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聖王伝  作者: 竜人
第十章 王国の危機
337/800

第337話

蒸し暑くなっていた大通りに、涼しい風が吹き込む

ふと見上げてみると、夜空には紅く染まった満月が浮かんでいた

それを見詰めていると、ふと不安な気持ちに苛まれる

紅い月が魔物を狂暴化させると、使徒から聞いていたからだろうか?

ギルバートは不穏な空気を感じつつ、北の城門を見上げていた

それは不意に、王都の東の城門から響き渡った

城壁には篝火が焚かれて、兵士達が一斉に駆け上がる

ある者は弓を持ち、またある者は見渡す為に、手には松明を持っていた

城壁から下方を見下ろすと、そこには8体の巨体が蠢いていた

その姿は大きな熊で、街中に響き渡る様に咆哮を上げていた


ゴガアアア

「何だ?

 ワイルド・ベア??」


ギルバートは聞き覚えのある咆哮に、すぐに魔物の正体に気付いた。

しかし今のギルバートは、護身用の小剣しか身に着けていなかった。

ワイルド・ベアと対峙するには、これでは心許なかった。


「くそっ

 城に戻るしか無いか」


ギルバートは書類の束を、机の上に置いてから天幕を後にする。

身体強化を使って、大通りを猛然と駆け抜ける。

大通りには腰を抜かした者も居たが、今はそれどころでは無かった。

急いで武器を持って、事態の収拾に掛からなければならない。

こんな時にアーネストが居ない事が残念だった。


黒い影が走り抜けて、王城に向けて駆けて行く。

ギルバートが本気を出せば、短い距離なら馬よりも早く走れるのだ。

ギルバートは城門の前で速度を落とすと、番兵を混乱させない様に声を掛けた。


「すまない

 急いでいるから通るぞ」

「ん?

 殿下?」

「いつこちらに?」


兵士が困惑する中、ギルバートは私室に向かって急いだ。

さすがに王城の中では、危ないので走れなかった。

必要が無くなったので、身体強化の効果も切った。

下手に強化したままだと、ぶつかった者が危険だからだ。


力加減を考えながら、壊さない様にドアを開ける。

私室に入ると、すぐに大剣を背負った。

鎧は躱せば大丈夫と判断して、取り敢えずは武器を身に着けたのだ。

そうして部屋を出ると、次は食堂に向かった。

この時間なら、国王は食堂に居る筈だった。


食堂に着くと、ギルバートは上座である奥の席を見た。

そこには国王と、王妃が楽しそうに談笑していた。

今日は学校も休みなのか、その両脇には二人の妹も座っていた。

そして国王の後ろには、宰相のサルザートも控えていた。


「国王様」


ギルバートは無礼にならない様に、先ずは一声掛けてから食堂に入った。

突然の王太子の来訪に、食堂は騒然とする。

それはそうであろう。

ギルバートは私服とはいえ、大剣を背負っていたからだ。


「む?

 どうしたのじゃ、ギルバート」

「あら?

 ギルバート」

「お兄さま

 お久しぶりです」

「聞きましたわよ

 ご婚約をされたとか

 今日はそのご報告ですか?」


国王は警戒していたが、王妃や姫は喜んでいた。

ギルバートもこの様な状況で無ければ、ゆっくりと歓談したかっただろう。

しかし事は、急を要していた。


「妹達よ

 ゆっくりと話していたいが、今はその様な状況では無い」

「え?」

「一体どうしたのじゃ?

 この様な場所に似つかわしくない、物々しい恰好をしおって」


国王の言葉に、王妃と姫も気が付いた。

ギルバートはこれから、戦おうという格好をしているのだ。


「はい

 東の城門に、魔獣が現れました」

「魔獣じゃと?」


ただの魔物が現れた報告にしては、ギルバートの恰好は大袈裟であった。

国王は訝しんで、眉を顰めた。


「して、どういった要件じゃ?」

「はい

 魔獣はワイルド・ベア

 数はまだ確認しておりません」

「な!」

「至急ジョナサンを召喚して、討伐を命じてください」

「サルザート!」

「はい」


サルザートは直ちに離れると、すぐに兵士に指示を出した。

その間にも、国王は鋭い眼差しでギルバートを見ていた。


「で?

 お前はどうする気じゃ?」

「はい

 城門に向かい、避難と城壁の守りの指揮をします」

「ならん!

 危険じゃぞ」

「ですからです

 騎士や騎兵では、未だにまともに戦えておりません

 ましてはこの暗さ

 危険度は増すでしょう」

「ならば親衛隊も…」

「親衛隊なら、暗がりでの討伐も成功しております」

「むう…」


王妃が心配そうに、ギルバートを見詰めている。


「ギルバート

 大丈夫ですの?」

「ええ

 私は極力、前に出ませんから」

「お兄さま…」

「兄さま」


「心配するな

 私はもっと手強い魔獣や魔物も、この剣で倒して来た」


ギルバートは妹達を安心させる為に、背中の剣を叩きながら告げた。


「城門を守り、決して中には入れさせぬ」

「ギルバート!」

「はい」

「危険な真似はするなよ」

「はい」


国王も事態を予想したので、それ以上は言わなかった。

ギルバートが出なかった為に、城門が破られてはマズいからだ。

国王が言える事は、無理をしないで欲しいと懇願するぐらいだった。


「お兄さま…」

「大丈夫

 大丈夫よ…」

「うむ

 今はあ奴に任せるしかない」


ギルバートは踵を返すと、すぐに近くの兵士に声を掛けた。


「王都内の警備兵に伝達

 住民を家に帰して、いざという事態に備えさせろ」

「はい」

「それから魔術師ギルドとアーネストに伝言だ

 危険な魔獣が東の城門に居る

 手助けが必要だと」

「はい」


ギルバートは兵士に指示を出すと、急ぎ足で城門に向かった。

急がなければ、東の城門がもたないかも知れない。

足早に回廊を抜けて、王城の城門に辿り着く。


「殿下」

「どうなったんですか?

 魔獣が出たって」

「ああ

 私も城門へ向かう

 君達も警戒しておいてくれ」

「はい」


ギルバートは番兵に警戒をする様に告げると、姿勢を低くした。


「え?」

ドシュッ!


ギルバートは再び身体強化を使うと、猛烈な勢いで駆け出した。

その姿はあっという間に視界から消えて、番兵達は呆然と見送っていた。


「駄目だ!

 勝手な事はするな」

「うるさい!

 私は騎士団長のリュナンだぞ

 魔獣は我が部隊が片付ける」

「勝手な事を

 指示が出ていない以上、勝手に城門は開けさせない」

「うるさい!

 平民風情が!」

「ぐはっ」


リュナンは番兵の一人を斧で殴り飛ばすと、部下に指示を出した。


「さっさとこのくそったれな門を開けさせろ」

「え?

 でも…」

「良いから開けろ!」

「隊長

 いくら何でも無茶です

 何人か恐慌状態なんですよ」

「そいつらは放っておけ

 私の部隊には、そんな腰抜けは要らん!」


リュナンは喚き散らしながら、部下達に無理矢理城門を開けさせた。


ゴガン!

ギギギギ…


鈍い音がして、ゆっくりと城門が開き始める。

巨人に備えて強化した城門が、魔獣の爪で抉れていた。

魔獣は咆哮を上げると、城門から入ろうと突進してきた。


グガオオオオ

ゴガアアア

「ひっ!

 ひいいい」

「うわあああ」


咆哮を聞いて、さらに数人の騎士が恐慌に陥る。

先程と違って、正面から直接咆哮を聞いたのだ。

耐性の無い騎士達は、たちまち恐怖に震え上がる。


「何だ貴様等!

 戦え!

 戦…えぼぴゃ」

グボン!

ドガシャ!


リュナンはワイルド・ベアを侮っていた為、城門の近くに立っていた。

そして部下を叱責する為に、後ろを向いて怒声を上げていた。

そのまま振り返る事も無く、魔獣の鋭い爪が頭部に食い込む。

そして、まるで果実を砕く様に、派手に頭を吹き飛ばされた。

身体も衝撃を受け切れずに、吹っ飛んで壁に叩き付けられた。


「ひっ!」

「あうああ…」


その光景を見て、ほとんどの騎士が衝撃で戦意を失っていた。

中には失禁して、馬上で漏らす者も居た。


「ああ…」

「あひああ!」

「くそっ

 怯むな!

 押し返せ!」


副隊長が大声で指示を出すが、誰も戦える状態では無かった。


「くうっ

 巻き上げ機を

 巻き上げ機を戻せ!」


城壁で番兵達は、必死になって城門を閉めようとしていた。

しかし魔獣の膂力が強くて、なかなか城門は閉じられない。

このままでは、魔獣が街中に入って来てしまう。

いや、その前に騎士達が、魔獣の餌になるだろう。


ゴガアアア

ズドム!

「あびゃらっ」

グシャッ!


魔獣の前に居た騎士が、殴られて吹っ飛んで行く。

彼はリュナンと同様に、壁に叩き付けられて砕けた。

騎士達はそれを見て、誰もが絶望的な状況だと悟ってしまった。

魔獣はゆっくりと前に出て、さらに肉塊を増やして行く。

絶望的な状況に、騎士達の感情は麻痺していた。

そこへ風切り音がして、衝撃が走った。


ドタタタタ…

ズシャッ!


「スラーーーーシュ!」

ズドン!


砂煙を巻き上げて、黒い影が宙を舞う。

そのまま何かが煌めき、魔獣の鼻面を砕いた。

衝撃を受けて、魔獣の巨体が声も無く後方に吹っ飛ぶ。

それをまともに食らって、後方の魔獣も吹っ飛んだ。

騎士達は砂埃の中に、一人の青年が剣を構える姿を見た。


「ふうっ

 間に合った」

「殿下!」

「殿下が来て下さった」

「安心するのは早い

 城門を閉じろ!」

「はい」


番兵達は魔獣が居なくなったので、急いで巻き上げ機を回した。

城門は音を立てて、再び閉まり始める。


グゴアア…


魔獣は恨めしそうに、ギルバートを睨んでいた。

しかし先ほどの一撃を見ていたので、迂闊には前に出れなかった。


「今の内に、手の空いた者は城壁から攻撃を」

「はい」

「騎士団」

「はい」

「お前等は…

 ああ、リュナンの所か…はあ」


ギルバートは騎士達を見て、今日の討伐に出ていたリュナンの部隊だと気が付いた。

考えてみれば、こんな短時間で武装して、ここまで来るのは無理だろう。

偶々武装していたからこそ、彼等はここに来れたのだ。


「ん?

 副隊長

 隊長の姿が見えないが?」

「え?

 ええっと…」


副隊長は困りながら、壁の前にある肉の塊の一つを指差した。


「え?」


よく見るとそれには、皮鎧と金属の残骸が混じっていた。


「勝手に城門を開けようとしまして…」

「ああ…」


嘗て隊長のリュナンであったそれは、無残な姿に変わり果てていた。

そして傍らには、他にも無残な姿が転がっている。


「他のは騎士団の…」

「はい」

「くそっ!」


ギルバートは唇を噛みながら、城壁に向かった。


「殿下!」

「君達は戻りなさい

 これは王太子の命令です」

「しかし…」

「どうせ君達では、この魔物には勝てないでしょう?」

「それは…」


城壁の途中から見下ろしても、部隊のほとんどが震えて蹲っていた。

暴れるほどの者は居ないが、みな一様に恐怖に侵されて、とても戦闘など出来そうな状態では無かった。


「良いから帰りなさい

 指示は追って下します」

「はい…」


「これからが大変だぞ…」


ギルバートはボソリと呟くと、副隊長から視線を戻した。

今はそれよりも、目の前の魔獣の事だ。

城壁を登ると、兵士から松明を受け取る。


「状況はどうだ?」

「殿下…」

「魔獣は城門に攻撃を加えております

 しかし強化しておりましたので、損傷は表面のみです」

「ううん…」


そうは言っても、目下魔獣は攻撃の最中だ。

このまま放置していれば、遠からず城門は壊れてしまう。


「増援は?

 王城からの増援は来ますよね?」

「ああ

 親衛隊に指示を出してある

 しかし到着までには…」


親衛隊が集まってから、ここに着くまで時間が掛かる。

それまでは城壁から攻撃して、魔獣の意識を逸らす必要がある。

ギルバートは周囲を見回し、火矢の用意があるか確認する。


「火矢は?

 火矢の用意はあるか?」

「はい

 夜間の戦闘用に用意しております」

「しかし数が…」


火矢を作るには、予め燃やす為の加工が必要だ。

こんな事態を想定していないので、火矢はそれほど用意されていない。

ギルバートは必要な個所を選んで、兵士達に指示を出した。


「あそこと、その先に1mぐらい…

 それからこっちにも必要だ」

「殿下?」

「先ずは魔物の総数を確認せねば

 その為には灯りが必要だ」

「分かりました」


兵士は矢を油に着けると、篝火から火を点けた。

そして狙いを定めると、指定された箇所に放って行く。

火矢は地面に刺さると、松明代わりに周囲を照らす。

その明かりで、魔獣の大体の規模が見えてきた。


「1、2、…

 総数は大体12体か」

「こんなに集まって…」


兵士達は唾を飲み込み、何とか平静を保とうとする。


ゴガアアア

グルルルル


再び魔獣は、咆哮を上げて城壁を睨む。

火矢を撃ち込んで来た、兵士達を警戒しているのだ。


「そういえば…

 何でお前達は平気なんだ?」

「へ?」

「いや

 下の騎士達は見ただろう?」

「え?

 まあ…」


兵士達は咆哮を聞いても、少し怯む事はあっても、平然としていた。

それはまるで、咆哮の効果が無い様であった。


「まあ良い

 今はこいつの討伐が先だ」

「どうされますか?」

「さすがに…

 この数に囲まれては無理だな

 せめて半数に減れば…」


ギルバートが魔獣を見ながら考え込んでいると、下から声が聞こえた。


「おーい

 ギル」

「アーネストか」


広場を見下ろすと、そこにはアーネストと魔術師達が来ていた。


「どういう状況だ」

「外にはワイルド・ベアが居る

 数は12体だ」


ギルバートの言葉を聞いて、アーネストは魔術師に指示を出す。


「城壁に登るんだ」

「ええ!」

「無理ですよ」

「こんな真っ暗な

 怖いですよ」

「良いからさっさと登れ

 城門が壊されたらどうするんだ」


アーネストは魔術師達を怒鳴って、城壁に登らせた。

そうしながらも、アーネストは作戦を練っていた。

さすがに彼も、ギルバート一人では無理だと判断していた。

ここは増援が来るまで、何とか魔獣の意識を逸らすしか無いのだ。

まだまだ続きます。

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