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聖王伝  作者: 竜人
第十章 王国の危機
325/800

第325話

少女は泣かないと決めていた。

失われた命達も、自分の浄化の力を持ってすれば、輪廻の環に還って行くのだ

そして還って行った命は、巡り巡ってやがては、この地に還って来るのだ

だから自分は、今日も生きている事を女神様に感謝する

そして生きている事に感謝しながら…今日もたっぷりと食べる

生きてみんなの命を、魔性の物から守る為に

巨人が去った翌日、番兵達は南の城門の近くで羊皮紙を拾っていた

それは何者かが、巨人に渡す様に指示していた書面だった

巨人は本当に愚鈍なのか、その書面の存在を忘れていたのだ

しかも指示された北の城門にではなく、わざわざ南の城門に向かったのだ

そしてそのまま、書面をここに落としていたのだ


「これは…」

「すぐに殿下に報せろ

 これは重要な書類だぞ」


番兵達は、慌てて王城に向かった。

慌て過ぎて、城門の警備兵に捕まるほどだった。


「…それで?

 これがその重要な書類か?」


そこには王都のある娼館が、出血特別サービスをすると書かれていた。


「へ?」

「あれ?」

「あーっ!」


「あーっ!じゃねえ!

 何であの場面で書類を間違えるんだ」

「そもそも、あんな書類を後生大事に…」

「いや、違うんだ

 怪しいから警備兵に届けようと…

 決して興味があった訳では…」


「ええい!

 良いから書類を出せ!」


ギルバートは本気で怒っていた。

それは朝食が食べれない訳でも、寝起きを下らない事で引っ張られたからでも無い。

あまりにも下らない書類を渡されて、この茶番の様な騒ぎを見せられていたからだ。


「えっと…

 こっちです」

「渡せ!」


ギルバートは書類を引っ手繰ると、それを熱心に読んだ。

そこには確かに重要な情報が書かれていた。


「あの巨人め

 本当に大事な情報を忘れていたな」


そこには魔王アスモダイが、巨人を連れて8月20日に攻め込むと書かれていた。


「これで魔王が来る日が分かった

 それまでに準備を進めなければな」


ギルバートは書類を受け取ると、それを国王に見せる為に持って行った。

残された番兵達は、一枚の書面を手に取り残されていた。


「なあ」

「ん?」

「オレ達どうしたら良いんだろう?」


「さっさと持ち場に帰れ」

「はい!」


警備兵達に一喝されて、番兵達は慌てて城門に戻って行った。


「そういえばまだ、今日の開門の準備してねえ」

「これは叱られるな…」

「ああ…」


「なあ」

「ん?」

「帰りはここに行くか?」

「そうだな…」


番兵達は、叱られる事を憂鬱に感じながら、城門に急いで帰って行った。

仕事上がりには楽しむ事を妄想しながら。


しかし番兵達には、更なる災難が待ち構えていた。

昼を過ぎた頃に、騎士の一人が血相を変えて帰還したのだ。

騎士は城門から駆け込むと、そのままギルバートに報告する為に番兵の元に駆けて来た。


「大変だ

 大変な事が起こった」

「何だ?」

「どうしたんだ?」

「大至急殿下を呼んでくれ

 今頃北の城門に居る筈だ」


番兵達は騎士に促されて、大急ぎで北の城門に向かった。

そこで騎士が呼んでいる事を伝えて、南の城門まで案内した。


「何なんだよ

 朝といい、今といい…」

「分かりません

 しかし騎士殿が、大至急殿下に来て下さいと…」

「ううむ

 南の平原で何があったんだ?」


ギルバートが南の城門にト着すると、騎士は馬を降りて待っていた。

そして立ち上がると、早口でまくし立てる様に話し始めた。


「殿下

 大変な事態です」

「何だ?

 どうしたんだ?」

「町が

 南にある町が全滅しています」

「はあ?」


突然の事態に、ギルバートは思わず素っ頓狂な声を上げた。

南に町はあるが、騎士達が向かった方向とは違っていた。

それに偶然知ったとしても、全滅とは穏やかでは無かった。

どんな魔物が攻め込めば、一晩で町が滅びると言うのだ?

南の町は小さいが、住民は300名ほど住んでいるのだ。

そんな簡単に滅びるとは思えなかった。


「一体何が起こったんだ?

 アーネストも居るんだろう?」

「アーネスト様でも、何が起こったのか分からないんです

 だからこうして報告に…」


兵士も何が起こっているのか分からなかった。

だからギルバートに説明を求められても、何も答える事が出来なかった。


「分かった

 兎に角現場に向かうぞ」

「はい」


ギルバートは馬を用意すると、さっそく飛び乗った。


「え?」

「ええ!」

「君達は王城に連絡してくれ

 今度は慌てて、警備兵に捕まらない様にしてくれ」

「ちょっと!」

「殿下!」


ギルバートは番兵達の懇願を無視して、さっさと馬で駆け出した。

騎士もその後を追って、城門から出て行った。


「どうする?」

「どうするも何も…」


番兵達はじゃんけんをして、報告に行く者を決めた。

朝みたいに全員で向かったら、ここの見張りが居なくなるからだ。

そうしてじゃんけんに負けた番兵が、渋々報告に向かった。


ギルバートは公道を駆けて、件の町へと急いだ。

そこは小さな町だが、城門がしっかりとしている事で領主も安心していた。

実際に魔物の侵入も防げていたので、避難はしないでそのまま留まっていたのだ。

しかし今度の事で、町は放棄されるだろう。

住民が全滅したのだ、町は滅びるしか無かった。


現場である町は、王都から僅か2時間ほどの距離だった。

そこは長閑な穀倉地帯の真ん中で、周りは城壁で囲まれていた。

簡単には城門は抜けれないので、魔物に食料を奪われる事は無かった。

そんな城門に囲まれた筈の町が、一夜にして陥落していた。

しかも見た限りでは、城門が破られた様子は無かった。


「城門はどうやって開けたんだ?」

「開いたままでした」

「開いたまま?」

「どうやら何事か起こって…

 逃げ出そうとしていたのかと…」


騎士はそう言いながら、城門の近くに倒れた死体を指差した。

それは警備の兵士だけでなく、逃げ出す途中の住民達も居た。

彼等は一様に恐怖に怯えた顔をしていた。

そして苦悶に表情を歪ませながら死んでいた。


「これは…

 逃げていたのか?」

「そうでしょうね」

「しかし何から?」


魔物から逃げていたのなら、その痕跡が残っている筈だ。

しかし死体には、何者かに傷つけられた痕跡は無かった。

逃げてる途中で怪我した形跡はあるが、それ以外には死ぬ様な怪我の痕跡は無かった。


「普通の死に方じゃあ無いな」

「ええ」

「しかしどうやって?」

「さあ…

 それが分かりませんで…」

「そうだな

 アーネストも分からないんだったな」


ギルバートは話しながら、死体の検分をしていた。

しかし苦しみ悶えた痕跡以外は、何も見付からなかった。

ギルバートはこれ以上調べても分からないので、アーネストと合流する事にした。


「アーネストは何処に?」

「恐らくは領主の館かと」

「領主は?」

「町の中央で、剣を振り回した形跡はございましたが…」

「そうか」


ギルバートは騎士に案内されて、領主の館に向かった。

そこには騎士が集まっていて、領主の館に逃げ込んでいた住民の遺体を運んでいた。

彼等はここに逃げ込んで、そのまま何者かに殺されたのだろう。

遺体はどれも酷い顔をしていて、騎士はまともに見ない様にして運んでいた。


「これは…」

「殿下

 どうしてここへ?」

「状況が分からないからな

 しかしどうして…」

「分かりません

 しかし住民達は、何者から逃げていたのでしょう

 ここと広場に集まっていました」

「そして殺された…と?」

「ええ」


ギルバートが騎士達と話していると、中からアーネストが出て来た。

その顔は蒼白になり、明らかに疲れ果てていた。


「大丈夫か?」

「おお

 ギルも来ていたのか?」

「いやあんなに騒々しくしてれば、気になって来るさ」


ギルバートはそう言いながら、案内をした騎士を見た。

騎士はそんなに騒いでいたかと、今さらながらに恥ずかしそうに俯いた。

それからギルバートは、死体と親友を交互に見た。


「それより大丈夫なのか?」

「え?

 ああ、死体を見たからじゃあ無いよ

 ボクが気分が悪いのは、魔力に当てられたからだ」

「魔力に?」


考えてみたら、二人共ダーナでは多くの死者を見て来た。

今さらこれぐらいの死体では、怖がったり気持ち悪くはならなかった。


「ああ

 ここでは死霊を操っていたんだろう

 多量の魔力の痕跡が残っている」

「それで気分が悪いのか?」

「ああ

 実はここに来たのも、異常な魔力を感じたからだ」


アーネストは多量の魔力を使って、魔法を行使する事がある。

その為か、魔力を感知する能力にも長けていた。

だからこの近くを通った時に、魔力の流れに異常を感じた。

尤も同行の魔術師達は、死体の気味悪さに蒼白になっていたが。


「恐らくは多量の死霊を操って、ここを襲撃したんだろう」

「それにしては、城門も住民も傷が残されていないが?」

「それはそうだろう

 相手は実体の無い死霊だ

 生命力を吸い取って、住民達も同じ様な死霊の仲間にしたんだろう」

「それって…」

「ああ

 例の魔王の仕業だろうな」


アーネストは痕跡から、実体の無い死霊を使役したと見破っていた。

この痕跡が無い様子から、それ以外は考えられなかったからだ。

毒や瘴気を使えば、それだけ死体に痕跡が残る。

傷も痕跡が無い以上は、そういった攻撃手段しか思い付かなかったのだ。


それ以外にも思い付いた事がある。

ここが王都から離れていて、人目に付き難かった事だろう。

それならば魔王が、ここに来て襲撃をしても気付かれない筈だ。

魔王もそう思ったからこそ、こうして襲撃したのだろう。

アーネストがここに来たのは、偶々偶然が重なっただけだ。

そうで無ければ、この襲撃は気付かれ無かっただろう。


「しかし魔王か…」

「ああ

 そう考えたら、これだけの魔力が使われた痕跡も、納得が行くよ」

「そんなに魔力の痕跡があるのか?」

「ああ

 並みの魔術師なら、違和感を感じる程度だろう

 だがボクは、並外れた魔力を持つからね」


アーネストは青い顔をしながらも、胸を反らしてドヤ顔をした。


「それで?

 魔王はお前から見て、どうなんだ?」

「残念ながら、魔力はボクの倍以上はあるね

 後は身体能力が高いかどうかだけど…

 さすがにそこまでは、判断は出来ないね」


アーネストは肩を竦めた。

しかしギルバートは、顔を顰めていた。

アーネストの倍以上となると、戦えばこちらが不利だろう。

今度の戦闘に、その魔王が出て来なければ良いのだが。


「住民達は魔王に殺された」

「ああ」

「だが、何でだ?

 何で魔王は、こんな小さな町を襲ったんだ?」

「さあ?

 それはさすがに分からないな」

「うーむ」


魔王が何を考えているのか?

ここで議論していても、分かりはしないだろう。

問題はこれからどうするかだ。


「死体は恐らく、死霊になる可能性が高い

 だからここで、集めて燃やすしか無いな」

「そうだな

 住民の安息を祈る為にも、死体は焼いて清めるしか無いだろう」


騎士達は死体を抱えると、次々と広場に運んだ。

ギルバートも協力して、城門近くの死体を運んで来た。

そうして集められた死体は、薪を集めて燃やされた。

死者の魂に安息が訪れる様に、女神に祈りを捧げながら。


全ての死体を焼き終わる頃には、時刻は夕暮れ近くになっていた。

空はまだ明るかったが、これから魔物を狩るには、時間が無かった。


「さて、どうするか?」

「帰還するしか無いだろう」

「魔物は?」

「明日に回すしか無いな」

「魔王は?」

「ここで待つつもりか?」


ギルバートの言葉に、アーネストはニヤリと笑う。

しかしギルバートは、それは危険だと反対した。


「言いたい事は分かるが、ここは帰還するぞ」

「どうしてもか?」

「ああ

 どうしてもだ」


「大体、どうやって死霊とやらを倒すつもりだ?

 剣は効かないんだろう?」


ギルバートは死体の状況から、剣や斧を振り回しても、死霊には勝てないと思っていた。

そうで無ければ、兵士達があんな簡単にはやられないだろう。


「そうだな…

 魔法が効くか試したいな」

「そんな状況か?」


ギルバートは怯えてる騎士達を見て、撤退するべきだと主張した。


「しかしだな

 こんな機会は2度と来ないかも知れないだろ?」

「それで騎士団が死んで、お前の魔法が効かなかったらどうするんだ?」

「え?

 それはそのう…」


アーネストがそこまで考えていないと気付いて、ギルバートは呆れた顔をした。


「だって、本物の死霊だぞ

 ゴーストなんて書物でしか見た事無いんだぞ」

「それで我々まで全滅したら、それこそ魔王の思う壺だろ」

「それはそうだが…」


結局、粘るアーネストを無理矢理馬車に乗せて、一行は王都に帰還する事にした。

騎士達は首を猛烈に縦に振り、帰還に賛成した。

魔術師達もゴーストが気になっていたが、命には代えられないと賛成した。

アーネストをみなで押さえ込んで、無理矢理馬車に乗せる。

そしてそのまま、馬車は王都に向かって走り出した。


公道を抜けると、今日の討伐予定だった魔物に出遭う恐れはあった。

しかし時間が惜しいので、一行は一気に突っ切るつもりで駆けていた。

オーガでも無い限り、走る馬車に追い付く事は出来ないからだ。

一行は馬車を走らせて、何とか夕暮れまでに王都に着いた。


「さあ、報告に向かうぞ」

「そうだな

 しかし魔王は…」

「良いから

 今はそれは忘れろ」


ギルバートはアーネストの首根っこを掴むと、そのまま引き摺る様に連れて行った。

まだまだ続きます。

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