第32話
回り始めた歯車
それは運命なのか
それとも作為された必然なのか
小さな糸が縒り合わさっていく
やがて壮大なタペストリーを描く為に
ダーナ領主アルベルトの邸宅
その邸宅の2階にある書庫に座る少年
彼は今日も熱心に魔導書を漁っていた
「ふーむ
この構文が発動媒体として…
それならこれが計算式になるわけだな…」
帝国文字で書かれた難しい魔導書を片手に、一心不乱に羊皮紙に何かを書き記している。
紙の上に書かれたタイトルは、エネルギーボルトとファイヤーボールの呪文の比較と検証と書かれている。
魔術師が初級で習う攻撃用魔法のエネルギーボルトと、上級で習う攻撃魔法のファイヤーボールの呪文を調べている様だ。
時々、自身が記した魔導書も開いて比較している。
「うーん
式は理解できたが、問題は構文の秘密か」
少年は疲れて飽きてきたのか、背伸びをしてみる。
そこへ、書庫の前を歩く人の気配を感じた。
「おや?」
その気配に覚えがあり、扉を開いて顔を出す
「ギル
帰ってきたのか?」
「ん?
アーネスト
また書庫に閉じ籠ってるの?」
ギルバートが帰って来て、自室に向かっていた。
書庫は丁度2階にあるギルバートの私室の近くにあった。
ギルバートは早く部屋に戻って休みたかったが、アーネストが手招きするので付き合う事にする。
「どうやら無事だったようだな」
「ああ
おかげさまで?
何事も無く帰ってきたよ」
「その様子だと…
忠告通りに、魔物とは戦ってないな」
「ん?」
アーネストはニヤリと笑うと、悪戯が成功した子供の様に、テンションも高く説明した。
「それだよ、それ
親父さんから受け取っただろ?
事前に聞いたから、大慌てで作ったんだぜ」
ギルバートが、父親から出発の直前に受け取ったお守りを指差す。
「これ?」
「そう、それ
攻撃されると、1回だけ守ってくれるマジックシールドが展開するんだ」
「と言っても、ボクの技量だからそんな大した物じゃないんだけどね」
アーネストはそうは言うが、魔法を封じ込めた魔道具を作るには、相当な技量が必要である。
ましてや護身用のお守りとなると、市場でもかなりの高額の商品となる。
「へー
これってアーネストが作ってくれたのか」
「そうだよ
すごいだろう」
アーネストもギルバートが喜んだ事で、得意気になる。
「ありがとう」
「いやいや
これで上手く発動する事が確認出来たら、ギルドに登録して商品化出来るからな
こっちも都合が良かったんだよ」
「ん?」
「え?」
「…ボクの感謝を返せ…」
ギルバートのジト目を口笛を吹いて誤魔化す。
そして次に、ギルバートの腕に抱えられた物に目が行く。
「あれ?
何だ?その本?」
「ん?
ああ、そうだ!」
ギルバートは抱えた本を机の上に置き、アーネストに聞いてみる。
「なあ
この本読める?」
「?」
「ま…魔?
どう…全…
魔導大全?
魔法書か?」
「すごい!!
読めるんだ」
「まあな
ボクぐらいの天才なら…」
言いながら表紙を捲って数ページを見る。
横でギルバートがワクワクしながら見ている。
「すごいや
ボクなんて全然読めなかったよ」
「だろうな
これ、全部古代王国語で書いてある」
「古代王国語?」
「ああ」
「帝国よりも前に、旧時代の魔法王国があったらしい
これはその王国の誰かが書いた、魔法の教科書だ」
「へー
って、教科書?」
「ああ」
アーネストが2ページ目を開き、ギルバートにも見える様に置く。
そして指で示しながら説明する。
「ここだがな
ページと内容が書いてある」
「どうやら…火とか水とか…
残念ながら、ボクでも全部は読めないな」
「え!!」
「うん
無理」
ギルバートは明らかに落胆する。
アーネストはもう1冊も開いてみる。
「こっちも…
うん、たぶん教科書だ」
「何の教科書?」
「恐らく、戦術指南と…
ス…?ル??
何かの技術かな?」
それから暫く、左右の本を見比べて、魔導書まで引っ張って来て調べる。
「ダメだ!
数字と簡単な名詞は読めたけど、他が解らない」
「そうか…」
落胆するギルバートを見て、アーネストは何事かを決心する。
「ギル
これをボクに預けてくれないか?」
「え?」
「必ず読み解いて見せる」
「うん」
「元から君に頼もうと思っていたんだ」
「そうか
あいがとう」
アーネストは、書物を持って立とうとした。
「ん?
そういえば、どこでこんな本を見つけたんだ?」
「ああ
それは、いつぞやの詩人さんがくれたんだよ」
「何!!」
途端にアーネストの顔が引き締まり、書物を警戒する。
「どうしたの?」
それにも答えずに、幾つかの呪文を唱え、魔法を発動させる。
ほとんどが反応しなかったが、呪文で文字が光ったりした。
「ギル
正直に話してくれ
本当に詩人なんだな?」
「どうしたんだよ
旅の吟遊詩人だって
本人もそう言ってたし、どこからどう見ても、詩人だったよ」
「うーん」
「どうしたのさ?」
「あのな
これってただの教科書じゃないんだ
これ自体が魔道具なんだよ」
「ええ??」
「だから
旅の詩人が持つには高額過ぎる物なんだよ」
普通に本自体が高額な物だ。
それでも、どこかの領主にでも褒美に貰ったとなればありえる。
だが、それが魔道具でもあるとなれば希少な物になり、場合によれば国宝に指定されるかも知れない。
「おい
これはとんでもない物かも知れないぞ?」
「ええ?」
「だから…
詩人ってのが怪しいな」
「でも…
何もされてないし、特に会話も変じゃなかったよ?」
「何を話したか、全部話せ!」
アーネストにきつく言われ、ギルバートは前回と今回に話した事を全て話した。
「確かに
本当に今の話だけなら、祭りの事や書物の事だけだよな」
「それに…本の価値を知らなかった可能性もある」
「うん
きっとそうだよ」
アーネストは暫く考えて、結論は先延ばしにしようと思った。
「分かった
それじゃあこの本はボクが預かる」
「うん、頼むよ」
「それと…
くれぐれも本と詩人に会った事は領主様には内緒にする事」
「え?」
「当たり前だ!
変に心配掛けたくはないだろう」
「うーん」
「この本の正体も掴めていないからな」
「分かったよ
父上には黙っておくよ」
「ああ」
そうして二人は書庫の前で分れた。
ギルバートは着替えて休息を取りたいと思いながら、私室へと向かった。
それから数分後…。
「で、この状況は何?」
ギルバートは不貞腐れてソファーに座っていた。
部屋に帰って着替えていたら、父親からすぐに来いと呼ばれた。
それで部屋に入るなり座る様に言われ、見たら父親の膝の上に眠る幼女。
何?これ?
どこの子?
当然、妹のフィオーナでは無い。
「ああ
その為に呼んだ」
「フィオーナじゃ…無いですね
誰です?」
「セリア
イーセリアと言うらしい」
「らしい?
どこで産んだんですか?」
「うん?」
「母上ではありませんし
どこの子ですか?」
「ちょっと待て
何をかんがえている?
ギルバートはジト目でアルベルトを見ている。
母上一筋等と言っておきながら、どこでこさえてきたと無言の圧力だ。
「母上にはキチンと謝ったんですか?」
「違う!!」
「そうやって言うって聞きましたけど…
まさか父上が…」
はあ…と大きなため息を吐く。
それを見て、こめかみに青筋を立てて父親は呟いた。
「ほおう
お前がどういう目でワシを見ているのか
ここでよく話し合わんといけんな…」
数分後、頭の瘤を押さえながら、ギルバートは尋ねた。
「で、結局その子は誰なんですか?」
「お前が話の腰を折ったんだろうが」
アルベルトの声に、幼児が目を覚ましそうになる。
「ようし、よし
ふう」
「この子は先の集落の生き残りだ」
「へ?」
「この子ともう一人
お前の一つ下になる女の子が居る」
「孤児ですか?」
「ああ」
「どうするんですか?」
「この子はウチで引き取る
フィオーナの良い話し相手になってくれるだろう」
「妹の侍女にするんですか?」
「そのつもりだったんだが、反対されてな
一応、ウチの子として育てようと思う」
幼児が再び眠ったのを見て、そっと膝の上に置く。
「同情…ですか?」
「それは、否定できん」
「後は、守れなかった事へのケジメかな?」
「なるほど
母上は?
納得されていますか?」
「ジェニファーは喜んでいたよ
逆に、こんな可愛い子を見捨てたら、二度と口を利きませんって言われた」
「うわー…
まあ、それならボクは構いません」
「それでな
もう一人の子は教会で預かっている」
「?」
「ジェニファーとも相談したんだが、ウチでメイドとして雇おうと思う
どうだ?」
「うーん
でも、ボクの下ならまだ子供ですよね」
「だから、正確にはメイド見習いかな
メイド長のアンナに付けようと思う」
「アンナおばさんなら大丈夫ですね
面倒見も良いし」
「なら決まりだな」
「要件はそれですか?」
「ああ
お前がなかなか帰って来ないから、この子も眠ってしまった」
アルベルトは抱っこしながら続ける。
「本当は起きている内に顔を合わせてやりたかったんだが…
明日、時間があったら、この子の面倒を看てやってくれ」
「え!」
「ジェニファーはまだ、フィオーナの面倒を見ないといけない
なんなら二人共看てもらいたいぐらいだ」
「ええー」
本当なら、久しぶりに街に出掛けたかった。
しかし、母親も忙しいなら仕方が無い。
ギルバートは嫌々ながら引き受けた。
その夜は、新たに出来た妹の事を考えながら眠った。
なんだかんだと、ギルバートも面倒看の良い子供であった。
絵本を読んであげようか?
それとも庭で散歩の方が良いかな?
そんな事を思いながら眠った。
翌朝、朝食を取りに1階の食堂へ赴くと、既に父親は食事を済ませて出かけており、母親と妹が食事を取っていた。
妹はやっと離乳食から普通の食事に変わったところで、柔らかく焼いたパンをスープに浸して食べていた。
「おはようございます
母上、フィオーナ」
「おはよう、ギルバート」
「あにちゃ、おあよう」
席に着くと、直ぐに食事が運ばれてきた。
パンとスープ、生ハムのサラダに紅茶が用意される。
ギルバートはまだ未成年なので、食用のワインは用意されていなかった。
「昨夜はよく眠れましたか?」
「はい
遠征の疲れですかね?
すっかり寝坊してしまいました」
「あにちゃ、ねおう?」
フィオーナが意味が分からず、目をくりくりとさせてじっと見てくる。
そんな妹が可愛くて、思わずニコリと笑顔を返す。
それを見て、フィオーナも満面の笑顔になる。
母親は妹の食事を食べさせ終わると、口元をナプキンで拭いてあげながら話した。
「ギルには悪いけど、私もフィオーナの事があります」
「ええ」
「セリア…でしたね
あの子の面倒をお願いするわね」
「はい」
すっかり食べ終わり、眠ってしまったフィオーナを抱えて、ジェニファーは自分の私室へ向かった。
それを見送り、自分の食事を済ませる。
野菜はあまり好きではないが、鍛える為には野菜もしっかり食べる事と言われていた。
生ハムと一緒に、半ば強引に口へ放り込み、紅茶で飲み込む。
「ごちそうさまでした」
背後に控えた執事に告げると、ギルバートは席を立った。
セリアがどこへ居るかは判らないが、恐らくは客間用の部屋に居るだろう。
そう思って2階の客間の一つに向かった。
この出会いが、必然であったのか分からない。
しかし、この日初めて、二人は出会う。
イーセリアは前の晩に出会っていますが、その時には眠っています
ですので、ギルバート目線では2回目ですが、イーセリアにとっては初めての出会いです




