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聖王伝  作者: 竜人
第十章 王国の危機
330/800

第330話

騎兵達は公道を駆け抜けて、北西の林に向かった。

そこは馬で2時間ほどの距離だが、灌木も入り組んでいて、小柄なゴブリンが隠れるにはちょうど良い場所だった

騎兵が林の近くに来ると、戦闘音がしてコボルトの姿が見えた

コボルトは林の周りに集まり、ゴブリンと戦闘を行っていた

どうやら魔物は狂暴化しても、他の魔物を襲う様だった

騎兵達はゆっくり林に近付き、背後から奇襲する機会を窺がった

コボルトが攻撃してくれたおかげで、ゴブリンの数は半分ぐらいに減っていた

しかしコボルトの残数と併せると、まだ100体近くの魔物がそこには居た

魔物は依然として戦っており、林の周りで切り合っていた


「魔物はまだ、こちらに気付いていないな」

「ええ

 今がチャンスです」

「よし

 ポールアックスを持つお前達が前に立て」

「はい」

「後方から槍で支援するぞ」

「はい」


騎兵達は武器を構えると、ポールアックスを持つ12名が前に出て、一気に攻め込んだ。


「うおおおお」

ブンブン!

ズガッ!

ザシュッ!

グギャア

ギャワン


ポールアックスが振り回されて、近付く魔物を切り裂く。

その隙を突いて近付く魔物には、槍を持った騎兵が鋭い突きを見舞う。

次々とコボルトの後方から切り込み、ゴブリンも巻き込んで倒して行く。


「良いぞ

 その調子だ」

「ぐっ

 このっ!」

ギャワン


多少は抜けて来る魔物もいたが、すぐに槍に突かれて倒される。

騎兵の負傷者は後方に下がり、代わりの騎兵が前に出る。

こうして軽傷の者が数人出たが、大した損害も無く蹴散らして行った。


「残るはゴブリンが数体だ

 このまま蹴散らせ」

「おう」


騎兵が前に出ようとした時、不意に咆哮が聞こえた。


ゴガアアア

「ひっ!」

「な、何だ?」


咆哮を聞いて、数名の兵士が恐慌を来たす。

慌てて隊長は、声を上げて叱咤する。


「慌てるな

 魔物の襲来に備えろ」

「は、はい」


騎兵達はゴブリンと戦う者を残して、密集体制を取った。

腰から下げた盾を取り、槍を持った兵士が周りを囲む。

これだけで並みの魔物なら、迂闊な攻撃は出来なかった。


ドシドシと足音を立てて、右の方向から何かが近づいて来る。


「気を付けろ

 右手から来るぞ」


隊長は声を掛けて、前方でポールアックスを振り回す兵士にも警告を出した。


ゴガアアア

ズザサッ!


灌木を飛び越える様に、巨体が飛び出して来る。

隊長の警告が聞こえていた為に、騎兵達はその場から素早く離れる。

逃げ遅れたゴブリン達は、そのまま巨体が振るった爪に切り裂かれた。


シュバッ!

ギャワーッ

グギャアアア


ゴブリンは断末魔を上げて、ある者は4枚に卸され、またある者はその場で砕け散った。


森の中から現れたその姿は、まさに大きな魔獣だった。

大きな熊の魔獣、ワイルド・ベアだ。


「く、熊?」

「くそっ

 これがワイルド・ベアか」


隊長はすぐに、それが危険と噂されているワイルド・ベアだと気付いた。

こんな大きな熊が、普通の熊とは思えない。

そうなれば、熊の魔獣のワイルド・ベアとしか考えられなかった。

ギルバートからは、その魔獣にはなるべく近付かない様に言われていた。


「散開だ

 散開して攻撃に備えろ」

「隊長?」

「良いから気を付けろ

 突進が素早いから、密集していては危険だ」


ワイルド・ベアの膂力を考えれば、密集体制でも防げないだろう。

それよりは広がって、的を絞らせない方が安全だった。

そのまま広がって囲んで、馬で回避しながら攻撃する。

それが一番危険が少ないのだ。


「素早く回り込んで、躱しながら切り付けろ」

「無理ですよ」

「こんな大きな熊になんて…」


「泣き言を言うな

 これだけ大きければ当て易いだろ」


隊長は声を張り上げつつ、馬に鐙を当てた。

そのまま走り込みながら、魔獣の右側に回り込もうとする。

ワイルド・ベアは立ち上がり、鋭い爪を振り翳す。


「ぬおおおお」

ブン!

シュザッ!

ゴガアアア


隊長は右に身体を傾けつつ、魔獣の左脇を通り抜ける。

魔獣は左手を振り下ろす、既の所で隊長はそれを躱す。

そして躱し様に、槍で素早く切り裂いて抜けた。

しかし傷は浅く、毛皮に切り傷を残すのがやっとだった。


「くっ

 浅かったか」

「おお…」

「惜しい」


「そこ!

 危ないぞ!」

「へ?」

ズザサッ!


灌木が揺れて、もう一つの黒い影が飛び出す。

騎兵達は慌てて広がり、その突進を躱した。


ゴガアアア

「あわわわ」

「うひい」


もう1頭のワイルド・ベアが飛び込んで来て、隊長と騎兵達の間に入った。

これによって、隊長は孤立してしまう事になる。

しかし隊長としては、こうでもして部下を守るしか無かったのだ。

あのままで居たら、騎兵達が気付かずに襲われていただろう。

それを思って、隊長は危険を冒して前に出たのだ。


「た、隊長」

「くそっ」

「こっちは良いから

 お前達はそいつを頼む」

グガアアア


隊長は巧みに馬を操り、何とかワイルド・ベアの攻撃を避ける。

その間に、騎兵達はもう1頭のワイルド・ベアと対峙していた。


「くそっ」

「何とかこいつを…」

「隊長の元へ…」

グガアアア

ブンブン!


魔獣の爪を避けながら、何とか隙を窺う。

しかし魔獣が立ち上がると、その鋭い爪が猛然と襲い掛かって来た。

前方で引き付ける者は、それを避けるのでやっとだった。


「くうっ」

「無理はするな

 こっちに任せろ」


魔獣の隙を窺いながら、斧を持った騎兵が後ろに回る。

そしてそのポールアックスを、両足に目掛けて振り下ろした。


「ぬりゃあああ」

「いけえええ」

ズガッ!

ズドッ!

グゴガアアア


3人の騎兵が、同時に斧を振り下ろした。

左足は断ち切られて、右足にも深手を与える。

熊はバランスを崩して、前のめりに倒れる。


「今だ!」

「食らえー!」

ズドッ!

ズガズガッ!

ゴガアアア


一斉に槍が突き出されて、魔獣の腕や首筋に鋭く突き刺さる。

しかし毛皮が丈夫なので、深くは突き刺さらなかった。

致命傷にはならなかったので、熊は大きく暴れた。


グガアアア

「か、固い」

「くうっ、このお…」

「止めだ!」

ズガッ!

ゴガア…


最期にポールアックスが、首筋に深々と叩き付けられた。

ワイルド・ベアは全身を振るわせて、最期の足掻きで腕を振るった。


ガキン!

「ぐはっ」


ポールアックスを持った騎兵が、大きく後方に飛ばされた。

最期の足掻きにしては、それは強力な一撃だった。


「大丈夫か?」

「オレの、こと…

 たいちょ…」


数名の騎兵が助けに向かうが、彼は隊長の事を心配していた。


「任せろ」

「隊長!」


残りの騎兵達が、隊長と対峙する魔獣を囲んだ。

魔獣も疲弊していたが、隊長も激しく消耗していた。

何とか躱せていたが、爪が掠めた場所には切り傷や抉れた痕が残っている。

そして躱すのに集中して、既に肩で息をしていた。


「隊長!」

「はあ、はあ

 だい…じょうぶ、はあ、はあ…」


隊長は前に立つ騎兵を押し退けて、鋭く魔物を睨み付けた。

魔獣は周囲を見回して、囲まれた事を悟る。

その様子は困惑していて、このまま隊長を襲うか迷っていた。

その隙を突いて、後方から騎兵達が攻撃を仕掛ける。


「うおおおお」

「どりゃあああ」

ドガッ!

ズドッ!

グガアアアア


騎兵が数名掛かりで、ポールアックスを背中に叩き付ける。

魔獣が怯んだ隙に、周囲から槍が突き立てられる。


「せりゃあああ」

「はあっ」

ズドッ!

ドスッ!

グガアア…


魔獣は尚も、隊長に爪を振り上げた。


「危ない!」

「ぐぬう…りゃあ」

ドス!


隊長は渾身の一撃を、魔獣の喉元に深々と突き立てた。

それは見事に喉元に突き刺さり、魔獣はゴボゴボと血を吐きながら倒れた。


「はあ、はあ…」

「隊長!」

「ポーションだ

 ポーションを持って来い」


自分の腰にも、ポーションの瓶が入っている筈だ。

しかし慌てた騎兵達は、他の者がポーションを差し出すまで狼狽えていた。


「隊長」

「だいじょ…

 かはっ」


隊長は腰からポーションを出すと、それを飲み干した。

その間にも騎兵達は、隊長の傷口にポーションを掛けていた。

そして薬草を出すと、傷口に巻いて縛った。


「はあ、はあ…

 怪我人は?」

「みんな浅手です

 むしろ隊長の方が…」

「大丈夫だ

 致命傷では無い」


隊長は馬を降りると、兜を脱いで座り込んだ。

その間にも、騎兵達は傷口を縛って治療する。


「誰か王都に戻って、馬車の手配をしてくれ」

「はい」


魔獣の遺骸を運ぶ為に、馬車の手配が必要だった。

この周辺にはコボルトとゴブリンの報告しか無かった。

その為に、馬車は用意されていなかったのだ。


「おい?

 エリン達の姿が見えんが?」

「え?」


問われた騎兵は、驚いて周囲を見回した。

そして数名の騎兵が、少し離れた灌木の方を見た。


そこには数名の騎兵が集まり、肩を落としていた。

遠目に見ても、その様子はおかしかった。


「どうした?」


一人の騎兵が、近付きながら声を掛けた。

そこには横になった騎兵が、動かなくなっていた。


「え?

 エリン?」

「ああ…」


騎兵達はゆっくりと顔を上げると、そこには涙の跡が見えた。


ギルバートは騎兵達の報告を受けると、頭を下げて謝っていた。

報告には無かったとはいえ、ギルバートの判断が甘かったのは確かだ。

何とか共倒れをしてくれたが、コボルトが出た事も事実だ。


「すまなかった

 私の判断が甘かったせいで…」

「いえ、殿下のせいでは…

 私も魔獣を倒そうとしていましたので」

「そうは言っても…」


今回の魔獣の討伐で、死傷者が出ている。

こうして話している隊長も、あちこちに包帯が巻かれていた。

傷は塞がっていたが、数日は傷むだろう。


「私の判断が甘かったせいで、使者が出てしまった…」

「いえ

 エリンはみなを護る為に、その身を挺したんです

 その死を惜しむ事はあっても、殿下のせいだとは思っていません」


それは騎兵達全員の意見だった。

彼が身を挺して守ってくれたので、隊長も深手を負わずに済んだのだ。

少なくとも彼等はそう思っていた。


「あなたの責任ではありません

 魔獣や魔物が増えていたのは天の配材

 そう、女神様の意思だと思います」

「女神様の…

 はあ…」


ギルバートはその言葉に、深く溜息を吐いた。

確かに女神の意思なのだろう。

女神が求めたからこそ、魔物や魔獣が襲って来たのだ。

その言葉には、隊長が思う以上の意味が込められている。


「殿下?」

「いや、何でも無い」


ギルバートは頭を振り、下らない考えを押し出して。

そして目の前にある、先に片付けるべき問題に目を向けた。


「それで…

 彼のご家族は?」

「親は既に…」

「そうか」

「後は妹がいますが、彼女は冒険者ギルドに居ます」

「冒険者ギルド?」


エリンには2つ下の妹が居たが、彼女も成人して勤めていた。

彼女は冒険者ギルドの酒場で、給仕をしているとの事だった。


「そうか

 それならば私が…」

「いいえ

 これは我々が報告します

 彼女とも仲の良い者が居ますから」

「それは…」

「殿下は深く考えないでください

 これは我々の仲間の問題ですから」


ギルバートはそう言われて、また溜息を吐いていた。

家族に直接、謝罪をしたいと思っていた。

しかしそれさえも、彼等からすれば迷惑なのだろう。

一国の王太子が、気軽にミスを認めて謝る。

本来はそれは、やってはいけない事なのだ。


「殿下のお気持ちは、必ず伝えておきます

 しかし殿下は、安易に謝らないでください」

「分かった」


ギルバートはそう言って頷くしか無かった。


午後からの討伐は、急遽取り止めになった。

死者が出たのもあったが、コボルトが討伐された事もあった。

その後の報告で、次に向かうコボルトの姿が消えていた。

恐らく移動して、ゴブリンの群れの方に向かったのだろう。


「だから君達は、今日はもう帰って休んで良いよ」

「それは死者が出たからですか?」

「いや

 今日の予定が倒されたからだよ

 決してそんな…」

「私の怪我なんぞ気にしないでください」

「いや、だから…」

「騎兵達はまだ戦えます

 仲間の敵も…」


隊長は暫く興奮して、次の討伐目標を出してくれと頼んでいた。

しかしギルバートは、頑なに断った。

これ以上無理をさせるのは、危険だと判断したからだ。


「良いから、今日はもう休んでくれ

 くれぐれも早まった事はするなよ」

「そうは申されましても…」

「何も討伐の任を解くと言っているんじゃ無い

 今日は目標になりそうな魔物が居ないんだ」


ギルバートは地図を示して、周辺に魔物の発見の報告が無い事を示した。

残るはオーガの報告だが、騎兵では無理だと判断されていた。


「それならばオーガの討伐を…」

「駄目だ!

 今のオーガは狂暴になっている

 騎士団でも危ういんだ」


ギルバートは隊長を叱り付けると、そっと肩に手を置いた。


「あなたは今、冷静さを欠いています

 休まれた方がいいですよ」

「殿下

 しかし!」

「大事な部下が、これ以上失われてもですか?」

「え?」


「あなたが魔物に復讐をしたい

 それは良いでしょう

 それだけなら私も賛成ですよ」

「それならば…」

「でも、それに巻き込まれる彼等は?」


ギルバートは天幕の外へ目を向ける。

そこには騎兵部隊が、未だに整列して待っていた。


「気持ちは分かりますが、今は休みましょう」

「で、殿下

 わたしは…」


ギルバートは騎兵達を呼ぶと、隊長を連れて行かせた。

隊長は悔恨の念を抱き、苦しそうに泣いていた。


「もう…

 犠牲は出せないな」


ギルバートは苦し気に、地図を睨んでいた。

まだまだ続きます。

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