第290話
ジョナサン達は、3日目の朝には鉱山に侵入していた
今回は魔物も居なかったので、安心して坑道に入って行った
手前の採掘場で、銅鉱石を掘り出して行く
他にも錫や見た事無い鉱石も見付けたが、それはあまり採れなかった
しかし鉄鉱石は見付からなかったので、結局奥の坑道にも向かった
奥の採掘場では、多くの鉄鉱石が採れた
それから周囲も掘り進んで、珍しい鉱石も掘り出した
それは鈍く輝いていたが、見た事も無い鉱石だった
冒険者にも確認したが、見た事が無い鉱石であるとしか分からなかった
冒険者達はそれらを運び出して、馬車に載せた
「見た事も無い鉱石がありますね」
「ああ
変わった石だよな
何かに使えるのか?」
「さあ
それは専門家に聞きませんと」
冒険者としては、知らない鉱石なので分からなかった。
しかし何か希少な鉱石だと直感で感じたので、取り敢えず掘り進めて集めた。
「さあ
今回は前回の倍近くを集めたぞ」
「さすがに馬車が動き難いですね」
「ああ
少し欲張ったかな?」
ジョナサンは苦笑いを浮かべて、軋む馬車の車輪を見ていた。
「街までもつかな?」
「それは大丈夫です
しかし無茶は出来ませんよ」
「ああ
それでは気を付けて帰ろう」
ジョナサンは魔物を警戒しながら、ゆっくりと街に向かって帰り始めた。
今回も行きは魔物に遭遇しなかったので、帰りに遭遇しないか警戒していた。
しかしギルバートが討伐に出た事で、公道の周りには魔物は居なかった。
そんな事は知らなかったので、ジョナサンは街が見えるまで警戒を続けていた。
結局魔物には遭遇しなかったので、馬車も破損しないで済んだ。
もし、慌てて走らせていたら、さすがに車軸が傷んでいただろう。
そうすれば、鉱石を一部諦めなければならなかった。
魔物が出なかったおかげで、無事に大量の鉱石が持ち帰れたのだ。
ジョナサンが出ている間に、騎兵達はもう一度討伐に出ていた。
2度目もオークを狩れたので、素材はそれなりに集まっていた。
後はもう一つの素材である、鉄鉱石の回収待ちであった。
だからジョナサンが帰って来た時には、職人だけではなく、騎兵までも歓声を上げていた。
「何だ?
これはどうした事だ?」
「それだけ鉄鉱石を待っていたんです」
「殿下?
どういう事ですか?」
「騎兵達に魔物の討伐をしてもらいました
おかげ様でオークの素材も集まっています」
「おお
それでは魔鉱石の武器が…」
「ええ
これで生産できる様になります」
「それでこの歓声ですか」
「ええ」
騎兵達の喜び様に、ギルバートは思わず苦笑いを浮かべた。
「さあ
工房に運ぶぞ」
「親っさん
良い武器を期待しているぜ」
「おう
任せておけ」
職人達は腕を上げて応えて、そのまま工房に向かった。
それから3日を掛けて、職人達は剣作りに専念した。
住居は全て完成して、商店も外装は完成していた。
後は商品が並べば、ようやく街として機能するだろう。
小麦も収穫が始まり、野菜も店先に並び始めていた。
それを見た隊商の主人が、他の隊商に声を掛けると街を出て行った。
これで次の隊商が来る頃には、商いが出来る様になっているだろう。
「いよいよ街が、機能し始めましたね」
「ええ
まだまだ品揃えは不十分ですが、これで一安心ですね」
ギルバートとジョナサンは、活気が出始めた大通りを見ていた。
後は資材と素材を集めて来て、商品になる物を作るだけだ。
そろそろ秋の風が吹き始めていたが、何とか冬には間に合いそうだった。
翌日から、職人達は工房で忙しく動き回っていた。
入って来た素材を片っ端から加工しては、どんどんと製品に加工して行く。
それは工具から始まり、武器は当然として日常で使う物まで多岐に渡って加工して行った。
そして出来上がった武器は兵士が運んで、広場で騎兵や冒険者に配られて行った。
そして新しい武器を持って、再び素材集めに向かって外に出る。
いよいよ街が機能し始めたのだ。
冒険者は石材や材木を取りに向かい、馬車で帰還していた。
時々鉱山にも向かい、鉄鉱石の納品もこなして行く。
まだまだ鉱山で働く人手が居なかったので、冒険者の活躍は目立っていた。
そして騎兵達は歩兵を連れて、周辺の魔物を討伐に向かった。
主に平原に出て、ワイルド・ボアを狙いに行っていた。
しかし森の安全も確保する必要があったので、時には森にも向かっていた。
こうして2週間が過ぎた頃、隊商の馬車も来る様になった。
隊商の護衛も腕利きが増えてきて、コボルトまでは倒せる様になっていた。
だから隊商も安心して、山脈を越えて来れる様になっていた。
街には色々な商品が並べられて、そろそろ生活は安定して来た。
「思ったより早く安定して来たな」
「ええ
隊商が購入する品も用意出来ています
この調子なら、来年には税も納めれるんじゃないですか?」
「ああ
だが、それも精霊の加護があるからだ
それが無くなったら、一気に生活は苦しくなるだろう」
「え?
そんなに影響がありますか?」
「先ずは魔物が近寄らない
これだけでも、生活は大分安定するだろう」
「確かに
魔物が居ないから、安心して生活出来ますね」
「それに討伐に出るのも楽になっている
魔物が順調に増えれば、この人数では街を守るので手一杯だろう」
「そうですね
兵士はまだまだ増やさないと…」
「兵士だけじゃあ無い
武器も必要だから、その分素材の確保も重要になる
あのバリスタだって…」
ギルバートは城壁に備えられた、大きな石弓を見上げた。
それは威力があるが、手頃な石か鉄の弾が必要だった。
まだまだ建物を増やすには、石材は不十分だった。
これから追加の移民を募集するなら、建物も余分に造っておく必要があった。
それに、宿場も少なかった。
隊商が頻繁に来る様になれば、それだけ泊まる場所が必要になる。
それには運営する人員と、提供できる宿が整備される必要があった。
まだまだ街を運営するには、足りない物が多かった。
「商店や宿屋
それにギルドや教会も出来ていない
人も資材もまだまだ必要だ」
「そうですね」
「それとな
食材も微妙なんだよな」
「え?」
「今は足りていて、何とか冬は越せそうだ
しかし来年になって、そこから新たに食材の確保が必要になる
その時精霊の加護が無ければ…」
「あ!
間に合わないんですか?」
「ああ
恐らく間に合わないな」
「それに、人が増えれば食材の消費も増える
今のままでは、どの道足りなくなるだろう」
「なるほど…」
ジョナサンは頷きながらも、確信を突いて来た。
「しかしそれなら、殿下はいつ帰られるので?
王城では戴冠式の準備をして、陛下がお待ちになっています」
「そうだな
来年の春の間には、何とか目途を着けようと思っている
侯爵には難しい注文をする事になるが、それ以上は厳しいだろう」
「そうですね
さすがに1年は長すぎますからね…」
二人は賑わう市場を眺めながら、どうやって盛り立てるか考えていた。
このままここに居ても、これ以上の発展は無いだろう。
そうすればセリアが居なくなった時点で、ここは再び荒れてしまう可能性があった。
しかしセリアを置いては行けない。
セリアに何かあったら、ギルバートは一生後悔するだろう。
ただでさえ、前回置いて行った事で、セリアの身に危険が及んでいた。
何とか間に合ったが、もうあんな事は御免だった。
それに次にセリアを置いて行ったら、この街は確実に滅びるだろう。
魔王がセリアを狙っている以上、今でも危険な状況なのだ。
「もっと戦える者を増やして、戦力を上げる必要があるな」
「ですが、また魔王とやらに攻められませんか?」
「いや
前回はセリアが居たからだ
セリアも私も居ないのなら、魔王はそこまで固執しないだろう」
「よし
冬が来る前にオーガを狩っておこう」
「え?
今の話から何でそこに?」
「オーガを狩っておけば、それだけ強力な武器が出来る」
「それはそうですが…」
「それにオーガを狩る事が出来れば、兵士達の自信にも繋がる」
「え?
兵士ですか?」
「ああ
オーガを狩るのは、親衛隊じゃあ無いぞ
侯爵の兵士を借りて、オーガを討伐する」
「そんな無茶な!」
「無茶じゃあ無いさ
お前達も出来たんだ
彼等もやれば出来る」
「そりゃあ理屈ではそうでしょうが…
力量が…」
ジョナサンから見ても、騎兵や歩兵達には、まだまだ訓練が必要だった。
このままオーガに立ち向かっても、半数ぐらいが死んでしまうだろう。
そんな事になれば、益々兵力が不足してしまう。
ギルバートが一体何を考えているのか、ジョナサンには理解出来なかった。
「殿下
いくらなんでもオーガはさすがに…」
「ああ
先ずはオークを狩れる必要があるな」
「へ?」
「ん?
まさか、いくら私でもいきなりオーガに向かわせないぞ
先ずはオークの討伐からだ」
「あ…
そりゃあそうですよね」
ジョナサンは安心したのか、ホッと溜息を吐いた。
「やれやれ
一体私を何だと思っているんだ?」
「いやあ
殿下ならいきなり、彼等をオーガの前に出しそうで…」
「そこまで酷く無いぞ」
ギルバートはそう言っていたが、実際にジョナサン達は、いきなりオーガと戦わせられた。
そこは信頼されていたと言えるが、それでも信用が無かったのだ。
ギルバートは時々、自分の力量で考えている節がある。
ギルバートと侯爵の兵士では、雲泥の差があるのだ。
そんな実力者の尺度で考えられたら、兵士達も堪った者じゃあ無いだろう。
「それでは私から話しておきますね」
「ああ
オーガは北の森によく出ていた
明日にでもそちらに向かってみる」
「分かりました
その様に侯爵に伝えておきます」
「頼んだぞ」
ギルバートは自分の家に戻ると、さっそく武器の手入れを始めた。
オーガと戦う以上、もしもの事があったら危険だ。
ギルバート専用のこの大剣は、白い熊の素材を使った1点物だった。
だから整備は磨く事ぐらいしか出来なかった。
「はあ…
こいつも魔鉱石だったらな
砕けたり欠けたりしたらお終いだからな」
ダーナで作られた武器は、全て魔物の素材を直接使った物だった。
だから破損しても、修復する事は出来なかった。
勿論その事も考慮して、付与する魔法は強度を上げる物だった。
しかしそれでも、強度の限界はある。
「後どのくらいもつかな?
まあ…予備はあるんだが」
腰の剣も引き抜いてみる。
こっちは魔鉱石で加工されているショートソードになる。
元になった素材はオーガだが、魔鉱石にした時点で魔力はほとんど無くなっている。
その為魔石でも埋め込まなければ、付与は出来ない。
そして魔石を使うなら、永続的な付与は不可能であった。
つまり直接素材にした物より、数段落ちた付与しか出来ない上に、効果は期限付きだった。
「魔鉱石は魔鉱石で便利なんだが、付与が難しいんだよな
両方の中間なら良いんだが…」
ショートソードは再加工出来るが、代わりに付与があまり出来ない。
そして魔石の魔力が切れたら効果も終わってしまう。
大剣は素材の魔力を利用して、使用者の魔力で効果を発揮する。
しかし打ち直しが出来ないので、どうしても1点物になってしまう。
この中間を作るのなら、魔鉱石に魔力を馴染ませる必要があった。
しかし今のところは、その様な技術は発見されていなかった。
「今度のオーガ討伐で、手頃な武器が出来れば良いのだが…
いや、それは違うか」
本心では分かっているのだが、兵士達の手前では言えなかった。
北の森にはオーガを越える、アーマード・ボアとワイルド・ベアが居る。
それらを討伐して、魔鉱石を作れば…。
少なくとも今のこの剣よりは、強力な武器が出来る筈だ。
場合によっては内包する魔力の高い魔鉱石が出来るかも知れない。
翌日は北の城門に、騎兵達が集まっていた。
騎兵達は新しいオークの魔鉱石の剣に、嬉しそうに自慢をしていた。
しかしそれは、冒険者も同じ魔鉱石の剣を持っているのだ。
もっと言えば、親衛隊はオーガの魔鉱石の武器を持っている。
それを知らないのか、彼等は魔鉱石の剣を自慢げに振り翳していた。
「あー…
嬉しいのは分かるが、今度はもっと上を目指す」
「ええ
オーガを倒すんですよね」
「いよいよ人食い鬼か
どんな奴なんだろう」
「あのなあ
浮付いた気持ちで行くなよ
仮にもランクFの魔物だ、今までの様には行かないぞ」
「それでも、集団で掛かれば倒せるんですよね」
「オレ等なら楽勝でしょう」
ギルバートは騎兵達が息巻くのを見て、不安になってきた。
「殿下
やはり我々も行きましょうか?」
「いや
一度痛い目を見た方が良いだろう
最悪オーガなら、私で何とか出来る」
「そうですか…」
ジョナサンも不安になったのか、同行を申し出た。
しかしギルバートは、それを断った。
このままでは、いずれ強敵に出遭って全滅するだろう。
それまでに一度痛い目に遭って、性根を入れ替えさせる必要がありそうだ。
ギルバートは騎兵を伴なって、北の城門から出た。
目指すは北の公道の先にある、ノルドの森の北側だ。
ここには以前から大型の魔物が住んでいる。
ここに向かえば、オーガにも遭遇するだろう。
素材を集める為に、一行は公道を北に向かった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。




