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聖王伝  作者: 竜人
第十章 王国の危機
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第326話

彼女の住む集落に、再び魔物が迫っていた

死霊は怨嗟の聲を上げて、集落を囲む様に漂う

彼等からすれば、ここを襲う為だけに殺されて集められていた

巻込まれて殺されたので、余計に憎しみの声を上げていた

そして事を起こした張本人は、少し離れた場所からそれを見ていた

男はニヤニヤと笑いながら、死霊達を魔力で操作する

巻込まれた彼等は、苦しみと悲しみから怨嗟の聲を上げる

そうして吠える様に叫ぶと、集落に向かって突っ込んで行った

そこに住む生ける者達を、自分達と同じ死霊の仲間にする為に


「何度来たって同じよ

 私は…負けない」


天幕から少女が飛び出して、迫り来る死霊の前に立ちはだかった。

そして剣を引き抜くと、呪文を唱え始める。


「炎よ

 原初より生まれし清浄なる炎よ

 その清浄なる力を持って、悪しき者を討ち祓い給え」


少女は叫ぶ様に唱えると、剣に蒼白い炎を纏わせた。


「さあ

 今度はどこの集落を襲ったの?

 仲間の魂は還してもらうわよ」


しかし彼女が呼び掛けてみても、その死霊達には何の反応も無かった。


「え?」


少女は動揺しながら、剣を構えて見詰める。

そして暫く見詰めると、顔を蒼白にして叫んだ。


「何て事を…

 関係無い人々を死霊にしたの?」


少女が絶望の叫びを上げるのを、男は哄笑を上げながら見ていた。

自分の策が上手く行って、少女に動揺する隙を与えたのだ。

少女は死霊に囲まれて、みるみる傷だらけになる。


「くはははは

 ざまあみやがれ

 お高く止まったその顔を、悔しさに歪ませてやるぜ」


男はニヤニヤと笑いながら、死霊達を嗾けた。

死霊は群がって、少女に次々と傷を負わせる。

少女は絶望に打ちひしがれて、戦う気力を失っていた。


「姫様!

 一体どうなさったんじゃ!」


老人が気が付き、慌てて天幕から出て来た。


「爺

 来ては駄目」

「しかし…」


「この人達は犠牲者なの

 私達を殺す為に、何の関係も無い町の人々が…」

「な!

 なんですと!」


少女は悲痛な声を上げていた。

何と今度の死霊達は、彼女達の同族では無いのだ。

何の関係も無い町が襲われて、死霊として集められたのだ。


「姫様

 戦ってくだされ」

「無理よ!」

「ですが、そうしなければ姫様が!」

「駄目よ

 彼等を祓ったとしても、今度は別の町が襲われる

 そうして私達と関係の無い人達が、次々と殺されるわ」

「くっ

 何て卑怯な…」


魔王の策に気が付き、少女は手が出せなくなっていた。


「しかし、このままでは姫様が…」

「良いから

 爺達だけでも逃げて

 お願い…」

「くっ…」


老人は意を決すると、少女に襲い掛かる魔物の群れの前に出た。


「え?」


その瞬間、時がゆっくりと流れた気がした。

死霊達の腕は、次々と老人の身体を貫いた。


「むぐはっ!」

「じい!」


老人はゆっくりと振り返り、その瞳を少女に向けた。

そして最後の命の炎を燃やして、少女に語り掛けた。


「よいですか

 マリアーナ・ロマノフよ

 汝が民を守る為に、その剣を振るいなさい」

「そんな…

 爺…」

「彼等が犠牲者なら、彼等も救ってあげなさい

 それが皇女の務めですぞ」

「いや…」

「奴が本物の魔王ならば

 いずれ他の町も…」

「いや…」

「ですから諦めないで、最後までその剣を振りなさい」

「じい…」


老人は語り掛けながら、徐々に体の色が変わって行く

その顔色は蒼白になり、腕や顔に血管が浮き出ていた。

それでも老人は、最期の力を振り絞って、声を上げて叫んだ。


「さあ、行きなさいマリアーナ

 私は天に召されるでしょうが、ずっとあなたを見ておりますぞ」

「いやー!!!」


老人は最期に微笑み、その役目を全うした。

そして死霊達は、老人が居なくなった事で、改めて少女に向かって行った。

次々と死霊が群がり、少女の身体に腕を突き刺した。


「やった!

 遂に邪魔な勇者を倒したぞ」


男は歓喜して、死霊から送られる映像を見ていた。

しかし、いつまで経っても少女は倒れなかった。

それどころか、死霊に生命力を吸われている筈なのに、傷一つ付いていなかった。


「ん?」


男は想定外の事に、顔を歪ませて食い入る様に映像を見た。


「…けない」

ボウッ!


少女の周りに、蒼白い炎が纏わり着く。


「負けない!」

ゴウッ!


炎は大きくなり、周りの死霊達を焼き始める。

それを見て、男が慌てた表情になる。


「な!

 なんだと?」


「負けないんだから!」


少女が叫ぶと、炎が渦巻き死霊を焼き尽くした。


「ふざけるな!

 そいつ等を集めるのに、どれだけ苦労したと思っているんだ」


男が喚くが、当然離れた場所なので、少女には聞こえていなかった。


「ああああああ…」


少女は裂帛の気合を込めて、さらに炎の力を高める。


「しいいいねええええ!」

バリン!


「へ?」

ゴウッ!


突如空間が割れて、少女の突きが放つ炎が吸い込まれた。

そしてその炎は、男が見ていた映像から吹き出して来た。


「ぐぎゃあああ…」


男は真っ白な炎に包まれて、ジュウジュウと音を立てて焼かれた。


「あぎゃああああ

 あの小娘ー!」


不意に糸が切れた様に、男はその場に崩れた。

後には燃え尽きた外套と包帯だけが残されていた。

男は焼き尽くされたのか、その姿を失っていた。


少女は裂け目から剣を引き抜くと、刃を振るって炎を消した。

そして剣を仕舞うと、老人だった物に近付いた。


「爺…

 私やったよ」


その言葉に応える様に、黒く変色した塊は風に流されて行く。

サラサラと流されて、やがて全てが風に乗って消え去った。


「うん

 分かってる

 奴は死んでなんかいない

 いや、もともと生きていないのかも」


少女はいつの間にか流れていた涙を、そっと拭った。


「でも決めたわ

 私、戦う

 もう負けないから」


少女は拳を握り締めて誓った。


「だから見ててね

 ムルムル…

 絶対に奴を倒すわ」


キラキラと浄化された魂が、天に昇り始める。

その中に、親指を立ててニカっと笑った爺の姿が見えた気がした。

少女はその姿に、思わず笑みが零れていた。


「ふふ

 しょうがないなあ

 爺は最後まで締まらないんだから」


少女は笑顔で見送る事が出来た事を、亡き爺に感謝していた。


これからは一人で戦わなければならない。

もう、支えてくれる爺は居ないのだから。

でも、決して挫けないと誓っていた。

それは何よりも、最後まで信じてくれた爺に応える為だ。


こうして少女は、勇者として覚醒する事が出来た。

天の声が響き、マリアーナ・ロマノフが勇者のジョブを得たと告げていた。

それは魔物との新たな戦いが始まる事を、告げる合図でもあった。


マリアーナは勇者の称号を得ていた。

これは勇敢に戦い、恐怖に打ち克った者に与えられる。

戦う者に力を与え、勇気ある行動に称賛を与えると記されていた。


マリアーナはベヘモットの放つ、魔獣の群れと戦った。

それは集落が囲まれた為に、必死に抵抗する戦いだった。

父と兄が死に、庇った母親も重傷を負っていた。

そして足元には、少女が持つには大き過ぎる剣しか落ちていなかった。

彼女は必死になって剣を拾うと、母を護る為に戦った。


少女は必死になって剣を振るった。

持ち上げるのもやっとだった筈の剣は、魔獣を切り付ける度に軽くなっていった。

実はこの時既に、彼女には勇者の称号の加護が働いていたのだ。

最初に持ち上げた時に、振り下ろした一撃が、魔獣を偶然切り殺していたのだ。

それから勇気を振り絞って、彼女は剣を振り続けた。

結果として勇気を持って戦った事が、彼女に力を与えていたのだ。


そして今日の戦いで、彼女は辛い苦しみと悲しみを乗り越えた。

これが勇者のジョブを得る鍵となっていた。

彼女は勇者として覚醒して、更なる大きな力を身に着けた。

それは勇者としての戦う力と、彼女の血に隠された、浄化の力を一つにした。

そして浄化の力を身に着けた、聖女の様な勇者が生み出された。


彼女の事を鑑定出来る者が見れば、聖女と勇者の称号が見えただろう。

浄化の能力は、彼女の中に流れる、皇女の血筋に秘密があった。

皇族の中に、神聖魔法の素養がある者が居たのだ。

彼女はその血を受け継いでいたので、自然と治癒と浄化の魔法が使えていた。

結果として、この地に強力な勇者が生まれていた。


死霊魔術の使い手であるムルムルが、ここを任されたのは偶然では無かった。

女神の神託は、聖女の力を持つ者が、勇者に覚醒するのを恐れていた。

だからこそ聖なる力に対抗出来る、死霊の力をぶつける事にしたのだ。

しかし結果は、ムルムルの策は失敗して、勇者は覚醒してしまった。

ムルムルは痛手負って、姿を眩ませてしまった。


「爺

 私…頑張るね」


少女は最後に、もう一度爺が亡くなった場所で手を合わせていた。

どうか爺が、私を心配して迷わない様にと女神に祈った。


しかし彼女は知らなかった。

彼女が祈った女神こそ、ムルムルやベヘモットを送り込んだ張本人だった。

そして彼女が死ぬ事を望んでいるのだ。


「姫様…」

「ロナルド将軍は?」


騒ぎが収まったのを確認して、天幕から住民達が顔を覗かせた。

しかし老人の姿が無い事に、みなは首を捻っていた。

マリアーナが傷をほとんど負っていないのに、老人の姿が見当たらないからだ。


「爺は…

 ロナルド将軍は私を庇って、逝ってしまいました…」

「そ、そんな…」

「ご遺体は?

 せめて弔ってあげたいんですが」


「魔物に命を吸い尽くされて…

 遺体も残されませんでした」

「そんな…」

「くそっ」

「それならオレが…」


「みんな悲しまないで

 爺は最期まで、笑って逝きましたわ

 弔う気持ちがあるのなら、笑顔で送ってあげて」

「姫様…」

「ぐ、うう…」


老人の最期と少女の言葉に、男達は涙を流していた。

女性達は少女の手を取り、治療する為に天幕に連れて行った。


「今日は傷が少ないですね」

「将軍が守ってくれたんですね」

「ええ…」


本当は力に目覚めた時に、自分の傷を癒す力にも目覚めていた。

その力で傷も、ほとんどが癒されていた。

しかし気まずくてそれは言えなかった。


「でも良かったです

 姫様にはこれ以上、傷を負って欲しく無かったですから」

「そうもいかないわ

 あのムルムルって魔王をどうにかしなければ

 私達はいずれ滅ぼされてしまうわ」

「そんな

 もう無理はしないでください」

「いいえ

 爺のおかげで、私は力を得ました」

「え?」


少女は記憶の中を探り、癒しの呪文を思い出しながら口にする。


「聖なる水の癒し手よ

 その傷を癒し給え

 ヒーリング」


暖かな光が掌から漏れて、少女はそれを侍女の一人に当てた。


「あ…」

「傷が…」


侍女は顔と脚に、魔物から傷を負わされていた。

その傷のせいで、歩く事も苦痛であった。


「顔の傷が…」

「それに…

 足が

 足の痛みが無くなりました」


侍女は驚いて、自分の足の傷を確認した。

そこには傷痕も無く、動かしても痛みを感じ無かった。


「素晴らしいですわ」

「この力があれば、もう魔王も怖く無いわ」


少女は今度は、自分に手を当てて呪文を唱えた。


「聖なる水の癒し手よ

 その傷を癒し給え

 ヒーリング」


少女の素肌に、無数に刻まれた古傷が消えて行く。

そして鈍い痛みを感じていた腕にも、力が戻って来ていた。


「うん

 これで剣も振り回せる」

「凄い!」

「姫様の傷が、すっかり癒されてます」

「元の美しい肌に戻っていますわ」


すっかり傷が消えたので、少女は嬉しそうに微笑んだ。

しかし肌の日焼けの色までは、元に戻っていなかった。


「でも…

 日焼けまでは直らないのね…」

「それは…」


侍女たちは苦笑して、マリアーナを見ていた。

彼女も年頃なのだ。

褐色に焼けた肌を、気にしていたのだ。


「それに…」


死んだ者までは、生き返らせれないのね

もしその力があれば…


少女は爺や家族を思い出して、生き返らせれない事を残念に思っていた。

もしその力があれば、彼女は家族や仲間も生き返らせていただろう。


「姫様?」

「え?

 ううん、何でも無いわ」


少女が悲し気な顔をしていたので、侍女が心配していた。

少女は何でも無いと首を振ると、改めて決意の漲る眼差しを向けた。


「さあ

 みんなを呼んでちょうだい

 先ずは深く傷付いた者から、その傷を癒すわ」

「は、はい」


侍女は天幕から出ると、すぐさま部族の者を集めた。

そして傷の深い者から、順番に天幕の中に案内した。


その魔法の効果は、欠損した部位までは癒せなかった。

部位の欠損を治すには、もっと高位の治癒魔法が必要だった。

しかしマリアーナは、聖女の称号しか持っていなかった。

これが聖女のジョブならば、相応の治癒魔法も使えたのだろう。

少女は残念に思いながらも、出来得る限りの治療をしていった。


しかし魔法を使っているので、どうしても魔力切れは起こしてしまう。

20名を超えた辺りから、少女は頭痛を感じていた。


「マリアーナ

 あなた顔色が悪いわよ?」

「え?

 だ、だいじょうぶよ」

「そう?

 無理はしないでよ」


横で姉のアンネリーゼが、心配そうに見ていた。

しかし26人目で、マリアーナは遂に魔力枯渇を起こした。

初めての枯渇だったので、呻き声を漏らしながら昏倒した。


「うっ!」

ドサッ!

「マ、マリアーナ!

 マリアーナ!」


姉のアンネリーゼが、慌てて妹の元へ駆け寄る。


「ひ、姫様!」


治療を受けていた男も、慌てて抱き起そうとする。

しかし相手が姫様なので、侍女達に叱られてしまった。


「止しなさい」

「姫様は私達が看ます」

「え?」

「あなたが触れては問題があるでしょう?」

「あ…」


男は困って、慌てて天幕の外へ出た。

そして看病が出来そうな者を呼びに向かった。


「これは…

 魔力枯渇ですね」

「魔力枯渇?」

「慣れない魔法の使い過ぎで、魔力を使い切ったんです

 眠っていれば治りますよ」

「良かった…」


魔法に詳しい老人が居たので、少女の倒れた理由は直ぐに分かった。

老人のアドバイスで、少女はそのまま寝かされていた。

傍らには姉が着いて、看病をしていた。


「もう…

 心配ばかり掛けて…」


姉は穏やかに眠る妹を見て、優しく微笑み掛けていた。

まだまだ続きます。

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