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聖王伝  作者: 竜人
第九章 ダーナの解放
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第294話

季節は本格的な冬に入り、竜の背骨山脈にも雪が積もった

それは伝説に出て来る様な、幻想的な白い竜が寝そべっている様に見えた

山脈が雪によって閉ざされて、交易の隊商も来なくなった

後は畑が雪に覆われない様に注意しながら、雪解けを待つだけだった

しかしダーナの街の中では、例年に比べると暖かかった

理由は分からなかったが、雪は積もらず、北風も吹き込まなかったのだ

街の外では、例年通りの状況になっていた

森には雪が積もり、魔物の出現数も減って来ていた

そして野生の動物も少なくなったので、その分肉が少なくなってきた

森に向かっても、鹿や兎はなかなか見付からない

そんな状況が続いていた。


「熊や狼は偶に見掛けるんですがね」

「それはフォレスト・ウルフやワイルド・ベアだろ

 間違っても戦おうとするなよ」

「ええ

 その辺は分かっています

 見掛けたら逃げてますぜ」


冒険者は背中に、2羽の兎を背負っていた。

3時間森を捜索しても、この程度の獲物しか獲れなかったのだ。

代わりにワイルド・ベアを見掛けて、こうしてギルドに報告に来たのだ。

偶々ギルバートが来ていたので、どこで見たのか聞き込みをしていた。

場所が近くなら、討伐の必要があるからだ。


「それで?

 問題のワイルド・ベアは、何処で見掛けたんだ?」

「東の森の…北東に1㎞ぐらいのところです」

「割と近いな」

「へえ

 それで慌てて帰って来たんです

 こういうのはすぐに報告しなくっちゃ」


冒険者も仲間が被害に遭わない為に、危険がある場合はすぐに報告する義務があった。

だから彼は、狩猟を切り上げて帰って来たのだ。


「ありがとう

 さっそく対処するよ」

「へえ

 よろしくお願えします」


冒険者は頭を下げて、受付カウンターに向かった。

これから兎を提出して、報酬を受け取るのだろう。

ギルバートは踵を返すと、そのまま兵舎に向かった。

魔物を狩るには、兵士の同行が必要だった。

しかし今日は、親衛隊の半数が非番で狩に出ている。


兵舎に向かうと、そこにはロナルドが訓練をしていた。

あれからロナルドは、心を入れ替えて訓練をしていた。

住民の為にコボルト等の、弱い魔物の討伐も進んでしていた。

ギルバートはそんな彼を気にして、スキルや身体強化の訓練を手伝っていた。

今日も彼は、訓練をする為に来ていたのだ。


「殿下

 こんな小汚い所にいらっしゃって…」

「ロナルド様

 小汚いって酷いですよ」

「そうですよ」

「はははは

 今日は魔獣の討伐の依頼に来たんだ」

「魔獣の討伐ですか?」


ギルバートはワイルド・ベアの事を話して、同行を促した。


「そんな危険な魔獣が…」

「ええ

 それで同行をお願いしたくて」

「しかし、こいつ等では足手纏いにしかなりませんよ?」

「ロナルド様

 それはロナルド様も同じでは?」

「え?

 あ、いやあ…」


「同行していただくのは、あくまでも魔獣の討伐の手伝いです

 さすがにあなた達に、魔獣に正面から向かって行ってはもらいませんよ」

「と、言いますと?」

「騎馬で周囲を回って、魔獣の注意を引いてもらいたい

 ただし危険ですから、あくまでもある程度距離を取ってね」

「え?

 ですが誰が戦うんです?」

「今日は親衛隊は出ていますよ」


「それは私がやります

 なあに、本来は一人でも戦えるんですよ

 ただ、一人で向かっては…」

「ああ

 それでですか…」

「ええ」


騎兵達も理由を察して、困った様な顔をしていた。

本来なら反対して、討伐に向かわせない様にするべきだ。

しかし魔獣が近くに居る以上、早目に対処しなかればならなかった。

ここは止む無く目を瞑って、早急に討伐に向かうべきだった。


「分かりました

 いつ向かいますか?」

「出来れば…これから?」

「え?」

「訓練後ですが?」

「そうなんですが…

 危険なので」

「はあ…」

「ええ…」


ロナルド様も騎兵部隊も、思わず溜息を吐く。

しかし魔獣が危険なので、ギルバートは早急に討伐に向かうと言っていた。

仕方が無いので、騎兵達も馬を取りに移動した。

ロナルドも馬を準備すると、新しい長剣を用意した。


戦うのはギルバートと聞いたが、念の為に武装する。

そして一行が準備出来ると、城門に向かった。

騎兵は12名居て、それにロナルドとギルバートが加わる。

総勢14名で東の城門に到着した。


「殿下?

 どうされたんですか?」

「ああ

 魔獣が出たと聞いたのでな

 討伐に向かうんだ」

「え?

 熊の魔獣と聞きましたが?

 危なくないですか?」

「ああ

 ワイルド・ベアというランクFの魔獣だ

 大きくて素早いが、動きは直線的だ

 馬で攪乱すれば大丈夫だ」

「そうなんですか?」


警備の兵士は半信半疑といった様子だったが、城門を開く事にした。


「お気を付けて」

「ああ

 後程馬車を呼びに行くから

 準備をしておいてくれ」

「はい」


警備兵に指示を出すと、ギルバートは森に向かう公道に移動する。


「では向かうが、気を付けて進んでくれ」

「はい」


公道に沿って進んで、冒険者から聞いた場所まで向かう。

そこから森に入り、北東に1㎞ほどの場所になる。

馬で森の中を進むので、大体2、30分ほどで到着するだろう。


「先に私が先行します

 殿下は後から着いて来てください」

「分かった」


斥候の騎兵が先行して、ゆっくりと森の中を進む。

暫く進むと、片手を挙げて制止を促した。


「殿下

 狙いは熊でしたよね?」

「ああ

 ワイルド・ベアだ」

「狼が居ます」

「むう?

 フォレスト・ウルフか?」

「さあ

 分かりませんが、並みの狼ではありません

 大柄で…」

「牙が鋭く生えているか

 それならフォレスト・ウルフで間違い無い」


「どうされますか?」

「そうだな

 数はどれぐらい居るか?」

「そうですね

 近付けませんでしたので、少々お待ちください」


斥候は馬から降りると、するすると近くの木に登り始めた。

そのまま木の上に身を乗り出すと、森の向こう側を覗き込んだ。


斥候はそのまま木の上から、指でサインを送った。


「殿下

 魔獣は24体だそうです」

「少し多いな…」


斥候はそのままサインを送り続けて、熊の魔獣は見当たらないと伝えた。


「殿下

 周囲には熊の姿は見えないと」

「そうか

 しかし戦っていると、どの道引き寄せてしまうな」

「それは熊の魔獣と戦っていても同じでしょう?」

「うーむ」


ギルバートはどうするか悩んでいた。

熊の魔獣だけならどうにかなっただろう。

しかし狼の方は数が多過ぎた。

このままでは魔獣に見付かって、騎兵達も危険になる。


「これは弱ったぞ…」

「殿下

 狼の方は任せてください」

「しかしあれは素早いんだぞ

 君達だけでは危険だ」

「いいえ

 この日の為に訓練して来てるんですよ

 魔獣には負けません」

「しかし…」

「どの道間に合いませんな」


ガルルル

ワンワン

グルルル


周囲に狼の声が響き、囲まれている事に気が付いた。

既に魔獣には気付かれていたのだ。


「止むを得ない

 あまり動き回らないで、数人で固まって迎え撃つんだ」

「はい」


ガウ

ガルルル

「来たぞ!」

「うりゃあああ」


騎兵達は4人ずつで纏まり、狼の襲撃に立ち向かった。

狼は素早く飛び掛かって来るが、身体強化を発動した騎兵達は、何とか攻撃を躱していた。

しかしなかなか攻撃が当たらないので、倒すには手こずっていた。


「素早い

 くそっ」

「うらああ」

「当たらない」


「焦るな

 兎に角攻撃は受けるな

 生き残る事を優先しろ」

ギャン!


ギルバートは声を掛けながら、何とか1匹ずつ倒していた。

ギルバートの周りだけ、5匹の魔獣が転がっていた。

一撃で攻撃をいなしながら、胴や足に切り付けて行く。

ロナルドと数人の騎兵が、何とか2匹ずつ倒せていた。


「くそっ

 このままでは怪我人が出る」

「ロナルド

 焦らずに集中しろ

 お前が倒れたら崩れるぞ」


ロナルドが焦って前に出ようとするのを見て、ギルバートが注意する。

そうする間にも2匹倒れて、いよいよフォレスト・ウルフは半数を切っていた。


「残りは11匹だ」

「殿下

 向こうから何か来ます」

「くそっ

 こんな時に」

グガアアアア


ドスドスと地鳴りの様な足音を立てて、何かが迫っていた。

その襲撃者に気が付いて、フォレスト・ウルフは逃げ出した。


「気を付けろ

 ワイルド・ベアだ」

ゴガアアア

バキバキ!


木をへし折りながら、巨体が姿を現した。


「狼は逃げ出した

 全員ワイルド・ベアに集中するぞ」

「はい」


騎兵達は4人組からバラけて、それぞれ周囲に散らばった。

そしてギルバートは、ワイルド・ベアの正面に回り込んだ。


「かかって来い!」

「殿下

 危ないです」

グガアアア

ガコーン!


ギルバートは大剣を盾にして、ワイルド・ベアの強烈な爪の一撃を防ぐ。

しかしハレクシャーがふらついて、バランスを崩した。


「くのっ

 危ないな」

「殿下」

グガアアア


ギルバートはハレクシャーを操り、何とか攻撃を躱す。

しかしワイルド・ベアが両腕を振り回すので、ギルバートは躱す事に集中していた。


ロナルドと騎兵が2人、ワイルド・ベアの背後に回った。

そして背中から切り付けたが、毛皮が固くて上手く切れなかった。

ワイルド・ベアは振り返ると、今度は騎兵に爪を振り上げた。


「危ない!

 逃げろ!」

「ひいっ」


騎兵は必死に手綱を引いたが、ワイルド・ベアの爪が馬の頭を打ち砕いた。

騎兵も衝撃を受けて、そのまま後方に飛ばされた。


「ぐはっ」

「大丈夫か?」


騎兵は木に叩き付けられて、そのまま気を失った。

ギルバートはその隙に馬から降りて、身体強化をさらに引き上げた。

こんな狭い場所で使うのは危険だが、このままではさらに被害が増えそうだったからだ。


「すはーっ

 つえやあああ」

ドン!


ギルバートは大きく踏み込むと、両手で大剣を振り下ろした。


ズザン!

グゴアア…

「よし!」


大剣はざっくりとワイルド・ベアの背中を切り裂き、大きな傷を作った。

ワイルド・ベアは大きな傷を負って、動きが鈍った。


「今だ!」

「せりゃああ」

「危ない!」


ドス!

ズドッ!

グガアアアア


ロナルドと騎兵が剣を構えて、同時に突き掛った。

しかしワイルド・ベアは、瀕死になりながら片腕を振るった。


ブン!

ザシュッ!

「ぐはっ」


騎兵がロナルドを庇う様に、ワイルド・ベアの爪に切り裂かれた。

左腕と胸を切り裂かれて、騎兵はその場に倒れた。


「くっ

 このっ!」

ズバッ!

グゴア…


ギルバートが止めに、ワイルド・ベアの首を刎ねた。

魔獣は血飛沫を上げながら、地面に倒れ伏した。


「大丈夫か?」

「傷が深いです」

「早くポーションと包帯で血を止めるんだ」

「はい」


騎兵達が集まって、負傷した騎兵の手当てをする。

その間にもフォレスト・ウルフが引き返して来て、再び向かって来た。


「させるか!」

キャイーン


ギルバートが前に出て、迫るフォレスト・ウルフを切り倒して行く。

その間に騎兵の傷口にポーションを掛けて、傷口を包帯で縛った。

傷口が深いので、ポーションでは塞げなかったのだ


「早く!

 早く馬車を呼びに行ってくれ」

「はい」


怪我人を運ぶ為にも、馬車は必要だった。

ロナルドは血塗れになるのも構わず、騎兵を抱えて馬に乗った。

そのまま気を付けながら、ゆっくりと公道に向かって進んだ。

その間にギルバートも、残りのフォレスト・ウルフを切り倒した。

後は出て来なかったので、森の奥に逃げ出した様だった。


「馬車はここまで入って来れないだろう

 遺骸を運ぶぞ」

「はい」

「こいつはどうしますか?」

「ん?

 気絶したのか?

 怪我が無いか看てやってくれ」

「はい」


最初に気絶した騎兵を、仲間が助け起こしてやる。


「う…ぐう…」

「大丈夫か?」

「あ…ああ

 ごほごほ」

「骨は?」

「腹が痛いが…

 ぐうっ」


幸い骨には異常が見られず、何とか立ち上がっていた。

そして彼を後ろに乗せて、騎兵は外へ向かった。


「殿下

 熊の方は…うわっ」

「こいつは私が背負って行く

 頭を頼んだ」

「はい」


ギルバートはワイルド・ベアを背負うと、そのまま森の外へ向かって歩いて行った。

ハレクシャーもその後に続き、背中にはフォレスト・ウルフの遺骸が載せられていた。


公道に出ると、2台の馬車が待っていた。

1台は怪我した騎兵を乗せて、先に街に戻っていた。

ギルバートはワイルド・ベアの遺骸を載せると、再び遺骸を回収しに森に向かった。

そして残りのフォレスト・ウルフの遺骸を載せると、再び馬車の所まで戻って来た。


「魔物の遺骸はこれで全部だ」

「はい

 それでは運びますね」

「頼んだぞ」

「はい」


馬車が走り出したのを見て、ギルバートは振り返った。


「ロナルド殿

 何であんな無茶をした?」

「無茶は殿下ですよ

 魔獣の前で馬を降りるだなんて…」


「私は大丈夫だって言ったでしょう」

「しかし馬がふらついていましたよね?

 明らかに危なかったですよね?」

「それはそうだが…」


「私に比べたら、あなたの方が重要なんですよ」

「私は王族とか貴族とか、血筋で貴賤を問う考えは反対だ」

「そうではありません

 あの場で一番戦えるのはあなたです

 それが倒れられたら、私達はそれこそ死んでいたでしょう」

「それは…」


「殿下が強いのは分かっています

 しかし危険な真似はしないでください

 私達ではあなたを守る事は出来ないんです」

「すまなかった」


騎兵達が負傷したのは、結局は自分の判断ミスであった。

ギルバートは帰途に着きながら、深く反省していた。

まだまだ続きます。

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