第320話
ギルバートが魔術師ギルドに向かった時、ギルドにはアーネストが来ていた
アーネストは魔術師ギルドにて、雷の魔法の説明をしていた
呪文を覚えたとしても、実際に唱えて効果を見せる必要があった
魔法には呪文と魔力以外に、イメージも必要だったのだ
雷の魔法とはどういうものか、実際に見せる必要があったのだ
アーネストは各自に、呪文と効果が書かれた羊皮紙を渡す
その上で呪文を唱えてみせて、どういった結果になるか見せていた
魔法のイメージを植え付けるには、実際に使って見せるのが一番だからだ
勿論ギルド内だから、威力は調整している
その上で、どんな感じになるかを見せていたのだ
「ギルドマスターは居るかな?」
「殿下
マスターはアーネストさんの魔法の実演を見ています」
「魔法の実演?」
「ええ
雷の魔法と言うのがどの様な物なのか、実際に見せてくれているんです」
「ここでか?」
ギルバートが話している間にも、ギルド内の天井に魔力で疑似的な雲が作られる。
「え?
何だ?」
「殿下は金属品を身に着けてらっしゃいます
一応気を付けてくだ…」
バシュッ!
ズドーン!
乾いた音がして、部屋の中に閃光が閃いた。
音の原因は、魔術師達が集まっている方から聞こえた。
キーンと耳鳴りがして、目が先行でチカチカしていた。
「な、何だ?
今のは?」
「あれが雷の魔法らしいです
実際にはもっと魔力を込めて、大きな雷が落ちるらしいんですが…」
カウンターの受付も、驚いて尻もちを着いていた。
音はそこまででは無いが、ギルド内で急に鳴っては、驚くのも仕方が無いだろう。
「本物の雷か?」
「そうですね
規模は小さいんですが、あれでも直撃したら危険ですって
まあ、ある程度は狙いは着けれるみたいですが…」
カウンターの受付も、おっかなびっくりで様子を見ていた。
それだけ今の光景は、衝撃のある物だった。
音に驚いて、隣の冒険者ギルドからも野次馬が入って来る。
その後ろには、付近を巡回していた警備兵も立っていた。
「何の音だ!」
「大丈夫です
魔法の実験ですから」
「危険は無いので…」
「何だ
また魔法の失敗か?」
冒険者達が入って来るのを、受付が慌てて宥める。
しかし魔法の結果と知ると、そのまま引き返して行った。
「あまり騒ぎを起こさんでくれよ」
兵士も注意だけすると、肩を竦めて去って行った。
「なあ」
「はい?」
「よくある事なのか?」
「ええっと…」
受け付けは視線を逸らして、何とか誤魔化そうとする。
「冒険者も警備兵も、やけに慣れている様子だったが?」
「それはそのう…」
「危険な事はするなよ」
「それは勿論!
重々承知しております
屋根も最近では焼いてませんし」
「最近では?」
「え?
あ…」
どうやら以前には、屋根も焼いた事があるらしい。
ギルバートは呆れた顔をして、溜息を吐いた。
「ですがアーネストさんが来てからは、失敗は減ったんですよ!
それに新たな魔法を覚える者も増えまして…」
「だからって、何も屋内でやらなくとも…」
「それは…」
受付もそれは理解しているのだろう。
申し訳無さそうな顔をして俯いていた。
「屋外の練習場では、使えない魔法もあるんです
例えば風に流されるとか…
今みたいに人目を引く魔法とか…」
「何で駄目なんだ?
目立っても屋外でしないと危険だろ?」
「それが…
呪文を覚えられたりしたら危険ですから
何せ魔力さえどうにかなれば、後は呪文だけですから」
「ああ、なるほど」
変に外で唱えていて、覚えられたら困るという事だ。
魔力の大小はあるが、基本的にほとんどの者が魔力を持っている。
下手に危険な呪文を使えば、取り返しが付かなくなるという事だろう。
「それは分かったが、他にやり様は無いのか?」
「それが…
魔力も未熟な子供が覚えて、真似した事件もありまして」
「子供が?」
「はい」
受け付けは話を続ける。
それは、もう十数年も昔の事だが、今も新人に伝えられる教訓となっている。
ギルドの外で練習していた魔術師が、その息子にも練習を見せていた。
その子供が、喧嘩の時に呪文を唱えたのだ。
「魔法は魔力が不足していましたので、発動までは至りませんでした
しかし魔力をごっそりと奪われた子供は…」
「え?
まさか?」
「はい
魔力枯渇のショックで、声を上げる間も無く息絶えました
事件のあらましが分かったのは、虐めていた子供が証言したからです」
「それはまた…」
「彼等もまさか、急に死ぬとは思っていませんでしたからね
最初は自分達のせいじゃないと、必死になって訴えていました」
「そりゃあそうなるだろうな」
虐めていた子供が、喧嘩になった時に急に死んだ。
周りの大人からすれば、子供同士の喧嘩で死んだと思われるだろう。
「死んだ子供は、苦痛で恐ろしい形相をして死んでいたそうです
しかし外傷はありませんでしたから、最初は呪いだとか色々噂になりました」
「そんな時間があったのか」
「ええ
相手の子供達が、後から素直に話してくれて良かったです
彼等も子供の死に顔を見て、怖くなったんでしょうね」
そんなに怖くなったとなると、どれほど恐ろしい形相をしていたのか。
魔力切れでも酷い頭痛になるので、枯渇は余程酷い物なのだろう。
アーネストは耐えていたが、普通は軽い症状でも大人が気絶するらしい。
亡くなった子供は、相当苦しんだのだろう。
「痛ましい事件だな」
「ええ
それからギルドでは、外で安易に魔法を使わない事と決まりました」
「それで実戦で使えない者が増えたのか」
「そうですね
普段から使わないので、経験不足は致し方ありません
それに訓練を出来ないので、魔力が少ないままでして…」
「でも、最近では違うんだろ?
確か兵舎の訓練場を借りている筈だが」
「ええ
アーネストさんが口利きしてくださって
ようやっと訓練出来る場所が出来ました」
「うん
それなのに何故?
ここでやっているんだ?」
ギルバートは最初の疑問に戻った。
危険な魔法を、なんでここで使っているのか?
訓練場が使えない理由でもあるのだろうか?
「それは…
魔法が危険なので、実際の訓練は王都の外でするそうなんです」
「王都の外で?
それじゃあ今のは?」
「あくまでどんな魔法なのか、それを見せる為です
ですからここで使ったそうです」
「ふうむ…」
ギルバートは話を聞いて、これは好都合だと思った。
ギルバートとしても、どうやって魔術師達を外に連れ出すか思案していたのだ。
その理由がここにちょうどあった。
魔法の訓練の序でに、兵士達に同行させる。
連携の訓練にもなるし、まさに妙案だと思った。
「おーい
アーネスト」
「殿下
危ないですって」
バチン!
瞬間に目が眩んで、ギルバートは吹っ飛ばされた。
目がチカチカして、何が起こったのか分からなかった。
耳も耳鳴りがしているので、誰かが何か言っている気がしたが、良く聞こえなかった。
そのまま起こされて、ポーションを飲まされる。
ポーションの苦みが口中に拡がり、思わず咽てしまった。
「げっほ、ごほごほ」
「大丈夫か?」
やっと耳鳴りが収まり、アーネストが覗き込んでいるのが見えた。
「一体何が起こったんだ?」
「すいません
私が殿下を止めれなかったせいで…」
「いや
今のは明らかにギルが悪い
呪文の制御中に大声で呼びかけるなんて…」
「へ?」
「ただでさえ制御が難しい魔法なのに、急に話し掛けるから」
アーネストはむすっとした顔で答える。
「お前が急に呼び掛けるから、意識がそっちに向かったんだ
結果として雷は、お前の頭を直撃したんだ」
「え!」
「威力を押さえていて良かったよ
でなけりゃ今頃、お前は真っ黒に焦げていたな」
「おい!
私に魔法をぶつけたのか?」
「だから言っただろ
お前が急に大声で呼ぶからだ
以前から危険だと言っていただろ」
「しかし…」
昔はアーネストも、魔力の制御が上手く行かない時期もあった。
そんな時に話し掛けて、よく怒られた事もあった。
しかし今では、アーネストはほとんどの魔法を制御出来ていた。
だが、この魔法に関しては、どうやらそうでも無かったらしい。
「威力を押さえていたから良かったが
悪かった頭がさらに悪くなった様だな」
「ぷっ」
「くくくく…」
「お前…」
アーネストの辛辣な皮肉に、周囲に心配して集まっていた者達も思わず吹き出す。
「これに懲りたら、詠唱中には話し掛けるな」
「何で駄目なんだ?」
「あのなあ…
ボクは普段は詠唱はしないだろう?
無詠唱の魔法は、それだけ使い慣れているからだ」
「え?
という事は?」
「ああ
詠唱していたって事は、それだけ難しい魔法を扱っているんだ
だから意識を奪われると、暴発の危険もあるって事だ」
アーネストは威力を上げたり、効果を高める為にも詠唱を使っている。
しかしそれは、無詠唱では制御が難しいからだ。
呪文を唱える事で、意識を高めて精度を上げているのだ。
「特に今回のは、まだ解読したばかりの魔法だ
効果や制御に意識のほとんどを持って行かれる」
「そうなると、戦場で使うには危険なんじゃあ?」
「そうなるな
だから魔法を使う時には、周囲をしっかりと守ってもらわないとな」
「ううん
そうなると実戦には?」
「まだ危険だろう」
アーネストの言葉を聞いて、ギルバートは落胆していた。
思ったよりも実戦では、使うには難しいと思ったからだ。
「どうしたんだ?」
「いや…
魔物の討伐に同行してもらおうと思っていたが…」
「ああ
それはちょっと…」
アーネストもエルリックの話は聞いていたので、ギルバートが来た理由を察した。
魔物の数が増えていて、兵士や冒険者では厳しくなっているのだ。
しかし安易に、魔術師達を戦場には送れない。
ただでさえ体力的な問題があるのに、兵士達に守られなければならないのだ。
下手に連れて行けば、却って足手纏いになるだろう。
アーネストはギルドマスターの方を見ると、頷いてみせた。
ギルドマスターも事情を聞いていたので、顎髭を扱きながら考えていた。
「殿下
連れて行くのはよろしいですが、危険ですぞ?」
「そうでしょうね
実戦経験が少ない上に、雷の魔法の練習もしなければならない
そう考えると、騎士と同行させても難しいでしょう」
ギルバートも理解していたので、ギルドマスターの言葉に同意した。
しかしギルド側としても、外で実戦訓練を積みたいと言うのは本音である。
このまま巨人が来るまで、練習が出来ないと困るからだ。
実戦ですぐに使えるのなら、最初から訓練など必要無いだろう。
「分かりました
明日にでも使えそうな者を、城門に向かわせます」
「良いんですか?」
「期限も迫っています
やるしか無いでしょう」
「ギルドマスター
期限って?」
「今は教えられん
しかし本気で取り組まんと、お前等の明日も無いと思え」
ギルドマスターに鋭く睨まれて、魔術師達は言葉を失っていた。
理由は不明だが、本気で雷の魔法を覚えなければならないらしい。
そしてその理由に関しては、安易に口にしてはいけないと、ギルドマスターの視線から感じていた。
「その代わり、アーネストも一緒に連れて行ってくだされ
彼が居れば、訓練にも身が入るでしょう」
「ええ
最初からそのつもりです」
「おい
ボクの意見は?」
「お前もそのつもりだっただろう?」
「それはそうだが…」
「マジックポーションはこちらで用意させます
ギルドの在庫も必要でしょうから」
「ご配慮ありがとうございます」
「いえ
こちらも無理なお願いをしていますから」
ギルバートは丁重に礼を述べてから、魔術師ギルドを後にした。
後は国王か宰相に、話が纏まったと報告するだけだった。
その序でに、マジックポーションの配備と在庫の補充をお願いするつもりだ。
当分の間は、マジックポーションの需要が高まるだろう。
しかし巨人に備える為には、それも必要な事だと思っていた。
ギルバートが出て行った後に、ギルドでは騒動が起きていた。
誰が戦場に向かうかで、魔術師達の間で言い争いが起こっていたのだ。
彼等からしてみれば、魔物のとの戦闘など嫌だったのだ。
ダーナと違って、王都の魔術師は功名心は少なかった。
どちらかと言うと、そんな物よりも研究の方が大事だった。
貴重な魔法への研究の時間が、魔物討伐に奪われるのが嫌だったのだ。
しかし魔物を討伐しなければ、王都に危険が迫る事も理解していた。
だからこそ、依頼が入れば順番に討伐に向かっていた。
「それで?
みんなこの依頼は嫌だと?」
「ええ
王家の依頼とはいえ、出来れば行きたくは無いです」
「そうですよ
私達魔術師という者は、元々戦闘向けの職業では無いんです
アーネストさんが異常なんですよ」
ギルドマスターは困った顔をして、アーネストの方を見た。
アーネストも肩を竦めて、仕方が無いという感じで頷いた。
「止むを得んか…」
ギルドマスターは、魔術師達に手招きをした。
「こっちへ来い
重要な話がある」
ギルドマスターは魔術師達を連れて、2階の会議室へと向かった。
それは受付にも聞かせられない、内密な話があるからだ。
そうして半刻ほどしてから、魔術師達は2階から下りて来た。
その様子は魂でも抜かれた様に、呆然としていた。
「すまんな」
「いえ
あれぐらいは教えるしか無いでしょう」
「そうじゃな」
何を話したかは、ギルドマスターとアーネスト、それから魔術師達しか知らない。
しかし翌日の朝には、気合の入った魔術師達が集まっていた。
彼等は真剣に、魔物を討伐する事にしたのだ。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




