第30話
魔物が去り、静かになった砦の中
残された者はある者は傷つき、またある者は友や同僚を失い、悲嘆に暮れていた
その中に一人、憎悪と復讐の念に身を焦がす者が居た
夜も更ける頃、大隊長は身を起こし、一人天幕の中で呆然としていた
昨日までは、同じ天幕に鼾をかく隣人が居たのに、今は自分一人しか居ない
静寂に耐えられず、大隊長は天幕から出た
「大隊長」
起きて来た大隊長を見つけて、部隊長のダナンが近寄る。
「もう、起きても大丈夫なんですか?」
「…すまない」
「騎士団から、大隊長は隊長がすぐれなくて休んでいるって聞いて、心配してましたよ」
「ああ…」
「本当に大丈夫ですか?」
「…」
ダナンは部下に命じて、スープとパンを持って来させる。
「どうぞ
て言っても簡単なスープぐらいしかありませんが」
「すまない
食欲が無い」
「ダメですよ
今、大隊長が倒れたらどうするんです?」
「すまない…」
「どうだ?」
食事を取りたがらない大隊長に、ダナンがやきもきしていると、心配したエリックも様子を見に来る。
ダナンは寂しそうに笑い、首を振る。
そんなダナンの肩を叩き、エリックが近付く。
「大隊長
将軍の墓は作りました」
「!!」
エリックの言葉に反応し、大隊長は鋭く睨みつける。
「大隊長
死んだ者は生き返りません」
「…ってる…」
「将軍は何か仰ってましたよね?」
「分かってる…」
「悲しんでる暇は…ありませんぜ」
「分かってるんだよ!」
「いいや!
分かってない!!」
大声で怒鳴る大隊長に、普段は温厚なエリックが怒鳴り返す。
しかも相手は階級が上の大隊長だ。
その大声で周りの者も起きだす。
「あんたは将軍が大好きで、師匠である将軍の死は辛いだろう」
「そうだ
まだ夢に、眠ったら出てくるんだ」
「だから!
だったら、だったら何で!
自分が死んだら部下が悲しむとか考えねえんだ!」
「え…」
「何だ、何だ?」
「魔物が出たのか?」
大きな声に、魔物が出て来たかと思えば、大隊長と部下が言い争いをしている。
それも普段は温厚で物静かな方のエリックとだ。
「あんたも将軍も勝手だよ!
死んで遺される奴の事も考えろよ!」
「…」
「ジョンやアレンの奴を見ろよ
ロンが死んだせいで、どれだけ悲しんで、どれだけ苦しんでるか!!」
「それに
それに、ジョンの奴、おかしくなっちまって…」
「…すまない…」
吐き出したい気持ちをすっかり吐き出したのか、エリックは肩で息をしながら黙り込む。
騒ぎを聞きつけて、寝ていた者まで起きて来てしまっていた。
ダナンが、大した事じゃないから大丈夫だと追い返し、辺りは再び静寂に包まれる。
パチッ!
野営地に焚火の爆ぜる音が響く。
「大隊長
あんたが死んだら、この軍が混乱するのもあるが
何よりも怖いのは、あんたを慕ってる者達が…まだこんなに沢山居るって事だ」
「…」
エリックが両手を広げ、野営地中を示す。
「あんたが悲しんでる様に、オレ達全員が悲しむんだ
それだけは忘れないでくれ」
「エリック…」
熱く語っていたのを照れたのか、エリックは後ろを向いて頭を掻いていた。
そして、スープを手渡しながら、ダナンが続く。
「そうですよ
あのダナンが大隊長に怒鳴りつけてるんですよ?」
「ちょっ」
「本来なら懲罰ものなのに、ここまでしてるんですよ?」
「おま!」
「いつまで下を向いてるんですか?」
「…」
「すまない…
ありがとう」
大隊長は、不意にスープを飲み干してから立ち上がる。
そして二人を見ながら決意を示した。
「そうだな
ここで死んでたまるか」
二人は頷く。
「必ず…
必ず生きてお前らを、ダーナへ連れて帰るぞ」
「はい」
「ええ」
大隊長は剣を抜き、正面に構えて『兵士の宣誓』をする。
将軍
オレはあんたの遺志を継いでこいつらを守ってみせる
必ずだ!
だから、安心して見守っててくれ
そう心の中で誓うと、心なしか気分が軽くなった様な気がした。
「それでこそヘンディー大隊長」
「これで怖い物無しだ」
「そうだな」
大隊長は剣を仕舞いながら、続けた。
「それに、無事に帰らないと生意気な部下を折檻出来ないからな」
「え?」
「ぷふう」
「明日はしっかり働いてもらうぞ
それだけの事を言ったんだからな」
「そんなー…」
大隊長は澄まして告げて、エリックはガックリと項垂れた。
それを見て、ダナンは笑いを必死に堪えていた。
そしてもう一人、この様子を見守っている者が居た。
先の騒ぎで目が覚めたギルバートは、テントの中から3人の会話を聞き、大隊長の苦しみを知った。
勿論、将軍と大隊長が親子の様に仲が良いのは知っていた。
そして、父の様な将軍を失って大隊長が深く沈んでいたのも見ていた。
それなのに、こうして部下の二人が励まし、強い決意を持って立ち上がった大隊長を見て、少年は感動していた。
我知らずに、涙が頬を伝う。
そうしてひとしきり感動していると、気が付けば背後に隊長が立って居た。
「ふむ
どうやら立ち直ったようですね」
「隊長」
「あのままへこたれていたら、明日にでも叩き直してやろうと思っていましたよ」
「ヒィッ」
隊長はにこやかな笑顔を浮かべていたが、その眼は笑っていなかった。
「ところで、ギルバート君
子供はもう、寝る時間ですよ」
ニコリ!
「はいい!」
隊長の笑顔を向けられ、ギルバートは寝床へ飛び込んだ。
大隊長は再び腰を下ろし、現在の被害状況を聞いていた。
そして明日の予定を相談する。
魔物の遺骸は半分以上処分したが、兵士の遺体はまだまだ焼却できていない。
このままでは明日でも処理出来そうにないだろう。
「もう2日、いや3日は掛かるか?」
「せめて2日は欲しいです」
「物資の補充が出来ない
それも含めて3日は必要だろう」
「また森へ採りに行かせますか?」
「そうだ」
「それに
3日あれば、軽傷の者も回復出来るだろう」
「そうですねえ
少しでも負傷者が少ない方が良いですから」
「死者も多く出たからな
人手が足りないし、負傷者を乗せる様な馬車も無い」
「集落も襲われてますからね
馬車どころか荷車もありませんでしたよ」
「この先の集落も恐らくダメだろうな」
「そうですね
下手に覗くと小鬼が出て来るかも知れませんし
このまま街まで引き返すしかないでしょう」
「そうだなあ」
もう2、3日この場で死体の処理をして、それから街へ戻る事で指針は決まった。
後は魔物に注意しながら、作業をするだけだ。
「それでは、これから交代で休んできます」
「大隊長もしっかり休んでください」
「ああ
本当にすまなかったな」
大隊長は再び天幕へ向かった。
昼間にあれだけ眠ろうとしたのに悪夢に魘されて無理だったから、このまま起きていようかとも思っていたが、昼に眠れなかった分ぐっすりと眠る事が出来た。
大隊長が眠った後も、魔物は散発的にしか現れず、野営地には騒ぎが起こる事は無かった。
こうして再び、無事に朝を迎える事が出来た。
一人の異変を除いては…。
負傷者の中でも、軽い切り傷や打撲を受けた者が復帰する事が出来た。
また、重傷者もポーションをかけて包帯をまき直し、少しずつ傷が癒えていた。
死体の処理は、大隊長の予想通り3日目の昼過ぎまで掛かった。
やはり魔物の遺骸は早めに処理出来たが、兵士の死体が多いのと、死守者が多かったので作業が難航したのだ。
そうこうする内に、騒ぎが起こった。
それは3日目の朝、拘束されたジョンの居たテントで起こった。
拘束されていたジョンが縄を切って逃げ出し、見張りの兵士を傷つけて逃走したのだ。
「大隊長には黙っていましたが、ジョンの奴の様子がおかしかったんです」
「見張りの兵士や世話をしてる兵士に向けて、お前等は魔物の仲間だとか殺してやるとか言ってたみたいで…」
「食事も毒を入れているんだろうとか言って…
水も飲もうとしませんでした」
「そうか…」
「衰弱してた筈なのに、どうやって…」
縄は引き千切ったりしていなくて、何か鋭い物で切ってあった。
誰か協力者が居たのか?
彼の姿は忽然と消えていた。
負傷者は軽傷であったので、ただちに手当てを受けた。
しかしジョンの姿は見つからず、捜索は午後をもって打ち切られた。
これにより、出立は明日の朝と決まり、負傷者の運ぶ方法も検討される事になった。
基本は背中に背負って馬に乗り、背負われるのが難しい場合はロープで背中に括り付けられた。
やがて砦跡を出発して、危険な撤退が始まった。
幸いな事に、魔物が群れを成して現れる事は無く、出て来ても数匹程度であった。
これぐらいの数なら、死線を潜って来た兵士にとっては大した事ではない。
すぐさま数人で囲み、怪我も無く倒していた。
「最初は魔物を恐れて腰が引けていたのに、今では十分に戦えていますね」
「これなら、集落を奪還しても良かったのでは?」
しかし大隊長は、これ以上危険を冒して戦う事は出来ないと判断していた。
最初の行軍の頃と比べると、格段に腕は上がっているだろう。
それでも、人数が3分の2にまで減っているのだ。
何かあってからでは遅い。
集落を目指すには、一度街まで戻って態勢を整える必要があるだろう。
生き残った魔物の追討もしたかったが、それも補充をしてからだろう。
季節は冬を目前にしている。
温暖な地方ではあるが、海風は凍える様に冷たく、竜の背骨山脈から吹き降ろす風も冷たい。
このノルドの森にも、雪が積もる事もある。
次に遠征を行うなら、恐らくは年が明けてからになるだろう。
それまでに、魔物が異常に増えなければ良いのだが
大隊長は言い様のない不安に苛まれていた。
そした、もう一つの懸念事項は、行方不明になっているジョンの事だ。
あの後も聞いて回ったが、ジョンが逃げたのを見た者は居なく、どうやって逃げ出したのかも不明であった。
ジョンに切られた見張りも、朝早くでまだ暗い内だったので、誰に切られたのか?何人居たのか?も
不明であった。
部下達に裏切り者が居るのか?
はたまた、自分達が知らない何者かが野営地に忍び込んだのか?
分からない事だらけで、迂闊な推測も出来ないでいた。
そして魔物の襲撃もほとんど無く、一行は無事にダーナの街が見える場所まで戻って来た。
「帰ってきたんだなあ」
「ああ、そうだ」
「遂に帰って来たんだ」
感慨も一入、遠くに見える街を見詰める。
「先ずは領主様にご報告ですね」
「ああ」
遠征自体は失敗であった。
目標の砦は奪還出来たが、そこを拠点とする事は不可能であった。
人数、装備、準備、資材と全てが足りていなかった。
また、魔物の一部は倒せたものの、逃げられた魔物も多く、後どれぐらい居るかも判明していない。
それに、資料の信憑性は兎も角、小鬼が増えるという事は間違いない。
次に遠征軍が向かう時、どれほどの規模になっているか不明だ。
その他に、将軍の殉職や部隊長のジョンの失踪等、報告する事が沢山ある。
街に帰れたのは嬉しいが、報告を考えると憂鬱になる。
「はあ…
兎に角
今は無事に帰れた事を喜ぶべきか」
大隊長を先頭に、一行は街へと向かって進んで行く。
久しぶりのダーナは懐かしく、家族の元へ帰れるとみなが喜んでいた。
しかし、街の正門には見張りの兵士しか居なかった。
帰って来た兵士を迎える家族も、遠征の成果を聞こうと詰め掛ける住民も居ない。
帰還した遠征軍は、街の異変を感じ始めていた。
これで第1章を終わります
次からはもっと主役を前に出すつもりです
後半を修正、加筆しました
次の話につなげる為の変更です




