第29話
遂に目標であった砦を奪還した遠征軍
しかし払った犠牲は大きかった
そして魔物の大半は逃げ延び、脅威は未だ去っていなかった
累々と横たわる死体の山
大半は魔物の死体だが、兵士や騎士達の死体も混ざっていた
この戦いで死んだのは一般の兵士や騎士ばかりで、隊長格の死者は将軍だけであった
将軍はその身を持って、約束通り犠牲を最小限にした
「将軍…」
師匠である将軍の死。
覚悟をしていたつもりであったが、心にポッカリと穴が空いた様な気分だ。
魔物の居なくなった砦の探索と怪我人の手当てを指示しながらも、どこか夢の中にでも居る様で実感が湧かない。
オレは…
何をしてたんだ?
ああ、そうだ
戦後の処理だな
「ヘンディー殿
砦の中は比較的綺麗だった」
「中央の広場では死体を処理した様な跡はあったものの、中央の建物の中は血痕だけで腐敗物や排泄物も無い」
「ああ」
「これなら休息を取るぐらいは問題無さそうだ」
「兵舎や宿舎は大分痛んでいたが、仮宿舎はほとんど侵入された形跡は無い」
「魔物は砦の外で生活してた様だな」
「そうですか」
ここは…どこだ?
何でオレはここに居るんだ?
「ヘンディー殿?」
「ヘンディー??」
騎士達は大隊長の様子を心配して、肩を揺すってみる。
それで大隊長の意識が回復してくる。
「大丈夫か?」
「ああ」
「しっかりしてくれ
お前しか居ない…」
「止せよ
彼も将軍の死はショックなんだから」
「…」
そうだ
師匠は死んだんだ
オレは何をしてるんだ
「すぐに主だった者を集めてくれ
その際に被害状況も確認して欲しい」
「あ、ああ」
急速に意識が戻って来て、的確な指示が返って来た。
それに騎士達は面食らったが、素直に指示を聞く。
最早指揮を出来る者が大隊長しか居ないからだ。
正確には騎士団と守備隊は別物である。
それに階級としては大隊長と騎士団隊長は同等であり、騎士団は大隊長の指示を聞く必要は無い。
しかし、隊長達は少数の指揮は執った事はあるが、これだけの人数の指揮に関しては執った事も無ければ自身も無い。
普段から将軍が指揮を執っていた為に、自然とワンマンになっており、その代償がここにきて出てしまったわけだ。
将軍は一応何かあった時の指示は出していたが、軍勢を動かすのは隊長では不安があったのか?
細かい指示は与えていたが、軍の指針は大隊長に仰ぐ様に指示していた。
「ヘンディー殿…
その…大丈夫ですか?」
「ああ
大丈夫かそうでないかと言えば、大丈夫では無い」
「それは…」
「しかし、ここで投げ出したりはしない
安心してくれ、戦後処理はするし、帰るまでは暫定で指揮は執る」
「…」
「それが将軍の遺言だからな」
「分かった
任せるよ」
エドワード隊長であったなら、以前将軍をしていたから経験があっただろう。
しかし現役を離れてから久しい。
現在大隊長の状況を考えて、部隊に指揮を出してはいるが、全軍の指揮に関しては大隊長に委任すると答えていた。
老兵は出しゃばるべきではない、と断っていたのだ。
そんな隊長は、大隊長の方をチラチラと心配そうに見てはいるものの、自身の出来る範囲で指揮を執っていた。
大隊長は持ち直した様ですね
若い内の苦労は、彼の経験になる筈です
しかし、ガレオン…
ワタシより先に逝くとはな…
隊長は死体の処分と魔物の遺骸の処理を的確に指示し、遺族に分かる様に書類を添えて遺品を仕舞わせた。
「これがダストンの遺品です」
「では、これに彼の名前と遺品の目録を記載して…
ああ、彼の親族に知り合いは居ますか?」
「はい
オレが会った事があるので…
出来れば挨拶に伺わせてください」
「ふむ
それならば、君が帰ったら挨拶に行くという事で…
ああ、他に知り合いが居たら、その人の名前も一応書いておいて」
「入り口の遺骸は運び終わりました
次はどこの遺骸を集めますか?」
「うーん
先ずは北側からにしますか
野犬とか血の匂いに誘われて来そうですから」
「はい
では人を集めて当たります」
「うん
任せたよ」
指示に一段落して、再び大隊長の方を見る。
大隊長は騎士に今後の方針を伝えている。
これなら大丈夫そうですかね
心配し過ぎとは、ワタシも歳ですかねえ
隊長は再び指示を出す為に、砦の前へ出て移動する。
遠征軍の死者は、騎士団が十数名、騎兵部隊は40名近くが死んでいた。
歩兵も半数近くの50名が死んでおり、唯一弓部隊だけが怪我人だけであった。
これに怪我人を加えると、全軍の3分の1が戦闘不能になっていた。
「どう致します?」
「これでは追撃も探索も厳しいな」
大隊長は溜息混じりに呟く。
当初の予定では、砦を奪還してから、そこを拠点にして周囲を探索して魔物を討伐していく予定であった。
しかし、第1砦からして使用出来そうもない状態で、ここもあまり良い状態ではない。
確かに報告では、休息を取れそうな建物はあるそうだが、衛生面を考えると負傷した兵士を休ませるには向いてないと思われる。
ここに住み着いた魔物は他の魔物より統制はとれていたから、建物中で排泄したり、汚物が散らかってはいない。
しかし、それと魔物が清潔かは別問題だ。
下手したら病人が出るかも知れない。
「やはり、建物の中で休ませるのは不安だ
魔物がどんな病気を持っているか分からないからな」
「そうですか…」
「負傷兵はテントに清潔な布を敷いて
怪我の軽い者は普通のテントで大丈夫だろう」
「重傷者だけでも50人は居ますから
軽傷者も居ますし、この先の事を考えたら…
ポーションはとてもじゃありませんが足りないです」
「だろうな」
「戦える者も少ない
物資も不足している」
「それに、先の魔物が報復に来たら
今の人数では勝てないのでは?」
「いや
それは大丈夫だろう」
「大丈夫?」
大隊長は、恐らく魔物は報復には来れないだろうと思っていた。
こちらがワンマンであった様に、向こうもワンマンである筈だ。
それならば、指導者を失った今、軍としては瓦解しているか、残っていてもまともな指揮は執れていないだろう。
問題があるとしたら、他の集落等に集まった魔物だろう。
あれが繋がりがあるのか?無いのか?
それ次第で状況が大きく変わる。
「今は休息が必要だ
怪我人の治療も含めて」
「はい」
「オレも少し横になってくる
何かあったら呼んでくれ」
「はい」
大隊長はフラフラと休息用に用意された天幕に向かった。
それを心配そうに暫く見詰め、騎士団達も各々の仕事に戻った。
大隊長の様子は心配だが、少しでも眠れれば気分ももち直せるだろう。
大隊長は眠ろうとしていた。
頭が痛み、ボーっとしている。
これから将軍の代わりに陣頭指揮を執らなければならない。
その為にも、ここでしっかりと休んで頭をすっきりしなければ。
しかし、思いとは裏腹に、瞼を閉じればあの光景が甦る。
部隊長がこちらを見、何事か呟く。
不思議な事に、その声は聞こえはしなかったが、内容は伝わった。
『後は、頼む』
そして将軍は魔物に突っ込み、肩から腹まで斧が切り裂く。
ガバリと大隊長は起き上がる。
じっとりと汗をかいているのが分かる。
ダメだ!
寝ないと
眠るんだ!
しかし再び将軍の最期が甦る。
眠れない…。
仕方が無いので、少しでも気が休まる様に横になる。
そして精神的疲労から、気が付けば眠りかけていて、再び悪夢で目覚めてしまった。
こうして繰り返し眠っては起きて、あまり気が休まらないままに夕方が近付いて来た。
この様子は、心配した騎士が覗きに来て目撃していた。
中には平然として指揮をして、眠りに行ったと非難している者が居たが、この光景を見たらどう思うだろう?
大隊長は尊敬する将軍を失い、深く傷ついているのだぞ。
中傷している騎士を怒鳴り付けたいと思っていた。
騎士はそっと天幕の入り口を閉めて、他の様子を見に来た騎士達にもう少し休ませてあげようと提案した。
砦の入り口では、隊長が忙しく動いていた。
魔物の遺骸は今まで通りまとめて焼いて、穴を掘って埋めていたが、兵士はそうはいかない。
一人ずつ死体を焼いて、砦の外ではなく、砦の中にきちんと埋葬していた。
埋めた穴の上には石を置き、石の表面には名前を彫り刻んだ。
そうして簡素ではあるが墓を拵え、騎士団と兵士は区画を分けて作られていく。
その中で、将軍の墓は騎士団も手伝って大きな物が作られた。
「遺骨は持ち帰らなくてよかったんですか?」
「ええ」
「戦場に埋めてくれと、以前から言っていましたから」
「それに、ここなら寂しくないでしょう」
大きな石を数人掛かりで運んできて、将軍の墓石として上に置く。
表面にはガレオンと彫られていた。
「これだけ大きければ、化けて出て来ないでしょう」
「あの人なら、これでも蹴飛ばして出てきそうですが」
騎士達は無理して笑う。
「あんまり笑っていると、ガレオンなら本当に出てきそうですね…」
「それは困りますよ」
「今度は死ぬまで鍛錬しろ!じゃなくて
死んでも鍛錬しろ!って言われそうです」
「ガレオンらしいですね…」
しんみりとした空気が流れ、気を取り直そうと騎士が尋ねる。
「そういえば、埋葬はどれぐらい掛かりそうですか?」
「うーん
明日一杯は掛かりそうですね
魔物は終わりそうですが、兵士の墓が時間が…」
「そうですよね
犠牲が多すぎた」
死者の人数もだが、その分働き手が不足しているのだ。
想定よりも時間が掛かりそうだ。
だからと言って、手を抜いて雑な墓を作るわけにはいかない。
「悩ましいですねえ」
「そうですな」
「…」
「ところで、今日はこのまま野営をしますか?」
「大隊長は?
彼が指揮を執るべきだと思いますが?」
「彼には…
今は休んでもらっています」
「ふむ…」
騎士は会話に困り、咄嗟に野営の準備を持ち出したが、これはどの道相談しなければならない話だ。
この機会に大隊長を休ませて、時間を与えようと提案する。
「そうですねえ
彼もショックを受けているでしょう
ここはワタシが代わりましょう」
「お願いします」
隊長は騎士からの提案に承諾し、野営の準備と明日の打ち合わせをする事とした。
去り際に将軍の墓を見る。
あいつはまだまだ未熟だなあ
すまんが面倒を見てくれ
ワシが出て行くワケにはいかんからな
ガハハハ
将軍の豪快な笑い声が聞こえた様な気がした。
そして急ごしらえで野営の準備が開始された。
既に負傷者のテントは建てられており、後は休息用のテントと焚火だ。
テントの数は、人数が減ったから少なく済む。
しかし、これも人数が減った為に時間が掛かった。
場所は砦の入り口に面して配置して、負傷者を守る様に囲んでいる。
それから夕食の準備に掛かった。
本来なら干し肉や保存食を使うところだが、狩猟で集めた肉が残っていたので野菜と煮込んでスープも作らせる。
これも死者が多く出た為に、皮肉にも食材が余ってしまったからだ。
「ワタシはね、このまま埋葬が終わったら帰還すべきだと思うんですよ」
「それは…
遠征の失敗だと?」
「いえ
当初の目標は達成したと思います」
「しかし
魔物はまだまだ居ますよ?」
「そうですねえ
本心を言えば…
魔物には全滅していただきたい」
「それなら!」
「しかし、寡兵で挑むは愚か者の所行ですよ?」
「…」
「領主様にはワタシからも進言します
それに…」
「それに?」
「遠征は、帰るまでが遠征と昔の人は言いました」
「え?」
「何それ?」
「帰還するにしても、道中にも魔物が出るでしょう」
「そうなりますか…」
「居そうですよね…」
「昨日の報復に…
今夜はさすがに出ないでしょうが、後方からの追撃が怖いです」
「そうか」
「それはマズいですね」
これ以上の損失は、軍としても体制の維持が出来なくなる。
そうなると、少しでも犠牲を減らす必要がある。
「明日、ワタシが大隊長と話してみます」
「お願いします」
「大隊長は?
今はどうしています?」
「相変わらず魘されて、起きてはぼーっとしています」
「食事は?」
「一応声を掛けましたが
今は食欲は無いそうです」
隊長は暫し考えてから、スープを残しておく様に言った。
「今は無理でも、後でお腹が減るかも知れません
少しだけでも残しておきましょう」
「分かりました」
こうして、将軍と大隊長と指揮者不在の状態で、不安を抱えながら野営地の夜は更けていった。
少し短くなりましたが、今回は切りが良いのでここまでです




