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聖王伝  作者: 竜人
第九章 ダーナの解放
295/800

第295話

街に戻ると日は暮れ始めていて、既に馬車は帰還していた

魔物の素材は運ばれていて、今は怪我人の手当てをしていた

傷は深かったが、何とか命は救われていた

包帯をきつく縛って、止血をしている

そのままゆっくりと、療養所に向かって運ばれて行った

狩られた魔物の数は、ワイルド・ベアが1匹とフォレスト・ウルフが20匹であった

遺骸はそのまま運ばれて、職人ギルドで解体される事になった

そして討伐の報酬は、侯爵から支払われる事になった

今回は冒険者では無く、兵士が討伐に向かったからだ

報告をした冒険者には、冒険者ギルドから報酬が与えられた


「今回は助かったよ」

「いえ

 おかげで住民達に被害は出ませんでした

 これも殿下が早めに討伐を判断されたからです」

「しかし無断で出られるのは感心しませんな」


振り返ると、ジョナサンが腕組みをして睨んでいた。


「あ…」

「殿下

 私が何に怒っているのか、分かっていますよね」

「それは…」


「確かに私達が居なかった事も問題です

 しかし、何で騎兵と出たんです」

「ジョナサン隊長

 殿下は悪く無いんです

 私達がお止めしなかったのも悪いんです」

「それも問題でしょう

 ですが今は、殿下に伺っているんです」


「すまなかった

 私の判断が甘かった」

「そうですね

 そのせいで負傷者も出ました

 死人が居なかったのが不思議なぐらいですよ」

「ああ

 返す言葉も無い」


ギルバートが項垂れているのを見て、ロナルドが割って入る。


「殿下が悪いわけでは無い

 私達がやれると思い上がっていた」

「いえ

 報告がワイルド・ベア1匹ですから、あなた達が油断するのも仕方が無いでしょう

 しかし、他の魔物や魔獣が出る事を想定しなかったのは、やはり判断が甘かったですね」

「ええ

 油断していました」


「騎兵が怪我をするのは、任務なら仕方が無いでしょう

 しかしあなたは違います

 怪我をしたらどうするつもりだったんです?

 責任は彼等が取る事になるんですよ」

「ああ」

「あなたが…

 殿下が命を落としたらと思ったら、私は…」

「すまなかった

 心配を掛けた」


「はあ…

 2度とこんな真似はしないでください」

「分かったよ

 気を付ける」


ジョナサンが本気で怒っているの、ギルバートは深く反省していた。

そして大剣を背から下ろすと、跪いて深々と頭を下げた。


「本当にすまなかった」

「で、殿下」


ギルバートが土下座までして謝ったので、今度はジョナサンが慌てていた。


「王子が易々と頭を下げないでください

 それこそ問題です」

「しかし私は、君の忠告を無視して侯爵の兵士を危険な目に遭わせた

 それは大いに反省すべき事だ」

「それはそうですが…」


ジョナサンが慌てていると、後方から声を掛けられた。


「あらあら

 男が簡単に頭を下げては駄目ですよ」

「マーサさん

 これは私のケジメです」

「そうねえ

 でも…

 みなさんが見てらっしゃるわよ」


広場の食事処の担当の、マーサから助け船が出された。

しかしそれは、騎兵だけでは無く、親衛隊まで見ていたからだ。


「さあさあ

 立って夕食にしましょう

 殿下は十分に反省されているのでしょう?」

「しかし私は…」

「殿下

 どうしてもと仰るなら、次に同じ事をしないでください

 私達は心配で、卒倒しそうになりますから」

「ジョナサン…」


「さあ

 これでお話はお終い

 ふふふふ

 早く召し上がってくださいな

 冷めてしまいますから」

「え…」

「でも…」

「冷めてしまいますから…ね」

「はひ!」


マーサは微笑みながら、それでも圧のある目で睨んだ。

大の男が思わず震え上がった。

ギルバートもジョナサンも、照れながら席に向かった。

二人がすごすごと席に向かうのを見て、ロナルドが頭を下げた。

収まりの着かない二人を、上手く押さえた事に感謝したのだ。


「マーサさん

 助かりました」

「いえ

 あのままではお互いに収まりが着かないでしょう?」

「そうですね」

「旦那と息子がああでしたからね」


マーサは微笑んでいたが、その目は笑っていなかった。

男がプライドや立場の問題で、収まりが着かなくなる事はある。

特に彼女の夫は警備隊長で、息子の警備兵とはよくぶつかっていた。

そしてそれが原因で、二人が諍い合って、結果として二人共が亡くなってしまった。

だからマーサとしては、そんな言い争いが嫌いだったのだ。


「あの人が怒るのは当然

 でも、それが原因で息子は罪を犯した

 今になっては昔の話だけどね」

「マーサさん?」

「昔の話よ

 私がここに来る事になった原因ね」


マーサはロナルドの方を見ながら、寂しそうに笑った。


「だからあなた達には、馬鹿みたいな事で争って欲しくないの

 暖かい食事があれば、そんな事は必要無いでしょう?」

「え?

 ああ…」

「さあ

 くだらない言い争いはお終い

 ロナルド様も座ってくださいな」

「は、はい」


今日も広場の食堂は、多くの兵士で賑わっていた。

この光景もあと少しとなる。

食料が安定し始めているので、家で食べる者が増えていた。

そしてマーサも食堂を作ってもらって、来週からそこで働く事になっていた。

だから残り少ない日を、兵士達はここで楽しんでいた。


「殿下

 これ以上は言うつもりはありません」

「ああ

 私も深く…」

「殿下!

 マーサが見てます」

「っ!」


「反省しているなら、それで十分です

 ですが、くれぐれも気を付けてください」

「ああ

 みんなには迷惑を掛けた」

「良いんですよ

 私達は殿下に、迷惑を掛けられる為に居るんですから」

「ジョナサン、ロナルド殿…」


ギルバートがうるっとしていると、マーサが食事を出し終わって来た。

そして傍らに立つと、腰に手を当てて溜息を吐いた。


「殿下

 殿下が強いのはみな知っております

 ですが強いだけでは駄目ですよ」

「マーサ?」


「私の息子は…

 夫の警備隊長より強くなりました

 しかしそれで、商家に剣を振り翳しました」

「え?」

「独断専行…って言うんですってね

 ある商家に疑いが掛かった時に、先走って警備兵を引き連れたんです」

「なんでまた?」


「ガモン商会…」

「あ…」


ギルバートは商家の名前を聞いて、思わず拳を握り締めた。

このご婦人も、あのガモンの被害者だったのだ。


「警備兵を引き連れて、勝手に商家に押し込んだのです

 ですが証拠の証書も見付からず…」

「そんな事が…」

「耳が痛いですね」

「うむ

 私も何度か疑いを持ったが、そこまでは出来なかったな」

「う…

 言わないでくれ」


「ですから殿下には感謝してますのよ

 おかげで旦那の疑いも晴れましたから」

「旦那さんは?」


「息子は虚偽の申告で、無理矢理商家に踏み込んだ事になりました

 当然夫も罪に問われて、隊長の職を解かれました

 そして二人共独房に入れられて、そのまま…」

「な!

 何でそんな事に?」

「そう言えば聞いた事があります

 何代か前の警備隊長が、息子が虚偽の申告で踏み入って、処罰されたと…

 それがマーサさんのご家族とは…」


「夫と息子の不始末で、私も家を追われました

 そして家を失った私は、食べる物にも困って貧民街に入りました」

「そうでしょうね

 あそこは住む家も無い者が集まっています

 今回の移住で、多くの者が連れられていますが、まだまだ貧困に苦しむ者は居ます」

「ええ

 私はまだ、マシな方なんでしょう」


ギルバートは貧民街という言葉を知らなかった。

慌ててジョナサンの方を見るが、黙っている様に促された。


「殿下がガモンを捕まえていただいた事

 貧民街にも聞こえて来ましたよ」

「いえ

 私はそんな…」

「自信を持ってくださいな

 救われた者は沢山いるんですよ」

「救われた?」

「ええ

 貧民街に逃げ込んだ者の中には、ガモンによって貶めらえた者も多数居ます

 それを殿下が倒してくださって、感謝する者は沢山居るのですよ」

「知らなかった…」


マーサは困惑しているギルバートを見て、優しく微笑んだ。


「その…

 貶められた者は、本当に救われたのか?」

「そうですね

 私も含めて、憎いガモンを倒していただき、喜んだ者は多く居るでしょう

 しかし証拠は無いので、奪われた財産や名誉までは回復しておりません」

「それは…」

「ですが、国王様はチャンスを下さりました

 再びやり直せる機会を、こうして下さったんです

 私達は感謝しても感謝し切れませんわ」


マーサは微笑みながら、深々と頭を下げた。


「殿下の差配のおかげで、こうして再び店を持ちました

 これからは生きている事に感謝しながら、ここに骨を埋めます」

「マーサ…」

「さあ

 湿っぽいお話は終わり

 食事を楽しんでくださいな」

「あ、ああ…」


納得がいかないという顔をするギルバートに、マーサは優しく微笑む。


「殿下は自信をお持ちください

 あなた様に救われた者達が、この街には沢山おります」

「はい…」

「それから…

 ロナルド様、ジョナサン様

 どうか殿下をお守りください

 殿下は私達の希望なんですから」

「は、はい」


マーサは言いたい事を言えたみたいで、深々と頭を下げて去って行った。

三人は食事を忘れて、その後姿を見送った。


「殿下

 良かったですね」

「殿下に救われたのは、私達も同様ですな」

「ジョナサン

 ロナルド殿…」


「気を付けてください

 そして…

 置いて行かないでください

 私からはそれだけです」

「そうですね

 オレ…私からは、もっと頼ってください

 殿下の盾になる為に、オレ達は訓練しているんですから」

「ありがとう

 二人共…」


ギルバートは夕食のスープを手に取った。

それは少し冷めていたが、住民達の感謝と気遣いが込められていて、暖かいと思った。


季節は本格的な冬に入り、外で食事をするには寒くなっていた。

しかしこうして集まって食事をするのは、暖かくて楽しい事だった。

今日はギルバートも、久しぶりに葡萄酒を飲んでいた。

食事用ではなく、アルコールの高い葡萄酒だ。


今年獲れた葡萄も、上手く醗酵してお酒になっていた。

これも精霊の加護のおかげで、美味い葡萄酒が沢山出来上がっていた。

セリアは葡萄酒が嫌いで、葡萄のジュースの方が好きだった。

しかし精霊の加護は、そんなのお構いなしに効果を発揮していた。

どうやら精霊が居る事で、その周辺に加護が発動する様だった。

そして加護は、精霊の種類によって色々特性を持っていた。


作物の育成と、醗酵を促すのは大地の精霊ノームの力だ。

土地の穢れを払い、作物に祝福を与えるのだ。

また、森や平原にも祝福を与えて、外敵から護る効果があった。

この力で街の周辺の森では、野生動物が護られていた。


大気を浄化して、新鮮な空気を運ぶのは風の精霊シルフだった。

彼女は澱んだ空気を浄化して、障りや呪いの浄化をする。

また、彼女が居る周辺では、春の様な陽気が発生する。

この力の影響で、ダーナは温暖な気候が続いていた。

本来ならば、既に雪が降り始めて、公道も封鎖されていただろう。


他にも水を清らかにする、水の精霊ウンディーネも居るのだが、川が近くに無いので姿は見られなかった。

その代わり、ダーナを囲む水堀に潜み、井戸の水も浄化していた。


火の精霊に関しては、セリアの力の問題なのかそもそも姿を見せていなかった。

主な精霊はこの4種類だが、他にも光や闇の精霊も居るという。

しかしこの事は、ギルバートも知らなかった。

アーネストは書物から確信はしていたが、危険なので黙っていたのだ。


精霊の加護を受けて、ダーナは未だに秋の気候を保っていた。

しかしそれでも、少しずつ肌寒くなっていた。

それは精霊が加護で気候を変えてしまうと、周りに悪影響が出るからだ。

セリアの為に快適な気候を作りたいが、精霊にもルールがあった。

だから少しずつだが、気温は下がって来ていた。


「くしゅん」

「寒くないか?」

「うん」


ギルバートはワイルド・ベアの件で、暫く街で大人しくする事にした。

これ以上は心配を掛けたく無かったし、何よりも久しぶりにゆっくりとしたかったのだ。

それはマーサが家族の事を思っていたのを見て、セリアを安心させたいと思ったのもあった。

確かにあのまま怪我をしていたら、セリアが深く悲しんだだろう。

何せ少し前に、掠り傷を見付かった時にも心配していたのだ。

怪我なんてしたら泣き出してしまうだろう。


「大分寒くなってきたな」

「寒いの嫌?」

「ううん

 寒いのは当たり前の事だからな」

「良かった」


セリアはニッコリと笑って、ギルバートを見上げた。

その笑顔が眩しくて、思わず頭を撫でてしまっていた。


「うにゅう…」

「あ…

 すまない、嫌だったか?」

「ううん

 気持ち良いの」


セリアがうっとりとした顔をするので、ギルバートは思わず頬を赤くしていた。

もう少し小さければ、抱っこしているのだが、今はセリアも成長していた。

そろそろギルバートの胸元にまで達するぐらいになっていた。

そして最近では、少しふっくらとして女の子らしい体形になっていた。


「お、おう」

「んにゅ?」

「何でも無い」


二人はダーナの街の、大通りをゆっくりと歩いていた。

二人が手を繋いで歩く姿は、ダーナの住民に目撃されていた。

そして微笑ましい姿に、住民達は生暖かい目で見詰めていた。


「殿下と歩いている男の子は誰だ?」

「馬鹿

 あれは女の子だろ」

「え?

 でも…」


男の言いたい事は分かる。

少しふっくらとして来ていたが、まだまだ肝心な場所は平らに近かった。

だから見た目で、男の子と間違える者も多かった。


「へえ…

 でも、まだ幼い感じだな」

「殿下はそういうご趣味が…」


「ほほう…」

「ひえっ

 親衛隊のみなさん」

「なかなか楽しそうな話だな」

「いえ

 はははは…」


噂話をしていた男達は、親衛隊にこっぴどく叱られた。

そのせいで、後に親衛隊はイーセリア親衛隊と呼ばれる事になる。

だがそれは、もう少し先の話である。


ギルバートはセリアを連れて、一緒に育った領主邸宅跡に向かった。

まだまだ続きます。

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