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聖王伝  作者: 竜人
第十章 王国の危機
331/800

第331話

戴冠式から21日が経ち、3度目の紅い月が昇る日が来た

ここ数日は狂暴化した魔物も減って来て、討伐も安定していた

怪我人も少なくなり、騎兵達の練度も少しずつだが上がっていた

今日はワイルド・ベアを討伐した、あの騎兵部隊が討伐に出る日だった

少し不安はあったものの、隊長は落ち着きを取り戻した様子だった

先に騎士団を見送ってから、ギルバートは騎兵達の前に来ていた

今日の討伐予定は、ゴブリンの群れが一組だった

他にもオーガが接近していたが、こちらには騎士団が向かう予定になっている

不安なのは、こちらも同じ東門から出た平原である事だった

下手をすれば、前回同様に戦闘中に遭遇する可能性がある


「今日向かってもらうのはここだ」

「東の城門から近いですね」

「ああ

 既に城門の周辺まで、斥候のゴブリンが来ている

 早急に片付けねばならない」

「はい

 今度はしくじりません」

「その事なんだが…」


ギルバートは躊躇いながらも、地図の東側を指差す。


「問題はこれだ」

「これは?」

「オーガが5体確認されている」

「5体も…

 まさか?」

「ああ

 気を付けないと、戦闘の血の臭いで寄って来る可能性がある

 そうなると、また混戦の可能性がある」

「それは…」


「正直なところ、非常に危険な任務になるだろう

 また部下を危険に晒す可能性が高い」

「私は…」


隊長は、危うく構いませんと言いそうになる。

しかし、僅かに残った理性が、それを何とか押し留める。

そして部下達の方を見やった。


「そういう事だ

 今のあなたなら、部下の身を真っ先に考えられそうだな」

「は、はい…」


隊長は辛うじて、何とか理性で衝動を抑える。

仇は討ってやりたいが、それで他の部下を殺されては、本末転倒だった。


「冷静な采配をお願いする」

「はい」


隊長は頷いて、強い眼差しを向け返した。

そこには先日と違った、仲間を守るという強い決意が宿っていた。


「気を付けて行ってくれ」

「はい」

「それと…」


考えてみれば、オーガと戦う事は、この先の巨人との戦闘に於いて優位に働くかも知れない。

それを考えれば、おーがと遭遇するのも良い機会なのかも知れない。

騎兵達が恐怖や混乱を起こさなければ…だが。


「部下達にオーガの事は話しておいてくれ

 急に戦闘になっては、却って混乱するだろう」

「それは…そうですが」


隊長もそれに気が付いたのか、少し考え込む。


「もし…

 戦えるのであれば、討伐しても?」

「ああ

 しかし無理はするなよ

 いざとなったら城門に逃げ込め」

「それは危険では?」

「私が城門で待機しておく

 逃げ切れない様なら私を呼べ」

「はい」


いざとなれば、討伐経験のあるギルバートが控えている。

それだけで、隊長は安心感を得ていた。


「任せてください

 何とか討伐してみせます」

「いや、無理はしない様に…」

「殿下が信じてくださっているんです

 勿論、部下を見捨てるつもりはありません

 戦って勝ってみせます」


力強く頷く様子を見て、ギルバートは本当に大丈夫かと少し不安になっていた。

しかし出来れば、彼等自身で討伐出来る様になって欲しい。

そうで無ければ、いざ城門を守るにしても、安心して任せられないからだ。


「それでは行って参ります」

「ああ

 くれぐれも無茶は…」

「はい

 信じてください」


隊長はそう言って、部下達の元へ向かった。

それから部下達に、討伐目標とオーガの説明をする。

最初は不安そうにしていたが、隊長の強い決意を見て、騎兵達もやる気を見せていた。


「やるぞ!」

「おう!」


騎兵達は声を揃えて武器を突き上げると、各々の馬に飛び乗った。

そうして広場を抜けて、東の城門へと向かった。


「大丈夫ですかね?」

「ああ

 信じるしか無い」


ギルバートはそう言うと、兵士に書類を手渡した。


「殿下?」

「一応、私も東の城門で待機しておく

 何かあったら、呼びに来てくれ」

「殿下!」

「いや、出るつもりは無いぞ

 何も起こらない方が良いのだが、念の為だ」


ギルバートはそう言うが、兵士はジト目でギルバートの事を見ていた。


「いや、本当に本当だぞ」

「そう言って書類整理から逃げていませんか?」

「い、いや

 決してそんな事は無いぞ

 彼等が無事に戻れるのか、確認する為だ」

「本当にですか?」

「おい

 信用が無いな…」

「それは日頃の行いです」


ギルバートは天幕の中でも、書類の整理を面倒臭がっていた。

最終的にはやるのだが、書類整理の様な地味な仕事は、面倒臭がって嫌がっていたのだ。


「そんなに言うのなら、残していても良いぞ

 どうせ後で整理するんだから」

「そうですね

 なるべく急がない報告は、後で纏める事にしますね」

「ぐぬうっ」


ギルバートは何か言い返そうとしたが、そのまま天幕を後にした。

下手に言い返しても、毎日の様に補助している彼に、言い負かされるのが目に見えていたからだ。

ギルバートは東の城門に待機して、門番の兵士に警戒を促した。

警備兵は2人が城壁に登り、城壁の外を眺めた。


「殿下

 外にはゴブリンが出ています」

「騎兵達は何処へ行った?」

「騎兵も居ますが…

 少ない?」


城壁の上からは、騎兵達がゴブリンと戦っているのが見えた。

しかし城壁の上からは、数名の騎兵しか見えなかった。

ゴブリンも20体ほどしか見えず、順当に倒されていた。

そのうち地響きが聞こえて、近くの木が倒れる音が聞こえた。


「殿下

 オーガです

 オーガも現れました」

「くそっ

 騎兵はそっちか?」

「そう…ですね

 見えました

 オーガと交戦しています」


「うりゃああ」

「せりゃああ」

ズガッ!

ドシュッ!

ゴアアアア


「あ!

 1体が膝を着きました

 危ない!」


ゴガアアア

ゴスッ!

「ぐっ

 くそっ」


「怯むな

 囲い込め」

「おう」


騎兵達は巧みに馬を操り、オーガの攻撃を躱そうとする。

中には被弾する者もいたが、何とか武器で防いでいた。

長柄の武器を使っているので、距離が取れているのが幸いしていた。


「あ!

 1体倒したみたいです」

「そうか

 全部で5体が発見されていた

 残りは見えるか?」

「いいえ

 周辺に見えたのは、その1体だけです」


騎兵達も1体を倒して、周囲を警戒を始めた。


「ゴブリンは倒したな」

「はい」

「引き続き警戒をしろ

 まだ付近にオーガが居るぞ」

「はい」


城門の中では、ギルバートが書類を確認していた。

ゴブリンに関しては、報告の数で間違いが無いだろう。

そう考えると、ゴブリンの討伐は終わっていた。

しかし騎兵達は、オーガを警戒して周囲を探索している。

このままオーガも討伐するつもりだろう。


「ゴブリンを倒せたのが大きいですね」

「そうだな

 狂暴化した魔物を簡単に討伐している

 確実に腕が上がっているな」


魔物に部下を殺された時には、冷静さを失って危険だった。

しかし冷静に戻ってからは、戦況を見極めて戦っている。

今もオーガの乱入を想定して、先に警戒して待ち伏せていたのだ。

それを見ていても、成長しているのが分かった。


「騎兵達は警戒をしながら…

 っ!」

ドスン!


遠くで大きな音がする。

それはまるで、大きな物を投げた様な音だった。


「騎兵達は?」

「無事です

 しかし…木?

 木が投げられた様です」

「オーガか…」


ギルバートは外に出ようと、城門の近くに向かう。


「殿下?」

「騎兵達が危ない」

「駄目です

 今は出せれません」

「そこをどけ!」


ギルバートは通用門から、外に出ようとした。

しかし番兵が、通用口の前で槍を構えて塞ぐ。


「騎兵達が戦っています」

「だからだ

 このままでは…」

「信じてください

 彼等が魔物を討伐するのを」

「駄目だ

 危険だ」

「いいえ

 むしろあなたが出て行く方が危険です」

「そうです

 彼等を信じてください」


ギルバートが番兵達と口論する間も、外での音は大きくなる。

騎兵達の声が聞こえて、魔物の咆哮が響き渡る。


「くっ

 このままでは…」

「いいえ

 隊長が踏ん張っています」

「それに魔物に…

 1体倒れた」


隊長は前に出て、魔物の攻撃を躱していた。

それはワイルド・ベアに比べると、少し遅く感じていた。


グガアアアア

ブン!

「甘い!」

ズガッ!


隊長は攻撃を躱しつつ、魔物の腕に切り付ける。

血飛沫が上がり、魔物の腕に切り傷が付く。

槍を巧みに振り回し、魔物の拳を受け流す。

そして回り込みながら、その腕に向けて切り付けている。


その間にも、もう1体のオーガを引き付けて、騎兵達が攻撃を加えた。

魔物の攻撃を誘い、その隙にポールアックスで足に切り付ける。

ワイルド・ベアの毛皮と比べると、その表皮は決して固くは無かった。

数回切り付けると、魔物は血を流しながら膝を付いた。

その隙を突いて、他の騎兵達が槍を突き出して刺して行った。


「せりゃあああ」

「とう!」

ズドッ!

ドスッ!

グゴアア…


一度に複数の槍が刺さり、魔物は苦悶の声を上げる。

振り回した腕が、騎兵の槍をへし折った。

しかし再び斧が振るわれて、背中と首筋に叩き込まれた。


「うおりゃああ」

「ふん」

ズドッ!

ゴガッ!

ガアア…


オーガはうつ伏せになって倒れて、巻き込まれそうになった騎兵達が逃げる。

魔物は血を流しながら、そのまま動かなくなった。


「よし!

 倒したぞ」


騎兵達が喜んでいると、後方から隊長の声が響く。


「終わったならこっちだ!

 もうもたないぞ」

「はい」


隊長は腕を切り付けていたが、まだ足には傷が少なかった。

魔物は傷付いた腕を庇い、足を振り上げた。


「ぬうお

 くそっ」

「隊長!」

「こいつめ」


隊長は既の所でそれを躱す。

それを見た騎兵達が、オーガに向かって武器を振り回した。

槍が足や腰に突き刺さり、ポールアックスで脛や足首が砕かれる。


グガアアアア


オーガは腕を振り回すが、そのままバランスを崩して倒れた。

足腰に深手を負って、満足に発てなくなっていたのだ。


「次が来ている

 早急に止めを刺せ」

「はい」

「この野郎」

「死にやがれ」


騎兵達は斧や槍で、オーガの首筋を目掛けて切り付けた。

オーガは大きな断末魔を上げると、そのままピクリとも動かなくなった。


その間にも地響きがして、魔物が近づいて来る。

残るオーガは2体だった。

しかし隊長は、既に魔力が切れていた。

このままでは身体強化を使う事は出来なかった。


「隊長」

「二手に分かれろ

 引き付けて隙を窺うんだ」

「はい」


騎兵達は左右に分かれて、魔物を左右に引き付けた。

一度に2体を相手にするのは危険だからだ。


「そのまま引き付けろ」

「これでも喰らえ」

ズガッ!

ガアアアア


1体の右の脛にポールアックスが叩き込まれて、オーガは堪らず膝を付く。

その隙にもう一人が、左の肩にポールアックスを振り下ろした。

肩甲骨が砕ける感触を感じながら、騎兵は引き抜いた斧をさらに叩き付ける。


「こんにゃろー!」

ゴガッ!

グゴアアア…


その間にも槍が突き刺されて、オーガに致命傷を与える。


「おい?

 外はどうなっている?」

「4体目…

 動かなくなりました」

「何だと?」

「おお…

 やったか」

「後1体です」


城門の中では、ギルバートがやきもきしながら待っていた。

城門から出れないので、城壁の兵士の実況を聞かなければ、状況が分からないのだ。

状況が知りたくて、ギルバートは兵士に実況を続けさせる。


「どうなった?

 どうなったんだ、おい!」

「はい

 止めが…

 隊長が手を振っています」

「開門!」

「開門しろ!」


番兵達が慌ただしく動いて、城門が開かれて行く。

そこには横たわった魔物と、肩で息をする騎兵達の姿が見えた。

深手を負った様子は無く、全員が馬上で疲れた顔をしていた。


「もう…駄目だ」

「無理…」

「これ以上は戦えません」


騎兵達は疲弊していて、フラフラと城門に向かって戻って来た。


「殿下

 勝ちましたよ」

「やってやりましたよ」

「お前達…」


ギルバートは言葉を失って、呆然と見詰めていた。

勝てるとは思っていたが、正直厳しいだろうと思っていた。

もしもを考えて、助けにも行こうとしていた。

しかし、予想を上回って騎兵達は勝利していた。

誰一人欠ける事無く。


「怪我人は?」

「みな軽傷です

 死者も重傷者も居ません」

「良かった…」


「すぐに馬車を手配しろ、魔物の遺骸を運ぶんだ」

「はい」


番兵が走って、馬車を呼びに向かった。

そのまま職工ギルドに運ぶ為だ。


「序でに手の空いてる者を呼んでくれ

 ゴブリンの魔石を回収させてくれ」

「殿下?」

「彼等に渡す、報酬があるだろ?」


「報酬と言えば…」


隊長が怪訝な顔をして呟く。


「戦闘の途中に不思議な声が聞こえました」

「声?

 頭の中に響く様な声か?」

「はい

 確か…戦士の称号がどうとか…」


隊長はオーガとの戦闘で、戦士の称号を得ていた。

これまでに騎士団や親衛隊でも、騎士や戦士の称号を得ていた。

それは危険な魔物との戦闘で、女神から祝福として授かる。

隊長もオーガとの戦闘を経て、称号が授けられたのだろう。


調べてみれば、他にもポールアックスで活躍した騎兵が、数名称号を得ていた。


「良かったな

 諸君らの働きを、女神様が認めてくださったんだ」

「女神様が?」

「それにしても変な話ですね」

「ん?」


「聞けば魔物を差し向けているのは、その女神様なんですよね?」

「そう言えば、人間の行いを善くないとして、人間を滅ぼそうとしていると…」

「誰がそんな事を?」

「いえ

 あくまで噂として聞いております

 しかしそんな話が噂されているのに、女神様からの救済はありません」

「確かにそうだよな」

「称号も戦った者の中から、ほんの数人なんだろ?」


騎士達は不安を覚えて、真相を知りたそうにギルバートを見た。


「私からは何とも…」


ギルバートは真相を話せないので、口籠っていた。


「この事は分からない事が多い

 安易に噂を広めないでくれ」

「は、はあ…」


騎兵達は何とも言えない表情で、仕方無さそうに頷いていた。

まだまだ続きます。

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