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聖王伝  作者: 竜人
第十章 王国の危機
335/800

第335話

ギルバートは報告書を書くと、それを兵士に渡した

これで今日の討伐報告は揃い、後は提出するだけだった

後は兵士に任せて、ギルバートは騎兵達の様子を見に行く事にする

騎士達も大変だったが、騎兵の方も色々あって疲れているだろう

今頃は酒場に向かっている筈なので、兵舎の近くの酒場に向かった

騎兵達は予想通り、宿舎の近くの酒場に集まっていた

そこは宿の1階の部分で、他にも客は入っていた

騎兵達は奥の方の席に集まって、静かに飲んでいた

仲間に勝利の報告をする為の集まりで、彼の死を悼んでいるのだろう

バカ騒ぎはしないで、静かに彼の事を語り合っていた


「これは…

 入り辛いな」


気にはなったが、邪魔するのも気が引けた。

ギルバートは入り口からそっと覗くだけで、そのまま引き返した。


「しまったな

 これなら私が報告に行けば良かった」


時間が時間なので、このまま王城に戻っても気まずかった。

そのまま辺りを回っていると、騒いでいる酒場が見えた。

そこには数人の騎士が、仲間が悪酔いするのを諌めていた。


「ん?

 あれは?」


よく見ると、それは昼間の騎士達だった。

彼等は今日の勝利で、些か気分が良くなっていた。

酒に酔って気が大きくなって、彼は宿の主人に絡んでいた。


「だ・か・ら

 オレ達が頑張ったから、魔物は倒せたんだ」

「おい

 いい加減にしろ」

「はははは

 騎士様がお強いのは分かりました

 しかしこれ以上飲まれるのは…」


主人は彼が酔い潰れたのを見て、心配して声を掛けていたのだろう。

しかし彼は、まだ酒を飲もうとしていた。

さすがにこれ以上は危険だろう。


「まったく…」


ギルバートは止めに入ろうと、宿の方に向かった。

しかし騎士の言葉で、思わず隠れてしまった。


「いい加減にしろ

 オレ達が助かったのは、アーネスト殿が無茶をしたからだぞ」

「ああん?

 だからどうした

 オレ達がもっとしっかりしていれば…」

「だからしっかりしろよ

 こんな所でいつまでも絡んでいるなよ」


騎士は同僚を支えながら、主人に頭を下げて。

そうして同僚を連れて、宿舎の方に向かって行った。


アーネストが無茶をした?

そんな報告は記されていなかったが?


ギルバートは首を捻りながら、詳細を聞きたくなった。

ギルバートは他には居ないのか、宿の入り口から覗いて見た。

中には騎士が数人と、隊長が座っていた。


「居るな…」


ギルバートは入り口を開けると、宿の中に入った。

宿の主人が気付き、声を掛けて来る。


「いらっしゃい

 酒場のご利用ですか?」

「ええ

 知り合いが居ますんで」


ギルバートは騎士達の方を見ながら言った。

主人は察して頷いた。


「宿は埋まっていますんで

 飲み過ぎには注意してください」

「ええ

 気を付けます」


主人はギルバートが若いので、てっきり従者か何かだと思っていた。

それで酒の飲み過ぎに注意する様に言ったのだ。

まさかこんな時間にこんな所に、王太子が来るとは思っていなかったのだ。


「やあ

 盛り上がっている様子だね」

「で、で・で・殿下!」

「何でこんな…いや」

「さあどうぞ」


騎士達は慌てて、ギルバートに席を勧める。

ギルバートは礼を言うと、さっそく座って1杯頼んだ。


「ありがとう

 おい!

 葡萄酒はあるか?」

「ええ」

「なら1杯頼む」

「はい」


女給が答えて、奥のカウンターに向かう。

その間に騎士達は、何事か目配せをしていた。

ギルバートはそれに気付かない振りをして、酒が来るのを待っていた。

騎士達は当たり障りの無い会話をする為に、昼間のオーガの討伐の話を始めた。

それはワイルド・ベアを倒す前の討伐で、些かわざとらしい会話だった。


「どうぞ」

「ありがとう」


ギルバートはカップを受け取ると、軽く口を付ける。


「それで?

 今日の勝利の祝杯か?」

「え?

 ま、まあ…」

「はははは…」


その後も前日の討伐の話し等、明らかに今日の話題を避けていた。

だからギルバートは、思い切って聞いてみる事にした。


「それで?

 アーネストが無茶をしたって本当なのか?」

「う!

 ごっほ、ごっほ」

「殿下

 何でそれを?」

「宿の外で聞いたからね

 さっき出て行った騎士がいただろ?」

「あー…」


騎士達は先程の酔っ払った騎士と、それを連れて行った騎士の事を思い出した。

どちらかがうっかり、アーネストの事を漏らしたんだろう。


「彼が連れて行く時に、その事を話していたからね」

「あいつめ…」

「聞こえると思っていなかったんだろ

 だから呟いたんだろ」

「…」


「それで?

 実際はどうだったんだ?」

「それは…」


騎士達は言い難そうに、ワイルド・ベアとの戦いの事を話した。

それと同時に、ワイルド・ベアに使った魔法の事も説明がされた。


「うーん…

 高位の強力な雷の魔法

 確かに危険視されるよな」

「ええ

 アーネスト殿もそれを懸念していました」

「そうだよな

 そんな魔法が使えるとなると、どうしても危険視されるだろうな」

「ええ」


「それで?

 無茶をしたと言うのは、魔力切れの事か」

「はい

 魔獣は一撃で倒せましたが、もし倒せていなかったら…」

「そうか

 魔獣が生き残っていたら危険だな」

「それに魔力枯渇になりかけていました

 多量の魔力を一気に使って、危険な状態だったと思います」

「本人も魔力切れの危険性を指摘していたし、殿下には言わないでくれと言っていました

 殿下にみなを無事に帰すと言った手前、無理して使ったみたいですが…

 殿下にバレたら怒られると言っていましたよ」


ギルバートは報告を聞いて、改めて危険だった知った。

しかしアーネストの判断と状況を聞く限り、それが一番の解決策だったとは理解出来た。

だからアーネストを、叱る事は出来ないとも思った。

だから騎士達には、注意だけをした。


「状況は理解出来た

 アーネストには何も言わないでおくよ」

「では…」

「だけどね、出来るだけ報告は正確にして欲しい

 特に今日の様な状況では、正確な情報が欲しかったな」

「え?

 でも…」


「別にその場でも無くて良い

 後でこっそりと知らせてくれれば、それで対策が出来るから」

「対策って…?」

「何も知らなければ、後日君達と魔術師だけで討伐を頼む事になるだろ?」

「あ…」

「そうした時に、アーネストの援護は無いんだ」


ギルバートの言葉に、騎士達は改めて、自分達ではまだワイルド・ベアには勝てないと気付いた。

数が少ないと確定してれば問題は無いだろう。

しかし戦場では、どんなイレギュラーが起こるか分からない。

実際に赴いた時に、報告より多かったり、他の魔獣や魔物が居るかも知れない。

そうした時に、騎士団と魔術師だけでは勝算は少ないだろう。


「そう…ですね」

「確かに今のままでは、ワイルド・ベアが2体以上居たら負けます」

「ああ

 そんな危険な場所に、君達と魔術師だけで向かわせられないだろう?」

「はい」

「ええ…」


ギルバートは騎士達に納得させた上で、解決策を提案する。


「今後だが、魔力が高い騎士に斥候の訓練も必要だろうな」

「斥候ですか?」

「しかし斥候なら、今でもうちの騎士団には…」

「ああ

 単純に痕跡を探ったり、偵察をするだけなら出来るだろう

 しかし魔力を識別出来る者は、騎士団には居ないだろ?」

「あ…」


隊長は思い当たる事があったので、納得していた。


「アーネスト殿の索敵の魔法ですね」

「ああ

 それを学ぶ必要はあるな」

「そうですね

 どこに魔物が居るとか、何体ぐらい潜んでいるか知れるのは強いですね」

「そうだ

 それに奇襲も警戒出来る」

「しかしどうやって…」


騎士達は魔法の知識が乏しい。

元々帝国では、魔術師を下に見る傾向があった。

帝国は武力主義で、腕力や体力の無い魔術師を軽んじる傾向があった。

そのせいで魔法の学問が廃れて、魔法の継承が途絶えていたのだ。

魔導書が焼かれて失われたのも、帝国のそういった主義が影響していた。


そしてその影響は、帝国が滅んだ後の王国にも影響していた。

クリサリスはまだ、ハルバートが学問を推奨していたからマシだった。

それでも多くの魔導書が失われていたので、魔法の研究は大幅に後退していた。

そして騎士達も、そのせいで魔術師を軽んじていた。

碌に魔法も使えず、体力の無い魔術師が戦場で役立つとは思われていなかった。

アーネストが現れるまでは…。


「簡単な事さ

 討伐の任務の時に、アーネストから聞けば良い」

「しかし騎士が魔術師に教えを乞うだなんて…」

「前代未聞ですよ?

「そこだよ」


ギルバートも散々、ダーナでその様な光景を見て来た。

役立たずと侮られていた魔術師が、魔法を覚えると戦場で活躍する。

それを妬む者も居たし、馬鹿にして認めようとしない者も居た。

実際に戦場に立つまで、説得するのも大変だった。

ヘンディー将軍がアーネストと親しかったので、何とか理解を得られてのだ。

それを王都で望むのは、なかなかに厳しかった。


「君達が言いたい事も分かる

 それに、ほとんどの魔術師が、確かに力量不足だろう」

「ええ」

「今は少しずつですが改善しています

 しかしいきなりは…」

「だが、アーネストの力量は理解しているだろう?」

「それは…」

「まあ…」


騎士達は頷くが、まだまだ魔術師への偏見は根深いだろう。

今日もアーネストに救われた騎士が、納得出来ないで管を巻いていた。

そんな状態で、教えを乞えと言っても素直に聞けないだろう。


「しかしな、アーネストの魔法の一部でも覚えれば

 それだけで戦闘は楽になる筈だ

 違うか?」

「それは…」

「ええ…」


騎士達は不承不承ながら、そこだけは認めた。


「無理にとは言わないが、相手の力量を認めて、互いに尊敬しあう事も重要だ

 君達が真の騎士なら、その辺は理解出来るんじゃ無いか?」

「…」


騎士達は暫し無言で考え込む。

しかし騎士達が答える前に、隊長が発言した。


「殿下は…

 その索敵の魔法が重要と思っていますか?」

「それも重要だが、騎士団や兵士達と、魔術師達との関係の改善も必要だろう

 今の君達を見ていると、命令で仕方なく着いて行っているという感じがする」

「そうでしょうな

 実際半数ぐらいが、その様に思っているでしょう」


隊長は躊躇する事無く、ギルバートの問いかけに答えた。

それは隊長も、この関係に懸念を抱いていたからだ。

騎士達が自分達を優秀と思い込み、魔術師達を馬鹿にしている。

それは言われなくとも気付いていた。

そしてその事が、騎士達と魔術師達の間に溝を作っている。


「殿下の仰る通り、騎士団のほとんどが魔術師を馬鹿にしております

 そして今の任務も、嫌々参加している事も…」

「そうだな

 今日は騎兵達に負けたくないという理由があったが、そうで無ければ行かなかっただろう」


騎士団が魔物の討伐を、兵士がすれば良いと不満に思っている。

ギルバートはその事も気が付いていた。


「勘違いをしている者も多いが…

 魔物を殲滅するだけなら、私とアーネストが出向けば良い

 大概の魔物や魔獣なら、私達で十分倒せるからな」

「そんな!」

「殿下が出て行かれたら…」

「すぐそうやって言うな

 その割には、自分達だけでどうにかしようとしない」

「それは魔物や魔獣が手強くて…」

「そんなのは理由にならないだろう

 なら、何で魔術師達に手助けを頼まない?」

「ですから協力して…」

「命令されたからだろ?

 自分達で率先して、どうにかしようとしていたか?」

「それは…」

「そのう…」

「殿下

 あまり部下を虐めないでやってください」


ギルバートは一気にまくし立てる様に攻めると、一旦言葉を切った。

そうして騎士達がどうするか、その反応を見ていた。


「…確かに私達は、魔術師を侮っているんでしょうね」

「ああ

 そしてその考えは、女神様の嫌う選民思想にも繋がる

 自分達が強いと思っているよな」

「はい…」


「アーネストを見て、どう思う?」

「いえ!

 確かにアーネスト殿は強いです

 しかし魔術師達は…」

「そうか?

 少し前は火球も撃てなかった魔術師達が、今では拘束の魔法や雷の魔法を使えているぞ?」

「それは…」

「直接魔物とは戦えないが、そのうち後方から有効な攻撃をする様になるかも知れないぞ

 そうしたら、騎士の意味はどうなる?」

「う…」


騎士達は何も言えず、返答に窮していた。


「騎士の使命とは?」

「え?」

「君達は何の為に戦っているんだ?」

「騎士とは弱き者を守る為に戦うんじゃないのか?」


「王都の民を守る為

 その為に魔物達と戦っている

 違うか?」

「はい

 その通りです」

「だったら、魔術師に協力を頼む事は、決して間違っていないと思うが?」

「…」

「少なくとも誇りを振り翳して、魔術師を馬鹿にしている場合じゃないよな」

「はい…」


ギルバートは葡萄酒を飲み干すと、カップを机の上に置いた。


「魔術師達と仲良くしろとは言わない

 しかしお互いを認めて、協力し合うべきじゃないかな?」

「はい」

「私が言いたい事はそれだけだ」


ギルバートはそう言うと、金貨をカップの横に置いた。


「殿下!」

「先に帰らせてもらうぞ」


ギルバートが立ち上がると、騎士が尋ねてきた。


「先ほどの…

 選民思想を女神様が嫌っているというのは?」

「ああ

 帝国はそれで滅ぼされたらしい

 そして恐らく、魔導王国も…」

「では!

 今の王国に危機が迫っているのも?」

「ああ

 選民思想が間違った考えだと思うからこそ、女神様は嫌っているんだろう」


ギルバートは騎士に振り返ってから、言葉を続ける。


「そんな考えではお互いが認め合えず、ギスギスした関係になるだろうな

 そんな王国では、人々も暮らし難いだろう

 そう思わないか?」


ギルバートはニコリと笑ってから、そのまま酒場を出て行った。


宿の主人は一部始終を見ていて、恐る恐るといった感じで騎士に尋ねた。


「い、今のお方は?」

「ああ

 王太子ギルバート様だ」

「あの人が…」

「ああ

 我等が尊敬する、王太子殿下だ」


騎士達はそう言いながら、ギルバートの後ろ姿を見送った。

その胸の中には、先の言葉を教訓として、しっかりと刻み付けようという思いがあった。

まだまだ続きます。

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