を回って、魔物の痕跡が無いか探して回った。
しかし古い痕跡しか無くて、周囲には魔物は居そうに無かった。
「駄目ですね
この近くには居そうにありません」
「そうか…」
地図に印を付けると、次の候補地に向かう。
それを3回繰り返すと、3回目に痕跡が見付かった。
「やはり森の中ですね」
「ええ
足跡も中に向かっています」
騎士は馬に乗っているので、森での戦闘は不利になる。
出来れば誘き出して、開けた場所で戦いたかった。
しかしそうすれば、どうしても先制の優位が失われる。
安全に討伐するには、不意討ちが一番安全なのだ。
「どうしますか?」
「うーん
振動も唸り声も聞こえない
もう少し奥になるか」
「そうですね
そんなに大きくない森ですから、魔物が近くに居れば、ここからも見えるでしょう」
森を見ても、魔物の姿は見えて来ない。
恐らくはここから、森の中心に向かったのだろう。
ロナルドは地図を確認する。
「ここから…
森を迂回出来ないかな?」
「え?」
「そっちにはゴブリンが…」
地図には森の反対側に、ゴブリンの発見報告があった。
こちらは冒険者も向かっていなくて、ゴブリンはそのまま健在の筈だった。
そのまま向かえば、ゴブリンと戦闘になるだろう。
「いや
オーガは大型の魔物だ
腹を空かせて、獲物を探している筈だ」
「つまりゴブリンを?」
「ああ
餌として狙っているのだろう」
足跡の古さから考えても、オーガの移動速度を考えれば、そろそろゴブリンと戦っているだろう。
そこで背後から回って、ゴブリンを倒したところで奇襲をする。
これがロナルドが考えた、魔物に奇襲を掛ける戦術であった。
「大丈夫でしょうか?」
「見付からない様に注意しなければな」
「ええ
みつかれば危険でしょう」
折角の奇襲のアドバンテージも、見付かってしまっては無くなる。
それどころか、ゴブリンと両方を相手にしなければならなくなるだろう。
「慎重に回り込んで、先ずは様子を見る」
「はい」
「行くぞ」
「はい」
騎士団を率いて、ロナルドは慎重に森に沿って進む。
森の中に入れば、折角の騎馬の移動速度が失われてしまう。
そうならない様に、慎重に森を迂回する。
「もうすぐ…」
あ!」
グゴアアア
少しずつだが、地響きと魔物の吠え声が聞こえて来る。
どうやら予想通り、魔物は戦闘中の様だった。
ロナルドは騎士だけを率いて、森の中を進む事にした。
「このままでは見付かる
危険だが森の中に入ろう」
「はい」
「馬車はこの場に待機して、指示があるまで待っててくれ」
「はい」
慎重に森の木陰を進み、戦闘音が聞こえる方向へ進む。
暫く森を進んで行くと、やがて魔物の姿が見えてきた。
魔物は吠え声を上げながら、群がるゴブリンに拳を振るう。
ゴブリンは吹っ飛ばされて、そのまま絶命していると思われた。
「どうやら戦闘中ですね」
「ええ」
「このまま様子を見ましょう」
ロナルドはそう言って、ゴブリンと戦うオーガを見ていた。
ゴブリンはほとんどが倒れていて、何体かはそのまま齧り付かれていた。
「うえ!」
「そのまま食ってるよ」
「美味いのかな?」
「いや!お前…」
一人の騎士の言葉に、仲間は呆れていた。
しかしそうする間にも、ゴブリンは次々と倒されて食べられて行く。
中には美味く無かったのか、途中で吐き出される者もいた。
「もう少しで終わりだな」
「ええ」
「みんな武器を抜いて用意をして」
「本気ですか?」
「ああ
今がチャンスだ」
ロナルドは指示を出すと、じっと魔物の動向を見詰める。
突撃をする機会を窺がっているのだ。
間も無くオーガは、全てのゴブリンを倒しきった。
グガオオオオ
そうして嬉々として、魔物の死肉を食い漁り始めた。
すっかり警戒を解き、隙だらけの背中を晒す。
ロナルドはそれを好機と見て、部下達に突撃の合図を送った。
まだまだ続きます。
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