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聖王伝  作者: 竜人
第十章 王国の危機
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第324話

その男は、砂だらけの荒野に座っていた

周りには古い神殿の柱が残っており、そこが昔は街であった痕跡を残していた

神殿の跡以外には、人の足跡すら残されていない

それなのに、この男はその中で座り込んでいた

まるでずっとそうしていた様に、自然と風景の中に溶け込んでいた

男は古びた街灯を纏っており、それは年月で朽ちた様にボロボロだった

しかし風に晒されても、外套は崩れ去る事は無かった

見る者が見れば、それが高位の魔獣の皮で出来ていると見抜いただろう

それほどの物を身に纏いながらも、男はどこか生気を感じさせなかった

まるでその地に住み着いた、死霊の様に佇んでいた


「ふう…

 やれやれ

 これで一段落か」


男は誰に告げるでも無く、暗闇の中で独りごちていた。

その周囲には、知覚できる者なら死霊が集まっていると感じただろう。

夥しい死霊達が、男の周りで怨嗟の聲を上げていた。

しかし男は、それがまるで心地の良い歌声の様に、うっとりと聴き入っていた。


「うんうん

 良い声で啼いてくれる」


男は立ち上がると、両手を挙げて喜びの声を上げた。


「ぐはははは

 良い!

 実に素晴らしいよ、君達は」


しかし顔を上げても、その外套の中には男の顔を窺う事は出来なかった。

男はくぐもった笑い声を続けながら、包帯だらけの手を挙げる。

そして一点を指差すと、静かに指令を下した。


「さあ

 その怨嗟の聲を君達の同胞に

 キジルグム中に響き渡らせてくれ」


男の指示と共に、半透明な死霊達が散らばって行く。

まるで意思でもある様に…。

いや、魔物と化した今は、生前の意思は失っていたが、魔物として明確な殺意を宿していた。

その殺意を今、嘗ての同胞たちに向けているのだ。


死霊は群れを作り、同胞達が住む天幕の集団に向かって行った。

死を誘う怨嗟の聲を上げながら、次々と襲い掛かって行った。


今宵は満月が昇っている。

それも血で染めた様な紅く輝く満月だ。

死霊達は聲を上げて、仲間達が輪に加わる事を歓迎した。

そうして群れは大きくなり、再び他の集落に向けて飛び立った。

まるで狼が羊の群れを襲う様に、貪欲に激しく向かって行った。


「そこまでだ!」


一つの集落の前に来た時、急に死霊達は呼び止められた。

普通の人間なら、彼等の姿はまともに見れない筈だ。

それなのに、彼女は平然として睨み付けていた


何だ?

この者は?

我等が同胞を迎えに来た事を、邪魔するつもりか


死霊達は怒り狂い、更に怨嗟の聲を強めた。

しかしその少女は、怒りを目に宿らせて睨んでいた。


「よくも我が部族の民たちを…

 許さん!

 許さんぞ!」


少女は怒りに声を上げて、腰の業物を引き抜いた。

そして何か呟きながら、剣に掌を這わせて行く。


「炎よ

 原初より生まれし清浄なる炎よ

 その清浄なる力を持って、悪しき者を討ち祓い給え」


少女が呪文の様な言葉を発すると、掌から蒼白い炎が生まれる。

それは刀身を這う様に燃え盛り、蒼く輝いていた。


「うわあああ」


少女は死霊の群れに突っ込むと、次々と滅茶苦茶に剣を振り回した。

剣はその炎を死霊に触れさせると、全身を包んで焼き尽くす。


「死ねえ!

 消えろ!

 みんなを解放しろー!」


少女は次々と死霊を焼き、浄化して行く。

浄化された死霊達は、穏やかな顔を浮かべて柔らかな光を放っていた。

そうしてゆっくりと天に昇り、やがて輪廻の環に還って行くのだ。


しかし死霊達は、その数を増やしていた。

とてもじゃ無いが、少女一人ではどうこう出来る数では無かった。

やがて囲まれて、少しずつだが身動きが取れなくなって行く。


「姫様!」


堪えられなくなったのか、一人の初老の男が、天幕から駆け出して来た。

しかし死霊の群れに囲まれて、彼もどうにも出来なかった。


「爺!

 離れて…」

「しかし

 姫様が…

 このままでは姫様が…」

「むう…

 ぐうっ…」


少女は死霊に触れられて、あちこちに切り傷や火傷の様な跡が出来ていた。

それでも構わず、剣に力を込める。


「ああああ

 りゃあああ」

ボシュッ!

ジュワー!


炎の勢いが増して、囲んでいた死霊達を焼いて行く。

そして少女が裂帛の気合を込めると、全身から光が迸った。

光が収まる頃には、集まっていた死霊は焼き尽くされていた。

最後の浄化の光が、少女の取って置きだったのだろう。

辺りには既に、1体の死霊も残されていなかった。


「姫様…」

「爺

 私は大丈夫」

「しかし…」


少女はふらつく足取りで、何とか剣を仕舞った。

そして怪我をした男に、何かを呟きながら触れた。

柔らかな光に包まれて、老人の裂傷や火傷が癒されて行く。

少女はそれを確認すると、糸が切れた様に倒れた。


「姫様!」

「だい…じょうぶ

 早く、みんなを…弔って…」


少女はそう言い残すと、力尽きて意識を失った。

老人が振り返ると、幾つもの天幕から男達が顔を出していた。

そして老人の目を見返しながら頷き、天幕から駆け出して行った。


「頼んだぞ…」


老人は力無く項垂れて、男達が向かって行く方を見ていた。


「さあ

 姫様の治療は任せて…」


不意に後方から、優しく声が掛けられた。

振り返ると、数名の女性が天幕から出て来ていた。


「しかし…」

「バカね

 年頃の娘の肌をジロジロ見る気なの?」

「いや!

 ううむ…」

「さあ

 老師も休んでくださいな」

「そうですよ

 今夜はもう、現れないでしょう」

「そうじゃな…」


女性達に促されて、老人も天幕へ向かった。

傷付き倒れた少女の手当てを女性達に任せて。


散らばって行った男達は、仲間が潜んで居た天幕を見付けた。

しかしほとんどの天幕では、中は仲間の惨たらしい死体だけになっていた。


「くそっ、こっちもだ」

「また全滅か…」

「今年に入って、一体何人がやられた?」

「もう数えたく無いよ…」


男達は悔しがりながら、仲間の遺体を集める。

そして二度と使われない様に、念入りに油を掛けて燃やした。

砂だらけの荒野に、炎の明かりだけが浮かび上がっていた。


時を少し戻すが、少女が死霊を消し去った頃である。

襤褸を纏った男は、不意に我に返った様に周囲を見回した。


「くそっ

 失敗か」


男は悔しそうに虚空を睨んでいた。


「またあの聖女擬きの勇者か

 忌々しい」


男はどうやったのか、死霊が全滅した事を感じ取っていた。

そして悔しさから、地団駄を踏みたくなっていた。

しかし自分の身体が満足に動かない事を知っているので、何とか平静になろうとしていた。


「ちくしょー!

 ちくしょーちくしょー!」


怒りに両腕をブンブンと振ろうとするが、その動作は緩慢で遅かった。

男は一頻り悔しがると、何とか平静を取り戻した。

そして怒りから戻って来ると、今度はニヤニヤと笑い始めた。


「まあ良い

 大分数は削ったからな

 あともう少しだろう」


「それに…」


男は何がそんなに嬉しいのか、くくくくとくぐもった笑いをしていた。


「死体は幾らでも手に入る

 待っていろよ、勇者よ

 くっくっくっくっ

 わっはっはっはっ」


男は盛大に笑うと、その姿は砂煙に紛れて消えた。

後には砂に埋もれた、神殿の跡だけが残されていた。


翌日になって、老人は天幕から外に出て来ていた。

既に荒野には日が差しており、早起きな女性達が朝の食事の、準備をしていた。

老人は心配そうに周囲をキョロキョロと見回して、こっそりと一つの天幕に近付く。

天幕の入り口を開けようとすると、不意に後ろから咳払いが聞こえた。


「ん、うん」

「ギクッ」

「朝から覗きとは、感心しませんね」

「いや、ワシは姫様が心配で…」

「はいはい

 私達も心配だけど、覗きは感心しないわね」

「あう…」


老人は首根っこを掴まれて、強制的にその場から引き離された。

天幕の中では、少女がスヤスヤと安らかに眠っていた。

その顔や手を見ると、薄っすらと古い傷があちこちに痕をのこしていた。

まだ年若い少女だ、顔や腕の傷は残したく無かっただろう。

しかし少女は、自身の傷も構わずに、仲間の傷の手当てを優先していた。

その結果が、この無数の傷の痕である。


少女にとっては、この傷跡が自分にとっての誇りであった。

それは同年代の少女達の前では、傷は恥ずかしくなってしまう。

それに若い男の子の前では、思わず隠したりしていた。

しかし傷付いた事は、恥ずかしいとは思っていなかった。

むしろこれだけ傷付いても、仲間を救えた事を誇らしいと思っていた。


「だからと言ってねえ…

 あなたが傷付く理由にはならないのよ」


仲の良い二つ上の姉が、心配そうに顔の傷痕を撫でる。

彼女からすれば、大切な妹が傷付くのは見ていられなかった。

しかしそれでも、少女は自分の部族の仲間を救う為に、その身を犠牲にして戦って来た。

そしてこれからも、彼女は戦って行くだろう。

それが女神から、勇者の称号を授かった者の宿命だからだ。


「う…ううん」

「もう少しゆっくり休みなさい

 朝食は運んであげるから」


姉はそう囁くと、席を立って天幕を出た。

朝日はゆっくりと昇り、今では地平の上に出ていた。


「今日も朝日を見れたわ

 あの子と女神様に感謝しないとね」


姉はそう言って、朝食が作られている天幕の方へ向かって行った。


ここはキジルグム砂漠と呼ばれる、旧帝国の王城の跡である。

元はカザフ台地と呼ばれる、台地に出来た平原の一部だった。

しかし帝国が滅びる頃に、大きな戦争がここで起こっていた。

強力な魔法が飛び交い、大地を血で染めて、そして炎が焼き尽くしたのだ。


今では広大な砂漠と荒れ地だけが残されて、呪われた大地とも呼ばれていた。

砂漠では作物は実らず、土も乾いて栄養が無かった。

残された台地に住む者も居たが、そちらも作物はほとんど育たなかった。

その為に住めそうな場所を探して、いつしか馬や家畜を連れて放浪する事となっていた。

それが帝国に産まれた者達の、背負うべき罰だと言われていた。


しかし年老いた者なら兎も角、若い新しく産まれた者達は違った。

いや、違うべきだろうと思われたのだ。

罪を背負うなら、選民思想に賛同した帝国民達であろう。

生まれて来た子供達は、帝国の民では無いのだから。

彼等はそう思って、女神に許しを請う様に祈る。

ただそれだけしか出来なかったからだ。


帝国が滅んでからは、十年ぐらいは安定していた。

祈りが届いたのか、次第に雨が降る事で小さなオアシスが出来上がった。

そうしてオアシスに集まって、氏族毎に暮らし始めたのだ。

また平穏な日々が戻って来たと、誰もがそう思っていた。

2年前までは…。


最初はベヘモットと名乗る魔王が現れた。

彼は魔族と呼ばれる人間に似た魔物を従えて、彼等をオアシスから駆逐していった。

幾つかのオアシスが攻められた時に、一人の少女が天からの声を聞いた。

その少女は、帝国の皇女の血を受け継いだと言われる、生粋の姫だった。


少女の名はマリアーナ。

マリアーナ・ロマノフと言う名前で、住民達からはマリアと呼ばれていた。


マリアは女神の祝福を得たとして、癒しと魔を祓う力を授かった。

やがて魔王と戦って、1年近くの戦いの果てに、その力を認められたのだ。

ベヘモットは彼女を聖女と呼び、この国を攻めない事を約束した。

そう、約束した筈だったのだ。


異変が起きたのは、2週間ほど前の事だった。

急に幾つかの集落が襲われて、住民が殺されたのだ。

そう、殺されていたと思われる。

なんせ住民達は全滅していて、みな一様に苦悶の表情で死んでいたからだ。


原因不明の疫病とも囁かれたが、つい先週に正体が判明した。

怪しい気配を感じて、マリアが討伐に向かったのだ。

みなの制止を振り切り、少女は魔物の群れに立ち向かった。

それは魂を無理矢理引き抜かれた、嘗ての集落の住民達だった。


そして昨晩も、少女は異変を感じていた。

黒い気配が近づいていると、仲間に警告を出したのだ。

そして天幕に魔法を掛けて、少女は住民達を守った。

その結果が、この傷だらけの身体だった。

ポーションを作る余裕が無いので、薬草を貼る事しか出来なかった。

結果として、彼女の身体には傷痕が残されていた。


「ううん…」


少女は目を覚ました。


「うっ、痛い」


昨晩の傷が、完全には癒えていないのだ。

薬草と若さから、切り傷は塞がっていた。

しかし火傷の様な痕は、なかなか治りそうに無かった。



「はあ

 自分にも魔法が掛けられれば…」


彼女の癒しの魔法は、自分には効果が低かった。

その代わり、傷の治りは早い方だった。

しかし早いと言っても、一晩ではさすがに完治はしないだろう。

痛みを堪えながら、少女はゆっくりと立ち上がった。


「ん…痛っ

 よっと」


少女はそのまま天幕の入り口に向かう。

天幕の入り口を開けると、眩しい朝日が差し込んで来た。


「うっ…

 今日も生き残れたのね」


開けられた天幕の入り口から、朝食のスープや薪の焼ける匂いが入って来る。

その朝食の香りで、仲間が生き残ったのを確認出来た。

そしてその香りが、お腹に抗議の音を立てさせた。


ぐー!

「あ…」


年頃の少女らしく、思わず赤くなって俯く。


そして少女は、意を決したのか痛む身体で、朝食を食べに向かう事にした。

まだまだ続きます。

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