第319話
ギルバートが兵士の帰還を待っていると、城門の外が騒がしくなっていた
どうやら近くに来ていた魔物が、そのまま城門に向かって来た様だった
直ちに警備兵が城壁に登り、上から弓で狙いを付ける
暫く斉射していると、兵士達は降りて来た
どうやらそんなに居なかったので、弓だけで始末出来た様子だった
警備兵達は、城門を開けて死体を回収した
それはコボルトだったが、ギルバートは違和感を感じていた
コボルトなら、森から出て来て城門に向かって来るのは珍しい
彼等はそんなに強くないので、警戒心が強い筈だからだ
「変だな
何でわざわざ、森から出て来たんだ?」
「さあ?
我々が気が付いた時には、既に森から出て向かって来ていましたから」
「うーん
あそこから城門までは、それこそ100Mはあるぞ?」
「そうなんですよね
他には魔物は居ませんし」
そもそもが、周辺に居たコボルトなら、目撃情報通りなら森を抜けて来た事になる。
そう考えると、わざわざ森を突っ切って、城門に向かって来た事になる。
「ここのコボルトの筈だよな?」
「ええ
数もピッタリですから、間違いは無いでしょう」
「それがここまで来たのか?」
「そうですよね」
警備兵達も、周辺の地図を睨みながら首を捻っていた。
どうにも動き方がおかしいのだ。
「まあ良い
兵士達が向かったのは、そこの西隣のエリアだからな
何か異変を感じていれば、報告があるだろう」
「それなんですが…」
「ん?」
「遅く無いですか?」
「そう言われれば…」
馬車を使っているので、そろそろ戻っていてもおかしく無いのだ。
しかし兵士達はまだ戻って来ていない。
「何かあったのか?」
「分かりません
分かりませんが…
迂闊には見に行けませんね」
「そうだな
今から見に行ったら、それこそ二次被害に成り兼ねない」
ギルバートは不安を感じながらも、そのまま暫く待っていた。
それから半刻ほどして、兵士達は1時間以上の遅れで帰って来た。
既に日は暮れていて、周囲は暗くなり始めていた。
兵士達は怪我はしていない様子だったが、すっかり疲れ果てていた。
「何が起こったんだ?」
「オーガが現れました」
「オーガだと?
オーガが居たのはもう少し北の筈だろう?」
「ええ
最初はゴブリンだけだったんですが…」
「それがゴブリンが逃げませんで…」
ギルバートは地図を広げて、兵士達の行動を確認した。
「ここにゴブリンが居たんですが…」
「普段は数が減れば逃げるのに、ここ最近は逃げませんで…」
「逃げない?」
「はい
逃げないで最後まで向かって来ました」
「月の影響か…」
「え?」
「いや、何でも無い」
ギルバートは思わず呟いていたが、慌てて頭を振った。
兵士達にはまだ、報せるべきでは無いと判断したからだ。
「それで?
どこでオーガが現れた?」
「それはここから出て来て…」
兵士はゴブリンが居た場所から、北の林を示した。
そこは小さな林で、オーガが発見された場所から南にズレていた。
「そうなると、わざわざオーガはここまで向かって来た事になるな」
「そうですね
オーガは最初から、我々を狙っている様子でした」
「ほとんど倒していましたが、ゴブリンには目もくれていませんでした」
「人間だけを狙っていたと?」
「ええ」
兵士達もオーガに執拗に狙われていたので、そう確信していた。
「ここから…こっちの方向に逃げまして
最初はオーガは、馬車や馬には目もくれませんでした」
「それで?
どうやって逃げたんだ?」
「オーガが迫ったせいで、馬車は逃げてしまいました
しかし逆に、逃げてくれたおかげで隙ができました」
「馬車や馬に振り向いている間に、ここから回り込みまして…」
地図で見ると簡単だが、周囲を調べているオーガの隙を突いて逃げるのは、相当に不安だっただろう。
兵士はオーガに気付かれない様に、迂回しながら馬車の向こうに移動していた。
オーガが兵士の逃げた方向ばかり見ていたので、何とか馬車まで逃げれたのだ。
そこからは馬車で派手に逃げて、その隙に残りの兵士が馬を回収した。
「オーガが思ったより愚鈍だったので上手く行きました」
「しかしいつバレるか、逃げてる間は死にそうな思いでした」
兵士達が焦燥していたのは、その後も暫くオーガに追われたからだ。
必死になって逃げて、オーガから逃げ切ったのだ。
「だが、全員が無事で良かったよ」
「いえ、負傷者は居ましたよ」
怪我といっても、軽傷程度だった。
しかしゴブリンによって傷つけられたので、兵士達は苦笑いを浮かべていた。
「まあ、ゴブリンだったので軽傷で済みましたが…」
「血の臭いでバレないか冷や冷やしましたよ」
兵士達を宿舎に帰らして、ギルバートは王城に向かった。
国王に現状を報告して、戦況を立て直す必要があったからだ。
オーガが人間を狙っている事も問題だが、それ以上に魔物が狂暴になっている事だ。
このまま兵士を送っても、魔物の思わぬ反撃を受けるだろう。
ギルバートは城門でドニスを見掛けて、国王へのお目通りをお願いした。
この時間では執務室で、魔物の対策を相談しているだろう。
「ドニス
ちょっと良いか?」
「はい
どうされましたか?」
「国王様にお目通りをお願いしたいんだが…」
「陛下にですか?
それではこちらにどうぞ」
ドニスに先導されながら、ギルバートは執務室に向かった。
中では宰相と文官が、熱心に壁の魔物の発見場所を確認していた。
魔物が発見された場所から、大きく移動している魔物も見られていた。
この事は王宮でも、報告が入っていた。
魔物に襲われた隊商もいたので、情報が入っていたのだ。
「陛下
ギルバート殿下がお見えになりました」
「ん?
通してくれ」
国王は中座して、疲れたのか目頭を押さえていた。
そのまま入り口に振り返ると、ギルバートに微笑みかけた。
「どうしたのじゃ?
まだ戻るには早い時間じゃが?」
「ええ
片付けは任せて、急ぎ報告に伺いました」
「報告か
何か悪い事かのう」
陛下は報告と聞いて、顔を強張らせていた。
「それが…
悪い事です」
「そうか…」
「実は魔物が狂暴化している事を確認しまして…」
「そちらもか?」
「は?」
「いやなに
こちらも色々と情報が入っておってな
サルザート」
「はい
こちらを見てください」
サルザートは壁を示して、魔物の報告を説明し始めた。
「こちらがこれまでの報告なんですが…
赤で書き込まれたのは新たに入った情報です」
「うーん
そのまま動いていないのもあるが、大きく移動したのもあるな」
「はい
隊商を追い掛けた魔物もいますが…
こことここは違います
明らかに兵士を追い掛けています」
「え?」
サルザートに言われて、改めてギルバートは地図を見直す。
すると確かに、魔物が移動した先は兵士が討伐に向かっていた場所だった。
魔物は兵士や冒険者が現れた場所に、明らかに向かっていた。
「どうして正確にこの場所を?」
「それは分かりません」
「しかい魔物が狙っていたのは確かじゃ
何らかの方法で移動を指示しておるのじゃろう」
「そんな…」
事は思ったよりも深刻だった。
魔物は人間を狙っていて、討伐に向かった者を追って移動していた。
「確かに私も、魔物が狂暴化しているとは思いましたが、まさか…」
「方法は分からないが、魔物は情報を共有しておるな」
「でしょうね
そうでないと説明が付きません」
そこはギルバートも納得していた。
離れた場所から、わざわざ人間が集まっている場所に移動していたのだ。
何らかの方法で、連絡が行っていたとしか思えなかった。
「しかし分かりません
どうやって場所を把握していたのか…」
「それはどうでも良い事じゃ
いや、どうでも良くは無いがな
問題は方法では無く、どう対処するかじゃ」
「そうです
今のままでは、いたずらに兵士を失うだけです」
ギルバートは納得して頷いた。
自分が相談しようと思った事も、同じ内容だったからだ。
「そうですね
これからは、兵士や冒険者の配置にも気を付けないといけませんね」
「ああ
そういう事でな、ワシ等も頭を悩ませていたところじゃ」
「殿下に相談しようと思いましてな
ここで相談しておりました」
サルザートが壁を睨んでいたわけも、明日からの配置を考えていたからだ。
「引き続き、明日からもギルバートに頼もうと思うが?」
「はい
しかし冒険者や兵士だけでは心許ないです
魔術師の実戦投入も視野に入れませんか?」
しかし国王は、渋い顔をしていた。
「アーネストの報告では、まだまだ技量的に問題がある様だが?」
「そうですね
しかし実戦で使ってみなければ、問題が分からないでしょう」
「そうじゃなあ…」
実際に投入してみなければ、分からない問題もあるだろう。
試しとして連れて行く事を、ギルドに相談してみる事になった。
「問題はギルドが承認するかじゃな」
「私が行ってみます
まだ夕食には時間がありますから」
「頼めるか?」
「はい」
ギルバートは頷いて、必要な書類を作成する。
ここには文官も宰相も居るので、認可の印璽はすぐに受けられる。
内容を確認して、サルザートは書類に判を押した。
「それと
巨人の事なんですが…」
「ん?
巨人が来るには、まだ1月近く時間がある筈じゃが?」
「そうなんですが…」
ギルバートは躊躇いながらも、国王に上奏した。
「このまま騎士団を鍛えても、巨人に関しては厳しいかと」
「それはそうじゃろうが、巨人には親衛隊を向かわせるのでは?」
「そこなんですが…
親衛隊を城門に残しませんか?」
「どういう意味じゃ?」
「あれから考えたんですが、私が騎士を率いて、先行して討伐に向かいます」
「ならん!
それはならんぞ」
「聞いてください!」
ギルバートは国王の言葉を制して、意見を述べた。
「巨人がどのぐらいの数で攻めて来るのか、それがわかりません」
「だからと言って…」
「私がアーネストと魔術師を連れて、先行して魔物の数を減らします
少しでも削らないと、王都に殺到されては城門を守れません」
「それはそうじゃが…」
「危険です
殿下にもしもの事があれば…」
「その為に魔術師を連れて行くんです」
ギルバートの言葉に、サルザートも国王も苦い顔をする。
確かに王都で待ち構えていても、城門に数が来られては危険だろう。
「確かに守れないじゃろうな
相手は5ⅿの大きさの魔物じゃ」
「しかし殿下が出られても」
「そうじゃな
そんな大きな魔物と、どうやって戦うつもりじゃ?」
「私が身体強化を使えば、城門ぐらいの高さまでは跳躍出来ます」
「ううむ…」
「それに、王都の城壁を守るには騎士では…
親衛隊の方が技量は上です」
「だからと言って…」
「親衛隊が魔術師と組めば、巨人とも何とか戦えるでしょう」
ギルバートの説明に、国王は難しい顔をしていた。
「その話は…
急ぐのか?」
「いえ
巨人が近づいてからでも」
「そうか…」
「陛下!」
「分かっておる」
国王は目頭を押さえながら、執務室の椅子に座った。
「答えは待ってくれんか?」
「分かりました」
ギルバートは頷いてから、書類を手にして部屋を後にした。
残された国王は、深い溜息を吐いた。
「どうにかならんものかのう?」
「そうですね
殿下には困ったものです」
「いや
そこでは無い
巨人の事じゃ」
国王は溜息を吐きながら、頭を振った。
「巨人に対しては、あ奴の言う通りじゃ
騎士を連れて討伐に向かう
その方が合理的じゃろう」
「そうですな
ですが、その為に殿下が危険な目に遭うのは…」
「そうじゃな
出来れば避けたいところじゃ
しかし他に方法が無ければ…」
「いけません
いけませんぞ、陛下」
サルザートは反対していた。
しかし国王の心は、既に決まっていた。
「アルベルト
お前もこんな気持ちじゃったのか?」
国王は呟きながら、頭を抱えていた。
国王もダーナからの報告で、ギルバートが魔物を討伐していた事は知っていた。
そして報告書には、自分が出れない不甲斐なさを嘆く親友の気持ちが見え隠れしていた。
アルベルトとしても、自分が出れるのなら真っ先に出ていただろう。
しかしアルベルトの腕では、とてもオーガには勝てなかった。
「アルベルトもオーガが攻めて来た時、ギルバートが戦場に立つ事を悩んでおった
その事が報告書にも書かれておった」
「ですが状況が違います
殿下はこの、クリサリスを継ぐ王太子です」
「しかしのう
その継ぐ王国が危機に陥っておる
継ぐべき国が滅びては、何の為の王太子じゃ?」
「それはそうですが…」
「国が滅んでしまっては、王太子も国王も無いじゃろう?」
「陛下!」
「場合によっては、余も戦場に立つ」
「それだけは…」
「なあに、まだまだ魔物に負けんぞ
前戦に出ずとも、士気を上げるぐらいは出来るじゃろう
はははは」
国王はそう言って、高笑いをしていた。
しかしその姿は、どう見ても無理している様に見えた。
国王は既に、齢50に達しようとしている。
既に全盛期の力は無く、体力も衰えていた。
魔物と戦うなど無理な事であろう。
それでも国王は、自身も戦場に立とうと考えていた。
「それならば、私も隣に立ちます」
「ん?
お前は指揮官の経験は…」
「無論ありませんが、陛下だけを行かせませんぞ」
「ふはははは
頼もしいな」
国王はサルザートの申し出に、目を細めて喜んでいた。
しかしサルザートの脚が震えていたのは、見逃していなかった。
いざとなれば、彼だけは逃がそうと思っていた。
逃げてギルバートと共に、王国の再興を目指して欲しい。
長年の友に、そんな感情を抱いていた。
まだまだ続きます。
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