第323話
戴冠式から2週間と1日が経っていた
月は7日毎に輝き、魔物を狂暴にしてゆく
そして昨晩が、ちょうど3回目の紅く輝く月だった
巨人は後4回、月が輝いた時に来ると言っていた
そうすると8月の18日が、巨人の言っていた日に当たる
エルリックは神妙な面持ちで、お茶を飲み干した
ギルバートが巨人から聞いた話が、自分の得られた情報と符合したからだ
どうやら巨人が現れるのは、8月18日で間違いは無さそうだった
しかし月は夜に出る物だ。
巨人は夜に襲撃を掛けるつもりなのだろうか?
「なるほど
あの巨人はそんなことを…」
「ええ
それで真意を問い質したかったんですが…」
「そうには見えなかったが?」
アーネストは冷静に見ていたので、あのままでは戦闘になると判断していた。
だからギルバートを止めたのだ。
「わ、私は別に…」
「あのままだと戦闘になっていたな
そしてそうなると、城門は崩されて、多くの住民が巻き込まれていただろう」
「そんな事は無い
私が倒して…」
「話を聞くんじゃ無かったのか?」
「え?
あ…」
「だから止めたんだ」
アーネストは諭す様に話して、ギルバートを納得させた。
それからエルリックに頼んで、分かった事を話してもらう事にした。
「それでは私の話なんですが…」
「まだ私の…」
「良いから黙ってろ
どの道魔物は去って行ったんだ
追う事は許さんぞ」
「それは追っかけるまでは…」
「だったら黙ってろ」
「んっ、えほん
話して良いかな?」
「あ…
すいません」
「黙って聞けよ」
「私が自分の住処に戻ってから、二人の人物が訪ねて来た
一人はベヘモットと、もう一人は…」
「ベヘモットだと?」
「良いから黙ってろ」
「…」
「えー…
ベヘモットなんだが、女神の神託を見て慌てて来たんだろうな
私の住処で待っていたんだ
月が紅く輝いていたのを見たのかと」
エルリックは話を続ける。
「彼女は紅い月の伝承を、私に教えてくれた当人だ
何せ先任のフェイト・スピナーが亡くなった時に、私に指導をしてくれた人だからな」
「彼女?」
「ああ
訳があってな、彼女は自身を女性と思っている
だから言葉遣いも考え方も、女性らしかっただろ?」
「そう…言われれば?」
「まあ、それは今は良いんだ」
「ベヘモットは月を見て、いよいよ女神が人間を滅ぼす事に決めたんだと思った
しかし人間には、まだ見込みがある者も多数残っている
それは女神様自身も仰られていた事なんだ」
エルリックは何かを思い出す様に、じっと拳を握って見詰めていた。
「だからこそ、ベヘモットは女神に直談判しに向かったんだ
しかし女神は、その場には居なかった」
「その場って?」
「女神様が住まう神殿だ
遥かな昔に、この世界に訪れた勇者が…
まあそれは良いか」
「良く無いって」
ギルバートは勇者の話が気になったが、エルリックは構わず話を続けた。
「女神が住んでいて、眠る場所でもある神殿に、彼女は居なかったんだ
それを不審に思って、ベヘモットは私を訪ねて来たんだ」
「何処かに出掛けていたのでは?」
「それは無い
勇者が亡くなってからは、彼女はほとんど神殿から出ていない
それに用事があるのなら、勇者が開発した神意を使った神託で話し掛ける筈だ」
「姿が見られず、声も聞けない
これまでの事と同じか」
「ああ」
「もし、女神が姿を隠すとしたら…
それはどんな時だと思う?」
「身に危険を感じたとか?」
「それは無いだろう
彼女は仮にも神だぞ
誰が彼女に、危害を加えれるんだ?」
「それはそうだが…」
簡単に答えを外されて、ギルバートは真剣に考える。
「外に出ていない
危害を加える者も居ないから、隠れる事も無い
そうすると…」
「そうすると?」
「何か理由があって、表に出られない?」
「その何かを知りたくて聞いているんだが?
まあ良い
考えられる事は、彼女が眠っている場合だ」
「え?
だって神託が…」
エルリックも、その答えに問題がある事は気付いている。
しかし現に、その可能性が高まっていた。
「女神様が眠られる時は、彼女の寝室の鍵が掛けられる
ベヘモットもそれを考えて、寝室がどうなっているのか見に行った
結果は鍵は掛かっていた」
「中に居たのか?」
「勿論、扉はノックしたし、何度も呼び掛けたそうだ
しかし応えは返って来ず、眠っているとしか思えなかったそうだ」
「それじゃあ居るのか分からないじゃないか」
「だがしかし、彼女が中に居ないのに鍵を掛ける必要があるのか?」
「それは女性の…
神とはいえ女神様なんだろ
中に入られたく無いから鍵を閉めたとか?」
「それも考えたが、そもそもそれなら、そこを神殿から入れない様にする筈なんだ
相手は女神様だからな」
そもそもが、女神の寝室への入り口は、女神が眠りに着いている時しか現れないそうだ。
起きている間は不眠不休で働いていたらしい。
考えてみれば神だから、その辺は当たり前なんだろう。
それならば、何故眠る必要があったのか?」
「どうして女神様は、眠る必要があったのかな?」
「さあ?
それは私にも分からない
しかしある時期を過ぎてからは、女神様は数年寝ては数年を起きて過ごす
そんな生活を続けたそうだ」
「やけに不健康だな」
「その辺は神だから
健康だとか、寝る必要だとか無いんじゃないのか?」
「それなら、なおさら眠る事が不自然だが?」
「ん?
言われてみれば…確かにそうだな」
ギルバートの言葉に、エルリックは改めて首を捻った。
確かに必要の無い眠りを、わざわざする必要があるのか?
何か他の理由があるのでは無いか?
「まさか…
勇者が死んだから?」
「え?」
「いや、何でも無い」
エルリックは慌てて、何でも無いと首を振った。
それはまるで、自身の考えが危険だと悟ったかの様だった。
「まあ、それは良いんだ」
「良いのか?」
「ああ
問題は女神様が眠りに入っているのなら、誰が神託を下しているかだ」
「え?
そう言えば…前もそんな事を言っていたな」
「ああ
お前はアーネストに聞いていないんだろ?」
「あ…」
「お前が忘れていたから、ボクも聞いて驚いたよ」
ギルバートはセリアの事で一杯で、すっかり忘れていた。
冷や汗を掻きながら、ギルバートは視線を逸らしていた。
「今さらそれは、どうでも良い
問題は誰がどうやっているのかだ」
「そうだな
女神にしか出来ない神託を、誰が行っているのか?」
それは頭脳担当のアーネストにも分からない事だった。
そもそも、女神の考えなど人間では推し量る事など出来ないのだ。
話しを振られたアーネストも、応えられなくて困惑していた。
「しかし
現に信託は下されているんだろ?」
「ああ
あれは魔導王国が滅ぼされた時に、女神が行った神託と同じ物だ
女神以外に考えられ無いんだ」
「それなら女神様が…」
「私も理由はどうあれ、女神様が関わっていると考えたい
しかし女神様がそんな神託を下すとは…」
考えられないと、エルリックは頭を振って否定した。
しかし女神から、人間を滅ぼす為の神託は既に下されている。
それに従って、魔物は狂暴化して人間に襲い掛かっているのだ。
「巨人はゆっくりと南下しているそうだ
既にフランシス王国にも向かっているのが確認された
東にも他の魔王が現れている」
「魔王か…」
「東は最初は、ベヘモットが担当していたんだ」
「ベヘモット?
それはダーナに現れた後か?」
「ああ
ダーナでの失敗の罰として、東の帝国の跡地を攻め滅ぼす様に言われたんだ
あそこは彼女の故郷なのに…」
「最初はって言ったよな
今はどうなっているんだ?」
「今は他の魔王が担当している
ベヘモットと違って、アンデッド専門のネクロマンサーだ」
「アンデス?
ネクロマン?」
「アンデッドだ
不死者という意味で、所謂死霊の事だな
そしてネクロマンサーは、死霊を操る死霊術師の事だ」
アーネストの説明を聞いて、ギルバートは何か引っ掛かりを感じた。
「死霊…
死霊術師?
魔王…」
「ダーナを攻め滅ぼした奴だ」
「あ!」
「何だ?
ダーナを滅ぼしただと?」
これにはエルリックも驚いていた。
彼は死霊が湧いているのは知っていたが、それが人為的な物とは知らなかったのだ。
「ダーナが滅びたのは、フランドールが死霊になったからだ」
「それは知っている
私も彼が死霊を操っているのは見た
しかしそれが魔王と…」
「エルリック
あんたはフランドールが、自然に死霊になったと思っているのか?」
「ああ
暗殺された要人が、恨みの念で死霊に成り果てる事はあるからな」
「そうじゃあ無い
フランドールは、魔王の手駒として死霊になったんだ」
「あれは只の死霊じゃない
不完全なバンパイア擬きだった」
「バンパイア擬き?」
「ああ
バンパイアなら、噛み付いて吸血する事で眷属かする
それで合っているよな?」
「そうだ
吸血鬼と書かれるのは、眷属を増やすのに吸血するからだ」
「だがな、フランドールは吸血以外の方法で眷属を作っていた
だから街の住民は、半吸血鬼のダンピールでは無く、グールやゾンビになっていた」
「馬鹿な!
私にはそんな魔力は感じられ無かったぞ」
「あんたはそう思ったかも知れないが、事実はそうだったんだ
そして操っていた奴は、自身を魔王と名乗っていた」
「そんな事が…」
知らなかった事実を教えられて、今度はエルリックが考え込んでいた。
「そんな魔物の増やし方なんて、聞いた事が無いぞ」
「だから死霊魔術なんだろう?
あれは死霊魔術なら、簡単に説明が付く」
「しかし…
この国には当面、攻め込まない事になっていたんだぞ」
「そうだよな
アモンもそう言っていたからな」
「ベヘモットも死霊を多少は操れるが、作り出す事は出来ないぞ」
「そうなんだ」
「それにアモンも
あいつは魔物と魔族は従えているが、死霊魔術は使えない」
「なら、その魔王がやっていたんだろう」
第三の魔王の存在に、ギルバートは恐ろしいと思っていた。
しかしエルリックの話が本当なら、そいつはこっそりと違反していた事になる。
仲間である他の魔王や使徒を出し抜いて、ダーナで一体何をしようとしていたのか。
「考えられるのは…
ムルムルと呼ばれる魔王が死霊魔術を使えるが…」
「そいつがフランドールを魔物にしたんだな」
「しかしあいつは、東の帝国跡に居るんだぞ
どうやってダーナまで来たんだ?」
「それは転移の魔法を使って…」
「あのなあ…
前にも言ったが、転移の魔法は危険なんだ
出る場所に人や物が有ったら、それと混ざり合ってしまうんだぞ」
「それは…」
「本当か?!」
今度はアーネストが、転移魔法の危険性について食いついた。
しかしエルリックは、面倒臭くなってそのまま話を続けた。
「そもそもがムルムルは、歩く速度も遅い
転移が無くとも、フランドールに会いに行っていれば直ぐにバレただろう」
「しかし…」
「気持ちは分かるがな
それこそ本当に魔王なら、わざわざ自分から魔王と名乗るか?」
「そう言われれば…」
「確かにそうだ
我々の目を誤魔化そうとするなら、あり得ない役職を騙るか…」
「そういう事だ」
「それなら、使徒の方でそういう魔法とか使える者は居ないのか?」
「使徒で?
フェイト・スピナーの死者の管理は、死の天使と呼ばれるサマエルかな?」
「サマエル?」
「天使?」
「彼女はかなり古株の使徒で、今はフェイト・スピナーも引退している
女神に呼ばれて出て来る事もあるが、ほとんど引き籠って居るよ」
「それじゃあ無理そうか」
「ああ
多分彼女は違うよ」
「何でそう言い切れるんだ?」
ギルバートの言葉に、エルリックは寂しそうな顔をして答えた。
「彼女は先代のフェイト・スピナーで、私の師でもあるんだ
だからこそ、彼女は違うと言い切れる」
「そうか…」
湿っぽい空気になりながら、会話が途絶えていた。
アーネストは気まずくなって、話題を変えようとした。
「そ、それで?
結局巨人は来るのか?」
「ああ
あの速度なら、来月の18日は着くだろう
開戦は翌日の19日かな?」
「さすがに夜は攻めて来ないよな?」
「ああ
奴等は愚かだが、決して馬鹿では無い
夜の暗さの危険性は、奴等自身も知っている筈だ」
「そうなると、19日に間に合う様に支度をしないとな」
「頼むぞ
イーセリアが怪我しない様に、是非にでも守ってくれ」
「おい
この街がどうなっても…」
「ああ
正直なところ、本当は人間がどうなろうと私には興味が無い」
「なら何で!
何でダーナは守ろうとした」
「それはアルベルトが居たからだ
あいつには貸しがあったしね」
「私の事か?」
「それもあるが…」
「いずれ話す機会もあるだろう
今はそれよりも、目の前の事に集中しなさい」
「いや、お前が気になる事を…」
「はいはい
ギルはすぐに噛み付かない」
アーネストが間に入って、ギルバートを制止した。
その上で、アーネストは改めて質問した。
「エルリック
あなたは本当に、ボク達の味方をしてくれるのか?」
「君達には見所がある
それに女神様が…いや、何でも無い」
「ん?」
「どういう意味…」
「君達がイーセリアを守ってくれるのなら
私も協力を惜しまない」
「それなら!
セリアは私の…つ、妻になる人だ
全力で守りゅ」
「噛んで無ければな…」
「ちょっと心配だな…」
ギルバートは赤面しながら項垂れた。
「また何か分かったら報せる
それまで死ぬなよ」
エルリックはそう言って宿を後にした。
ギルバート達も、宿の主人に感謝してから、宿を出て行った。
まだまだ続きます。
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