第309話
ジョナサンがドアを開ける前に、フィオーナがドアを開け放った
そしてズカズカと入って来ると、腰に手を当ててアーネストを睨んだ
その顔は怒っている様子で、視線はキッとアーネストに注がれていた
そして何事かを糾弾する様に、右手を突き出して指差した
指差されたアーネストは怯えて震えていた
予想外の展開で、心の準備が出来ていなかったのだろう
困惑した顔をして、ギルバートとジェニファーの顔を交互に見ていた
そんなアーネストの様子に、ジェニファーも溜息を吐いていた
「え?
ええ?」
「いい加減にしなさいよ」
「そんな事言われても…」
「まったく
フィオーナ、あなたはしたないわよ」
「だって…
アーネストったらこの期に及んで…」
「そうでしょうが、あなたは侯爵の遺児なんですよ
もう少し分別を持ちなさい」
ジェニファーはフィオーナを嗜めて、席に着く様に示した。
そしてセリアも手招きすると、同様に座る様に促す。
「さあ
二人共座りなさい」
「はい」
二人が座ったのを確認してから、ジェニファーはジョナサンの方を見た。
「ここは大丈夫ですから
今の内に休憩して来なさい」
「よろしいのですか?」
「ええ
入り口は警備の兵士が居ます
それに…」
意味ありげな視線をアーネスト達に向ける。
それでジョナサンも理解して、この場を一旦離れる事にした。
「分かりました
それでは少しの間、ここを離れますね」
「ええ
そうしてちょうだい」
ジョナサン達は頭を下げて礼をして、入り口から出て行った。
親衛隊が居なくなってから、ジェニファーは再び口を開いた。
「さあ
改めて聞かせてちょうだい」
「は、はひ」
アーネストは緊張しながら、どう答えようか必死に考えていた。
「そんなに固くならないで
あなたはどうしたいのかしら?」
「ボクは…」
アーネストは懸命に考えて、少しずつだが考えを口にする。
「ボクは…
ボクにはまだ爵位がありません」
「そうね」
「ですから、先ずは子爵位を得たいと思っています」
「あら?
フィオーナの事はどうでも良いの?」
「いえ
フィオーナにはそれまで待ってもらいたいんです」
「そんな身勝手な事が言えるのかしら?」
「そうですよね…」
「そもそも、あなたの気持ちはどうなの?」
「ボクの気持ちですか?」
「ええ
娘をどう思っているのかしら?」
「それは…」
アーネストが躊躇っていると、ジェニファーが鋭く切り込む。
それは後悔の念と共に、アーネストの心に深く切り込む。
「フランドール殿が婚約を求めようとした時、あなたはどう思ったの?」
「それは…
フィオーナは彼に憧れていて…」
「フィオーナのせいにしないで
あなたはどうだったか聞いてるのよ」
「それは…」
アーネストは拳を握り締めて、悔しそうに呟く。
「ボクは悔しかったです
彼は公爵の位を約束された身です
ボクでは到底敵いませんでした」
「そうかしら?
あなたが本気で頑張っていれば、侯爵までは行かなくても伯爵ぐらいにはなれたでしょう?」
「それは…
しかし時間がありませんでした」
「アーネスト?」
ギルバートは驚いていた。
確かに実績を積んでいたが、伯爵になると考えれば相応の実績が必要になる。
しかしアーネストは、そこまでの実績を積める自信があったのだ。
「時間さえあれば、そこまで出来る自信はあったの?」
「はい
ですから、フィオーナさえ良ければ待ってもらいたかったと…」
「そうね
それだけ実績が積めれば、フランドール殿とも競えたでしょうね
しかし彼が待ったと思いますか?」
「いいえ」
そうだ、実際に彼は色々と我慢が出来なくて、結局は魔物になってしまった。
「所詮は言葉だけの夢物語よね」
「はい
ですからボクは、諦めかけていました」
「そんな!」
「?」
フィオーナが立ち上がって、悔しそうにアーネストを睨んでいた。
しかしジェニファーも立ち上がって、彼女を宥めて座らせる。
「フィオーナ
今は我慢して聞きなさい」
「は、はい…」
「?」
「それですごすごと王都に逃げたわけね」
「それは逃げた…
いえ、そうですね」
ジェニファーの言葉に、アーネストは俯いて黙ってしまった。
ギルバートの同行して手助けすると言えば聞こえが良いが、結局は敵わないと見て逃げ出したのだ。
悔しいが結果としてはそうだったのだ。
「そうですよね
理由を付けて出ましたけど、内心は負けを認めていたんですよね
だから王都での生活を第一に考えていた」
「アーネスト!」
「そうでしょうね
だからフランドール殿が魔物になっていて助かったわよね
安心して倒せたでしょう?」
「それは…」
「母上!」
「ギル!
あなたは黙っていなさい」
ギルバートは何とかして、アーネストを庇ってやりたかった。
しかしジェニファーは、それを許してくれなかった。
「恋敵のフランドールが魔物になった
あなたは嬉々として討伐出来たでしょう?」
「母上
それはあんまりですよ
それにフランドールは私が討伐したんですよ」
「あなたは黙っていなさい
私が聞いているのはアーネストの心の中で思っていた気持ちです」
部屋の中に重苦しい空気が流れて、みなが押し黙っていた。
いつの間にかフィオーナは涙目で俯いていて、拳を握り締めていた。
「ボクは…
ボクは確かにフランドールを憎んでいました
しかしそれは、ダーナの住民を犠牲にした事と、簡単に魔物の策に屈した事です
それが許せなかった!」
「フィオーナの事は?
その時には考えていなかったの?」
「考えていましたよ
このままフランドールを魔物から戻せない事
そして止めを刺したなら、彼女が苦しむだろうって」
ダン!
アーネストはテーブルを叩いて、苦しい胸の内を吐露した。
それを聞いて、フィオーナは涙を溢しながらアーネストを見ていた。
「アーネスト
あなたは…」
「そりゃあフィオーナを取られたとは思っていたけど
彼ほどの男なら仕方が無いと思っていたさ」
「本当にそうなの?」
「ええ
悔しいけど、ボクでは彼には敵いません
フィオーナが幸せになれるのならと…」
「バカ!」
「ふえ?」
「んにゅ?
お姉ちゃん?」
フィオーナは大声でアーネストに叫ぶと、そのまま部屋を出て行った。
「セリア
お姉ちゃんの後を追ってちょうだい」
「ふみゅう?」
「後で焼き菓子を焼いてあげるから」
「うん」
半分居眠りしていたので、セリアは退屈していたのだろう。
椅子から飛び下りると姉の後を追って行った。
「はあ…
君は本当に馬鹿よね」
「え?
アーネストは頭は良いかと…」
「女心が分からないという意味でよ」
「え?」
「良いんだ
ボクはそんな資格は無いんだから」
「だから馬鹿なのよ
何であの子が怒っていると思っているの?」
「?」
二人は意味が分からなくて困惑した顔をしていた。
「フィオーナはフランドールの事を、兄の様に慕っていたのよ
意味が分かるかしら?」
「え?
私の?」
「ギルはややこしくなるから、暫く黙っていなさい」
「はい」
アーネストはジェニファーに見詰められて、居心地悪そうにしていた。
「あなたなら、今の意味は分かるのでは?」
「いえ!
しかし…」
「そういう事なの
好意は持っていたけど、そういうのじゃ無かったのよ
むしろアーネストが避けていると、暗い顔をしていたわよ」
「そういえばそういう…」
ギルバートが何事か言い掛けたが、ジェニファーに睨まれてしまった。
しかしジェニファーの言う事が本当なら、自分は大きな間違いを犯していた事になる。
そして、その手掛かりを知っていながら、ギルバートは気が付いていなかったのだ。
「まさか?
そんな…」
「若いって良い事よね
純粋に相手を信じられる」
「しかし…」
「良かったわね、フランドールがあんな事になって」
「そう…ですね
結果としては…」
「今でもフランドールを恨んでいる?」
「そうですね
おじさんや街の人を巻き込んだ事は許せません
しかしフィオーナの事は…」
「そう…
ヘンディーの事があったわよね」
少し沈黙があってから、ジェニファーは改めて問いかける。
「それで?
問題が片付いた今は、あの子の事をどうするつもりなの?
このままじゃあ、他の貴族と見合いになるわよ」
「それは!
でも…」
「うじうじしないで、ハッキリとしなさい!」
「はい!
フィオーナと結婚を前提としてお付き合いしたいです
ですから猶予期間をください!」
ガチャ!
「あ…」
「え?」
アーネストが大きな声で宣言した瞬間、ちょうどドアが開いた。
そこには固まったフィオーナと、手を引くセリアの姿があった。
フィオーナは顔を真っ赤にして、しゃがんで俯いた。
「え?
あ!
いや、これは…」
「アーネスト…」
アーネストは慌てて駆け寄って、しかしどうすれば良いか分からずオロオロする。
そして優しく肩に手を掛けて、立たせようとする。
「これはそのう…」
「良いの
私嬉しいの」
「え?」
「やっと言ってくれた」
フィオーナは立ち上がると、そのままアーネストに抱き着いた。
「ん、うん
そこまでにしておきなさい」
「え?
あ、はい」
「あ…」
ジェニファーの咳払いに、二人は真っ赤になりながら席に戻った。
セリアは席に戻りながら、いつの間にか用意された焼き菓子を手にしていた。
それを席に置きながら、美味しそうに頬張っていた。
「あむあむ」
「美味しいか?」
「うん」
セリアの事は放って置いて、ジェニファーは二人の方を向いた。
「期間はギル…
いえ、アルフリート殿下の戴冠式
そこでアーネストの叙爵を行います」
「え?」
「でも、ボクの叙爵は10月に…」
「ハルにこの事を話したら、特別に7月に前倒しにする事になりました
しかし婚約の発表は、アーネストの誕生日を過ぎるまで待ちます」
「それは…」
「戴冠式は、いずれ発表がありますが7の月の7日
アルフリート殿下の誕生日になります」
「そうか
私の誕生日は7月の7日なのか」
「ええ
ギルバートの誕生日の、9月ではありません」
「婚約の発表は10の月の13日で?」
「そうですね
ハルは…
陛下はその日に行うおつもりの様です」
「そうですか
良かったな、アーネスト、フィオーナ」
「あ、ああ…」
「はい」
「殿下の婚約の発表も、その時に行うそうですよ」
「うえ?」
「うにゅ?」
「はははは…」
国王の予想通り、不意を突かれてギルバートは狼狽えていた。
「ただし、婚姻はそれぞれフィオーナとイーセリアが成人してからです」
「それは…」
「フィオーナは来年ですね
そしてイーセリアは再来年」
結婚の事まで言われて、二人共当惑して顔を歪めていた。
「何で成人してからなんですか?」
「馬鹿
王国の法で、王族でも成人するまでは結婚の資格は無いんだ
尤も婚約はその範疇に入らないからな、大体4歳ぐらいから決められるが…」
「そうなんだ…」
セリアとの結婚まで、まだ2年近くあると聞いて、ギルバートは内心ホッとしていた。
婚約だけでもこんなに動揺しているのに、このまま結婚する事が良い事か分からなかったのだ。
「さあ
これでフィオーナの事は決まりましたね」
「はい」
ジェニファーとフィオーナは、長年の悩みが解決して、晴れやかな顔をしていた。
しかしアーネストは理解が追い着いておらず、まだ困惑したままだった。
「え…と?
いつからフィオーナは?」
「え?」
「バカ!
そんな事は聞かないでよ」
「そうだよな
ずっと気付いていなかったのか?」
「はあ?」
どうやらこの場では、アーネスト以外は気付いていた様子だった。
いや、セリアだけは焼き菓子に夢中で、気にもしていなかったが。
兎も角、フィオーナがアーネストに好意を抱いている事は、周知の事実であった。
そしてアーネストがフィオーナの事を好きな事も、既に知られていたのだ。
「え…と?」
「お前がフィオーナが好きな事も、随分前から知られていたぞ
勿論フィオーナも知っていたがな」
「ええ
そうですわよ」
「ええ!」
「気が付いていなかったのはお前ぐらいだろう」
「な、な…」
アーネストは顔を赤くしてわなわなと震えていた。
「あ!
国王様も知っておられるからな
それで叙爵をお願いしていたんだから」
「ギル…
お前…」
「はははは
感謝は要らないからな
私もお前には、随分助けられたからな」
「そうか
せいぜい二人の婚約は盛大に祝わせてもらうぞ」
「ん?」
「バカ…」
ギルバートは何でアーネストが怒って、フィオーナが呆れているのか分からなかった。
それからの日々は、瞬く間に過ぎて行った。
フィオーナは婚約者となった事で、堂々とアーネストに会いに行ける様になった。
それを機に、フィオーナはちょくちょくアーネストの元に向かっては、甲斐甲斐しく世話を始めた。
散らかっていた部屋を片付けたり、書類の整理や手紙の代筆等も手伝っていた。
そして仲睦まじい二人の姿を見て、ヘイゼル老師がギルバートの元に来て愚痴る事もあった。
しかし老師としては、早く孫の顔が見たいという気持ちもあった。
結婚出来なかった老師からすれば、二人は実の子供の様に可愛かったのだ。
そしてギルバートの元にも、セリアが来る様になっていた。
ギルバートとしては、年下のこの婚約者にどう接すれば良いのか悩ましかった。
しかしセリアは、お菓子を用意して話し相手をするだけでも満足していた。
そして話疲れると、ギルバートのベッドで気持ち良さそうに眠るのだ。
ギルバートとしては、以前の失敗があった為にセリアが眠ったら、そっと抱き抱えて送って行った。
そのまま一緒に寝るワケにもいかないし、誰かに世話を頼むのも気が引けたからだ。
そうやってセリアを抱き抱えては、離宮に連れて行った。
その度にジェニファーは、仕様が無い娘ねと苦笑いを浮かべていた。
そんな穏やかな日々が続いて、季節は夏を迎えようとしていた。
まだまだ続きます。
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