第313話
謁見の間に入ると、既に今日の謁見は終わっていた
主だった貴族や文官以外は、既に退出していた
そして国王の横には、宰相のサルザートも立っていた
その顔は不機嫌そうで、勝手に討伐に向かった事を怒っていた
しかし国王の手前もあるので、彼は黙って見ているだけだった
ギルバートは謁見の間に入ると、先ずは跪いてから礼をした
それから近くに来る様に言われて、再び前へと向かった
国王の近くに来てから、今回の襲撃のあらましを話す
国王は黙ってそれを聞き、話が終わってからサルザートの方を見た
「勝手に出たのは感心せんが、事の経緯は分かった」
「はい
出過ぎた事と思いましたが、事は急を要した物でしたので」
「うむ
今回は仕方が無かった
しかし出来得るなら、一旦報告して欲しかったのう」
「はい」
勿論そんな暇は無かったのだ。
あの時国王に報告していれば、間違いなく魔物は街中に侵入していただろう。
そして冒険者や騎兵にも、多大な損失を与えていた筈だった。
実際に親衛隊ですら、いくらか手傷を負わされていたのだ。
「それで
魔物はどうやって来たのじゃ?」
「はい
最初の報告は王都の南西で、隊商の者達が見掛けたそうです」
「ふむ
それが何で王都に向かって来たのじゃ?」
「王都から討伐に向かった時には、既に南の平原に侵入していました
それを考えると、撤退した騎兵を追い掛けたからでは無いと推察します」
「そうじゃな
南からこちらに向かっておった
そうなると、元々王都を目指しておった可能性はあるな」
国王は文官に合図して、報告のあった箇所を記した地図を見る。
そこには報告の通りなら、南西から王都に向かっている痕跡が記されていた。
「竜の背骨山脈を迂回した?」
「そうですね
その可能性が高いかと」
「そうなると、先の魔王の話も気になるのう」
「ええ」
それはギルバートが、フランドールを倒した時の話に遡る。
魔王はあの時、今回は見逃しますと言っていた。
それに計画と言う言葉も気になっていた。
「魔王は計画という言葉を残しています
それがどんな計画なのか…」
「それに…
今回は見逃すという言葉も気になるのう
それではまるで…」
「私かアーネストが狙われていた…
という事ですか?」
「そうじゃな」
「それでは殿下を狙って?」
文官達が騒ぎ始めた。
貴族は相手が王子なので黙っていたが、事態に困惑していた。
原因が王子であるのなら、責任を問われる事になるだろう。
しかしどう考えても、向こうが一方的に攻めて来ているのだ。
責任を追及すべきか悩んでしまっていたのだ。
「騒ぐでない
ギルバートが居ろうが居まいが、どの道王都は攻め込まれておったじゃろう
そうでは無いか?」
「はい」
「そうであるなら、今は攻め込まれた時にどうするかじゃな」
「はい」
貴族達は納得しようとしていたが、文官達はそうはいかなかった。
責める様な視線をギルバートに向けていた。
「魔物が攻めて来たのは、何もギルバートが原因ではないぞ」
「しかし実際には、魔王とやらが殿下を狙っているのでは?」
「それはあくまでも可能性の話じゃ
それに魔王とやらは、ここを攻めるつもりじゃろう」
「それは何故です?」
「ダーナが滅ぼされたじゃろう」
「それは…」
「ギルバートがここに居なくとも、いずれ魔物が攻め込んだじゃろう
そうでは無いか?」
「しかし…」
文官達はまだ、納得が出来なかった。
そして貴族達も、複雑な心境だった。
それを見て、ギルバートは宣言するしか無かった。
「もし、魔物が来てどうしようもない時は、私が討伐します
私は何度もオーガを倒したし…」
「馬鹿者!
一国の王子が軽々しく口にするな」
「しかし、私ならばそう簡単には負けません
それに魔王とも戦った事があります」
「それは魔王が手加減したからじゃろう
そうで無ければ今頃は…」
「そうかも知れません
しかしそうでもしなければ、彼等は納得できないでしょう?」
「むう…」
ギルバートの言葉に、文官達は顔を背けた。
先程までは非難する様な顔をしていたが、王子がその命を差し出して戦うと言えば、それ以上は非難は出来なかった。
「ワシはお前を…
2度と失いたくは無い」
「それでしたら、私が死ぬ様でしたら、それこそ王都は落ちるでしょう」
「それはそうかも知れんが…」
「それに、簡単には死にませんよ
少なくとも死ぬつもりはありません」
ギルバートはそう言うと、謁見の間を後にした。
ジョナサンが代わりに残って、サルザートに報告を続けた。
これ以上ここに残っては、文官達が再び不満を述べただろう。
だからこそギルバートは、謁見の間から退出する事にした。
それからギルバートは、親衛隊の代わりに騎士を連れて、王宮の食堂に向かった。
さすがに昼は過ぎていたが、まだ食事の用意は出来ていた。
昼食を軽く取ると、ドニスに頼んで国王との面会をお願いした。
報告以外に気になる事があったからだ。
国王はジョナサンから報告を聞くと、ギルバートと入れ違いで昼食に入った。
それから執務室に向かって、今日の襲撃の後始末をしていた。
「陛下
ギルバート殿下をお連れしました」
「うむ
入ってくれ」
「はい」
「先ほどは申し訳ございませんでした」
「そうじゃの
王子が自ら危険な事をしようなどと…」
そう言いながらも、国王も理解はしていた。
あそこでああでも言わなければ、門官達が黙っていなかっただろう。
だからこそあの場では、口約束でも戦うと言うしか無かったのだ。
「分かっております
余程の事でも無い限りは、騎士達に任せます」
「当然じゃ」
「しかし余程の事でも、なるべくは出て欲しくは無いのう」
「それは約束出来ません
強力な魔物が出れば、誰かが戦わなければなりませんから」
「それはそうじゃが…」
国王は心配していたが、ギルバートには実績があった。
そしてアーネストと親衛隊が居れば、大概の魔物には負けないだろう。
「それよりも
私は再び魔物が来そうで心配です」
「うむ
あれほどの数のオークが、装備を固めておったのじゃからのう
どこかにそれだけの集落があるのかも知れんな」
「いえ
それよりも魔王が何かしている可能性があります」
「魔王じゃと?」
「魔王が以前に、ダーナを攻めた事は話しましたよね」
「うむ」
「その時に魔王は、暫くは攻めないと約束をしました」
「そういえば、その様な話をしておったな」
「ええ」
「しかし魔王は、再び攻めて来たのじゃな」
「そうですね
その可能性が高いでしょう」
「ん?
お前はそれ以外の可能性も考えておるのか?」
「ええ
他の魔王が攻めてくる事です」
「それはまた…」
国王としては、その可能性は除外していた。
まさか魔王が他にも居るとは考えたくは無かったのだ。
「他に…魔王が居ると?」
「ええ
少なくとも4名は居ると聞いております
ですから他の魔王が、何某かの計画を持って動いているのでは無いかと」
「4体も魔王が…」
「人間に対して友好的な魔王は居ませんが、敬意を持つ魔王は居ます」
「しかし魔王は人間と敵対しておるのだろう?」
「それは女神様の指示だからと言っていました」
「だが、今回の魔王は違うのでは無いか?」
「それは…」
国王は他にも魔王が居ると聞いて、すぐにそこに思い至った。
人間に敵対的なら、喜んでダーナも滅ぼしただろう。
そしてこの王国を狙い、ギルバートを狙っている事にも納得が行く。
「その魔王がどんな者か知らないが、少なくとも王国に友好的な意思は無いだろう
違うかな?」
「いえ
恐らくはそうなんでしょう
私に施した儀式に関しては、どの魔王も否定的みたいでしたし」
「むう
儀式が原因の一端か?」
「はい
非人道的な儀式をしてまで、生き残ろうとしていると怒っていました」
「そうか…」
「しかし魔王の中には、事情を知って理解を示している者も居ます
彼は女神様の決定に疑問を抱いていました」
「それは…
女神の神託の事か?」
「ええ
フェイト・スピナーの中にも疑問視する者も居ました
だから彼等の中には協力的な者も居ます」
「うーむ
そんな奴が居るのか?」
「エルリックがその一人ですよ」
「エルリックじゃと?
あの詩人か?」
「ええ」
エルリックに関しては、国王には苦い思い出しか無かった。
彼が禁術を用意した為に、ギルバートは亡くなり、アルフリートも今の状況に陥っていた。
その原因である彼が、人間に協力的だと聞いても納得出来なかった。
「彼は禁術を用意して、お前を苦しめる事になった原因ではないか
それが協力的じゃと?」
「逆に協力的だったからこそ、禁術を用意してまで隠そうとしたんです
まあ、本当は迷っていたみたいですけど」
「迷っていたとは?」
「彼も禁術の使用には否定的でした
ですから用意はしたものの、実は使って欲しく無かったそうです」
「しかし奴は、それを勧めた張本人じゃぞ」
「どうやら用意したものの、後で後悔していたみたいですよ
そして他に方法が無いか調べていたそうです」
「そんな事が…」
「事実みたいですよ」
国王は長い間、エルリックには騙されたとも思っていた。
しかしギルバートが王都に来た際に、ダーナでの話も聞いていた。
そこから封印に関しては、彼も後悔している事は聞いていた。
だが、元はと言えば彼が勧めたのが原因だ。
だから後悔していると聞いても納得出来ていなかった。
「使って欲しく無いのなら、何でアルベルトに…」
「時間が無かったそうですよ
実際に私は死にかけていたんですよね?」
「むう…」
「それもあって、封印は不安定みたいです
彼はそれもあって後悔しています」
「納得出来んぞ」
「しかし事実はそうなんですよ
そして私の事が原因で、女神様は魔王に王国を攻める様に指示しているそうです
しかしダーナに来た魔王は、それに納得して無かったみたいです」
「それで引き上げたのか?」
「ええ」
「魔王は…
ベヘモットもアモンも、暫くは侵攻しないと約束しました
また、女神様に確認するとも…」
「しかし攻めて来たのだよな」
「ええ
ですからおかしいんですよ
魔王にしては攻め方が変なんです」
「変とは?」
「ベヘモットは死霊を使役していました
しかしベヘモットは侵攻するする前には、必ず宣言していました」
「死霊となると、ダーナを滅ぼしたのが…」
「そう思いましたが、あの魔王は違っていました」
「ううむ」
「それと、もう一人の魔王であるアモンは、オークやワイルド・ベア等を侵攻させていました」
「それならば今回は…」
「しかし魔王の配下の、ハイランド・オークは居ませんでした」
「ハイランド・オーク?」
「普通のオークでは無く、上位種の知性を持ったオークです」
その話を聞いて、国王は首を傾げた。
「オークは装備をしていたし、話すオークも居たと聞いたが?」
「ええ
しかし彼は違うと言っていました
実際にハイランド・オークにしては、些か弱かったですし」
「そうなのか?」
「ハイランド・オークの群れでしたら、親衛隊でも無事では済まなかったでしょう
それだけ知恵が回りますし、力も強かったです」
「そんなオークが…」
「だからこそ上位種なんです」
国王は話を聞いて、確かに違う様な気がした。
しかしそれならば、今回の黒幕である魔王とは何者なのか?
「その魔王達が違うのは分かったが、それでは誰なのじゃ?」
「それが…
分かりません」
「はあ?」
「分からないので困っています」
「はあ…」
結局、分からないという事しか分からなかった。
国王は溜息を吐いていた。
「恐らく…
いえ、違う魔物が狙って来ているんでしょう
女神様の指示に従って、手柄でも取りたいのかも知れません」
「しかし、どんな魔王とか攻め方も分からないのじゃろう」
「そうですね
今は後手に回ってでも、王都の防備を固めるしかありません」
「そうじゃな
相手が分からない以上、警戒を強めるしかないか」
「ええ
それで今回の魔物が使っていた武器を、職人達に作らせています
上手く使いこなせれば、大型の魔物にも有効な武器になります」
「長柄の大斧じゃな」
「はい」
「それはどれぐらいの力を持ち、どれぐらい作らせそうか?」
「そうですね
先ずは試作を作らせています
出来上がり次第、披露する為に持って来る様に指示しておきました」
「そうか
それならば、出来上がるのを待つしかないな」
「ええ」
「開発の予算は、公費で賄ってよろしいですね」
「うむ
サルザートと相談してくれ」
「はい」
ギルバートは報告したい事を伝えたので、執務室を後にする事にした。
国王は他にも、今回の襲撃の被害報告も書かなければならない。
それを考えると、これ以上は邪魔になるからだ。
「以上で私の報告は終わりです」
「うむ
部屋で休んでくれ」
「はい」
「くれぐれも勝手に討伐には出るなよ」
「ええ
さすがにそんな真似はしませんよ」
ギルバートはそう答えると、執務室を後にした。
既に外は日が傾き始めていた。
夕食までは時間があるが、このまま部屋に戻った方が良さそうだった。
ギルバートはゆっくりと、自分の私室に向かった。
まだまだ続きます。
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