第300話
ダーナの街では、新年を祝う祝賀行事が行われていた
広場には簡易の神殿の台座が用意されて、女神様の像も中心に設置されていた
この日の為に職人達が造った女神像が、広場の中心の噴水に安置される
そして机が並べられて、肉料理と酒が用意されていた
宴は年越しを跨いで、新年の最初の3日間まで祝われる
その為の祝いの料理も用意されていた
住民達は広場に集まり、祝宴を開いていた
さすがに警備兵は必要なので、兵士達が交代で行う
しかし非番の兵士達は、祝宴の参加が許可されていた
さすがにこの日は、酒も解禁されて大いに盛り上がっていた
「無事に新年を迎えれるな」
「はい」
「これもジョナサン達親衛隊のおかげだ」
「いえ
全ては殿下のご威光です」
「そんな事は無いよ
何せアーマード・ボアを狩って来たのは、お前達親衛隊の成果だ」
実際にジョナサン達は頑張っていた。
なかなか魔物も見付からない中で、時には北の森まで討伐に向かっていた。
ギルバートは危険だからと止めたが、結果としてはアーマード・ボアの討伐を成功させた。
その代わりに、騎士達の中には4名の怪我人が居た。
「怪我人達は大丈夫なのか?」
「ええ
おかげさまで堂々とサ…休めると喜んでいます」
「今サボるって言い掛けていなかったか?」
「いえ
殿下の聞き間違いでしょう?」
ジョナサンは視線を逸らして誤魔化す。
さすがにワイルド・ボア22体を討伐は堪えたのだろう。
当面は魔物討伐は勘弁して欲しいと訴えていた。
年が明けてからは、暫くは冒険者達が行う事になっていた。
「スキルは増えたか?」
「そうですね
全員がチャージを修得して、パリイとシールドチャージはこれからですね」
パリイは簡単な攻撃を、手持ちの武器で弾くスキルだ。
タイミングが重要で、スキルは弾けなかった。
しかし咄嗟に攻撃を弾けるのは魅力的だった。
訓練も武器弾きで可能なのが嬉しかった。
実戦で無くても、真剣で訓練すれば修得可能なのだ。
もう一つのシールドチャージは条件が厳しかった。
馬に乗った状態で、盾で敵の攻撃を弾く必要があるのだ。
しかし修得すれば、強力な防御手段になる。
盾が負けなければ、スキルでも馬上で跳ね返せるのだ。
しかもタイミングさえ合えば、相手は腕が痺れて一時的に動けなくなる。
「強力なスキルだからな
侯爵の兵士達にも習得させたいな」
「仕方が無いですよ
予備の兵力がありませんから
それにうちの方でも、そのせいで負傷者が出ているんですよ」
「そうだな…」
スキルを取得した時に、不完全だった者は負傷していた。
幸い重傷では無かったが、腕や脚に大きな傷跡が残っていた。
それだけの危険を見返りに、スキルを修得していたのだ。
兵士達がこれを修得しようとすれば、やはり怪我人が出ていただろう。
いや、怪我人なら良いが、死人が出ても不思議は無いのだ。
「もう、当分は魔物は見たく無いです」
「はははは
見事にゴブリンばっかりだったからな」
ここ最近はゴブリンばかりが見られた。
それだけ見掛けない間に、繁殖していたという事だろう。
「ゴブリンの集落に、キャベツ畑でもあったのかな?」
「殿下?」
ジョナサンが思わず、ギョッとした顔をした。
「冗談だよ
私だってそのぐらいは分かる」
「そ、そうですよね
いくらなんでも、人間みたいにキャベツ畑から出て来る事は無いでしょう」
「ん?」
「え?」
「…」
「…」
ギルバート本気か!という顔をして、ジョナサンの方を向いた。
言ったジョナサンも、驚いた顔をしていた。
「いくら何でも、信じて無いんだよな?」
「殿下こそ
ついこの前まで言ってませんでしたか?」
「馬鹿
いくらなんでも勉強したさ
アーネストに馬鹿にされるからな」
「良かった」
ジョナサンはホッとした顔をした。
「このままでは、イーセリア様を焚き付けるしか無いと言っていましたからね」
「何…だと」
「陛下も心配しておりましたよ」
「おま!
話したのか!」
「ええ
報告しておきました」
「お前なあ…」
ギルバートは恥辱で顔を赤らめて俯いた。
「セリアは子供だぞ?」
「いいえ
むしろ我が隊のアルクよりも上でしょう?」
「何で知っているんだ?」
「陛下が見た目はアレだが、年齢的には十分に子作り出来るだろうって…」
「国王様…」
「でも良かったです
これで安泰ですな
二人のお子様が早く見たいです」
「いくら酒の席とは言っても、そろそろ本気で怒るぞ」
「いやだなあ…
冗談ですよ、冗談
はははは…」
「どうだか…」
ギルバートは必死で気持ちを抑えているというのに、周りがこうして言って来るので困っていた。
未だに自分の気持ちが理解出来ていなかったのだ。
セリアは妹で、そんな目で見るのは間違っていると思っている。
しかし一方で、セリアの唇や瞳に吸い込まれそうになる自分に気付いていた。
それが邪な感情と思っているので、ついついセリアから距離を置いているのだ。
「折角の祝いの席なんだ
勘弁してくれ」
「祝いの席だからこそ、自分に正直になって欲しいんですが…」
「何か言ったか?」
「いえ
何にも」
ジョナサンは小声で呟いたつもりだったが、バッチリ聞こえていた様だった。
慌てて首を振って、これ以上主を怒らせない様に努めた。
今は無理に答えを迫るよりは、ゆっくりと自覚させる必要があるだろう。
二人はまだまだ若いんだ。
あまり回りが騒いで、婚前に懐妊するのは聞こえも悪いだろう。
ジョナサンは溜息を吐きながら、純朴な主人の行動に頭を悩ませていた。
宴は恙無く進んで、無事に新年を告げる0時の鐘が鳴り響いた。
セリアはさすがに眠くなったのか、少し前に家に帰されていた。
ギルバートは祝い酒を飲みながら、酔った頭で考えていた。
セリアと結婚だと?
確かにセリアは可愛い
とても愛おしいと思う
しかし同時に、あの年端の行かない感じが、ギルバートの心を騒めかせていた。
幼いあの少女を、滅茶苦茶にしたいという衝動。
そして護って優しく接したいという気持ち。
二つの感情に揺り動かされていて、いつしか不機嫌そうな顔をして、酒を呷っていた。
「殿下
飲み過ぎですよ」
「うるへえ
これが飲んでらへるか」
「殿下…」
「いいか
セリアは護ってやらやいと、いけないんだ
あの日てぃてぃうへに誓ったんら」
「殿下?」
「それらのに、おまへら会う度に結婚ひろとか
おれらて、色々我慢ひてるのに」
「ああ…
すっかり酔ってる
誰か殿下をお連れしろ」
「はい」
親衛隊が、数人掛かりでギルバートを運んで行った。
ギルバートを寝台まで運ぶと、水差しに水を補充しておく。
そしてギルバートを寝かしつけると、騎士達はそのまま家を後にした。
ドアのカギを掛け忘れたままで…。
翌朝になって、ギルバートは唇に何かの感触を感じて目が醒めた。
隣にはセリアが一緒に居て、うっとりとした表情をしていた。
「お兄ちゃん
おはよう」
「あ…
ああ、おはよう」
少し酔いが残っているのか?
ギルバートはボーっとしながら起き上がる。
セリアがベットから降りると、トテトテと小走りで水を汲んで来た。
「はい」
「ありがとう」
ギルバートは水を受け取ると、一気に飲み干した。
冷えた水が頭を刺激して、寝ぼけと酔いで鈍った頭を激しく起こす。
何か違和感を感じつつ、ふと横を見る。
そこにはベットに肘を着いたセリアが、ニコニコと笑顔で見上げていた。
今日も朝から可愛いな
ギルバートはニコリと微笑んでセリアを見た。
…
今朝も?
今朝?
「何でセリアがここに居る?」
「んにゅう?」
「殿下?
どうされましたか?」
ギルバートの様子を見に来た、メイドがドアを開ける。
「ば!
今は…」
「あ!
昨夜はお楽しみでしたね?
それでは邪魔者は…」
「ちょ!待て!
これは違!」
「え?」
「違わないけど違う!」
慌てるギルバートを見て、メイドは冷たい視線を投げ掛けた。
「殿下
きちんと責任は持ちませんと」
「だから違うと…」
「してしまった事は仕方がありません
しかしセリア様も勇気を持って応えたんですよ
キチンと責任は取りませんと」
「んみゅう?」
「だから違う!」
それから小一時間ほど掛けて、ギルバートは懸命に説明をした。
最初は剣呑な視線でじっと見ていたメイドも、やっとジト目にまで直っていた。
しかし態度は相変わらず冷ややかだった。
「それで?
殿下はどう責任を取るおつもりですか?」
「責任って…」
「若い男女が何もしていなかったとしても、朝まで同衾してたんですよ?」
「それは…」
「んにゅう?
同衾ってなあに?」
「イーセリア様はまだ、知らなくて良い事ですよ」
「んにゅう?」
「私は誓って、何もしていないぞ」
「何も?
そんなに酒が入っていて?」
「それは記憶は曖昧だが…」
「説得力は…ありますか?」
「ありません」
メイドの強い圧に負けて、ギルバートは小さくなっていた。
「まあ、何もしていなかったとしましょう」
「ほっ」
「ですが証明は出来ませんよね?」
「それは…」
「それに、どう説明するおつもりですか?」
「へ?」
ドアから入り口を見ると、そこには数人の騎士を伴なって、ジョナサンと侯爵が立っていた。
ジョナサンと侯爵はニヤニヤと笑っていて、騎士達は気まずそうにそっぽを向いていた。
「ほわっ?」
ギルバートは慌てて布団を頭から被った。
メイドは支度を済ませているか様子を見に来ていた。
しかしなかなか来ないので、侯爵まで様子を見に来たのだ。
「いけませんなあ、殿下」
「そうですぞ」
「わ、私は何もしていないぞ」
「例え何もしていなくても、この現状を見ましては…」
「そうですな
婚前の若い男女が同衾していた
さすがに何もしないのは…」
「しかし…」
「さっそく陛下にご連絡を」
「そうですな
一応未遂としますが…
さすがに責任は取りませんとな」
「責任って!」
「そりゃあ婚約でしょうな」
「イーセリア様の名にも傷が付きますからな
そこは男がキチンと責任を取りませんと」
二人は面白そうに、ニヤニヤと布団の塊を見る。
ギルバートの包まった布団は、ブルブルと震えていた。
「何もしていませんが、一緒に寝ていたのは事実ですからな」
「陛下にはその旨を伝えて、婚約の発表と致しましょう
その方が傷が浅いですからな」
「そうですね
さすがにそのまま公表はマズいですから
公認の仲と知らしめる為にも婚約したと発表しましょう」
「何でそうなるんだ」
「イーセリア様を寝室に招いたのは事実です!」
「男なら諦めて、しっかりと責任を取りなされ」
二人にまで叱られて、ギルバートはすっかり観念していた。
しかし昨晩送った兵士は、気まずくて視線を逸らしていた。
鍵を掛け忘れた事を思い出していたのだ。
「どうしても…
婚約しないと駄目?」
『当然です!!!!』
さすがにこれには、居合わせた一同が声を揃えて言った。
「セリアは…
私と結婚するので良いのか?」
「ふみゅう?」
「イーセリア様
結婚とは男女が一緒に暮らしていく為に必要な約束です」
「約束?」
「そうです
お父様やお母様が一緒に暮らしていましたよね?」
「お父様?
お母様?」
セリアはギルバートとメイドを交互に見る。
メイドは黙って、力強く頷く。
「お兄ちゃんがお父様で、セリアがお母様?」
「そうです
結婚とは二人が夫婦になり、子供を育てていく為に必要な事です」
「うん
なる」
セリアはよく分かっていない様子だったが、嬉しそうに頷いた。
「殿下
これは責任重大ですよ?」
メイドは鋭くギルバートを睨んだ。
それは視線で穿てるのなら、そのまま穿とうとするほどの視線だった。
「しかし…」
「うだうだ言わないの
こんな清純な娘の純潔を、酔った勢いで奪おうとしたんですよ」
「してない、してないよ…」
「信用できません」
「はははは
それぐらいで許してあげなされ
殿下も困っておいででしょう」
「そうですね
ですが、当面は殿下の信用は落ちますね
特に女性からは」
「うう…
何でこんな事に…」
「んにゅう?」
ギルバートは湯浴みを簡単に済ますと、着替えて出発の準備をした。
すっかり遅くなっていたので、朝食は諦めていた。
どうせ宴席があるので、そこで何か食べられるだろう。
問題はこれから行われる発表だった。
ギルバートは力無く項垂れながら、セリアの手を引いて広場に向かった。
広場では盛り上がっていて、これから新年の挨拶をするギルバートを待っていた。
「これでは公開処刑だ…」
「仕方が無いでしょう
ご自分が仕出かしたんですから」
「何で私は、セリアを招き入れたんだろう」
「んにゅう?」
ギルバートは演台の上にセリアを連れて上がった。
住民達は静まり返って、新年の挨拶を待っていた。
しかし、腑に落ちないのはセリアを隣に連れている事だった。
数人がどうしたんだろうと、ぼそぼそと話していた。
「新しいダーナの街の住民達よ、新年おめでとう」
「おおおおお」
会場が歓声に沸いて、あちこちで乾杯の声が響いた。
「この祝いの席で、もう一つ祝うべく事を発表しようと思う」
「何だ?」
「どうしたんだ?」
「私、ギルバート・クリサリスは、こちらのイーセリア・クリサリスと婚約しました」
ギルバートは半ば自棄になって、大声で発表した。
「うおおおおおお」
「え?
本当ですか?」
「それはすげえ」
「おめでとうございます!」
広場は歓声に包まれて、再びあちこちで乾杯の声が上がった。
「良かったですな」
「予想通り、住民達はみな喜んでおります」
「はあ…
これで良いんだよな?」
「ええ
上出来ですよ」
「何にしてもめでたい!」
ジョナサンと侯爵も、いつの間にか用意したグラスを打ち付け合っていた。
ギルバートは今日は失敗しない様に、酒は飲まない事にした。
そして会場の何ヶ所かでは、不穏な声が上がっていた。
「嘘…だろ?」
「イーセリア様が?」
「あんな年端の行かぬ少女に…許せぬ」
数人の男達が、血の涙を流していた。
この日ダーナの一部で、反王子派とイーセリア親衛隊が誕生した。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




