第329話
ギルバートが食堂に入ると、国王とアーネストの姿が見えた
サルザートは側に控えて、席には座っていない
国王の脇には、王妃の姿も見られた
どうやら王妃も同席するので、食事に誘いたかった様だ
ギルバートはまだ、蟠りを感じていた
しかし王妃からすれば、ギルバートは愛する息子だったのだ
王妃はギルバートの姿を見ると、微笑んで手招きをした
隣の席が空いていて、そこに座れという事なのだろう
ギルバートは躊躇いながらも、王妃の隣に座った
王妃は喜んで、ギルバートにサラダを取り分ける
ギルバートはそれに感謝を示して、傍らのグラスを手にした
「ふふふふ
今夜は久しぶりに、親子で食事を取れる」
「あら?
あなたがなかなか呼んで下さらないからですよ」
「むう…」
王妃は拗ねた様に、国王を窘めた。
王妃としては、こうして母と息子として触れ合える日を待ち望んでいたのだ。
しかしなかなか忙しくて、そういう機会を持てなかったのだ。
「私はいつでも待っていたのよ
それなのにハルったら、忙しい忙しいって」
「それは致し方無いじゃろう
アルフリート…いや、ギルバートは忙しかったからな
ダーナの立て直しがあったんじゃ」
「その後もですよ
戴冠式や魔物の騒動
そうして家族で集まれる時間が取れないって…」
「ぬう…」
これには国王も、反論は出来なかった。
忙しさを理由に、ギルバートを同席させなかったからだ。
せめて戴冠式の後にでも、同席する時間を作れば良かった。
しかしセリアの事を考えて、二人っきりに出来る時間を与えたのだ。
「若い二人の時間も大切でしょう」
「いえ…
王妃様、私は決して…」
「あなたもよ
彼女の事が大切なのは良い事です
ですが私も、あなたとの時間を楽しみたいの」
「はい…」
ここで見兼ねて、アーネストが口を挟んだ。
「差し出がましい様ですが…
王妃様もそれぐらいで
折角の楽しい食事が冷めてしまいます」
「そうね
アーネストの言う通りですね」
エカテリーナも、自分が興奮している事を認めた。
その上で楽しい一時を優先する為、これ以上の詰問は止める事にした。
そうして再び談笑が始まり、ギルバートも胸を撫で下ろしていた。
食堂は笑顔で談笑をする、楽しい場に戻っていた。
唯一人の者を除いて。
「くそっ
何でいつもあいつが隣に…」
その男は歯軋りをしながら、アーネストを遠くから睨み付けていた。
ギルバートの隣に、いつも当たり前の様に立っている。
それを見て、嫉妬の炎に囚われていた。
「それで?
城門の様子はどうじゃった?」
「はい
既に作業は終わっており、兵士は帰っておりました」
「話は聞けなかったか…」
「いえ
後で戻って来ましたので…
熱心な兵士です」
「うむ
彼は評判も良いからのう
そのうち隊長に推薦されるじゃろう」
そんな話をしているうちに、ギルバートはふと一言漏らした。
「そういえば、変な魔獣の話は聞きましたか?」
「変な魔獣?」
「ええ
牛の魔獣だそうです」
「牛じゃと?
リュバンニで飼育をしている、あの家畜の事か?」
「そうですね…」
ギルバートは何気なく話したが、アーネストがその話に食いついた。
「ギル
それはどんな魔獣だったか?」
「え?」
すまない
私はそれを見ていないんだ
そのままこっちに来たから…」
「そうか…」
アーネストは暫く考え込むと、もう一度質問した。
「そいつは今、どうしているんだ?
ギルドで解体しているのか?」
「まあ
アーネスト…」
食事中にする話題出ないと、王妃が抗議した。
しかしアーネストは、よほど興味を惹かれたのか質問を続けた。
「で?
どうなんだ?」
「解体はしていないよ
捕獲したらしいからな」
「ん?
そうか…
タイラント・カフなら大人しいからな
そうかそうか…」
「ん?
タイラント・カフ?」
「恐らくそいつは、タイラント・カフだろう
魔獣には分類されているが、大人しい魔獣だ」
「大人しいって…」
「魔獣は魔獣じゃろう?」
「勿論そうですよ
魔石は持っていますし、魔力も有しています」
「それならば…」
アーネストは国王の言葉を遮り、話を続けた。
「確かに魔獣なんですが、根は大人しいですよ
元になっている物が牛だからなんでしょうかね」
「本当に大人しいのか?
狂暴化しないのか?」
「それは分かりませんが、今のところは大人しい
それで良いんじゃないんですか?」
「うーむ…」
国王としては、魔獣が暴れないか心配だった。
しかしアーネストは、暴れないと確信している様子だった。
それに希少な魔獣なら、飼い慣らして食料の確保はしたかった。
リュバンニほどでは無くとも、王都で牛乳や牛肉が確保出来れば、大きな成果になるだろう。
「その魔獣がどんな物か…」
「ボクが見て来ますよ」
アーネストは席を立つと、そそくさと食堂を出て行った。
男はその後ろ姿を、妬ましそうに睨んでいた。
「ふむ
食事が中断してしまったな」
「本当ですよ
もう少し楽しい話にしましょう」
「王妃様?」
「もう!
母上とは言ってくれないの?」
「それは…」
「はははは
まだまだ時間が掛かるかのう
しかしいずれは、ワシの事も父と呼んでくれ」
「は、はあ…」
ギルバートは照れながら、困った顔をしていた。
二人を父や母と呼ぶには、まだまだ抵抗があった。
ふとした時に、アルベルトの姿を思い浮かべるからだ。
「まあ、その前に…
娘の方が先に出来そうだがな」
「え?
ちょっ!」
「そうねえ…
孫もすぐかしら?」
「王妃様まで!」
「だって
私を放ったらかしにして、あの子に夢中だったんでしょう?」
「そんな事は…」
「はははは
それでは嫌われてしまうぞ」
「え?」
揶揄われてるとは思ったが、嫌われるという言葉は気になった。
ギルバートは思わず、真剣な顔で国王を見た。
「女はな、優しく丁重に扱わなくてはな」
「あら?
それは私の事かしら?」
「え?
いや…」
「ハル
後で覚えておきなさい」
「ひい!」
エカテリーナに睨まれて、国王は余計な事を口走ったと後悔していた。
「アル…
ギルバートもよく覚えておきなさい
女は寂しいと駄目なの
放っておいては駄目よ」
「は、はい」
「それと…
バレていないと甘く思っていては駄目よ
女は勘が鋭いから」
エカテリーナは優しい微笑みを浮かべて、国王の方を振り返った。
しかしその目は、笑ってはいなかった。
国王は慌てて、こくこくと頷いていた。
「はい
肝に銘じておきます」
「ふふふ
良い子ね」
エカテリーナは上機嫌で、ギルバートの頭を撫でる。
しかし視線は、鋭く国王の方に向いていた。
「う…
飲み過ぎたかな?」
それから暫くは、ギルバートは孫を早く攻撃を受けていた。
それを誤魔化す為に、葡萄酒を飲んでいた。
そのせいで、ギルバートは大分酔いが回っていた。
後ろにはカルダモンが、不機嫌そうに着いて来ていた。
護衛の対象であるギルバートが、深く酔っている為に機嫌が悪そうだった。
「すまないね」
「いえ
殿下が悪いわけではございませんから」
「いやあ
それにしても
孫を早くだとか…
参ったね」
「良い事じゃないですか
お二人でしたらお似合いですよ」
「そうか?」
ギルバートはそう言われて、ニコニコと上機嫌になっていた。
そのまま自室に戻ると、ドアの鍵を閉めて眠る事にした。
明日も忙しいので、早くから起きる必要があった。
カルダモンはそれを見届けて、部屋から去って行った。
翌日は予定通り、ギルバートは早朝から城門前に来ていた。
アーネストも来ていて、魔術師達と議論をしていた。
議論の内容は、魔獣が安心して飼育出来るかだった。
「魔導王国では出来ていたんだ
ここでも出来る筈さ」
「しかし、資料も残っていないんですよ?」
「そうですよ
それに目撃情報も…」
「何の話をしているんだ?」
「おお、ギル」
「殿下、おはようございます」
魔術師達は深々と礼をして、アーネストも貴族の礼をしていた。
「それで?
何の話だ?」
「昨日の魔獣の話さ」
「魔獣?
そういえば見に行ったんだよな」
「ああ
やはりあれは、タイラント・カフだったよ
間違いない」
アーネストは確信を持って言っていた。
「あれを飼育出来れば…
一気に食事情が改善される」
「そ、そうなのか?」
熱が籠った様子に、ギルバートは若干引き気味に聞いていた。
「ああ
牛乳もだが、数が増えれば食用の肉が取れる」
「でも…
魔獣だろ?」
「ああ
いや、正確には大きな牛と考えても問題無い
元々が牛の魔獣だからな」
「そうなのか?」
「ああ」
「それでですね
アーネストさんの話では、他にも居るんじゃないかって」
「その…
たらんかふとか言うのがか?」
「タイラント・カフ」
「それに違いますよ
探したいのは卵が採れる鳥です」
「卵?」
アーネストは魔術師が持っていた本を、ギルバートに渡した。
そこにはワイルド・ボアと、大きな牛の絵が描かれている。
そのページの下側に、家畜に出来る魔物と説明が出ていた。
「ワイルド・ボアも家畜に出来るのか?」
「魔導王国では家畜だったらしい
まあ、家畜用に長い年月を掛けて、飼い慣らしていたみたいだがな」
「ふうん…」
次のページには、大きな鳥の絵が描かれていた。
そこにはグランド・クックと書かれていて、肉と卵が美味と書かれていた。
「なるほど
これが卵が採れる鳥か」
「ええ
2種類居るみたいですが、可能性が高いのはこっちですね」
よく見ると右のページにも、鳥の様な絵が描かれていた。
そちらにはエミューと書かれていて、翼の無い鳥が描かれていた。
「え?
これも鳥なのか?」
「そうみたいですね」
「魔導王国時代では、飛べない鳥として飼育されていたみたいです」
「身体も大きいので、卵も大きいのが採れるみたいですよ」
「ふうん…」
よくよく読んでみると、エミューは人を乗せれるぐらいの大きさで、飛ぶ為の羽が備わっていない。
その代わり、大きな足で素早く走れる。
馬の様に騎乗したり、食用の卵を得る為に飼育していると書かれていた
「人を…乗せれる?」
「そうなんですよ
馬より足がしっかりしているので、慣れれば重たい武器でも振り回せそうです」
「へえ…
しかし、見た事が無いな」
「そうなんですよね」
「帝国が無計画に狩っていたから、ほとんど絶滅したらしい
そういう意味では、まだグランド・クックの方が見つけ易そうだ」
グランド・クックの方が、羽は大きいので多少は飛行出来るらしい。
大きさは子供ぐらいの大きさで、白と茶色が主な羽毛の色らしい。
森の中を走り回り、必要とあらば飛んで逃げるらしい。
「飛べるとなると、見付けても捕まえられ無いんじゃないか?」
「そうなんだよな
ただでさえ猟師に、発見報告を求めたが見付かっていない
もう居ないのかも知れないな」
こちらも帝国で狩り尽くされて、森で見掛けられなくなったらしい。
そして見付けても、警戒されて逃げられる可能性が高いのだ。
「どうやって飼っていたんだろう?」
「エミューは高い柵と、餌で餌付けしたみたいだ
しかしグランド・クックは、羽を切っていたみたいだ
そうしないと逃げられるからな」
「なるほど
羽を切ってしまえば、まともには飛べないか」
「ああ
小さい内に羽を切って、飛べなくするって
ここに書いてある」
アーネストの言う通り、説明のところに書かれていた。
しかしそこには、注意書きも書かれていた。
「ん?
ただしバジリスクには注意するべし?
何だ?
このバジリスクとは?」
「さあ
魔獣の名前らしいが、詳しくは分かっていない
全ての魔獣の情報があるわけでは無いからな」
アーネストもバジリスクに関しては、知らない様子だった。
ギルバートはグランド・クックを好んで狙う魔獣と考えて、蛇か狼の様な魔獣を想像した。
詳細が分からない以上、気を付け様が無いだろう。
そもそもがグランド・クックが見付かっていない。
そこまで考える必要も無いだろう。
「こいつが何だか分からないが…
先ずは魔獣を発見しなければな」
「そうだな
タイラント・カフも偶然発見しただけだからな
他の魔獣が見付かる保証はないからな」
ギルバートが話していると、続々と騎士達が集まって来た。
向こうには騎兵も集まって、既に出撃の準備が整っていた。
「さて
今日はオーガを討伐しておかないとな」
「そうだな
城門に攻め込まれては困るからな」
騎士が集まったのを確認して、ギルバートはオーガが移動していそうな場所を示す。
「昨日はここを通ったが、魔物の姿は見られなかった
恐らくはこっちに居るだろう」
「分かりました
それでは南の城門から向かいますね」
「ああ
頼んだぞ」
「はい」
隊長が敬礼をして、南の城門へ向かって行く。
後ろには兵士と、魔術師が乗った馬車が続く。
このオーガは狂暴化していないが、魔石や素材は重要だ。
回収する為にも、兵士と馬車は必要だった。
次に騎兵達が、北の城門から出発する。
こちらは狂暴化したゴブリンの群れなので、魔石しか回収する物は無かった。
騎兵達は隊列を組むと、一気に公道を駆けて行った。
「今日は数が多いからな」
「そうですね
ゴブリンとはいえ、100体近くの群れという報告ですからね
騎兵も2部隊は必要でしょう」
騎兵部隊は2部隊50名が向かっていた。
さすがに1部隊では、100体近くの魔物では危険だからだ。
ギルバートは騎兵達が出て行った城門を見上げる。
今日も陽射しが強くて、暑くなりそうな気配がしていた。
まだまだ続きます。
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