第332話
ギルバートは騎兵達を前にして、どうした物かと思案していた
女神に関しては、詳細は伏せられている筈だった
しかしどこかから、噂として話が漏れている可能性があった
今出来る事は、下手な噂を広めて、助長させない様にするだけだ
そうしなければ、住民達が不安を覚えて、最悪パニックを起こすだろう
ギルバートはゴブリンから魔石を回収させると、騎兵達にそれを渡した
オーガの報酬は後にするとして、先に少しでも渡しておこうと思ったのだ
そうすれば今夜にでも、彼等は酒場に繰り出せるだろう
激しい戦闘もだが、仲間の死から立ち直れていない
そういう時には酒場で騒ぐものだと、ヘンディー将軍がよく話していたからだ
ギルバートは、自分の革袋から金貨を取り出すと、それを隊長に手渡した。
「殿下?」
「これは私からの、特別手当だ」
「そんな
受け取れません」
隊長は慌てて頭を振り、受け取れないと断ろうとした。
「良いから
誰一人欠ける事無く、無事に帰って来てくれた
その事に対する報酬だ」
「ですから受け取れませんって」
「そうは言ってもな…
飲んで騒ぐには元手が必要だろ?」
「それは…」
ギルバートは隊長に、暗に酒場で楽しんで来いと伝えたかったのだ。
そうして仲間の死を悼み、戦いの疲れを癒せと言いたかったのだ。
隊長がなおも断ろうと、困った顔をしていると、部下達はニヤニヤしながら背中を叩いた。
「隊長
受け取っておきましょう」
「そうですよ
今日の勝利を、エリンに報告しなきゃ」
「お前達?」
「今夜は飲みましょう」
「勝利を祝って」
部下達にも促されて、隊長は金貨を受け取った。
「今日はこれで終わりだ
宿舎に戻ってゆっくり休んでくれ」
「良いんですか?」
「ああ
ゴブリンだけでは無い
オーガまで倒したんだからな」
「は、はあ…」
隊長は困った様な顔をしたが、ギルバートは隊長の肩を叩いた。
「ゆっくり休んでくれ」
「分かりました」
「ただし、酒場では羽目を外し過ぎない様にな」
「は、はい」
隊長は返事をすると、部下を連れて隊の宿舎へと帰って行った。
その後ろ姿は疲れで肩を落としていたが、やり切ったという達成感を感じていた。
部下を誰一人欠く事も無く、オーガという強敵を打ち倒したのだ。
騎兵達は満足気に帰って行った。
「さあ
片付けと報告を頼むぞ」
「え?
殿下は?」
「私は…
向こうで書類の整理が…」
「ズルい
逃げる気ですか?」
「逃げるだなんて」
「ここまで見てたんですから、片付けの指揮をお願いします」
「そうですよ
騎兵達を帰しちゃったんですから、ちゃんと見てくださいよ」
騎兵達は消耗していたし、番兵達が戦闘の詳細は見ていた。
それを考えると、戦闘の報告は番兵達でも出来ると思っていたのだ。
しかし番兵達は、報告は戦った本人達がすべきだと主張していた。
「しまったな…
しかし彼等も疲弊していたからな」
「それなら、あらましは私達が説明しましょう
しかし報告書は、殿下が責任もって仕上げてください」
「う…」
「そもそも、殿下が勝手に帰したのが悪いんですからね」
「それはそうだが、あんな戦闘をした後だぞ」
「でしたら、報告は明日にでも回せば…」
「それは…
なあ…」
ギルバートも、出来る事ならそうしたかった。
しかし当日に報告をしなければ、色々と言われる事になる。
仕方なくギルバートは、番兵達から聞きながら報告書を仕上げる。
所々詳細が分からない所もあったが、そこは結果だけを記載した。
戦闘の事細かな点までは、記録する必要が無かったからだ。
「ふう
これで良し」
ギルバートは書類を纏めると、それを丸めて手に持った。
「殿下
次は周りに相談してから決めてください」
「そうですよ
場合によっては危険を見逃す事になりますから」
「ああ
気を付けるよ」
ギルバートは番兵達に注意をされて、肩を落としてしょげていた。
そのまま北の城門に戻ったが、そこには既に騎士達が戻っていた。
「殿下
向こうは終わったんですか?」
「ああ
これが報告書だ」
「はあ…」
兵士は報告書を受け取り、中身を確認する。
「これ…
殿下が書きました?」
「ん?
何で分かった?」
「ここの綴りが間違っています」
「…」
兵士は報告書を仕舞うと、騎士達の報告書を取り出した。
そこにはオーガの討伐が記されていて、ギルバートと違って字も綺麗だった。
「殿下
これぐらいは綺麗に書きませんと、宰相殿にまた叱られますよ」
「うるさいな…」
ギルバートはむくれながら、書類のあらましを読み進める。
「ん?
オーガは12体も居たのか?」
「ええ
隊商が見たのは3体でしたが、報告にも多数の魔物が居る様だったと…」
「そうか
しかし…」
騎士達は怪我した様子も無く、疲れも少ない様子だった。
何よりも掛かった時間が、魔物の数の割には少なかった。
それだけオーガの討伐が、簡単に行われたという事だろう。
「アーネスト」
「ん?」
「もう、オーガぐらいなら騎士団でも…」
「そうだな
しかし数が多いと危険だ
出来れば魔術師を連れて行った方が良いだろう」
「そうか」
「それにな、魔法の訓練も必要だ」
「そうだよな
どれぐらい使える様になった?」
「いや
まだまだ全然だ
4人で掛けているが、時間も掛かるし威力も低い」
魔術師達は、4人でやっとサンダー・レインの魔法を使えていた。
これは雷雲を作り出し、頭上から落とすという魔法だ。
魔力に余力があれば、続け様に落とす事も出来る。
しかし雷雲を作るのに魔力を消耗するし、維持するにも魔力を使い続ける。
長時間は使えない魔法なのだ。
今は4人で掛けている魔法も、アーネストなら一人でも使えた。
勿論、維持する時間は短いし、2、3発しか落とせなかった。
しかし効率を考えると、まだまだ使い勝手の良い魔法とは言えなかった。
「もう少し魔力があれば、他の魔法もあるんだがな」
「そうもいかないだろう
お前みたいに魔力が多い者ばかりでは無いんだから」
「おいおい
ボクも昔は人並みだったぞ」
アーネストは大袈裟に、両手を広げて驚いた様な顔をして見せる。
「人並みな奴が、巨大な火球を作らないだろ」
「それは訓練の賜物だ」
「お前の言う訓練は、普通は拷問って言うんだ」
「酷いよな」
アーネストは大袈裟に悲しむ振りをするが、ギルバートはそれには乗らなかった。
そもそも、一歩間違えれば死ぬ様な訓練を、小さな子供がするものでは無い。
それに魔力切れにしても、相当な頭痛で苦しむ事になる。
普通の人なら堪えられず、二度と魔力切れになりたいとは思わないだろう。
そう、思わない筈なのだ。
アーネストはその苦痛を苦痛と感じず、繰り返し魔法を使っていた。
そして魔力切れや枯渇を繰り返すうちに、魔力が増えている事に気が付いた。
それからがまた、普通とは違っていた。
苦痛を得ながらも、笑顔で喜びながら魔法を使っていたのだ。
それにはギルバートも、若干引き気味で見ていた。
「普通はあんなに苦しいから、魔法の使い過ぎには注意するものだ
喜んで使いまくるのは、お前ぐらいなものだ」
「そうかなあ
昨日よりも魔法が使えたら、嬉しくってもっと使いたくなると思うけど?」
アーネストは不思議そうに首を傾げるが、魔術師達は全力で首を振っていた。
「そんな事考えるのは、アーネストさんだけですよ」
「そうそう
普通は頭痛が嫌で、魔力切れだって起こしたくありません」
「アーネストさんは痛みを喜ぶへ…」
「誰が何だって?」
アーネストは笑顔で振り返るが、その目は笑っていなかった。
魔術師達は顔を引き攣らせて、慌てて首を振った。
「帰ったら魔法の特訓だな」
「ひい!」
「あれは特訓とは言いません」
「私は苦痛で喜ぶ趣味はありません」
「一体どんな特訓なんだか…」
魔術師達の様子を見て、ギルバートは溜息を吐いていた。
「昏倒する様な事を訓練とは呼ばないぞ」
「はははは
ボクは昏倒しないけどね」
「お前なあ…」
ギルバートが呆れていると、アーネストは何かを思い出した様だった。
「そうだ
そう言えば…」
アーネストは報告書を取り上げると、ページを捲った。
そして一ヶ所を指すと、誇らしげに話し始めた。
「ここを見ろよ」
「何々…
魔術師の称号?
これは?」
「魔法を上手に扱えると認められた証拠だ」
アーネストは、既に魔導士の称号を授かっている。
そして魔術師のジョブも、最近授かっていた。
しかし魔術師の称号というのは、初めて見る物だった。
「これは魔力を練る速さが微妙に上がるらしい
それと魔力の効率化が出来て、消費魔力も抑えられる」
「ふうん…」
「何とこれを、こちらの4人が授かったんだ」
彼等は称号を授かった事で、今までより楽に魔法が使える様になったらしい。
「これで彼等は、討伐から外れて自主訓練を出来る」
「自主訓練ね…」
魔術師達の様子を見ると、微妙な顔をしていた。
どうやら自主的な訓練と言っても、相当困難な訓練な様だった。
「代わりに明日からは、別の4人が入る事になる」
「そうか
あまり無理をさせるなよ」
ギルバートは報告書を仕舞うと、地図を広げた。
「この時間から間に合いそうな場所となると…」
「こっちはどうだ?」
そこは先程の騎兵達が戦った場所から、さらに東に進んだ場所になる。
「こっちは怪しいんだが?」
「そうか?」
「こっちの6体のオーガ…
これの事じゃ無いかと」
「そうかなあ?
隊商が見たのは複数のオーガと熊の様な魔獣だろ?
ワイルド・ベアが居るんじゃ無いのか?」
しかしワイルド・ベアが居るのなら、魔術師達には荷が重そうだった。
突進が素早いし、近付かれて爪を振り回されては、騎士でも守るのは難しいだろう。
「大丈夫さ
いざとなればボクが居る」
「うーん…」
ギルバートが悩んでいると、騎士団の隊長が声を上げた。
「殿下
もしよろしかったら、私達にも魔獣を狩らせてください」
「そうは言うけど、危険だぞ?」
「それは承知しています
しかし騎兵にも、魔獣を倒した者が居るんでしょう?」
騎士は騎兵達に負けたく無くて、自分達も討伐したいと思っていたのだ。
「だがなあ…
こいつの咆哮は危険だぞ
混乱や恐慌を来たしたり、時には敵味方の区別が着かなくなる」
「それは恐怖に負けた時でしょう?
我々はオーガを幾度か狩っております
そんな熊の大きくなった魔獣になんぞ、負けませんよ」
ギルバートは迷ったが、結局押し切られる事になる。
アーネストが同行する事が、大きな理由となった。
一度は咆哮を経験する必要もあるし、何よりもアーネストが、その効果を打ち消す魔法を使えるからだ。
「本当に大丈夫なのか?」
「任せておけ
いざとなったら、あの魔法を使うだけさ」
鎮静の魔法。
精神を落ち着かせる香りを、香木を触媒に周囲に漂わせる魔法だ。
アーネストはダーナでも、この魔法で騎士団の窮地を救っている。
それを考えれば、この討伐も許可するしか無かった。
「分かった
しかしくれぐれも…」
「無茶はするな
だろ?」
「ああ
頼んだぞ」
ギルバートは一抹の不安を感じながらも、騎士団を送り出す事にした。
騎士達は東の城門に向かい、そこから公道に沿って東に向かった。
約時間ほど進んだ先に、小さな丘とそれを囲む様に森が広がっている。
その小さな森の周りで、オーガの姿が目撃されたのだ。
そして森の中には、熊の姿も見えたと報告されていた。
オーガの数は4体と少なかったが、ワイルド・ベアが3体目撃されている。
ワイルド・ベアに関しては、状況次第ではオーガよりも厄介な魔獣である。
それがオーガと一緒に現れては、さすがに騎士でも危ないだろう。
魔術師達が上手く魔法を使って、どちらかを牽制出来れば良いのだが。
「殿下
心配する気持ちも分かりますが、今はこっちを心配してください」
兵士は報告書を出して、兵士が手直しした箇所に頭を抱える。
「私が手直ししましたから、後は書き直してください」
「あのなあ
それなら書き直してくれれば…」
「報告書は殿下の仕事です
国王様に言われましたよね?」
「う…」
「言われましたよね!」
「分かった
分かったから」
ギルバートは渋々と、書類を持って天幕に入って行った。
添削された書類を、兵士に見張られながら書き直す為だ。
「なあ」
「駄目です」
「まだ何も言ってないぞ」
「休みたいとか言うんでしょ?」
「食事がまだなんだぞ」
「大丈夫です
殿下がいらっしゃらなかったので、私もまだです」
「なあ
せめて食事をしてからにしようよ」
「駄目です」
時刻は正午を回って、もうすぐ2時になろうとしていた。
ギルバートは空腹を訴え、仕事に手が付かないと懇願した。
「なあ
腹が減って集中出来ないよ」
「終わったら昼食にします」
「頼むよ…」
「そうやって後回しにしたら、どんどん遅くなりますよ」
「ぬう…」
ギルバートは腹の虫の鳴き声を聞きながら、書類と睨み合う事にした。
これ以上ごねても、昼食が遅くなるだけだろう。
ここは諦めて、素直に書類を仕上げるしか無かった。
ギルバートが書類と睨み合っている頃、アーネストは森の近くに来ていた。
馬車は遅れていたが、騎士達は先に到着している。
森の近くに展開して、周囲の探索を行っていた。
魔物の姿は見えず、騎士達は警戒しながら森の周りを探っている。
「よし
ボクが索敵を行う」
アーネストはそう言うと、魔力を周囲に広げる様に流した。
そうして魔力は広がり、森の中も流れて行く。
「居た!
森の中にオーガが6体
その奥にワイルド・ベアが4体だ」
「報告より多いか」
騎士達はクリサリスの鎌を取り出して、身構えながら森を睨んだ。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




