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聖王伝  作者: 竜人
第二章 魔物の侵攻
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第33話

イーセリアとの出会いは、ギルバート少年に新しい物を齎せます

それは単なる出会いでは無く、もしかしたら運命の出会いだったのかも知れません

そして、もう一つの出会い

アーネストの手に齎された書物が物語を動かして行きます

朝日が差し込み、2階の部屋にも光が差し込む

外はそろそろ、秋から冬に入り始めていて、風は冷たく冷えていた

差し込む陽射しに暖かくなっていたとはいえ、開け放しでは少し寒いぐらいだ

メイド長が各部屋を回り、開けていた窓を閉めていく


少年は階段を上がり、2階の廊下を歩く。

来客用の部屋の奥の方から、小さく鼻歌が聞こえてきた。

鼻歌の主は、鼻歌を歌いながら、上機嫌で羊皮紙に何かを書いていた。

朝日が差すバルコニーは、レースのカーテンが風にたなびき、不思議な光景を見せていた。


幼女は客室のバルコニーの真ん中に座り、熱心に何か書いている。

たなびくカーテンに囲まれ、差し込む光に煌めく光の粒子が舞う。

まるで一枚の絵画の様であった。


ギルバートがその光景に目を奪われていると、不意に鼻歌が止んだ。

その瞬間、小さくて可愛い鼻歌が途絶えて、少し悲しい気持ちになった。

幼女がゆっくりと顔を上げ、少年の立っている方へ顔を向ける。

そして、少し高い声で何か呟く。


「んにゅ?」


可愛い。

少年は素直にそう感じた。


昨夜出会った時は、眠っている姿しか見ていなかった。

改めて見ると、子供らしいあどけない顔をして不思議そうに見詰めてくる。

少し雀斑がある小さな鼻に、くりくりとした大きな目。

妹の上品な顔立ちとは違った、自然な感じの和かな可愛さだった。

首を傾げて少年を見て、やがて小さな口に右手の人差し指を突っ込む。

よく見ると、その手はインクで汚れていた。


「ああ!

 あー…だめだよ」


一瞬、声が大きくなりそうになり、慌てて抑える。

妹がそれで、よく泣いたからだ。


少年は慌てない様に、ゆっくりと幼女に近付き、その手を取ってハンカチで拭ってあげる。


「ほら、インクで汚れてる

 そんな手を舐めたら、お腹が痛くなるよ」


「んああ?

 いあうなう?」

「あれ?」


幼女は妹より少し大きく、当然3つになった妹より上の4つか5つだと思っていた。

だが、妹でもたどたどしくではあるが、話せていた。

それなのに、この子は上手く話せていない。

集落に居た子供だって言ってたけど、何か話せない理由があるのかな。


「ああう?」

「?」


最初は何と言っているのか分からなかった。

しかし、少し考えてりかいした。

自分が誰かと聞いているんだ。


「こんにちは

 ボクはギルバート」

「いうああお?」


再び首を傾げ、自分の方をじっと見つめる。

その大きな瞳に吸い込まれる様な気がする。


「ギ・ル・バ・-・ト」

「んにゅう…

 いうああと?」

「まだ、上手く言えないかな?

 ギルバート

 今日から君のお兄さんだよ」

「おいいあん?」


不思議そうな顔をする。

それから、花が咲いた様に笑顔になって抱き付く。


「おいいあん」


嬉しそうにギュッと抱き付く。

可愛い。

思わず左手で抱き締め、右手で優しく頭を撫でてあげる。

セリアはニコニコしながら撫でられる。

暫く撫でていたら、飽きたのか、再び羊皮紙に向かって何か書き始めた。


セリアが書いていたのは、絵か文字か分からなかった。

それでも一心不乱に書いているので、暫く見守っている。

セリアは時々、自分が居るのか確認する様に後ろを振り返る。

そして、振り返るとニコリと笑って、再び紙に向かって書き始める。

暫くは無言で創作に励んでいたが、その内自分の事を忘れたのか、鼻歌を歌って書き始める。


セリアは指をインク壺に突っ込んでは、その指で大胆に何かを書き込む。

最初は石炭でも持って来ようかとも考えたが、よく考えたらそれを口にする可能性もある。

メイド達が用意してないのはそういう事だろう。

まあ、インクを口にする可能性もあるのだが…。


暫くして、書き終わったのか?

セリアがこっちを向いてニパッっと笑う。

その手に持った絵をギルバートに見せて、満足げな笑顔をする。


「あい」


「おお

 出来上がったのかい?

 どれどれ?」


ギルバートはわざとらしく大袈裟に受け取る。


分からないな…。

何を書いているんだろう?


正直、何を書いているのか分からない。

でも、それを言ったらがっかりするだろう。

自分もそんな経験があったから、何を書いてるか分からないけど、取り敢えず褒めてみる事にする。


「うわあ

 セリアは上手だねえ」

「あい」


セリアは上機嫌だ。

しかし、ここで迂闊な事を言えば、不機嫌になるだろう。

ここは何を書いていたのか気にはなるが、黙って褒めるだけにしよう。


「セリアはお絵描きが上手だねえ」

「あい」


良かった…。

書いてたのは絵で合っていた様だ。

それとも、絵って言葉が分からないか?

兎も角、次に行こう。


「それじゃあ、をお手手を綺麗にしようね」

「ふにい?」


再び口に入れそうになる手を取り、ハンカチで綺麗にしてやる。


「さあ、これで綺麗になった」

「あい」


再び上機嫌で抱き付いて来る。

可愛くてついつい頭を撫でてしまう。


暫く頭を撫でてると、再び興味が移ったのか、セリアは立ち上がった。

ちょこんと立ったセリアは、指を咥えて暫く考えて、ギルバートの袖を引っ張った。


「何?

 どこか行きたいの?」

「…」


セリアは困った様に俯く。

そこでギルバートは、ある事に思い当たる。

慌ててメイドを呼んで、セリアをトイレに連れて行かせる。


これはボクが連れて行ってはダメだろう。

セリアは女の子だし、メイドなら子育ての経験がある。

きっとトイレの仕方を教えてあげれる。


そう思って、ギルバートは胸を撫で下ろした。

そして、セリアが帰ってくるまで暫くここで待っていようと思った。

思っていたのだが、今度は庭でギルバートを呼ぶ声がする。


「…ちゃま

 ぼっちゃま

 早く、早く来てくださいませ」

「ん?」


バルコニーから下を覗くと、先ほどのメイドが必死に手招きしている。


何だ?


ギルバートは慌てて1階に降りた。


庭へ出て、声がする方へ向かう。

そこではスカートのエプロンを泥で汚したメイドが、困惑した顔で立っていた。

その隣には、泥だらけの手でスカートの裾を掴むセリアが居る。


「うわあ」


状況は理解した。

すぐさまセリアの目の前に行き、優しく声を掛ける。


「お庭で遊びたいの?」

「あい」


興味がギルバートへ移ったからか、セリアはエプロンから手を放した。

メイドはやっと解放されたと、エプロンの交換をする為に離れた。


うーん

ここは本来なら、泥んこの手で触ったりするのは注意すべきなんだけど…

理解出来そうにないかな…


取り敢えずは、今日のところは叱らない様にして、この子に付き合ってやろうと思った。

集落でも、こんな風に泥遊びをしてたんだろうな、と手を握って一緒に花壇の端に移動する。

庭師が、次の季節の花を植える為に掘った、花壇の一角の土の塊へ近付く。

勿論、咲いている花もあるのだが、セリアの目下の興味の対象は、この土で出来た山だ。

その山を見詰め、どう登ろうか思案している。

よく見たら、素足で来ている。

どうやら、1階のトイレに行った後に、隙を見て庭に逃走した様だ。


ギルバートは土の塊を見て、怪我しそうな小石や破片が無いか確認した。

小さな子供の素足では、小石でも傷が付いてしまう。

そこから毒が入って、病気や化膿して足が駄目になるとアーネストが言っていた。

セリアが怪我をしない様に、慎重に調べる。

その間に、セリアは暫く手を握られてじっとしていたが、我慢できなかったのか手を振りほどいて土の山によじ登る。

その姿も可愛いのだが、折角の服が泥で汚れてしまう。


「あ!

 ああ…ああ…

 こりゃあ、後で叱られるぞ…」


メイド長のお小言を思い出して震え上がるが、セリアはお構いなしに、山の上で手を挙げる。


「あーい」


てしてしと山の上で土を叩いて見せる。

その仕種が何の意味が有るのか分からないが、兎に角セリアは嬉しそうだ。

上機嫌で土の山を叩き続ける。


後日、この花壇の花が例年よりよく育ったのだが、それはまた、別の話だ。


「いーちゃ

 うーちゃ

 おーちゃ

 いいああいうい」


不思議な呪文の様な言葉を呟きながら、土の山を叩いている。

何をしているのか分からないが、兎に角可愛い。

ギルバートは、暫く続く不思議な儀式を眺めていた。


昼になり、メイドが呼びに来た時にはコッテリ絞られた。

今日は良いが、これからお兄さんになるのだから、しっかり面倒をみてあげないとと言われた。

それでも、メイドもセリアの仕草に頬が緩み、優しく手足を洗ってあげるのであった。


「良いなあ

 セリアは怒られなくて」

「何ですって?」


メイドの鋭い視線に思わず怯む。


「んにゅ?」

「あー、はいはい

 まだ口に入れてはダメですよ

 さあ、指も綺麗にしましょうね」


少し前まで娘が居たメイドは、自分の娘を思い出しながら、甲斐甲斐しく世話をする。


「はい

 お手手も綺麗になりましたよ」

「あい」


服も新しいのに変えて、足には小さなサンダルを履かせる。

本当は風呂に入れてあげたいが、簡単に湧かせないので濡れタオルで泥を拭う。

最後に頭を撫でてあげて、完成だ。


「さあ、食事に行きましょう」

「あい」


「今日のお昼は何だい?」

「さあ

 何でしょうねえ」

「え?」


「可愛い妹の世話も出来ないお兄さんには

 お昼は無いかも知れませんね」

「ちょっと」

「あい」

「扱いが酷く無いか」

「んにゅう?」


「嫌なら昼からはしっかりとお兄ちゃんしてください

 私達も忙しいんですから」


「分かったよ」

「あい」


「でも、フィオーナでも慣れて無いのに、どう相手したら良いのか…」

「大事なのは、目を放さない事

 トイレやお風呂は私達でやりますから

 遊び相手をしてあげてください」

「それぐらいなら・・・」


食堂に入り、椅子を引いてセリアを抱えて座らせる。


「あれ?

 でも、ボクは明日からまた、訓練があるんだけど?」

「あー…

 旦那様が暫く訓練を休ませるって」

「え?」

「アーネスト君も協力する様に言われていましたから

 二人で看てもらう様になると思いますよ?」

「ええ!」


「ボクは聞いてないよ?」

「そりゃそうでしょう

 今夜話すって言ってましたから」


メイドに手伝ってもらって、セリアに前掛けをしてあげる。


「魔物は?

 軍はどうなるの?」

「さあ?

 その事で、旦那様も朝早くから出掛けていらっしゃいますから

 夜には何かお話があると思いますよ?」

「そうか…」


すっかり戦場に出る気になっていたギルバートは、訓練が出来ないと落ち込む。

そんなギルバートを心配して、セリアが袖を引っ張る。


「おいいあん

 あいおおう?」


首を傾げる。

可愛い。


「さあ、お嬢様

 お食事をしましょうね」


その後は、メイドに食事を手伝う時の注意点を教わりながら、妹の食事を手伝った。


食事が終わり、先ほどの部屋に戻ると、窓は既に閉めてあった。

先ほどの絵?は、机の上に置いてあった。

メイドが寒くならない様に窓を閉めに来たのだろう。


書庫から絵本を取って来て、セリアを抱っこしながら開いて見せる。

子供の頃に、よく母親にしてもらったからだ。


ギルバートは4歳までは身体が弱くて、ほとんど寝てばかりだった。

その為、歩き始めたのは4歳、喋れる様になったのは5歳になってからだ。

その頃、まだ身体の弱いギルバートを心配して、母親は抱っこしては絵本を読んでくれた。


母親の暖かい膝の上を思い出しながら、ギルバートは絵本を読んであげる。


「むかし、ムガルていこくというくにがありました」

「あい」


ギルバートの読み聞かせに、セリアの相槌がはいる。

暫く読み聞かせていると、相槌も小さく弱くなり、いつしか小さな寝息を立てていた。

絵本をそっと閉じて脇に置き、優しく抱き上げる。

部屋のベットは大きかったが、その真ん中にそっと寝かしつける。

そうしておいて、自分は机に座って本を開いた。


王国式剣術指南

手作りの本は、先ほど書庫で会ったアーネストに預かった物だ。

まだ3ページしか解析できていないと言っていた。

それでも興味深い事がかいてあり、ギルバートは夢中で読んでいた。

まだ挿絵と武術名しか読めてはいなかったが、やがてこの書物が大きな意味を持つ事になる。

一応、説明に当たる回になります

イーセリアとの出会い

そして謎の書物について、少しずつ解明されていきます

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