第310話
空気が初夏の暑さを運ぶ頃、ギルバートの戴冠式の準備が進められていた
魔物の対策は進められて、今では簡単な討伐は冒険者が請け負っていた
さすがにワイルド・ベアやオーガは討伐隊が出るが、それ以下では冒険者で十分であった
ギルドでは毎日の様に依頼が入って、今では腕利きの冒険者も抱えれる様になっていた
それは遠いオウルアイの街でも同じで、向こうでも冒険者が活躍しているという報告も入っていた
クリサリス聖教王国の法律は、主に魔導王国の後期の政策を基にしている
それに帝国の憲法を参考にして、幾つか修正を加えている
そして王国の成人の定義は、男性が13歳で女性は11歳になる
子供を産む事が女神に許されたとされる年齢が、その年だったからだ
しかしそれは、魔導王国に伝わる伝承で、実際に女神が許したかは定かでは無かった
アルフリートの誕生日を数日前に控えて、王宮では準備が急ピッチで進められていた。
ギルバートを王太子として迎える為に、戴冠式の支度が進められているのだ。
新たに王太子用の王冠が造られて、その出来栄えが確認されている。
そして会場となるホールにも、式典の準備が進められていた。
「こっちの飾りつけはどうする?」
「そこは花だけで良い
向こうの飾りを上から下げてくれ」
使用人だけでは手が足りず、兵士までもが駆り出されていた。
彼等は慣れない飾りつけを手伝い、ホールの飾り付けをしていた。
「前日までには完成させないとな」
「ああ
殿下の晴れ舞台だ
我々がしっかりと準備しなければ」
兵士達は気合を入れて、式典の会場の飾り付けをしていた。
そこへ急報を受けて、兵士が飛び込んで来た。
「大変だ
南の平原に魔物が現れたぞ」
「何だと?
手が足りないのか?」
「冒険者が居るだろう?」
簡単な魔物の討伐なら、冒険者が受け持つ事になっていた。
しかしここに呼びに来るという事は、兵士が必要な案件だろう。
そして人手が足りないという事は、余程の事態なのだ。
「守備部隊は東の魔物の討伐に出ている
魔物はオークだが、冒険者だけでは対処出来ないそうだ」
「オーク?
それなら冒険者だけで…」
「数が多いらしい
その数はおおよそ100体だ」
「100体だと?
それは多いな」
急遽飾り付けを中断して、兵士達も討伐に向かう事となった。
100体ともなれば、現状の冒険者だけでは討伐しきれない数なのだ。
「まったく
何だってこんな時に…」
「そういえば最近、魔物が増えているな」
「ああ
だが討伐が増えれば、それだけ訓練になる
それが弱い魔物ならなおさらだ」
兵士は力強く頷き、さっさと片付けようと思っていた。
「早足のジンが出るのなら安心だな」
「ああ
この前もオーガの脚をぶった切ったよな」
「冒険者が出るなら、あの双剣遣いのザルタンが居るだろう?」
「奴が出るなら楽勝だろうに…」
兵士や冒険者の中には、腕利きの魔物退治が出来る者が現れていた。
魔物を専門に討伐に出る、スキルやジョブを得た戦士だ。
彼等はその腕を買われて、所謂二つ名を授かっていた。
ジンは早足の名が示す通り、素早い動きで切り込むのが得意だった。
特に素早い踏み込みからのスラッシュは、オーガの脚も切り落とすほどだった。
その戦果を持って、早足という二つ名が授けられていた。
一方のザルタンは、2本のショートソードを巧みに操る技巧派だ。
素早い一撃は無いが、2本の剣を器用に操り、切り掛かって来る魔物を倒して来た。
その腕前は一級品で、魔物の攻撃を受け流しながら攻撃する様は、まるで戦場で踊っている様だった。
彼は集団で囲まれても、その卓越した剣術で生き残って来れた。
だから安定して活躍出来て、兵士達からも信頼が篤かった。
「まあ、二つ名持ちが二人も居るんだ
楽勝だろう?」
「そうだな」
「おいおい
オレは今日は用事があるんだ、早目に済まそうぜ」
兵士の一人が、不満そうに呟いた。
「何だ?
何か重要な用事があるのか?」
「ああ
オレは式典の日は非番だから、今日は誘いに行くつもりなんだ」
「何だ?
女と会う約束か?」
「まあ、そんなところだ」
兵士達は軽口を叩きながら、兵士者に装備を取りに向かった。
「はあ…
招集だから仕方ないけど、せめて片付けてから行ってくれよ…」
使用人は半端にぶら下がった飾りを、もう一度上から付け直し始めた。
中途に放り投げたので、変な形でぶら下がっているのだ。
それを直す為には、また一から付け直すしか無かった。
主力の騎士達は、東の平原に現れたオーガを討伐に向かっていた。
しかし兵士は残されていたので、オークを討伐するには十分な人数は残っていた。
騎兵が2部隊の50名と歩兵が2部隊の100名が集められた。
これだけ集まれば、オークでも楽勝だと思われていた。
「おいおい
こんなに集まっているのか?」
「ああ
急な召集で、騎兵の人数が不十分だったらしい
まあ、我々は騎兵の手伝いと遺体の回収だな」
「それなら楽勝だ」
「冒険者はどうしたんだ?」
「人数が集まらなくて、まだ準備中らしい」
「先に終わっちまうぞ」
「それならそれで良いだろう」
歩兵達はすっかり安心していた。
騎兵が切り込むのなら、棍棒を振り回すだけのオークなら楽勝だからだ。
彼等は南の城門に集まると、歩兵は馬車に分乗して出発した。
遺骸の回収もあるので、馬車は多めに用意されていた。
「さあ
王都に向かって来る不届き者を退治するぞ」
「おう!」
兵士達は意気揚々と、王都を出発した。
そこは王都から少し離れた平原で、木もまばらなので見通しは良かった。
その視線の先には、一団になって動く群れの姿が見えた。
「あれが豚野郎共の集団か?」
「ブヒブヒ這い蹲らせてやるぜ」
意気込んで進んでいたが、彼等の顔色は近付くにつれて変わった。
「な…んだと?」
「金属の煌めき?」
「まさか…」
その集団は金属鎧を身に纏い、ゆっくりと行進していた。
手には長柄の斧を持ち、重厚な大楯も持っている。
そして何よりも、部分鎧とはいえ頭と急所はしっかりと護られていた。
これは一筋縄では行かないと、兵士達に緊張が走る。
「伝令だ
王都に伝令を走らせろ
これでは全滅するぞ」
「はい」
「しかしどうするんです?
奴等は真っ直ぐ向かって来ますよ」
「このままゆっくりと下がるんだ
迂闊に突っ込むんじゃ無いぞ」
いくら騎兵が居るとはいえ、あれだけの武装をしていては、下手な攻撃は出来なかった。
戦うとするならば、弓や魔法の援護が必要だろう。
「馬車をすぐに下がらせろ
奴等の恰好の的になるぞ」
「はい」
「王都に戻って、城壁から弓で狙う準備をするんだ
魔術師ギルドにも連絡しろ」
隊長は指示を出しながら、ゆっくりと後退を始めた。
このまま突っ込んで行っても、無駄に犠牲者を出すだけだろう。
馬車が引き返すのを見ながら、じりじりと後退して行く。
「どうされますか?」
「仕方が無いだろう?
いくら何でも、このまま突っ込むわけにはいかん」
「しかし王都の守りが…」
「ここで我々が、無駄に命を落とす方が問題だ!」
隊長は壮年の騎兵隊長だったので、判断は冷静だった。
兵士が無駄に命を落とす事の方が、後々に王都の守備部隊の力を落とす事になる。
それを考えて、攻撃の手を止めていたのだ。
確かに突撃すれば、魔物の侵攻を多少でも留めれるだろう。
それに、上手くすれば何体か倒す事も出来る。
しかし多くの騎兵達が、この場で命を落とす事は容易に想像出来た。
だからこそ、下手に手向かわずに後退を選んでいたのだ。
オークもプレートの部分鎧とはいえ、兜まで被っている。
それに大楯と長柄の武器を持っているので、その進行は緩やかだった。
しかし走れないわけでは無いので、突入出来る距離までゆっくりと進んでいる。
しかし騎兵達も、そこまで近付かない様に距離を保っていた。
二つの集団は、ゆっくりと王都に向かって進んで行った。
「大変だ!」
「ん?
何事だ?」
伝令は必死になって駆けて、城門に辿り着いた。
城門は兵士達が出た後に、再び閉められていた。
「魔物が
オークの群れが…」
「落ち着け
オークの群れを倒しに行ったんだろ?
何を慌てているんだ?」
「完全武装の魔物だ!」
「はあ?」
「何を言っているんだ?」
兵士達からすれば、オークは布の服や毛皮を纏い、棍棒を手にしている姿しか見た事が無かった。
だから彼等からすれば、それがオークの常識だった。
「完全武装した
オークの群れなんだ?」
「はあ?」
「良いから開けてくれ
急いで報告に向かわなければ」
「あ、ああ…」
警備兵は通用口を開けて、彼を中に入れた。
騎兵なので身分は分かっている。
そのまま中へと素通りで通した。
彼はそのまま馬に手綱を当てて、街中を疾駆して行った。
「何を慌ててるんだ?」
「危険だなあ」
状況をよく理解していないので、警備兵達は暢気なものだった。
しかしそう時間を空けずに、平原の方から土煙が見えて来た。
「あん?」
「今度は何だ?」
歩兵達を乗せた馬車の列が、城門に向かって進んで来た。
「あいつ等まで戻って来たぞ?
いったいどうしたんだ?」
「開門!
開門!」
馬車から微かに聞こえたので、警備兵達は門を再び開け始めた。
「一体全体、何がどうしたんだ?」
「完全武装したオークだ」
「はあ?
オークが武装?」
「ああ
鎧と大楯を身に着けている
あれでは騎兵でも危険だ」
「まさか?」
「冗談は止せよ」
警備兵達は、城門の中に兵士達を入れながら、続け様に質問した。
「豚共が武装してる?」
「冗談も休み休み言えよ」
「冗談なんかじゃない
本当に武装しているんだ」
「あれは危険だ
すぐに弓を用意するんだ」
「魔術師ギルドにも連絡しろ!」
歩兵達は馬車から降りると、すぐさま弓の準備に掛かった。
城壁には守備部隊様に、予備の弓が用意されている。
他にも小型だが、投石機も用意されていた。
しかし投石機を使うには、倉庫から石や鉄球を運び出さなければならない。
騎兵達が見える頃には、準備が終わってないと間に合わないだろう。
「急げ!
間に合わなくなるぞ」
「おいおい
本当にどうしたんだ?」
「黙れ!
手伝わないんなら、せめて下がって道を開けろ!」
歩兵達は殺気立って、慌てて支度を始める。
予備の弓なので、自分用の弓の様に正確には射れないだろう。
しかし今は、1分1秒を争う事態だった。
歩兵達は弓の弦を引き絞って、使える様に調整をする。
「一体どうしたと言うんだ?」
「本当なら、とてもじゃ無いが騎兵では防げないぞ」
警備兵達は、騎兵が戻ったらすぐに城門を閉めれる様に、各自が持ち場に移動した。
そして城門に登った見張りが、遠くに二つの集団を見付けた。
手前の少ない集団が、何度も振り返りながらこちらに向かっている。
その後方には、ゆっくりと進む集団が見える。
そちらは金属の鎧を身に纏っているのか、陽光を反射して煌めいていた。
「見えたぞ
光を反射してる?」
「何だと?
本当にオークなのか?」
「ここからじゃあ分からないが、武装しているのは確かだ」
ここに来て、警備兵達にも緊張が走る。
オークじゃなくても、武装した集団なら十分に危険だ。
どこの国の兵士にしても、武装して向かって来るとは穏やかな事では無かった。
「どこの国の兵士だ?」
「だからオークだって」
「ふざけるな
あの豚が鎧を着込めるのか?」
「ああ
実際にそうなんだから仕方ないだろう」
「だったらどこから鎧なんか手に入れたんだ?」
「そうだぞ
あの様子から錆びては無さそうだぞ」
「知るか!
そんなの豚共に聞けよ!」
怒号が飛び交い、歩兵達が城壁に並んで弓を構える。
まだ弓が届くには距離が離れていた。
しかし急に走り出す恐れがあるので、油断無く構える。
「理由はどうあれ、緊急事態なんだ」
「しっかり狙いを付けろよ」
投石機の準備も出来て、石が載せられる。
魔物が射程内に入ったら、すぐにでも撃ち出すつもりだ。
「騎兵の合図だ」
「タイミングを合わせて城門を閉めろ」
「おう!」
警備兵達が応えて、準備が出来た事を示した。
歩兵達は急造ながら、弓の準備も整えていた。
しかし弓兵は居ないし、魔術師も来ていなかった。
このままではオークを倒すには不十分だろう。
「おい!
誰か走ってギルドに向かってくれ
魔術師を連れて来るんだ」
「それならオレがひとっ走りして来る
誰か兵舎にも向かってくれ」
「ジンが向かうのか
それならオレが兵舎に向かう」
「頼んだぞ」
「来たぞ」
「当たらなくても良い
騎兵達を無事に戻す為だ
兎に角撃て!」
「おう!」
伝令役の兵士達が、それぞれ急報を伝えに走って行った。
それと入れ替わる様に、20名の冒険者が城門に向かって来た。
「おいおい
これは何の騒ぎだ?」
「オークだ」
「その豚を倒しに来たんだが?」
「事態が変わったんだ
騎兵が戻るから道を開けてくれ」
「お、おう」
冒険者達が、騎兵が通れる様に道を開けた。
そこへ騎兵達が駆けて来て、一気に中に雪崩れ込んで来た。
「閉門
閉門!」
「おう!」
ギギギギ…!
城門は軋み、急速に閉じられて行く。
2匹のオークが先行して追って来ていたが、弓に狙われて引き返して行った。
「おい?」
「あれって…」
「ああ
武装したオークの群れだ」
「はあ?」
「オークって確か100体ぐらいの…」
「ああ
そいつ等が武装してるんだ」
「オレ達の出る幕じゃあ無いだろう?」
城門の向こうにオークが見えて、冒険者達は言葉を失っていた。
さすがに手馴れていても、武装したオークなら話が別だ。
「あれじゃあオレの双剣でも厳しいぞ」
ベテランのランクFのザルタンでも、武装したオークでは自信が無かった。
あんな大きな盾で防がれては、ダメージを与えられそうにも無かったのだ。
年齢設定に誤りがあったので
ギルバート・クリサリス
13歳(アルフリートでは15歳)
7月7日産まれ
アーネスト・オストブルク
13歳
10月13日産まれ
フィオーナ・クリサリス
10歳
4月23日産まれ
イーセリア・クリサリス
9歳(イーセリア・ディアーナ・アルフェイムの場合は265歳)
まだまだ続きます。
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