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聖王伝  作者: 竜人
第十章 王国の危機
336/800

第336話

季節は夏の暑さを感じさせながらも、夜には涼しい風が吹いていた

頭上には月が真円を描き、煌々と輝いていた

しかし明日の夜には、この月も血の様な紅い輝きに染まる

そして明日の月が、いよいよ1週間前となる

来週の紅い月が輝いた後には、いよいよ巨人が現れるだろう

その前にどこまで、兵士達が鍛えられるだろうか…

今日も騎士団は、オーガとワイルド・ベアの討伐をこなしていた

魔術師達が慣れて来たので、負傷者はほとんど出ていなかった

しかし未だに、魔物の咆哮に恐慌を来たす者が出ていた

魔術師達も対策として、アーネストから教わった鎮静の呪文を使っていた

しかしそれでも、恐怖に負けて戦えない者が出ていた

そうした者を外して、騎士達は先頭に慣れようと努力していた


「くそっ

 どうしても収まらない」

「飲み過ぎだぞ…」


酒場では5名の騎士が集まり、酒を呷っていた。

一人の騎士は、思い出して震えが来るのを、懸命に抑えようとしていた。

しかし腕も震えていて、カップからエールが零れそうになる。


「アーネスト殿は何で…」

「いや

 最近では魔術師達も耐えている

 単なる相性もあるんだろう」

「そうは言ってもな!」

カン!


騎士は苛立ち、カップを叩き付ける。

勢いでエールが、テーブルの上に飛び散る。


「止せよ

 勿体ない」

「そうは言ってもな!

 …お前は分からないだろうよ」


騎士は何とか腕を押さえて、震えを収めようとする。

しかし少しでも気を緩めると、魔物の咆哮を思い出してしまう。

戦闘中は鎮静の香もあって、何とか斧を振り回していた。

しかし戦闘の興奮が収まると、身体が震えてどうしようも無かった。


「何とか戦えるから良いだろ

 ジョセフィンは耐えられなくて、移動願いを出していたぞ」

「そうは言ってもな…

 このままじゃあいずれは…」

「馬鹿な事は考えるな

 お前が駄目な時には、オレ達が着いている

 そうだろ?」


隣に座っていた騎士が、仲間に向かってウインクする。

仲間達も頷いて、後ろは任せろと肩を叩いた。


「しかし、オーガは大丈夫なんだが熊がなあ…」

「ああ

 強い魔物になると、ああいった相手を恐怖に陥れる咆哮を使うらしいからな」

「巨人とやらも使って来るかもな」


騎士がそう呟くと、ようやく震えが収まったのか、彼は仲間の方を向いた。


「なあ

 そのう…

 本当に居るのか?」

「あん?」

「巨人だよ」


騎士はゴクリと唾を飲み込みながら、仲間に再び尋ねる。


「城門にまで来たんだよな」

「ああ

 兵士達が見たって」

「どんな奴なんだろう…」


騎士は再び震えていたが、今度は違った震えだった。

オーガよりも大きな、未知なる存在。

それが咆哮を上げながら迫って来るのだ。

想像するだけでも恐ろしかった。


「なあ

 怖くは無いのか?」

「ん?

 お前…

 まさか?」

「いや、オレは怖くは…」

「無理するな

 当然怖いさ」

「そうだぜ

 うちのカミさんより怖いだろうな」


お道化る仲間の言葉に、思わず吹き出してしまう。

しかし震えていた彼は、真剣な顔をしていた。


「どうしたんだ?」

「怖いんだよ」

「それはそうだろう?」


向かいに座る騎士は、干し肉を齧りながらエールを呷る。


「怖くて当然さ

 あのオーガの倍近くの大きさだって言うんだぜ

 当たり前だろ?」

「じゃあ何で?」

「それよりも怖い事があるだろ?」

「え?」


騎士はエールが空になったのを確認してから、カップを机の上に置いた。


「オレ達は騎士だ

 その騎士が仲間や家族を守れず、嬲り殺される姿を見る

 これほど恐ろしい事は無いだろう」

「そうだな

 民を守れない騎士だなんて、騎士じゃあ無い」

「オレ達は守る為に戦うんだ」


仲間はそう言って、彼の肩を叩いた。


「難しく考えるな

 殿下も仰っていただろう」

「仲間を信頼しろ

 そうすれば恐ろしい物は無い」


騎士はどう返答すれば良いのか、分からず俯いていた。


「さあ

 今夜はもう帰ろう」

「明日はまた、オーガの討伐だ」


騎士達は立ち上がると、よろめきながら出口に向かった。

外に出て見上げると、煌々と輝く月の輝きに包まれる。

今夜はまだ、紅く輝く事は無かった。

しかしあと2回、月が紅く輝くと巨人が攻めて来る。

国王はそれを認めて、騎士団に討伐の命を下していた。


「オレ達は勝てるのか?」

「さあな」

「そんなの分かんねえだろ」

「ただ…」


一人の騎士は月を見詰めながら答える。


「オレ達が負けた時、この国が亡びるだろうな…」


月は静かに輝き続けて、王都を優しく包んでいた。


明けて8の月の第2週目。

11日の朝は早朝から曇っていた。

今にも振り出しそうな雲が覆い、周囲を薄暗くしていた。


「今にも降り出しそうだな」

「ああ

 だけどそうなると、雷の魔法が使い易くなるな」

「そうなのか?」

「ん?

 雲が出ているんだ、雷雲も作り易くなる」

「へえ…」


ギルバートは地図に印を付けると、アーネストの前に置いた。


「ふふん

 これなら問題は無いだろう」

「どれどれ…」

「さすがに魔物も増えて来たからな

 一気に騎兵で間引いて…」

「駄目だろ

 ここからコボルトが来るぞ」


アーネストは地図の一点を指差し、そこから左に動かしてみせる。


「いや

 こいつ等は北から来たんだぞ

 ここから西には…」

「それは一昨日の報告だろ

 昨日にはこっちに来ている筈だ」


アーネストは指で1点を指差して、それから先ほどの場所へと滑らす。


「そうかなあ?」

「そうだと思うぞ

 昨日はここで目撃報告が無いだろ」

「ううん…」


アーネストは今日の、討伐の行程表を手伝っていた。

騎士や騎兵に危険が及んだ時に、すぐに出れる様にここで待機しているのだ。

そして暇を持て余して、こうしてギルバートの計画の穴を埋めていた。

ギルバートは判断は鋭いが、こうして日付を間違ったりしていた。

そうしたミスを減らす為に、こうして確認しているのだ。


「ここからこう攻めて…

 昼からオーガの討伐に…」

「それでは騎兵達が疲れていないか?」

「大丈夫さ

 ここ数日の戦果を見ただろ?

 もはや騎兵達からすれば、オーガも討伐出来るだけの力はある

 むしろお前が信用して無い方が問題だぞ」


確かに騎兵達も、既にオーガを数体程度なら討伐出来ていた。

武装もオーガの素材で固めてあり、最近ではワイルド・ベアの皮鎧も普及されていた。

そこまで心配する様な状況では無かった。


「むしろ騎士団が不安だな」

「騎士がか?」

「ああ

 今では魔術師と共闘出来る様になってきた

 しかし未だに、咆哮の対策が難しい」

「ああ

 そう言えばそうだな…」


騎士の方では、未だに怪我人が少数ながら出ていた。

勿論ワイルド・ベアが強い事も要因の一つだろう。

しかし根っ子には、ワイルド・ベアの咆哮に耐えられない事があった。

慣れた騎士でも、油断すると混乱や恐慌を来たすのだ。


「うーん

 こればっかりはどうしょうも無いのかな?」

「そうだな

 鎮静の呪いは教えてある

 後はもっと気軽に戦闘に向かえればな…

 緊張しっぱなしだから、不意の咆哮にやられるんだ」

「だけどな…

 騎士達にとっては、ワイルド・ベアはまだまだ余裕が無いんだろうな」


こればっかりは、当人たちの気の持ち様だった。

騎士になる者は、基本的に真面目な者が多かった。

今の騎士団は選民思想者はほとんど居ない。

貴族の子息で名ばかりの騎士という者も、今ではほとんど居なくなっていた。

毎日の様に魔物の討伐に向かうので、生半可な気持ちでは続かないのだ。


その分騎士団に残る者は、本気で国を守ろうとする軍人ばかりだった。

中には自身の力を高めたいと思う、生粋の武人も居るだろう。

しかしほとんどが、国民を守る為に武器を手にしていた。


「本気で戦っているからこそ、心に余裕が持てないんだろうね」

「そうだな

 最近では冒険者の方が、実績を上げているからな」


ギルバートは書類を広げて、冒険者の討伐記録を見る。

少人数ながら、隊商の護衛をしながらフォレスト・ウルフとワイルド・ベアを同時に討伐している者達も居る。

それは偏に、彼等が魔獣を獲物として見ているからだろう。

討伐出来なくても隊商を守れれば良い。

そして狩れたのなら、肉や素材が臨時収入で手に入る。

そう思えば、見掛けたら積極的に狩りたくもなるだろう。


「こっちのフォレスト・ウルフは、冒険者に任せるか」

「そうだな

 そこと…ここのコボルト

 こいつは冒険者でも狩れるだろう」


勿論、冒険者がオーガやワイルド・ベアに立ち向かうには、危険が伴っていた。

彼等の武器ではまだまだ倒すのがやっとなのだ。

ワイルド・ベアに関しては、死傷者が出ている。

しかしそれでも、報酬と腕試しで立ち向かう者は後を絶たない。

彼等からすれば、危険な熊の魔獣は格好の獲物なのだ。


「よし

 騎士団もこれで問題無いな」

「ああ

 ただし冒険者には、そこの林には近づかない様に注意しておけ」

「ああ

 魔物をねらってぶつかったら、混戦になるからな」


ダーナの様に、騎士や兵士、冒険者が混在して討伐に向かう事は無かった。

そして共同で戦う訓練も、当然行われていなかった。

ダーナと比べると、騎士や兵士のプライドが高いのだ。

そして実力を着けて来た冒険者と、諍いも起こっていた。


「仲良くしろとは言わないが

 せめて協力して討伐して欲しいな」

「無理だろ

 王都ではそれぞれの職業が専属で分れている

 互いに自分の仕事に誇りを持っているんだ」

「だからその誇りを前向きにだな…」

「誇りがあるからだよ

 騎士達は選ばれた実績を誇り、騎兵達は軍人としての誇りがある

 冒険者達はまた違うが、むしろ自由が無い騎士達を憐れんでいるな」


「憐れむって…」

「実際そうだろ?

 ボク達の指示に従って、行きたく無くても討伐に向かわないといけない」

「それは…」

「騎兵達の方がまだ、戦いたいから戦っている分気が楽なんだろうな」


実際に騎兵達は、伸び伸びと戦っていた。

だから咆哮に対しても、耐性が高い者が多かった。

これで実力が伴っていれば、騎兵達に任せたいぐらいだ。


「3者が3様に憐れんだり見下しているのか…」

「ああ

 表向きにはしていないがな」

「はあ…」


ギルバートは溜息を吐いて書類を見る。

そういった問題が無ければ、彼等を連携して戦わせるのに…。

しかし変な対抗意識が邪魔をして、合同の討伐は頑なに断られていた。


「離して別々に向かわせるしか無いか」

「ああ

 くれぐれも顔を合わさせない様にな」


その辺も考えられて、討伐の予定は立てられている。

ギルバートは頭を振ると、騎士達の方へと向かった。

そろそろ出発させないといけないからだ。


今日の討伐も、夕刻までには無事に終わっていた。

ギルバートの心配も他所に、騎士団は無事にオーガを狩って帰って来た。

当然コボルトも狩られており、今日の目標は全て討伐していた。


「ワイルド・ベアが居ないのは残念でした」

「そうそう現れては困るよ

 あれは危険なんだから」

「何の

 我々なら負傷者も出さずに狩ってみせますぞ」


こちらの騎士団に関しては、まだワイルド・ベアと戦っていなかった。

だから口伝えに聞いても、その危険性を甘く見ていた。

そして負傷者を出した他の騎士団を、馬鹿にして見下していた。


「駄目だぞ

 フリードリッヒの部隊を見ただろ」

「あれはあ奴が小心者なんですよ

 魔獣の咆哮?

 騎士の半数が逃げ出そうとするなんぞ…」

「リュナン!

 仲間の騎士団を侮辱するのは止せ!」


隊長のリュナンは、苛立ちながらギルバートを睨む。

少なくなったとはいえ、未だにこうした貴族出身の、選民思想的な騎士は少なからず残っていた。

彼も指揮は優秀だが、些か他人を見下す傾向が見られていた。


「そもそも

 殿下が私に討伐の依頼を回して下さらないから…」

「今の貴殿では、部下をいたずらに失うだけだ」

「な!

 くっ…」

「そもそも、今日の討伐でもそうだろう」

「部下には負傷者は出ておりませんぞ」

「だが、不用意に無理な突進を繰り返しただろう

 オーガとはいえ、危険だと思わないのか?」

「全然

 むしろ着いて来れない部下達に問題がございます」


そんなリュナンを睨みながら、ギルバートは公然と言い放つ。


「だからワイルド・ベアは任せられ無いんだ」

「何でです

 私の部隊なら…」

「こんな危険な突撃を繰り返すのなら、オーガの討伐も頼まないぞ」

「ぐぎぎぎ…」


リュナンは顔を朱く染めながら、ギルバートを睨んで歯軋りをする。

しかしそれ以上は危険と判断して、不意に後ろを向いた。


「それならば、我が部隊にはもう、お声を掛けないでいただきたい」

「おい!

 まだ話の途中だぞ!」

「ふん!」


リュナンはギルバートの言葉を無視して、そのまま天幕を出て行った。

彼の副官が、申し訳無さそうに天幕に入って来る。


「申し訳ありません」

「いや

 君の責任では無いよ」


ギルバートは溜息を吐きながら、頭を振っていた。

副官の方が、子爵と貴族の位階では上だった。

しかし実績の面で、リュナンが隊長を務めている。

この副官が居なければ、騎士団は瓦解していただろう。

全ては副官が上手く治めているからこそ、何とか回っているのだ。


「君の実績は知っている」

「いえ!

 私の指揮では、リュナン隊長の様には…」


部隊を纏めるという点では、この副隊長の方が上だった。

しかし実績で、どうしても隊長には敵わなかった。

その為に、副隊長として隊を纏める役に回っているのだ。


途中で帰ってしまったリュナンに変わって、副隊長が報告と連絡を行う。

そうして一通り終わると、副隊長は尋ねて来た。


「あのう…

 やはりワイルド・ベアは危険でしょうか?」

「そうだな

 今のままでは無理だろう

 部下を無駄に危険に晒すだけだ」

「ですよね…」


「君が隊長なら…」

「え?」

「いや、何でも無い」


ギルバートはそう言って、副隊長を下がらせた。

その後も問題無く、全ての報告は終わった。

ギルバートは天幕の証明を落とすと、王城に向かおうとしていた。

まだまだ続きます。

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