第293話
ギルバートは侯爵に、学校や医者の話をした
侯爵は学校や療養所の事は知っていたが、人材が不足していた
だから話を聞いても、即答で承認は出来なかった
人材は補充したかったが、肝心の給金が払えない
だから侯爵も、人材の補充を出来ないでいた
給金が出せない以上、迂闊には募集は掛けられなかった
隊商が来るようにはなったが、まだまだ十分な資金は集まっていない
そうなると、先ずは資金を稼ぐ為にも魔物の討伐が必要だった
だがしかし、魔物討伐にはどうしても危険が伴う
「うーむ
どうやら医者と療養所が優先だな」
「そうですな」
「しかしどうする?」
「こうなったら、司祭でも来ていただかないと」
「そうだな…」
しかしその懸念は、翌日到着した隊商で解消された。
彼等は冒険者と共に、冒険者ギルドの職員も同行していた。
そしてその職員と同行する者達が居た。
それは見習いの司祭と部下達だった。
彼等は王都から派遣された司祭候補と、その補佐の為の部下だった。
この街に新たな女神聖教の教会を建てるべく、新たに派遣されたのだ。
「司祭見習いのレイヒムと申します」
「助かりました
新たに司祭を招く為に、どうすれば良いか悩んでいたところです」
「それは良かった
私はこちらで、司祭代行として働く様に仰せつかっております
何なりと申し付けください」
レイヒムは20代前半の若い司祭候補で、敬虔な女神聖教の信徒であった。
彼は教会の建設をお願いして、その隣に療養所が建てられる事になった。
司祭見習いは実力もそれなりにあり、簡単な病なら癒せる事が出来た。
「本格的な奇跡は起こせませんが、風邪や高熱ぐらいでしたら癒せます」
「怪我はどうですか?」
「女神聖教でも、欠損した怪我は癒せません
精々打ち身の緩和や骨折の治療ぐらいです
しかし安価で療養所を運営しますので、怪我人の看病ぐらいは出来ます」
「そうですか」
「ただし人手は必要ですから、移民のみなさんの協力も必要です」
「分かりました
その辺は侯爵と相談しましょう」
ギルバートは侯爵の屋敷に案内して、具体的な話をした。
普段は療養所も、人が居なくても大丈夫だった。
しかし怪我人が入院している時は、世話する人員が必要になる。
そういった者を用意する為に、信徒の中から担当者を決めるのだ。
それで選ばれた者は、必要な時に療養所で仕事を手伝う。
給金は教会持ちなので、大した金額にはならない。
しかし強制では無いので、働くかどうかは本人次第だった。
「そんな簡単でよろしいのですか?」
「はい
あくまでお願いして、教会の仕事を手伝っていただく事になります
ですから給金もお布施で間に合う程度です」
「うーむ
教会の仕組みは、私達には理解出来ないな」
「はははは
これは金儲けじゃ無いので
あくまで女神様の意思を受けて、手助けさせていただく
その気持ちが大事なんですよ」
これで療養所と、教会の事は何とかなった。
冒険者ギルドも、職員が来た事でようやく動き始めた。
簡単な依頼から、採取や採掘までを担当する。
希望があれば魔物討伐も斡旋する事になっていた。
そして得られた素材や採取物で、職人ギルドと交渉する。
新たなダーナの街では、職工ギルドでは無かった。
あくまで職人が運営する、職人ギルドしか無かったのだ。
工芸品や家具職人が居ないので、半分しか機能できないのだ。
この辺もその内、人を集めて変えて行く必要があった。
「後は商業ギルドと、魔術師ギルドですね」
「ええ
ですがこちらは、もっと安定して収益が出ませんと」
「そうですね
数年掛かりになりますかね」
商業ギルドを創るには、一定数の商人の在籍が必要になる。
まだ商人と呼べる者は少なく、また、隊商の出入りも少なかった。
これからもっと商人が集まらなければ、ギルドの設立の意味も無いだろう。
それに魔術師ギルドも、魔術師が居なければ意味が無い。
こちらは魔術師が旅に向いていないのもあるので、募集する事も出来なかった。
地道に魔法の素養がある者を育てて、人数を増やすしか無いのだ。
「司祭に療養所を任せるので、学校を作るなら魔術師が必要ですね」
「そうですな
魔術師なら知識もありますから
しかし肝心の魔術師を増やすのにも、教える者が必要ですな」
「そうですね…」
ギルバートには魔法の才能はほとんど無い。
そして移民や兵士達も、当然魔法の知識は乏しかった。
こうなって来ると、多少でも魔法に詳しい者が欲しかった。
しかし肝心の魔術師が、旅をする様な体力が無い者ばかりだ。
「一応…
預かっている魔導書はあります
しかしこれを活用出来る様な人物が…」
「居ませんですよね」
「ええ…」
宛になる人物も居ないので、この事は保留となった。
代わりに教会の建設の件を、具体的に話す事になった。
今は出来る事から、地道にするしか無かった。
教会は翌日から建設されて、3日を掛けて建てられた。
しかし内装に関しては、工芸品や家具に精通した者が居なかった。
その為試行錯誤しながら、レイヒム達と相談して作られた。
見た目は武骨だが、何とか長椅子や教壇が作られて、見た目だけでもそれらしいのが建てられた。
気付けば季節は秋を過ぎ、いよいよ肌寒くなり始めていた。
雪こそ降らなかったが、隊商の数も徐々に減り始める。
山脈に雪が積もれば、今年の交易は終わりになる。
後は食料を確保して、来年の雪が溶けるのを待つ事になる。
ギルバートはここで、大きな決断をしなければならなかった。
「ですから、新年の挨拶には帰還するべきなんです」
「しかしそうしたら、国王様は王都を出る事を許されないでしょう?」
「それは…そうでしょうが」
「セリアを置いて、ここから離れるわけにはいかない
また危険な目に遭わせる事になる」
「しかし殿下は、王太子なんですよ
その殿下が公務とは言え、新年の挨拶に出られないとは…」
ジョナサンとしては、せめて新年の挨拶ぐらいは出て欲しかった。
ギルバートも出来るなら、それぐらいは出席したかった。
しかし、今王都に戻ったなら、何だかんだと理由を着けて、ダーナに戻らせてくれないだろう。
そうすればセリアを、危険な場所に残す事になる。
ギルバートはそれが、承服し兼ねる事だった。
「再びここに戻れる保証があれば良いよ
だが、そうで無いのなら、私はここを離れられないよ」
「どうしてもですか?」
「ああ
セリアを放っては行けないよ」
「でしたらイーセリア様を連れられてなら…」
「それは駄目だ
前にも話しただろう
今セリアが居なくなったら、ここの食料が採れなくなるぞ」
「しかし…」
「この話は終わりだ
私は来年の夏までは戻らないぞ」
「はあ…」
ジョナサンは溜息を吐いて、持ち場に戻って行った。
「溜息を吐きたいのは私の方だよ」
ギルバートは書類を手にすると、侯爵の屋敷に向かった。
今日も収穫量の計算と、来年の計画の相談があった。
魔物の討伐は順調であったが、そろそろ魔物も出歩かなくなる。
冬場の冬眠の前に、なるべく魔獣を狩っておきたかった。
「オウルアイ卿
お待たせしました」
「殿下
それでは始めましょうか」
「はい」
侯爵の執務室には、冒険者ギルドと職人ギルドのギルドマスターと、教会からは司祭のレイヒムが来ていた。
彼等は今年の収支を発表して、領主に納める税の額を相談する。
ここで本来は、王国に納める税の金額も決められる。
しかし今年は、納税を免除されている。
だから街で必要な経費を算出して、それだけを納税する事になる。
しかし初めての年なので、どれぐらい必要か分からなかった。
だから各部署で調整する為に、こうして集まっていた。
「以上が職人ギルドでの収益になります」
「冒険者ギルドでも、その金額で間違いありません
これでこちらの収益は確認出来たかと思います」
「それでは
次は教会での収益をお願いします」
「はい」
収益に関しては、事前に書類にして渡されていた。
今日はその確認と、納税額の調整になる。
しかしギルバートからすれば、数字を聞いてもチンプンカンプンだし、眠くなるだけだった。
欠伸を堪えながら、真剣に聞いているふりをする。
そうして30分ほど掛けて、収益に間違いが無いか確認された。
元々が各自が確認しながら書類を作っている。
不正でもしない限り、金額に齟齬は出ないだろう。
むしろ話し合いはこれからだった。
「教会では療養所の運営で…」
「冒険者ギルドの保存のポーションが…」
「これから魔物の素材が入らなくなる
そうすれば収益が下がって…」
各自が意見を出して、来年にどれぐらい必要か訴える。
その上で当面の資金を残しつつ、公共に使われる資金を決めて行くのだ。
勿論その中には、侯爵に支払う税金も含まれている。
それが無ければ、侯爵は生活出来なくなるからだ。
しかし初めて越す冬とあって、侯爵はなるべく自分に納める税を少なくした。
この事にレイヒムが気付いて、侯爵を咎め始めた。
「侯爵様
それでは侯爵様の収益が少な過ぎます」
「そうは言うが、其方達も資金は必要じゃろう」
「ですが侯爵様が資金をお持ちでないと、この街に何かあった時に困ります」
「そうですよ
資金に関してなら、来年の雪解けまでもてば十分です
雪が溶ければ交易が再開されますからね」
再び相談が始まり、侯爵への納税額が上げられた。
これで少しは余裕が出来たので、侯爵も資金から資材の購入を相談し始めた。
兵士達に回す為の武器やポーションの予備も必要なのだ。
「そう言えば…
殿下の方はどうなんです?」
「ん?
私は侯爵の食客扱いだからな
必要最低限で良いんだよ」
「そうはいきませんよ
親衛隊の資金もあるでしょう」
「え?
あー…」
ギルバートは親衛隊に必要な資金は考えていなかった。
「もしかして…」
「確認してませんか?」
「ええっと…」
その後は侯爵も加わって、しっかりと叱られてしまった。
翌日ジョナサンに確認する事となって、その場は解放された。
しかし責任者としては甘いと、侯爵からは説教をされた。
翌日からジョナサンに見張られながら、親衛隊の会計を確認させられた。
ジョナサンもギルバートが忘れてるとは思わなかったので、さすがに呆れていた。
基礎から資金運営を説明されて、書類にメモをしていく。
そうして書類を完成させて、再び侯爵の元に向かった。
「殿下
これで親衛隊の資金は全てですか?」
「ああ
だが怪我人が出なかった時の物だから、実際はもう少し掛かるかも?」
「そうですね
それでも試算していた金額で十分賄えます」
「そうか
良かった」
ギルバートは予算に多少の上乗せをして、備品の購入費に回した。
それと同時に、非番の日に魔物討伐を受けれる様に申請した。
これによって騎士達も、自分達で稼げる様になる。
稼いだ収益で、武器やポーション等の備品も購入出来るだろう。
侯爵に許可を得て、冒険者ギルドで受け付ける事にした。
魔物討伐の依頼は、騎士以外でも受けれる。
しかし討伐の依頼は、自己責任で受ける事になる。
ポーション等の備品もだが、怪我の治療も自分でする事になる。
そして武器も自分で用意する必要があった。
「魔物の死体を回収するのは、兵士達に申請すれば請け負う事にしましょう
そうすれば冒険者達でも安心して受けれると思います」
「それは良い案ですね
兵士に話しておきましょう」
「それから、ギルドで素材の買い取りはどうですか?
他の資材や鉱石と同様に、買い取ってお金にする
それをギルド間で相場を決めて、取引するんです」
「なるほど
そうすれば安定した供給も望めますし、相場も荒れないでしょう
冒険者ギルドに話しておきますね」
今までは回収した魔物の素材を、直接商店や工房に持ち込んでいた。
それでは最低額でしか購入されないし、相場も在庫によって大きく変動していた。
特にコボルトの魔石や素材は、なかなか値段が付き難かった。
そういった事が無い様に、相場や買い付けの値段を安定させる必要もあった。
「冒険者からも苦情が出ていますからね」
「コボルトの素材ですか?」
「ええ
魔石は兎も角、爪や牙は端た金ですからね
倒しても利益になりません」
「しかしコボルトでも、倒してもらわないと困りますからね」
「ええ
それにコボルトの素材でも、家庭向けの道具ぐらいなら作れます
調理道具やナイフやフォーク
魔鉱石で作った方が丈夫ですからね」
「そうですね
冒険者にはゴブリンやコボルトを狩ってもらいたい
そういう意味でも、この提案は重要でしょう」
冒険者達にしてみれば、収益のほとんど無い魔物は相手にしたく無かった。
しかしそんな魔物でも、普通の移民では歯が立たない危険な存在だった。
移民達を守る為にも、定期的に魔物は狩る必要があった。
だからほとんど値が付かない魔物の素材でも、いくらか値段を付けて買い取る必要があった。
魔石でも簡易の火種ぐらいにしかならないので、銀貨3枚から5枚程度だ。
牙や爪も銅貨数枚程度だし、そのまま1体買い取っても、加工する代金の方が高かった。
それでも買い取らなければ、冒険者達も積極的に狩らないだろう。
だから多少は赤字になっても、買い取りは必要だった。
ある程度の値段を決めて、後はギルドで調整する事になる。
書類を作成してから、ギルバートは屋敷を後にした。
まだまだ続きます。
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