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聖王伝  作者: 竜人
第十章 王国の危機
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第301話

旧ダーナの街は、2の月の半ばを迎えていた

年が明けてからも暫くは、雪が降る日が続いた

しかし精霊の加護のおかげで、大雪や吹雪と言った事は無かった

畑は雪がどけられて、必要な野菜の確保を行う

幸いにして作物は育ち、食料不足は免れていた

騎兵達も狩に出掛けて、森で野生動物を狩っていた

オーク以上の魔物が出なかった事もあり、何とか鹿や猪を狩れていた

しかし肉が足りないので、時々冒険者も狩に出掛けていた

狙うはワイルド・ボアで、南の平原に向かっていた

しかし冬が終わろうとしているのに、なかなかその姿は拝めなかった


「今日も空振りだったな」

「ああ

 これで1週間は見掛けていない」

「ゴブリンばかりだもんな」


ここ数ヶ月で分かった事だが、ゴブリンはあちこちで見掛けた。

雑食性だし、生活環境には影響され難いのかも知れない。

逆にコボルトは、森を主に生活拠点にしていた。

森に小さな集落を築き、集団で野生動物を狩っていた。

彼等の生活様式からすれば、森の生活が合っていたのだろう。


北の森に向かえば、オークやオーガも見掛ける事があった。

しかし騎兵ではまだ勝てない事が予想されて、北に向かう事は禁止されていた。

北には主に親衛隊が向かい、調査を続けていた。

オークやオーガが増えない様にする為だ。


「ワイルド・ボアに関しては、やはり北が多いのだろう」

「そうだな

 南は開けた平原だが、その分見通しが良過ぎる

 逃げられている可能性もあるな」


「逆に北は危険だな

 この間もギャレックがオーガを見たって」

「よく無事だったな」

「足音が聞こえたから、風下に向かって隠れたって

 あいつはそういうのが得意だからな」


冒険者達は、雑談をしながらカウンターの前に並んでいた。

今日の狩の成果を換金する為だ。

とは言っても、ほとんどが木の実や兎と言った小さな獲物だった。

大きい獲物が出回るには、時期としてはまだ早かった。


「鳥が居ればな…」

「そうだな

 しかし元々が、小さな野鳥しかこのオウルアイには居ないからな」

「おい

 イーセリアの街だろうが」

「いや

 それは殿下が否決しただろう」

「だからイシスが良いって…」

「それは南の王国の街で不吉だろう」


ダーナの街は、名前を改に改名する事になった。

事の発端は、ギルバートが婚約した事を祝う事だった。

ここで婚約した事を記念として、イーセリアと改名しようという案が上がったのだ。


セリアのフアンが多くて、あっという間に可決されようとしていた。

そこでギルバートが猛反対をしたのだ。

本当は恥ずかしいというのが理由だったが、何とか名前がややこしくなると説得した。

街の事を話しているのか、セリアの事を話しているのか分からないと言う事だったのだ。

それでイシスやイースレイと言った名前が挙がったが、なかなか決まらなかった。

結局は領主の姓を着けるという慣習に則り、オウルアイで落ち着いたのだ。


「良いと思ったんだけどな、イースレイ」

「でも、殿下があれだけ恥ずかしがっててはな…」

「そうそう

 真っ赤になって怒ってたもんな」

「イーセリア様、可愛かったな…」


「まあ、あれだ

 我等の街は記念として改名したんだ

 これからは街の名前に恥じない様に生きなくてはな」

「それをお前が言うか?」

「そうそう

 エドガーは毎回酒で失敗してるからな」

「こら!

 オレはこれからは気を付けると…」


換金を終えた冒険者達は、騒ぎながら酒場に移動する。

各ギルドの1階には、簡単な食事の出来る酒場が併設されている。

ここで待ち合わせをしたり、商談をするからだ。

また、ここでの収益もギルドの貴重な収入源だった。

なるべく報酬を出せる様にしているので、資金繰りは大変なのだ。


それは職工ギルドでも同じで、作られた武具や雑貨といった商品は、みな破格で販売されていた。

まだまだ収入が少ないので、高価な商品が取り扱えないからだ。

その代わり、隊商に売る物は高額な商品を作っていた。

こちらは外貨を稼ぐ為で、見栄えの良い商品が推奨されていた。


雪の降り方が穏やかになったので、そろそろ山脈を迂回する隊商が来る時期だった。

山脈を越えるルートは、まだ2月ほど掛かるだろう。

今日も山脈の上では、吹雪いているのが確認出来るからだ。


「早く山脈の雪も溶けねえかな

 資材や人員が少なくて困るぜ」

「でも、雪が無くなれば殿下が帰還しませんか?

 そうなれば親衛隊のみなさんも居なくなりますよ」


ギルドマスターは受付嬢が書類を持って入った時に、窓の外の景色を眺めていた。

受付嬢は今日の収益を記した書類を置きながら、ギルドマスターの独り言に応えた。

人員が足りていない事は、受付嬢も感じていた。

しかし春が来るという事は、いよいよこの街が侯爵の手に委ねられるという事だ。

元々がそういう約束で、ギルバートもそれを承知している。


「殿下居なくなれば、当然親衛隊も帰るだろう

 それはワシも分かっておる」

「でしたら、そんな無意味な愚痴は止めてください

 冒険者の技量が足りない事は、彼等自身がよく知っています」

「そうなんだが…

 しかし倉庫の備蓄も僅かしか無いんだぞ」


ギルドマスターは不満そうな顔をする。

冒険者ギルドの内情は、彼が一番知っている。

ポーションは調剤師が不足していて、いつも在庫が少なかった。

それに軽量や測定用の器材も在庫が無かった。

職人ギルドに発注しているが、肝心の作れる職人が居ないのだ。


今居る職人達は、所謂雑貨や武具の職人と、建設の職人だった。

彼等では細かい作業が出来ないのだ。

だから器材に関しては、隊商が持って来るのを購入するしか無かった。


「それはあちらのギルドでも同じでしょう?

 昨日も酒場で喧嘩してましたよ」

「そうだな…」


昨日ギルドマスターが、職人を呼んで再び発注をお願いした。

しかし職人達は、頑として首を縦には振らなかった。

細かい目盛りを刻むには、彼等の腕では無理だったのだ。


「せめて職人が来てくれれば、問題は解決するのだがな」

「それは向こうも申請しています

 後は来れる人が隊商と一緒に来るだけです」


そうは言っても、こんな辺境に来る物好きは少なかった。

だから昨年に募集した時も、誰も来たがらなかったのだ。


「ギルドマスター」

「何だ騒々しい」


職員が足音を立てながら、2階のギルドマスターの執務室に飛び込んだ。

哀れな彼の手には、真っ二つになった秤が握られていた。


「秤が

 秤が真っ二つに!」

「何だと!

 在庫は後1個しか無いんだぞ

 だから大事に扱えと…」

「しかし耐久がもたなかったんです

 これも3月以上酷使していましたから」

「ぬう…

 これでは軽量に時間が掛かるな」

「はあ…

 それは仕方がありませんね」


受付嬢は溜息を吐きながら、真っ二つになった秤を見ていた。

幸い重たい物は少ないので、時間を掛ければ何とか量れるだろう。

しかし明日からは、報酬の受け渡しに時間が掛かるだろう。

受付嬢はそれを思うと、職員の事を睨みたくなるのを堪えていた。

職員の方も、大事に扱っていた秤がとうとう壊れたので、ショックで落ち込んでいた。


「仕方が無い

 他に余っている秤が無いか、領主様に相談してみる」

「そうですね

 あればいいんですけど」


一同は溜息を吐きながら、壊れた秤を見ていた。


冒険者ギルドで揉めている頃に、職人ギルドでも職人達が騒いでいた。

ギルドマスターが、冒険者ギルドからの依頼を取り組んでいたからだ。


「やはり魔鉱石では無理ですよ」

「しかし鉄では耐久値が低いからな

 どうしても長くは使えんぞ?」


魔鉱石を使った秤が出来ないか、試しに作ってみたのだ。

しかし元々が重たい為なのか、どうしても動きが甘かった。


「錘はあるんです、後は細かい目盛りが刻めれば…」

「馬鹿もん

 それが出来ないから悩んでおるんじゃろが」


武骨で見栄えは悪かったが、取り敢えずは形は出来ていた。

錘である程度の重さまでは計れる様にもなっている。

問題は細かい目盛りが刻めない事と、秤の振れが不安定な事だった。

こればっかりは専門の職人が居ないので、目分量でやるしか無かった。


「こいつの目盛りと比較して刻めないのか?」

「無理ですね

 やはり素材が違いますと、どうしても目盛りが狂ってきます」

「それじゃあ同じ素材なら…」

「それも昨日お話したでしょう

 それこそ同じ形状で…

 全体が同じ比重になりませんと

 こことここの重さの比が…」

「もう良い!

 ワシがそんな事は出来んのは知っておるじゃろうが」


ここで昨日と同じ様に、口角唾を飛ばす舌戦が始まった。

しかし取っ組み合いの喧嘩になろうと、結局は結果は出来ないのだ。

彼等は似た物は作れるが、細かい軽量が出来なかったのだ。


「ギルドマスター

 やっぱり職人を呼ぶしかありませんぜ」

「馬鹿野郎

 呼んでも来ねえから困ってんだろ」

「やっぱりジョネスの野郎を引っ張って来れば…」

「あいつは手癖が悪い

 そんな奴は置いておけねえ」

「代わりの奴は来るんですか?」

「分かんねえな

 王都の状況次第だろう」


職人達は溜息を吐きながら、目の前の秤を削っている。

少しでも軽くして、バランスが取れないか試す為だ。

最悪、細かい軽量が出来なくても、ある程度の測定は出来る必要があるからだ。

しかし削ってバランスを取っても、不安定さは無くならなかった。

こういう細かい物は、専用の職人にしか出来ない物だったのだ。


そんな騒動が起きているとは知らず、ギルバートは今日も書類を整理していた。

ほとんどが侯爵側で片付けらるが、中にはギルバートにも承認が要求される物もあった。

魔物の討伐や、国王宛てに送る書類の確認だった。

中には不足している人員のリストもあって、今日もそういった書類を片付けていた。


「殿下

 そろそろ昼食を取りませんか?」

「もうそんな時間か?」

「はい」


ギルバートは軽く伸びをすると、書類の上に重しを乗せた。

何かで書類が散らばっては困るからだ。


「イーセリア様には…」

「良い

 大体、何で一々セリアを呼ぶんだ」

「それは婚約者ですから…」

「はあ…」


ギルバートは新年の祝賀会で、イーセリアとの婚約を発表した。

それは祝賀会の当日に、一緒に寝ているのを目撃されたからだ。

幼少の頃にも一緒に寝てた事もあったが、今回はそれなりの年齢である二人だ。

責任問題を問われれば、断る事も出来なかった。


「はあ…

 正式な発表は王都に帰ってからだろ?」

「そうですが、既に周知はされましたからね

 住民達もお二人の仲睦まじい姿を見れると…」

「勘弁してくれ」


ギルバートは頭を抱えて座り込む。

このままでは本当に結婚まで決められてしまうだろう。

しかしギルバートとしては、まだ決心が出来ていなかった。

確かにセリアの事は好きだし、大事に思っていた。

それでも結婚するとなると、何かが違う様な気がしていた。


「どうして私は、あの時セリアを…」

「はははは

 殿下は無意識で、イーセリア様の事を求めていたのかも知れませんな」

「無意識で?」

「ええ

 年頃の男女ですよ

 間違って子供も出来る事がございます」

「しかし私は…」

「知識はあっても経験はございませんか?」


「え?」

「どうやらその様ですな」

「うん…」


ギルバートはアーネストから、所謂寝物語を受け取っていた。

そこには若い男女の情愛と睦事が記されており、する事はある程度は知る事が出来た。

しかし実際には経験が無く、本当に出来るかは自信が無かった。

そしてセリアにそれを求めているのかは、自分でもよく分かっていなかった。


「まあ、イーセリア様とはなるべく一緒に居てあげてください

 寂しがっていますからね」

「ぬう…

 私がその言葉に弱いと思って…」

「はははは

 そう言う殿下も、イーセリア様がいらっしゃらない時には…」

「うるさい

 行くぞ」


ギルバートは怒って、食卓のある1階に向かって行った。

最近では世話をするメイドも入り、掃除や食事は任せていた。

今も昼食の準備をして、ギルバートが下りて来るのを待っていた。

そして食卓には、既にセリアが座っていた。


「あ!

 お兄ちゃん」

「ギルバート様

 お食事の用意は出来ておりますよ」


セリアはお茶を飲みながら、ギルバートが来るのを待っていた。


「ジョナサン…」

「え?

 何の事でしょう?」


ジョナサンはニヤニヤ笑いながら、ギルバートの席を引いていた。


「そうやっている辺りが怪しいな」

「さて、何の事でしょう?」


「お兄ちゃん

 セリアが来るの…駄目だった?」


セリアは目を潤ませながら、ギルバートの事を見詰めた。


「くっ

 決してそういうわけでは…」


セリアが上目遣いで見るので、ギルバートは怯んでいた。

しかしこの戦術も、メイド達の仕込みだった。

大概の男なら、こんなに可愛い女の子を泣かせる事は出来なかった。

事実作戦通りで、ギルバートはセリアの同席を許していた。


「分かったよ

 一緒に食事をしよう」

「本当?」

「ああ

 本当だとも」

「良かった」


セリアが大輪の花の様に、笑顔を綻ばせた。

それを見て、ギルバートも安心したのか笑顔になっていた。


唯一人、ジョナサンだけが顔色を青くしていたが。


「イーセリア様

 何と罪なスキルを修得されたのやら…」

「ん?」

「んみゅう?」

「な、何でもございません」


ジョナサンは慌てて頭を振ると、並んで席に着いた。

まだまだ続きます。

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